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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人


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騎士の焦燥


 ドクター・エフィメラが遺した狂気の手記を回収し、崩壊する「嘆きの井戸」の闇を命からがら脱出したロイスとジェミニを待っていたのは、さらなる混沌の渦だった。


 ネオ・ロンドニウムの上空では、先の飛行船パイロットの錯乱によって制御を失った巨大な船体が、辛うじて打ち込まれた予備の空中係留アンカー・パイルによって、激しく火花を散らしながら不気味に夜空に揺れている。


 しかし、街の喧騒はそれ以上に激しさを増していた。蒸気自動車のタイヤが撥ねる泥水には、上空から降り注ぐ煤煙が混じり、どろりとした墨のように路面を汚している。


「ジェミニ、見て。騎士団の連中が、血眼になって何かを捜しているわ。普段は煤煙の向こう側、あのお高い空中要塞でふんぞり返っている連中が、あんなに地べたを這いずり回るなんて、よっぽどのことが起きたのね。私の磨き抜かれた鎧にまで、彼らの焦った匂いが移ってしまいそうだわ」


 ロイスは、蒸気自動車の助手席から機械式単眼の倍率を上げ、街の様子を隈なく窺っていた。彼女の視線の先、重厚な真鍮の甲冑に身を包んだ「聖油騎士団」の兵士たちが、下層区の広場を強引に封鎖している。


 彼らの持つ蒸気機関銃が、威嚇するように白く熱い蒸気を吐き出していた。その様子は明らかに異常で、単なる暴動鎮圧の構えではない。


「解析結果が出たぞ、ロイス。彼らが追っているのは、エフィメラの研究データではない。もっと具体的で、即物的なエラー・コードだ」


 ジェミニが操縦盤に組み込まれた通信傍受器スチーム・リスナーのダイヤルを精密に調整すると、ノイズ混じりの騎士団の緊急暗号通信が、車内に漏れ聞こえてきた。


「……目標、真鍮の心臓ブラス・ハーツ。保管庫から強奪された試作体を確認。犯人は下層区の闇市場へ逃走した模様……。繰り返す、あれは未完成の錬金術的臓器であり、極めて不安定だ。暴走の危険があるため、発見次第、即座に中和せよ。機密保持を最優先とする」


「真鍮の心臓! エフィメラの手記にあったあの名前が、こんなところでお目にかかれるなんてね!」


 ロイスが身を乗り出し、座席の革をギュッと握りしめる。


 ここで言う「真鍮の心臓」とは、蒸気神経(SN)技術の頂点に位置する、自律駆動型の人工臓器のことだ。本来は、汚染された煤煙によって肺や心臓を病んだ富裕層のための、極めて高価な延命装置である。だが、エフィメラの狂った理論によれば、それは「黒い残滓」を安定して体内に取り込み、人間の肉体を機械へと作り替えるための、いわば変異のボイラーとして機能するはずの代物だった。


「それにしても、騎士団が試作体と言っているのは妙だ」


 ジェミニが論理的な違和感を指摘する。


「エフィメラの手記によれば、真の心臓は既に彼自身の手元にあるはず。つまり、今街を騒がせているのは、彼の技術を粗悪に模倣して作られた、真鍮の心臓と呼ぶにはだいぶお粗末なものだ。……つまり、別の勢力が、あの狂った理論を形にしようとして失敗し、街に解き放ったということだ」


「偽物だろうと本物だろうと、私たちの記憶盗難の犯人と繋がっている可能性は百パーセントよ! ジェミニ、騎士団の無粋な連中に手柄を横取りされる前に、その心臓を捕まえるわよ! 闇市場のことなら、私のゴシップ・ネットワークが火を吹くわ!」


 二人は騎士団の包囲網を巧みに潜り抜け、下層区のさらに奥底、巨大なジャンクパーツの山が複雑な迷路を形成している通称「歯車の墓場」へと向かった。


 そこは、盗品や欠陥品のオートマタ、そして出所不明の怪しげな錬金術的臓器が秘密裏に取引される、都市で最も不衛生で、それでいて異常な活気に満ちた闇の社交場だった。


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