銀色の本領
セント・ジュードの港は、潮の香りと重油の臭いが混ざり合う、活気に満ちた場所だった。ロイス、ジェミニ、ベル、そしてススの三人と一匹は、密航のための船舶を探すという名目でこの街に降り立った。
しかし、空気を鋭く切り裂く嫌な予感を、ススが先んじて感知する。
「ナナーン!(ロイス、伏せろ!)」
ススの叫びと共に、突如として港の倉庫街から無数の爆発音と怒声が響いた。待ち伏せだ。掃除屋の幹部が率いる重武装の部隊が、路地裏からロイスたちを包囲するように姿を現した。掃除屋たちは、この街の治安を力で支配し、秩序を乱す存在を容赦なく「清掃」する集団である。
「なるほど、我々の足取りが割れていたわけだ」
ジェミニは即座にロイスの前に立ち、剣を抜いた。騎士としての誇りを捨てたはずの彼だが、その構えにはかつて団長として部下を守り抜いた戦術の美学が残っている。ジェミニの動きは流れるように洗練されており、襲いかかる掃除屋たちの攻撃を最小限の動作で捌いていく。
一方で、ロイスは笑っていた。少年整備士として顔を油で偽装し、戦場に転がる機械部品を拾い上げては、即興のトラップを仕掛けていく。彼女にとって、この窮地は世界の歪みを暴く絶好の機会だった。
しかし、戦況は圧倒的に不利だった。敵は重火器を備え、数でも勝っている。ジェミニが一人で三人を相手にし、限界が見え始めたその時、ベルがその前へと躍り出た。
偽装を解いたベルの銀色の肌が、太陽の光を反射して眩い閃光を放つ。彼女の戦闘は、騎士の剣術とも、ロイスのトリッキーな工夫とも異なる、完全なる演算に基づく「効率的破壊」だった。彼女の視界に敵の関節位置や重心の偏りが数値として表示され、ベルは無駄のない一撃で敵を無力化していく。
ジェミニさえも見たことのない、ベルの真の戦闘能力が露わになる。彼女は感情を排した無機質な判断で、敵の武器だけを的確に切断し、致命傷を避けて相手を沈黙させる。その姿は、かつて灰の街で設計された「記録者」という役割を超え、愛する者たちを守る「盾」へと変貌を遂げていた。
掃除屋の幹部は、銀色に輝くアンドロイドの圧倒的な力に恐れをなし、最後には煙幕を張って撤退した。港に静寂が戻る中、ベルは静かにロイスの隣へと戻った。
「撤退したかに見えたのは下っ端だったようだね」
ロイスは不敵な笑みをこぼしながら、積み荷の山の上を見上げる。
そこには、全身を漆黒の金属鎧で包んだ巨躯が、静寂をまとって佇んでいた。その手には、巨大な杭を打ち出す重火器「パイルバンカー」が握られている。掃除屋の幹部、そのさらに上位に位置する執行者だ。
執行者が右腕を軽く振るう。それだけで、背後のレンガ造りの倉庫壁面が、まるで爆薬を仕掛けられたかのように粉砕され、巨大な風穴が開いた。続いて放たれた一撃は、地面の石畳を深々と抉り取り、三人と一匹の足元を容赦なく揺さぶる。
「みんな避けて!」
ロイスが叫ぶと同時に、ジェミニはロイスを抱えて跳躍し衝撃を回避、ベルは即座に演算を展開して回避ルートを弾き出した。先ほどまで立っていた場所は、執行者の放つ衝撃波によって瞬時にクレーターへと変わり、石畳がまるで紙屑のように宙へ舞い上がった。
ジェミニがその舞い上がった瓦礫に混じりるように、鋭い踏み込みで空中から執行者へと肉薄する。かつての騎士としての誇りが、彼の剣に宿る。しかし、執行者の反応速度はそれを凌駕していた。パイルバンカーの杭が空気を引き裂く音を立てて繰り出され、ジェミニは咄嗟に剣の側面で受け流す。だが、衝撃を殺しきれず、彼は倉庫のレンガ壁を突き破りながら吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
「親方ぁ!!」
ロイスは吹き飛ばされたジェミニの方を心配そうに見る。
ベルが銀色の閃光となって加速する。彼女の演算によれば、敵の装甲にはわずかな隙間が存在する。ベルは執行者の懐に飛び込み関節駆動系を狙った。
だが、執行者は難なく足元の石畳を剥がし、それを盾としてベルの斬撃を遮る。剥がれた石材が空中で粉々に砕け散り、砂塵となってベルトの間を覆った。
視界が塞がれる中、ベルは最小限の被害で敵の攻撃を回避し続ける。一方でロイスは、瓦礫の陰から戦況を冷静に見つめていた。敵の攻撃力は凄まじいが、その反動で執行者自身の足場もまた、自らの破壊行為によって不安定になっている。
「ベル、スス、親方を連れて引くよ! これ以上の戦闘は必要ない!」
ロイスが地面に仕掛けていた即興トラップが発動する。高圧蒸気とともに廃油が霧状に撒き散らされ、そこへロイスが放った火種が引火した。凄まじい爆炎が港の一角を飲み込む。
「ぐっ……!」
執行者が視界を奪われ、たじろいだ一瞬。ベルはその機を逃さず、瓦礫の下敷きになっていたジェミニを抱え上げると、ロイスとススを伴って路地裏の暗闇へと飛び込んだ。
背後では、執行者の怒りに満ちた咆哮と共に、逃走経路を塞ぐように倉庫の屋根が崩落する音が響く。破壊の限りを尽くす敵の追撃を振り切り、彼らは潮風の吹く闇の中へと消えていった。港には、無残に抉り取られた石畳と、ただひたすらに壊された壁だけが、激しい戦闘の爪痕として残されていた。




