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「ちょっと、あんたたち!」
突然、大きな声が響き渡る。
女子としてもちょっと高めの、可愛らしいと表現していい感じの声。
他の人たちが遠巻きにひそひそと言っているだけなのに対し、臆することなく近づいてきた大声の主は、僕たちのすぐそばで両手を腰に当て、仁王立ちのポーズでさらに声をかけてくる。
「女子トイレの前で、なにやってんのよ!? のぞき? まったく、いやらしいわね~、相変わらず」
栗色の髪を両サイドでリボンを使って束ねたツインテールが、大声を張り上げるたびにゆらゆらと揺れる。
両手を腰に当てて胸を張っているポーズだから、大きなふたつの膨らみが、その圧倒的な存在感を主張するかのように強調されている。
それは、このあいだ友雪とグラビア雑誌を見ているときにも話題に出た僕の幼馴染み、音鳴響姫だった。
「……ってちょっと響姫! 相変わらずってなにさ!?」
「言葉どおりの意味よ! 女子トイレの前で、弁解できるわけ?」
「え~っと……」
どう考えても、弁解できるような状況ではないよね……。
言葉に詰まる僕に、響姫はさらなる攻撃をしかけてくる。
「それに、誰よ、その子。……なんだかやけに、玲に懐いてるみたいだけど」
そう言われて、ようやく僕は桜さんの存在を思い出した。
さっきまでは肩に手を乗せていただけだったのに、いつの間にやら僕の腕に抱きつくような形ですり寄ってきている、桜さんの存在を……。
「なんか変な格好だし、この学校の生徒じゃないわよね? 外から女の子を連れ込んでくるなんて。ほ~んと、いやらしいんだから」
僕を見下すようにジト目を向けてくる響姫。
「いや、その……」
僕は友雪に黙って視線を送った。
その意図を汲み取って、すぐに顔を寄せてきた友雪に、僕は小声でささやく。
(桜さんが幽霊だってことは、言わないほうがいいよね?)
(そうだな)
さすがは親友。僕の考えていることを瞬時に理解してくれる。頼れる相棒だ。
そして友雪は、きっぱりとひと言。
「この子はな、玲の愛人だ」
『ええええええ~~~~~っ!?』
僕と響姫の声がピッタリとハモる。
「ちょ……ちょっと、友雪! なに言ってんのさ!?」
「でもほら、キスしてたし」
「えええええええええ~~~~~~~っ!?」
平然とした友雪の言葉に、さっきよりも大きな、悲鳴とも呼べるような響姫の声がこだまする。
「ちょっと、玲! ほんとなのっ!?」
「あ~……え~っと……」
とっさに嘘でもつけばいいのに、アドリブが大の苦手な僕は、ついつい言葉に窮してしまう。
「な……っ!? 否定しないってことは、事実なの!?」
僕の胸倉をつかみながらも、睨みを利かせた響姫の鋭い瞳は、まだ僕に寄り添ったままの桜さんのほうへと向けられていた。
桜さんは響姫の勢いに怯えてはいたものの、キスのことを思い出したのか、ポッ……と頬を染めてうつむいてしまう。
かくいう僕のほうも、頬をポリポリと人差し指でかきながら、
「まぁ、その、事実といえば事実なんだけど……」
と、火に油を注ぐようなことを言ってしまったわけだけど。
(ううう……。あたしだって、まだなのに……。幼稚園のときからずっと、お互いの初めてを夢見てたのに……)
さらに怒鳴られる結果になるかと思ったら、どういうわけか、響姫はおとなしくなった。
口の中でもごもごと、なにか言ってはいるようだったけど、僕にはまったく聞こえはしなかった。
「ほんと、玲ばっかり、ずるいよな……」
「???」
友雪までもが、若干トーンを落とした声で、なにやらわけのわからない文句をつぶやく。
とりあえず友雪のほうは放っておくとして、響姫がいきなり怒鳴らなくなったのは、ちょっと心配だな。
そう思い、僕は響姫に声をかけた。
「響姫、どうしたの? 大丈夫?」
心配して声をかけたというのに、響姫はそんなことお構いなしといった様子で、僕がそっと差し出した右手を振り払うと、またしても叫び声を発し始める。
「だ……だいたい愛人ってのは、本妻がいないと成り立たないものでしょ!?」
響姫の言葉に答えたのは、やっぱり友雪だった。
「だって、本妻は……」
ちらり。
その視線は……なぜか、響姫のほうを向いていた。
「ななななな、なに考えてんのよっ! まったく、もう!」
響姫は両手を頬に当てて、なんだか真っ赤になりながら慌てている様子。
「え? なに? どういうこと?」
僕には、なにがなんだか、まったく意味がわからなかった。
「と……ともかく! そこのあんた! 玲から離れなさい!」
そう叫んだかと思うと、響姫は桜さんの両肩につかみかかり、そのまま力任せに僕のそばから引き剥がす。
「……響姫、お前、その子に触れるんだな」
驚きの瞳を向ける友雪に、響姫は凄まじい早業で罵声を浴びせかけた。
「はぁ? なに言ってんの? バッカじゃないの? 脳ミソ、ちゃんとある? 目、しっかり見えてる? 全人類のために、いっぺん死んで?」
……なんというか、あまりにもひどい言われようだった。




