海中時計塔の狂気
尾行はさらに深部、一般の労働者が近寄ることもない港の最果てへと進む。辿り着いたのは、セント・ジュードの象徴となるはずが、建設途中に地盤沈下によって海へ半分傾き、呪われた遺構として放棄された巨大な海中蒸気時計塔だった。
海面に突き出した真鍮の巨大な歯車たちは、月の光を冷たく反射し、まるで海中から現れた巨大な骸骨のような様相で静まり返っている。
男はその時計塔の、海面ギリギリにある錆びついた隠し扉を潜り、中へと消えていった。
「あそこね。掃除屋のネズミ小屋にしては、随分と悪趣味で豪華な場所じゃない」
ロイスはクレーンの先端から、予備のワイヤーロープを使って一気に滑り降りた。ジェミニとベルもまた、闇に完全に溶け込みながら時計塔の基部へと集結する。
「ロイ、ここから先は本当に危険だ。一歩踏み出せば、俺たちは名実ともに幽霊として、この世の光の下へは戻れなくなるかもしれないぞ」
ジェミニが、外套の下で拳を血が滲むほど握りしめながら告げる。その瞳には、妹をこれ以上危険な深淵へ引き込みたくないという、兄としての悲痛な願いが宿っていた。
「親方、忘れたんですかい? 私たちはもう、とっくに戻る場所なんてない幽霊なのさ。遠い記憶の庭園が、たとえ大切だったとしても、そこはもう私たちの帰る場所じゃない。それに、あの中で何が現像されているのか、この目で確かめない限り、この私の脳内の歯車は永遠に止まったままなんですよ。真実を解体しなきゃ、死んでも死にきれないってね!」
ロイスは、少年ロイを演じながら不敵な笑みを浮かべ、重たい真鍮の工具袋をパチンと叩いた。
ベルが工具箱から、潜入用の小型高熱バーナーを取り出し、音を立てずに扉の真鍮製接合部を焼き切っていく。
扉が開いた瞬間、時計塔の内部から漏れ出してきたのは、吐き気を催すような強烈な薬品の臭いと、数千、数万もの紙が高速で擦れ合うような、不気味で連続的なノイズだった。
三人と一匹は、息を殺してその深淵へと足を踏み入れる。
塔の内部は、巨大な吹き抜けになっていた。
放置されていたはずの時計の歯車たちは、不気味な青い光を放つ最新の蒸気機関に接続され、猛烈な速度で回転している。その回転は、クイーン・スチーム・エリザベス号から略奪された乗客たちの記録や物理的な証拠を次々と化学槽へと送り込み、インクを剥がし、紙を溶かし、文字通り歴史から消し去っていくための負の現像処理工場と化していた。
排水溝には、剥がれ落ちたインクが混じった黒い液体が、まるで犠牲者の血のようにドロドロと流れている。
「これは、酷いね。真実を物理的に解体しているわけか。よし、作戦変更。ネズミの巣を掃除するんじゃない。この巨大な時計そのものを、狂わせてあげようじゃないか! 最高のオーバーホールをご覧あれ!」
ロイスの瞳には、かつてないほどの怒りと、それを上回るエンジニアとしての破壊衝動が燃え上がっていた。
幽霊探偵団の反撃は、静寂を切り裂く彼女の歓喜に満ちた宣戦布告と共に、加速度を上げていく。




