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真鍮の探偵ロイス・アッシュウォーカー/宿命の解体屋と鋼の守護者  作者: 弌黑流人
灰色の美学

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三つの規範

 「ロイス様、偽装工作はすべて完了しました。これより、我々の反撃に向けた『幽霊探偵団』としての行動指針を定めるべきかと存じます。……敵は、国家の中枢さえも動かす『掃除屋』。これまでのような、真実を暴けば勝てるという楽観的な正攻法は通用しません」


 ベルが、マダムから提供された最新の港湾地図を、埃の積もったテーブルに広げた。

 ジェミニが頷き、ヴィクトルの遺品である「砕けたレンズの破片」を中央に置いた。三人と一匹の視線が、その小さな、けれど熱い真実の欠片に集まる。


 「ああ。俺たちは死んだことになっている。その優位性を最大限に活かしつつ、敵の懐へ飛び込まなければならない。……ロイス、これからの行動を縛る、三つの規範を決めよう」


 ロイスは、重油の匂いが染み付いた空気の中で、深く息を吸い込んだ。


 「分かっているわ。……第一の規範。『自らのアイデンティティを封じ、影としてのみ動くこと』。アッシュウォーカーの名は、この事件が完全に解体されるまで、この倉庫の中に封印するわ。私は名もなき少年整備士。お兄様は無口な雇われボディーガード。ベルは型落ちの労働用アンドロイド。……誰一人として、自分を語ることは許されない」


 「……グルルル……ナァォォ〜ン(俺様も、ただの腹を空かせた、どこの馬の骨とも知れねえ野良猫だ。……敵の喉笛を噛み切るチャンスが来るまで、徹底的に薄汚れてやるぜ)」


 ススが、テーブルの上に鋭い爪で傷を刻みながら鳴いた。その声には、かつてないほどの野生の鋭さが宿っていた。


 「第二の規範は、俺が提案する」とジェミニが言葉を継ぐ。「『直接的な情報の接触を避け、すべてをマダムというフィルターを通すこと』だ。我々の生存がバレることは、マダム自身の破滅をも意味する。事務所の通信網や、かつての知人はすべて敵の監視下にあると想定しろ。たとえどんなに窮地に陥ろうとも、自分たちだけで解決する。マダム以外、誰も信じるな」


 ロイスは、兄の非情とも言える提案を、重く受け止めた。

 そして、最後に一番重要であり、最も困難な三つ目の規範を口にする。


 「……そして、第三の規範。『真実を暴くだけでなく、その裏にある“意志”そのものを解体すること』。ヴィクトルが残したリストの乗客たち……彼らがなぜ生かされ、なぜ消されたのか。そして、なぜ掃除屋が必要とされたのか。その根本的な歯車を叩き潰さない限り、世界はまた第二、第三のクイーン・スチーム・エリザベス号を生み出すわ。……私たちは単なる探偵じゃない。世界の壊れた理を治す、地獄の修繕屋リペアマンになるのよ」


 規範が定められた瞬間、三人と一匹の間に、静かな、しかし決して消えない闘志が灯った。


 倉庫の奥で、偽装を終えたアッシュキャリアーの補助エンジンが、静かに、しかし低く唸るような重低音を響かせ始めた。

 それは、死者が蘇り、巨大な巨悪を解体しに行くための、宣戦布告の鼓動であった。


 「……決まりね。さあ、まずはこの港に潜んでいるという、掃除屋の足掛かり……『ネズミ』を探しに行きましょう。……お腹が空いたわ、スス。……最高の獲物を、狩りに行きましょうか」


 倉庫の小さな窓から、未明のセント・ジュードの港が見える。

 霧の向こうで光る灯台の光は、もはや救いの光ではなく、獲物を探す執行人の瞳のように不気味に揺れていた。


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