第一話「終わりの始まり」
「あははははっ! それってほんと? おもしろー!」
「ふふふっ、独特な感じだね」
「そうだろ? あいつらって本当にどうしようもないよな」
「ふっ、人それぞれだから仕方がないが、もう少し周りを考えてほしいものだね」
SHRが始まる前の朝の時間、クラスの大半が登校していた中、一際存在感を放っている集団があった。そのグループはいわゆるトップカーストと呼ばれる集団で、イケメン二人と美女二人が集まっており、人気が高い男女が集まっている。
カーストなどどうでもいいことだと思い、俺は手元にある本に視線を落とす。しかし、どの本もそれほど俺の心を大きく揺らすことはないためそこまで集中して読めるわけではない。
「どうして人前で喋れない人がいるんだろ?」
「それはてめぇの立場を自覚して喋らないようにしているからだろ。陰キャは陰キャらしく大人しくしていれば良いんだよ」
「そうやって人を差別するのは良くないよ?」
「差別じゃなくて区別だ」
本に集中できない理由はクラスで一番大きな声で話しているトップカーストの奴らのせいかもしれないが、ここまで聞こえてくる内容を聞いても理解できない。
どうして人をバカにするようなことを言って笑えるのか、俺には理解できない。接点があるのなら関わらないようにするタイプだし、接点がないからそこは安心できる。
そんなことよりも、こんなつまらない退屈な日々を暮らしていて、世界中の人たちは何が面白いのだろうか。働いて、お金を稼いで、生活して、息抜きにお金を使う。その繰り返しや子を成すことで種を繁栄して死に至る。
その感覚が俺は欠けていた。そんな不変的な生活、社会の歯車になり果て奴隷と何ら変わりはしない。だからこそ、その不変が打ち砕かれるような日々に変わらないものかと思っているところだった。
今も、ゾンビパンデミックを題材にした小説を読んでいるが、こんな世界に起こらないかと願っているまである。そんなことを思っていても仕方がないから、願っていることだけでおさめている。
「何だよ、これ。これってさすがにCGだよな?」
もう少しでチャイムが鳴るという時間で、クラスの男子の一人が声を上げたことでそちらにクラス全員の視線が向いた。しかしそんなことを気にせずに画面を見続けている。
「気になる! どれ?」
「えっ、あ、あぁ、これだよ」
「どれどれ、吏世さんに見せたまえ」
トップカーストの一人の女子がその男子の元に向かって画面をのぞき込む。女子生徒は画面を見るまではうきうきとした表情で見ていたが、画面を見るにつれて動揺を隠しきれない表情をしていた。
「えっ・・・・・・、これって・・・・・・」
「おいっ! 吏世に何を見せたんだよ!」
女子生徒が画面を動揺して覗き込んでいることで怒りながら画面を見せている男子生徒の胸倉をつかんだトップカーストの男子。どう考えてもおかしいものを見せているわけではないということをその脳みそでは分からないのだろうと思いながら、俺は俺のスマホで話題になっていることをネットで拾った。
「・・・・・・突然おかしくなった、ね」
ネットに次々とアップロードされている動画を拾っていくが、日本どころか世界各地でその現象が起こっていた。まるで人が〝ゾンビ〟になったかのように人を襲っている映像が見て取れる。
場所までは分からないが、人が多いところかつ同じところで違う角度だが同じ動画を上げている人が多く、県ごとに一件か二件くらいだと推測した。ゾンビの定石から考えれば、これから一気にパンデミックが起こる。
「これって・・・・・・さすがに二次元とかそう言う話だよな?」
「でも、こんなに大人数が同じことをするの?」
「えっ? 一体どうなっているのよ・・・・・・」
「みんな信じてるの? こんなの作り物に決まっているじゃん」
俺以外の人たちもその映像をスマホで確認しているらしく、それがクラスに伝染してクラス全員がその映像を知ることになる。反応はそれぞれで、信じられない、こんなことあり得ない、何かのイタズラだろなどそう言った声が聞こえてきた。ほぼ全員が信じていない様子だった。
「・・・・・・これは、現実だ」
だが、俺はこれが現実だと断言した。そしてそれを確認するために俺は荷物を持って急いで教室から出た。後ろから声が聞こえてきたが、そんなことを無視して突き進む。
「何だか騒がしいですね」
「さぁ、最近の学生の考えていることはあまり分かりませんから」
チャイムが鳴って先生たちが教室に向かっているところだった。
「おいッ! どこに行くんだ!」
「今日は早退します」
「おいっ!」
先生に何か言われても俺は走って先生とすれ違い、捕まらないようにして先生の追撃から逃れることができた。
「・・・・・・ははっ」
他のクラスの生徒たちもざわついている中、俺は走りながら笑みを浮かべてしまった。まさか思っている早々起きるなんて思ってもみなかったし、何よりこんなチャンスは滅多にない。この目で世界の終わりを確認しないと楽しめないと思った。
状況を確認するために屋上に行くことを考えたが、それではもしも広がってしまったことを考えればここから一人で逃げられなくなる。一人で楽しめるには、学校から出ることが第一条件だ。
「ッ! あとで、発生地域を確認しないとな・・・・・・」
校舎を出て学外に出ようとした。しかし、学校の正門のところにはネットで見たものと同じ、意思がないのかふらふらとしているここの学校の女子制服を着た生徒が二人いた。
ネットで見た感じ、朝に人が多い場所、駅とかにいる動画や画像が上がっていた。ここで早速ゾンビと遭遇することは想定外だが、おそらくまだこの二人か、他にあと数人くらいしか今はゾンビが確認されていないと思った。
そう思いながら、どこに行くわけでもないフラフラとしたゾンビと一定距離を保ちながら学校の正門から出ようとした。
「ッ! ここでも分かるのか」
音を立てずに動いていたと思ったが、ゾンビ二人はこちらに気が付いて俺の方に向かってきた。その速さは別に早いものではなく、難なく躱せるものだった。油断せずに走って離れると、俺を追いかけてこずにまたその場にフラフラとしている状態になった。
「・・・・・・ふっ、条件がありそうだな。見えてはなさそうだから、音か、においか、それとも第六感か」
俺はゾンビの構造に興味しかなかった。こんな非現実的なことを調べられるのだから、ワクワクせずにはいられなかった。しかし、今必要なのは情報収集と食料と水だ。
足を止めてスマホでSNSを見る。ほとんどの人の反応が信じないものであったから、俺みたいに初動が上手く行っている人は水と食料の確保に動くことができる。そして住居も確保しないといけない。
一人で行動するデメリットは労働力が一人しかなく、すべてを一人でこなさないといけないことだ。だが、一人で行動するメリットは自由に行動でき、守る対象は自分しかいないことだ。
「・・・・・・家だな」
スマホをポケットにねじ込み、一旦家に戻ることを決めて早歩きを始める。俺が移動できる中で色々と都合がいい場所は自身の家だ。その道中で水や保存に適している食べ物、その他ライフラインを絶たれた時に必要な物をできるだけ買い溜めておく。
「くひっ・・・・・・」
まだ序の序の序の口な出来事だが、これから起こる混沌が楽しみでさっきから笑みが止まらなかった。俺の考えていることが合っていれば、一日もすればゾンビはかなり増えている。一ヶ月もしないうちにおそらくゾンビになっていない人の方が少ないと思っている。それくらいまでに状況が整っている。
「ふひっ・・・・・・、楽しみだなぁ」
一体この世界がどうなっていくのか、それを想像しながら帰路に就いた。
☆
「ふぅぅぅぅぅぅー・・・・・・、疲れた・・・・・・」
俺は家にたどり着いて早々、荷物を玄関に適当に置いてしっかりと玄関のドアのロックをかけて座った。俺の目の前には大量の水や栄養調整食品、カップ麺、電池、携帯ラジオなど、様々なものが置かれている。
これだけのものを一度にこの家に持って帰ることなど、帰宅部で体力が普通の俺にはできない芸当だ。だから俺は何往復もしてこれらの物資を買い溜めた。残念ながらその道中ではゾンビに遭遇することができなかった。
水道、電気のライフラインがいつ途切れるか分からない状態で、物資が無くなってゾンビの群れに突っ込むか餓死したくはないからこうして汗だくになりながら買い溜めることが今できることだ。
「まだそこまで話題にはなっていないな」
一通りの物を自分の部屋や台所に片付けた俺はSNSを見るが、俺がゾンビ騒ぎに気が付いた時とあまり騒ぎが大きくなっていない。考えられることは、そこら辺にいる人たちが全員ゾンビになって伝えられなくなったのか、逃げ惑ってそれどころではないか、それをウソだと思っている人が多くて騒ぎが大きくなっていないのか、事態が収束しているか。
最後はあり得ないとして、この段階で俺のように行動している人がどれくらいいるかだ。この状況でしばらく生き残れる人間は大きく分けて三種類。俺のように早い段階で動いた人間、ゾンビに襲われている人たちを見て学校などの集団で行動している人間、人と出会わないような生活をしている人間の三種類だ。
「今は知識の取得と、ゾンビの位置把握だな」
今はまだゾンビを世間が注目しておらず、人類側の動きはない。だからその間にできることは一つ目にライフラインが止まった時に使える知識を蓄えておくこと、二つ目にゾンビがどこに出現してどこから広がったのか、またその生息地を把握することだ。
一つ目の理由として、電気やネットが使えなくなった時、必要な知識を取得する方法は人の知識か本による知識の二つに限られる。本当は本屋に行きたいところだが、残念ながら今はあいていない。だからネットから知識を紙媒体にコピーしておかなければならない。今は本屋があいていないが、行けるようになれば行けば良い話だがそれはできるだけ避けたいためこうして紙媒体にしている。
二つ目の理由は、ゾンビの行動パターンや大体のゾンビの場所を知りたいからだ。そうすれば今後動きやすくもなるし、何よりゾンビを観察できる。
「日本は・・・・・・どれくらい持つかね」
アメリカのように銃社会ならまだしも、日本のような平和な国ではゾンビを殺すことができずにゾンビが拡大し続ける。そう思いながらまだライフラインの心配がないため、二階にある自身の部屋に入ってパソコンを立ち上げる。
そこからゾンビが現実だと確信した動画サイトのある動画を開いた。その動画はライブ配信されている定点カメラだった。そしてそこにはさっきまでとは違い、多くのゾンビがうようよとしている。
「やっぱり本物で決まりだな」
この定点カメラと、それから定点カメラに映っている場所を動画で撮っていた人、そして都会の通勤ラッシュという場所でのゾンビの動画、それから日本各地ということを鑑みて俺はゾンビという存在がいることを確信した。
「そう言えば、理子は大丈夫か? まぁ、今は知識だ」
定点カメラの映像をスマホで流して俺はパソコンで必要そうな知識を片っ端からプリントアウトしていく。家にそこまで用紙がないことを分かっていたため、用紙をあらかじめコンビニで買っておいた。
文明が崩壊しても良いようにそっち系の知識も蓄えておく。生きるためではなく、楽しく生きるために必要な知識を蓄えている。買ってきた用紙では足りないかもしれないが、その時はまた買いに良くなりしないといけない。
「・・・・・・あ?」
パソコンを操作しながら定点カメラが流れているスマホを見ていると、スマホにメッセージが入ったことに気が付いた。
「理子だ」
メッセージを送ってきた相手は俺の双子の姉である日比野理子で、俺と同じ学校に通っている。一旦作業を止めてスマホのメッセージを確認する。
『どこにいるの? もうパニックでわけわかんない』
そのメッセージを見て俺は学校の正門でゾンビを二人見かけたことを思い出し、そいつらが学校に侵入してゾンビを生産していったことは想像に難くない。
理子を置いて行ったのは間違いだったのかもしれないが、まぁ、死ぬのが遅いか早いかの問題だし早めに行動しなかった理子の自業自得ということで。とりあえず質問には答えておく。
『家』
俺が一言そう送ってまたパソコンで作業をしようとすると、速攻で理子から返信が来た。相変わらず早いと思いながら理子からのメッセージを開く。
『意味わかんない』
そしてそこから数秒後にまた理子からのメッセージ。
『そっちに行くまで危なくないん?』
今は危なくないと言えば、理子は来るのだろうかと考える。だがこの場合は問題しかない。理子は俺と違って友達が多く、俺や両親と違ってそれなりに人格も良い。だからここが安全だと思われれば、他の奴らを連れて来る可能性の方が高い。
だがそれはかなりまずい。もしもゾンビが集団の人間に、より反応する習性があればこの家はすぐに侵入される。そこはゾンビの生態が分かっていないからどうにも言えない。
「俺よりゾンビを見ている奴がいるじゃんかよ」
俺とは違い、おそらくゾンビを肉眼で見ている一人である我が姉である理子がいた。我が姉にゾンビの生態を撮ってもらえれば、ゾンビのことについて分かるかもしれない。
『ゾンビを見たのか?』
『もう学校中にいっぱいいる。逃げ場がない』
俺のメッセージにすぐに返信してくる理子。だがどうにも切羽詰まっている感じがするから、学校からもう逃げないと助かる道はない。
『ゾンビの動画を撮れるか?』
『今? 何で? そんなことする余裕ない』
切羽詰まっているから動画を撮る余裕がないのは当然かと思った。それならば、ゾンビのことを見ている人が欲しいところだった。
『今すぐに学校を出た方が良いんじゃないのか?』
『分かってくるけど、もうゾンビが教室の外にいて出られない』
『ゾンビは理子が教室にいることが分かっているのか?』
『違う。もう廊下にはゾンビがいっぱい』
どうしてそんな逃げ場のないところに逃げたのか、少しだけ問い詰めたいところであるがどうせならその状況を有効活用したいところだ。
『そこは何階だ?』
『三階』
『下にゾンビは?』
『もういっぱいいる』
『何かそこら辺の物を落として、音に反応するか確認してみてくれ』
『何で?』
『助かるための算段をつけてんだよ。そのためにはゾンビの情報がいる』
俺は自分の部屋で悠々と水を飲みながら理子にメッセージを送る。こうしていられるのは早めに行動した者の特権だと考え、命の危機に瀕している理子に罪悪感を全く抱いていない。そう考えていると、少しして理子からメッセージが来た。
『音に反応した』
『目は見えている感じか?』
『見えてない。フラフラ歩いていると物にぶつかってた』
視力ナシ、聴力アリで嗅覚は今のところ不明だがここではアリとして考えておく。ゾンビの嗅覚がもし、人間の体から発せられる何かで反応しているとする。それが何かは汗などの体液で反応していると考えれば、まだやりようがある。
『今からタオルかシャツでも何でも良いから、そこに汗なり唾液なり尿なりをかけて下のゾンビが反応するかを確認しろ』
『尿って何で?』
『良いから早くしろ。じゃないと逃げきれなくなるぞ。ゾンビの数が多くなる』
俺がそうメッセージを送ると理子からメッセージが来なくなった。おそらく体液を布につけて俺の言う通りにしているんだろう。こんなにも使いやすい手駒はないと思いながらメッセージを待つ。
『あたしのおしっこをかけたパンツを外に投げたら、ゾンビが大量に群がった』
理子からのメッセージでゾンビが音とにおいに反応することは確定。においは人間の体液であることも分かった。これだけ分かれば理子が逃げれる算段は考えれるはずだ。
『どうすればいいん? 早く』
だがどうやら混乱しているのかバカなのか分からないが、これだけの情報をもってしても打開策が思い浮かばないらしい。不本意であるが、ここまで情報をくれたのだから、ここは助けることにした。
『まず大量に体液が付いた布を用意しろ。それから香水でも何でもいいから体臭を一切分からないように大量につけろ。そこから教室を少しだけ開けてゾンビが襲ってこないことを確認したら、進む方向とは違う方向に体液が付いた布を投げたら逃げ道は確保できるだろ』
だが所詮はこうして指示を出すことしかできない。虫のように体温を感知して、とかだったらもう逃げることは不可能だ。そこは死して待ってもらうしかない。
『香水を空になるまでつけたら外に出ても気づかれない。今から家に行く』
『まぁ、気を付けて』
俺の推測が当たってくれて良かったと思うが、これが最後の姉弟会話にならないことを祈っている。ぶっちゃけ俺がここまで来るのにゾンビを見かけなかったが、学校の外でどれくらいのゾンビがいるのか見当もつかない。そこは理子の運次第だな。




