第三話「姉と弟」
「いてぇ……、あいつらあんなに怒ることないだろ、助かったんだから」
殴られたところが未だに痛むのを我慢して、俺は自転車に乗り大きなカバンをいくつも持って走っていた。何故かと言えば、家に大量の物資があっても四人では無くなる速度も違うため、より多く買いに行こうとしている。
今のところ俺の家の近くでゾンビ騒動は起きていない。だから生活必需品や食料などの物資が買い放題となっている。そのお金がどこから来ているかと言えば、世界旅行に行くために貯めていた俺の貯金やクレジットカードを上限まで使っている。
どうせゾンビの世界になったらお金の概念なんてあってないようなものだ。ゾンビが蔓延る世界からゾンビがいない世界になったとしても、それが何十年、何百年先の話だ。お金なんていくらでもくれてやればいい。
「はぁ……、はぁ……」
何往復もしないようにパンパンに物資が入った大きなカバンをいくつも持ち、俺は汗だくになりながら自転車を漕いでいた。その姿を見ている通行人やコンビニの店員に変なものを見るような目で見られたが、そんなことを気にする俺ではない。そんなことを気にしていたら生き残れない。
そして我が家に到着した俺は家に入って玄関に荷物を置いて一息ついた。どうして俺がこんな疲れることをしているのか、俺じゃなくてあいつらがすることだよな、何で俺が親切をしているんだ、などと考えが溢れてきたが、もう終わったことだ。後で十倍にしてこの恩を返してもらおう。
「……くせぇ」
一息ついているところで、自分の服のにおいを嗅いで汗で臭くなっていたことに気が付いた。あれから一時間くらい経っているため、もう理子たちは出ている頃だと思った。
疲れている体を無理やり動かし、お風呂場に歩いて行く。ここで気が付けばよかったのだが、あいにくこの時の俺には日頃の運動不足による身体能力低下と集中力が散漫になってしまっている扉の先から音が聞こえていることに気が付かなかった。
俺はようやくお風呂に入れると脱衣所の扉を開けると、そこには天国のような光景が広がっていた。
「えっ?」
「……えっ?」
「は……?」
「……ふぅぅぅぅ」
服の上からでも分かっているが何もない状態で見るとその美しく大きなハリのある胸にそれ以外は引き締まっている体の理子に、体のすべての部位のプロポーションが整っている美しい白い肌を持った真田、そして二人には劣るが大きなお尻が魅力的で足の肉付きがエロさを引き立てる茶髪の女性。
俺の視界には三人の全身を入れていて、なおかつその体を余すところなく一瞬で見ることができた。どれだけの陰毛がどれだけ生えているかとか。ハッキリ言って絶景だった。
それを見れば天国のような光景だと思うところだが、今の俺は面倒だと思うしかなかった。こんなことのために怒られるとかたまったものではない。
「まだ、いたのかよ。早く出ろよ、こっちはしんどい思いをしてんだよ」
俺は気だるそうにそう言って脱衣所の扉を閉めた。そして何か言われる前に自身の部屋に待機しておこうと二階に上がろうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ぐへっ!」
しかしそれを見逃してくれる女性はおそらく俺の知る限りではおらず、後ろからバスタオルを体に巻いている理子が俺の後ろ襟をつかんで俺を無理やり止めてきたことで首がしまって一瞬だけ呼吸ができなくなった。
「なんだよ……」
「なんだよ、じゃないでしょ! あたしたちの裸を見ておいて一言もなし⁉」
「悪かったな。じゃ」
「天誅ッ!」
「いってぇ!」
謝れと言ってきたから俺が軽く手をあげて謝ったと言うのに、理子は俺の足を思いっきり踏んできた。足の骨が折れるのかと思うくらいの威力だった。
「別にわざとじゃなかったんだから良いじゃないか」
「わざとじゃないからっていいわけないでしょ! 彼氏でも家族でも何でもない男に裸を見られたんだからそんな軽い感じて終われるわけないじゃん!」
「別に減るもんじゃないんだから良いだろ。それとも俺が裸を見せれば良いのか?」
男が女性の裸を見てキレられているのだから、その逆をしようと俺はズボンを脱ごうとする。しかしそれを顔が赤くなった理子の蹴りによって止められようとする。
「そんな汚いものを見せようとするな!」
「ふっ、甘いぞ」
こちらもそう簡単に何度も殴られるわけにはいかず、その蹴りを避けた結果、理子のバスタオルはずるりと落ちて全裸で足を上げている理子の姿が俺の目に映った。
「き……」
「それは、見せているのか? 実の弟に」
「そんなわけないでしょぉぉぉぉぉっ!」
顔を真っ赤にした理子はそう言いながら胸と恥部を手で隠して脱衣所に走り去っていった。弟に全裸を見られてもそんな恥ずかしがることでもないのに。俺が理子に全裸を見せろと言われても喜んで見せてやるのに。汚いと言われて蹴られるのがオチだが。
そう思いながら、俺はべた付く服に気分を悪くして、まだお風呂に入れないのかと落ち込みながら二階の部屋に向かった。どうせまた理子が来るわけだし、その時はお風呂に入れる合図だ。
「ふぅぅぅぅ……やるか」
早くお風呂に入って寝たいと思う気持ちを抑えながら、俺はパソコンを再起動させてネットと電気が生きている内にできることをやっておく。
ここから一番近い籠城できそうな場所や、人が密集しない場所などをマップからピックアップしていく。そこから一番最初にここら辺の人が籠城するであろう場所の推測、ここがダメになったらどうやって逃げだすかのシミュレーションを欠かさない。
ゾンビの基本情報も忘れないように頭に入れ、ゾンビの特性で上手く逃げきれないかを考える。これが今やれることだ。後手後手に回れば死ぬのが早くなる。どちらにせよゾンビが蔓延する前かゾンビが蔓延した後に手を打たなければ人類は滅ぶ。
今の段階であまり騒ぎになっていないことを考えれば、ゾンビが蔓延する前に手を打つことは不可能だと考えているが。
「サイゾー――――ッ!」
「ッ! ……びっくりしたぁ。乱暴に扉を開けるなよ」
俺が色々な場所を見て調べているところに大声と共に乱暴に扉が開け放たれた。それに驚いた俺は扉の方を見ると私服に着替えて憤怒の表情を浮かべた理子と理子の私服を借りている二人が後ろにいた。
「もう風呂が空いたんだな。じゃあ俺も入る」
着替えを持って何でもないようにお風呂に向かおうとするが、さすがにそれでは騙されるわけがなく理子が俺の前に立ち塞がった。
「正座」
「いや、あれは不幸な事故だ。だからどちらも悪くない。ここはお互いに忘れることにしよう」
「土下座」
「知り合って間もない異性に全裸を見られることは恥ずかしいことだ。だがそれをすればその分だけ脳に刻まれてしまって忘れるものを忘れられなくなる。ここは水に流すことが良い判断だ」
「裸で土下座」
「何だ、結局俺の裸が見たかったのかよ。このエロ姉貴が」
「ふんっ!」
「ぶほっ!」
理子は俺のお腹に拳をめり込ませてきた。さすがにこれだけ殴られたら俺でもキレるぞ。俺の自業自得であっても、勝手に罰を与えることは日本の法律で許されていない。だから俺が理子に罰を与えないといけない。
「甘いぞ理子!」
「ひっ!」
さすがに姉を殴るのはどう考えても見聞が良くないから理子に抱き着いた。普通に抱き着くだけならあまり意味がないが、今の俺は汗がびっしょりとついている服を着ている汗くさい男だ。
「ほらほら、これで何もできないだろ」
「ちょ、やめてよ……!」
理子は俺を振りほどこうとしているが、俺が理子の体が壊れないくらいの力で体を締め付けているから俺の抱擁から抜け出せないでいる。
「姉弟で仲を深めているんだから、良いじゃないかぁ」
「ていうか、汗くさい、あんた……ッ」
「だから早く風呂に入りたかったんだよぉ。その身に刻み付けてくれよぉ」
「もう身に染みたからぁ……!」
「遠慮するなよぉ。もっと堪能してくれぇ」
理子の耳元でねっとりとした口調を使っているが、段々と理子の抵抗がなくなってきた。どうしたのかと思って理子の方を見ると、顔を紅潮させて息が荒くなっていた。
「……理子?」
「んへぇ?」
「大丈夫か?」
「……どうかなぁ?」
俺は抱き着ける力をなくしたのに、今度は理子から抱き着いて俺の胸元に顔をうずめてきた。どうしてこんなことをしているのか、俺には意味が分からない。俺の汗のにおいにハマったとかではないだろうに。
「あの、理子? いつまで彼とイチャイチャしているのかしら?」
「ッッッ‼」
後ろにいる真田にそう言われて理子は俺を突き飛ばして俺から距離を取った。突き飛ばされた俺は倒れそうになったが何とか踏ん張って理子を見る。
「突き飛ばすなよ、危ないだろ」
「あんたが抱き着いてきたからでしょ!」
「でも途中から理子が――」
「あーあー! 何も聞こえなーい!」
「必死過ぎだろ……」
俺の言葉を遮って理子は大きな声を出している。もしも家の周りにゾンビがいたら一瞬で居場所がバレてバットエンドしか見えない。それを考えたらどこまでの聴力があるか分からない状態ではやっぱりゾンビがいない場所が望ましいな。
「理子、弟を想う気持ちは恥ずかしいことじゃないよ」
「だから違うってー!」
紗帆と呼ばれている不良的な女子高生に肩を叩かれてそう諭されている理子は一層大きな声で言葉を発した。




