第二話「女子高生たち」
理子から連絡が来なくなって一時間ほど。学校から家まで歩いて三十分ほどかかる。学校から逃げ出すまでにも時間がかかると考えても、三十分で学校から出られなければまず出ることはできない。
「・・・・・・連絡、定期的にさせておけばよかったか」
学校から出たとか、今どの辺とか、ゾンビが出たとか、そこを諸々連絡させておけば今どこにゾンビがいるとかが分かる。
「ネットは、一時間くらいしか経っていないからそれくらいか」
SNSではゾンビが本物だと分かっている人たちはそこまでいるわけではなかった。分かっている人たちがこれ以上いたとしても、行動しているからSNSを触れない可能性の方が高い。
気が付いた人たちがどうするのか、とりあえず物資がある場所に籠城するのが定石だ。ただそれを考えている人たちがいっぱいいれば、それは悪手となり果てる。物資の数は限られているから、人が増えればそれだけで物資がある場所は無意味になる。
今は正午。朝の八時にゾンビ騒動が各地で起き、そこから俺は物資を買い溜めて家に帰るのに三時間ほど、そして理子から連絡が来なくなって一時間。SNSではゾンビがどこまでいるのか分からないが、日本各地にある定点カメラでゾンビが確実に広がっているのは分かっている。うようよとゾンビが動き回っている。
これだけの短い時間でゾンビがあり得ないほどの広がりを見せているのは、ゾンビの感染力が強いのか、あるいは別の要因があるのか。当たり前だが後者であることは言うまでもない。
情報を集めている過程で世界の定点カメラも見ていたが、世界も同じような感じになっている。いや、日本より人口が多い海外は日本よりもゾンビの発生数は断然に違う。
そこのところを考えれば、ゾンビを発生させた団体は世界中の人々をゾンビにさせるために世界中に必要数のゾンビを配置したと考えられる。
「ふっ、誰だよ、こんなにも人間を絶滅させようとしているのは」
ここまで周到で、ここまで気が付かれずにゾンビを各地にばらまくことができたことに感心した反面、世界を混沌に陥れようとするその意気に笑いが出るほどの恐怖を覚えた。
「まっ、こんな世界で一番楽しんでいるのは俺かもな」
いつかは平和な日本を飛び出てどこかに行こうとしていた俺であるから、こんな世界になっても神が楽しめと言っているようにしか思えない。その神が地獄で待っていようが、俺は笑いながらそこに行ってやると思っているくらいだ。
「それは置いておくとして・・・・・・」
パソコンでの作業を一通り終えた俺は部屋の窓から外を見る。そこにはまだ平日の昼間といった感じで色々な人が歩いている。だから、この後は爆発的な広がりを見せると予想している。いや、混乱の方が先か。メディアや政府がどうするかが肝になってくる。
それから俺はこの家にずっといるわけではない。ここにいてもゾンビのことを調べることができないし、物資にも限りがある。とりあえず人間が一定数ゾンビになってくれないと物資の確保は難しい。
「・・・・・・くひっ、全く、ろくでなしだな俺は」
思っていることがクソ野郎の考えだと分かっているが、我が身のことが一番なのだからそう考えるのがこの世界では当たり前のことだ。だから数手先まで読んでいないと生き残れない。
「・・・・・・何だ、来たのか」
外を見ていた俺の視線の先には俺の方を見ている三人の女子高生がいた。その女子高生たちはキレイどころが揃っていると思えるが、とてもじゃないが女子高生とは言えない服はボロボロで髪もボサボサな身だしなみであった。
その女子高生たちの姿に道行く人たちは変なものを見る目で見ており、少し近づいただけで顔をしかめてそそくさと離れていった。
その女子高生の一人、染めている長い金髪を左側頭部で結んで垂らしているメイクがほとんど崩れている女子高生がポケットからスマホを取り出し耳にスマホを当てた。すると俺のスマホが震えだし、俺は画面を見ずに出た。
『来たから開けて』
「一人じゃないんだな」
『当たり前でしょ。友達を見捨てれるわけないじゃん』
「そりゃご立派なことで」
『良いから開けてよ』
「俺が嫌だと言ったら?」
『は?』
「悪いが、この家はすでに俺が保有している。ゾンビの世界になっているんだから、どれだけ物資が大切なのは分かるだろ? 俺が物資を減らす人間を増やすと思っているのか?」
『・・・・・・才蔵、あんた自分が何を言っているのか分かってんの?』
「むしろ分かっていないと思っているのか? 誰もが生き残ることに必死なこの世界で、姉とか家族とか友達とか、関係ないんだよ」
俺に友達はいないからそこの心配はないんだけど。それに俺があの場から助言をしたのはゾンビの情報を提供してくれたからであって、この家に入れるとは言っていない。
俺がせっかく買い溜めた物資なのに、それが四倍で減ってしまう。それだけは避けておきたい。そう思っているところで、金髪のサイドテールの小汚い女子高生、日比野理子はとても美人な顔が崩れるほどの怒った表情をしている。
『良いから開けな! 今なら許してあげるから!』
「断る」
『ッ‼ バカ言わないでよ! 助け合わないといけないのに今そんなこと言っていいわけないじゃん!』
「はっ! そんな言葉は鼻で笑ってやるよ。無様にそこで俺にそう言っているか、他を当たるかどっちかにすることだな」
俺が電話口や理子が見える窓際で声を出して笑ってやった。だが理子は俺の方を見て人を殺すかと思うくらいの目で俺を見ていた。ていうか、もうここまで来たら開けれないでしょ。対面したらフルボッコにされるのは確定だな。
そう思いながら笑っていると、理子の隣にいる小汚いがそれでも美しさが際立っている黒髪ロングのスレンダーで清楚な感じの、理子とは全く別方向のクールで人を近づけさせない感じな女性が理子からスマホを受け取って俺の方を見てスマホを耳に当てた。
『初めまして、才蔵くん。私は理子の友人の真田美弥よ』
「どうも、理子のろくでなしの弟の日比野です。理子のご友人の真田さんが、一体どうされましたか?」
『さっきはありがとう。おかげでゾンビから逃げることができたわ』
「あぁ、まぁ、まだゾンビに会っていないんで推測でしか分かりませんでしたけど、助かって何よりです」
『私のスマホに、ゾンビを撮った動画があるわ。それも近くで撮っているし、できるだけ撮るようにしていたからそれなりの情報になるはずよ』
「ほぉ、それはそれは・・・・・・」
この人、切れる人だな。そして俺が今一番欲しいものを的確に理解している。そんな人が近くにいても良いが、諸刃の剣としか言いようがない。頭が悪い人も嫌だが、頭のいい人を敵に回すとこの世界では命取りになりかねない。
『この動画をすべてあげるわ。その代わりに家に入れてほしいの』
「あなたなら分かっていると思いますが、人が多くなることはリスクも高くなってきます。ですから俺はあなたたちを受け入れることはできません」
『それは人が多くなれば物資が早く減る、内部分裂、人間同士の争いのことを言っているのかしら?』
「はい。ですからお引き取りください」
『なら、私たちはあなたのすべてに従うって言えば良いのかしら?』
「そんな言葉を信じろと?」
『何ならここで全裸になってあなたが動画を撮っていても良いわ。それでも不満かしら?』
「ゾンビの世界になり果てたら、そんなことは無意味なものになります。意味のないことはしないでください」
この人を入れるのは良いが、それでもこの人は俺が使えないと思ったら俺を切り捨てるタイプの人だ。だからこそ自分のことを理解している俺はこの人を近くに置きたくなかったが、置いておけば役に立つ人ではあると思った。
『ねぇ』
そう考え事をしていると、知らない女性の声が聞こえてきた。下を見ると長い茶髪をアップポニーテールにしている、元々鋭い目つきなのか、それとも俺を見て鋭い目つきになっているのか分からない不良な雰囲気をしている女性がスマホを持っていた。
『あたしたちだけを入れないならともかく、どうして理子を入れてあげないの?』
「ゾンビがはびこるこの世界では、家族はしがらみにしかなりません」
『・・・・・・信じられない。こんな世界だから家族が大切なのに』
「俺がこんなクソみたいな性格なのは自覚していますよ」
俺がそう言うと不良的な女性は俺のことを可哀そうな目で見てきた。さすがの俺でもそんな可哀そうな目で見られたら悲しくなる。もう家に入れてやりたくないと思うくらいには。
しかし、いい加減に決めないといけない時間にはなっている。理子たちを入れるとすれば、物資の確保に動かないと手遅れになってしまう。今はまだ大丈夫でも、騒ぎが大きくなってもおかしくない時間だ。
『良いから開けなさいよ! 奴隷でも肉便器でも何でもなってやるから開けなさい!』
「うっ・・・・・・せぇ」
耳元から大きな理子の声が聞こえてきて一瞬だけ何も聞こえなくなった。おそらく彼女たちはここから離れることはないから、俺が根気負けしたということで家に入れることにしよう。
そう決めた俺は、電話を切って一階に降りていく。その間に理子からどんな制裁が来るのか想像して殴られるのは確定だと思った。自業自得だと分かっているが、俺の寛大な心に制裁はなくしてくれないかと淡い期待を抱いておく。
そして玄関のドアのロックを解除してドアを開けると、外から拳が来ているのが分かった。思った通りだと思いながら、俺はその拳を甘んじて受け入れて、俺の頬にその拳が深く刺さった。
「ぶへっ!」
俺は拳を受けて後ろに倒れた。すごく痛い。受けた後でもじんじんと痛みを感じながら、殴った張本人を見ると、憤怒の表情を浮かべていた我が姉がそこにいた。
「覚悟はできているんでしょうね?」
「それは殴る前に言うセリフ」
「うるさいっ!」
そう言った理子は倒れている俺に馬乗りになって胸倉をつかんできた。理子が近くに来て分かったが、理子たちとすれ違った人たちがどうして顔をしかめた理由は、大量に香水か何かを吹きかけているから、顔をしかめるレベルで臭い。
「五発で許してあげる」
「じゃああと四発か」
「違う、五発」
「それじゃあ六発だな」
「六発でも良いよ?」
「五発が良いです」
やっぱり殴られてしまうのか。いやだが、俺が同じようなことをされたら殴るだけでは許さない。ここは五発殴られて許されようと思い、目を閉じて拳を待つが、一向に拳が来なかった。だから目を開けた。
「もう・・・・・・、家族なんだから、関係ないとか言わないでよ・・・・・・」
そこには目に涙を浮かべた理子がいた。理子は俺や両親とは違っていい人格の持ち主だから、こんな弟でも涙を流してくれる。本当にできた姉だ。
「・・・・・・悪かったよ」
「殴らないと、絶対に許さない」
「そこは殴るのかよ」
「当たり前でしょ! 殴られて許されるんだから甘んじて受けなさい!」
「なぁ、理子」
「なに? 言っとくけど、回数は減らさないから」
「いや、そうじゃなくて、臭いから早くどいてくれない?」
「ッ‼」
俺がそう言ったら理子は顔を真っ赤にして俺の頬にキッチリと拳を五発入れてきた。
「いてぇ・・・・・・」
「才蔵はデリカシーがなさすぎ! もぉ!」
殴ってもなお怒りが収まっていない理子さまであるが、見た感じ本気で怒ってはいないようだ。それにしても頬が痛い。この痛みを教訓に、次から暴力をふるわせないようにしよう。
「美弥、紗帆! 入ってきていいよ」
理子がそう言うと外から清楚系と不良系の女子高生二人が入ってきた。そして思った以上にこの三人が集まると臭いで失神してしまいそうだった。俺が提案したことだが、まさか人間にも影響を与えるとは、想像がついていた。
「お邪魔するわ」
「・・・・・・どうも」
真田は澄ました表情をしているが、不良的な女子高生は少しだけ俺のことを警戒しているように思える。ただ、俺は一つだけ言いたい。
「なぁ、早く風呂に入ってくれないか? 臭くて失神してしまいそうなんだが」
そう言った俺の体には三発の拳が飛んできたことは言うまでもない。




