歯車の墓場
「当たりね! 見なさい、あの路地の突き当たり。蒸気の排気が、異常に黄金色に光っているわ。あれは潤滑油が足りないんじゃない。粗悪な水銀記録媒体と真鍮の歯車が制御不能になるほど摩擦を起こした、過負荷寸前になっているサインよ!」
ロイスの機械式単眼が、空間の熱分布から、偽物の心臓を抱えて逃走する犯人の潜伏場所を特定した。
狭い路地の奥、廃材となった巨大なピストンに囲まれた空間にいたのは、全身を泥とオイルにまみれた外套で包んだ、一人の痩せこけた男だった。
彼の胸元からは、カチカチ、ガチガチと、壊れた安物のクロノメーターを何百個も詰め込んだような、不規則で激しい金属音が響き渡っている。その音はまるで、死を急ぐ時計の針のように不吉だった。
「やめろ……来るな! これは俺のものだ! これがあれば、俺はもう煤煙に怯えて咳き込むことも、明日を恐れることもなくなるんだ! 俺の体は、完璧な、永遠に止まらない機械に……!」
男が狂乱状態で外套を脱ぎ捨てた瞬間、ロイスは思わず息を呑んだ。
彼の胸部は、麻酔もなしに強引に皮膚を切り開かれ、歪な形状をした真鍮の心臓が、脈打つ肉に無理やり埋め込まれていた。そこからは細い銅線が血管のように男の全身に伸び、その周囲の皮膚は、エフィメラの被験者たちと同じ漆黒の残滓に激しく侵食され、ドロドロに溶け始めていた。
肉と機械が、互いを拒絶しながらも無理やり融合しようとする、見るに堪えない光景だ。
「ロイス、離れろ! それ以上近づくな!」
ジェミニが叫び、自身のアッシュ・スキャナーを最大出力で男に照射した。
「その心臓は致命的な欠陥品だ! 蒸気圧の制御回路が最初から破綻している。その男の肉体を、ただの使い捨ての燃料にして、熱暴走を始めているんだ!」
「救わなきゃ! 彼はただの犯人じゃないわ、ジェミニ。エフィメラの、あるいは誰かの甘い毒に当てられた、ただの哀れな被害者よ!」
ロイスは兄の制止を振り切り、駆け出した。彼女の左腕の黒い残滓の皮膚が、犯人の胸元で狂ったように黄金の火花を散らす偽物の心臓と共鳴し、皮下組織が焼けるような痛みを伴って激しく脈動する。それは警告か、それとも呼びかけか。
「いい? あなたのそれは、ちっとも美しくないわ! 本物の機械は、本物の真鍮は、もっと優雅に、もっと誇り高く、人を守るために動くものよ!」
ロイスは真鍮の鎧に隠し仕込まれた緊急冷却噴射のバルブを全開にし、熱風を吐く男の胸元に飛び込んだ。極冷の圧縮蒸気が、暴走する真鍮の心臓を瞬時に包み込み、激しい温度差によって金属の悲鳴を上げさせる。
「ギ、ギギィ、アガッ……!」
男の絶叫と共に、偽物の心臓はその不吉な鼓動を停止させた。ロイスは力なく倒れ込む男を支えながら、その胸元から、高熱で変色し、焼け焦げた真鍮の心臓を慎重に引き抜いた。
その表面には、ブリストル伯爵の研究所から盗まれたはずの記憶(水銀記録)の一部が、パッチワークのように無理やり流用されている痕跡があった。
周囲に立ち込める冷たい霧の中、ロイスは荒い息をつきながら、手の中にある歪な塊を見つめた。これが、多くの人々を狂わせ、この男を怪物に変えようとした正体なのか。
「ジェミニ、これをすぐに解析して。この偽物を作ったのは、一体誰? この雑で、それでいて残忍な設計は、エフィメラの美学とは違う。もっと、もっと身近な、別のエラー・コードの匂いがするわ」




