-3-
「ふ~ん、なるほどね……」
腕組みしながら、うんうんと頷く響姫。
頷きながらも完全に納得できてはいないのだろう、彼女の眉間にはシワが刻まれていた。
僕たちは響姫に事情を説明した。愛人疑惑を振り払うため、桜さんが幽霊だということも含めて、なにもかも全部。
周囲に人が集まってきていたので、女子トイレの前から響姫のクラス、一年一組の教室へと場所を移動している。
放課後となってから少し時間が経っていたこともあり、教室内に残っている生徒はほとんどいなかった。
数人残ってはいたけど、一瞬こちらに視線を向けただけで、さほど気に留めてはいないようだ。
「まぁ、とりあえず、一応、なんとなく理解はしたわ」
響姫は自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、最後にため息をひとつこぼす。
現実と非現実のはざまで揺れ動いていた葛藤に、ため息で無理矢理終止符を打ったのだろう。
……諦めたとも言うかもしれない。
それにしても、こうやって信じてもらえるなら、最初から正直に話すべきだった。
そうすれば、桜さんとキスしたのを知られることもなかったのに。
あれ? でも僕は、どうしてキスしたことを知られたくなかったと思ってるんだろう? やっぱり恥ずかしいからかな……?
(……相手は幽霊……ってことは、ノーカウントでいいはず……。だからまだ、大丈夫……)
響姫は響姫で、苦悩を眉間に刻みつけたままなにやらぶつぶつ言っているみたいだったけど、小さい声だったから僕には全然聞こえなかった。
たまにこうやって、僕に聞こえないようにぶつぶつと小声でつぶやいたりするんだよね、響姫って。どうしてなんだろう?
「それで、これからどうする?」
僕の頭の中で完全にメインルートから外れそうになっていた思考が、友雪の発言で強制的に引き戻される。
おっとっと、そうだった。今は桜さんの友達作りに協力している最中なんだから、そっちを解決させないと。
その桜さんは、相変わらず僕に寄り添ったままだ。
事情は説明したから、こうやってくっついている理由はわかってくれたはずなのに、響姫の視線はなんだかとても鋭く、そして凄まじく冷たい気がする。
恐怖心からか、手に汗がにじむ。
「わっ」
にじんだ汗によって、握ったままだった0コンを落っことしてしまいそうになり、僕は慌てて握り直した。
昼休みに使ったときにはすっかり忘れていたけど、WiiSのコントローラーにはストラップがついている。
そのストラップを手首に引っかけてストッパーを留めることで、コントローラーが手からすっぽ抜けるのを防ぐのだ。
ストラップがあったから床に落ちてしまうのは免れたけど。
考えてみたら、使うときに取り出せばいいだけだし、ポケットにでも入れて持ち歩くほうが安全だよね。
次からは、そうしよう。
と、そこまで考えて、僕はふと気づく。
0コンで桜さんを操る場合、彼女の姿が見えている必要がある。だから僕が0コンで桜さんを操作すると、女子トイレの中には入れないから、トイレの中を調べさせることもできない。
だったら、一応仮にも女子である響姫に0コンを持ってもらい、桜さんと一緒に女子トイレに入って操ってもらえばいいんじゃないだろうか?
思い立ったが吉日。僕はすぐに行動に移していた。
「響姫」
ぎゅっ。
「えっ!?」
僕は響姫の両手をしっかりと握る。
正確には、持っていた0コンを響姫の手のひらに乗せ、落とさないようにしっかりと握らせた、と表現するが正しいのだけど。
「玲……」
すぐ目の前の響姫が、途端に頬を真っ赤に染め、なにやら瞳をうるうるさせながら熱い視線を送ってくる。
「響姫に、僕のすべてを委ねるよ」
「っっ!!! ぁ……ぅ……、は……はい……わかりました」
響姫は茹でダコのように頭から湯気を立ち昇らせで、うつむき加減で僕のお願いを聞き入れてくれた。
だけど、どうして響姫はこんなにも真っ赤になってるのかなぁ?
僕の役目である0コンの操作を、すべて任せるって言っただけなのに。
そう思いながら、僕は0コンのストラップを自分の腕から外し、響姫の腕にしっかりとくくりつけてあげた。
☆☆☆☆☆
「それじゃあ、桜さんの操作、頼んだよ」
僕が手を離してそう言うと、響姫はさっき「わかった」と言っていたはずなのに、なぜか細かく説明させられた。
説明を終えると、
「こ……この大馬鹿野郎~~~~!」
どういうわけか響姫は激怒し、
「……まったくお前は……」
と、友雪にも呆れられてしまった。
「さすがのわたくしでも、少々ドキドキしましたの……」
桜さんまで、わけのわからないことをつぶやく。
ほんとにみんな、いったいどうしたんだろう?
「だいたい、響姫が0コンを操作できるわけないんじゃないか? 波長がぴったり一致してる必要があるんだろ?」
友雪の言葉に、僕はハッとする。そう言われれば、確かにそうだった!
じっと、響姫に視線を送る。
「ちょっと、見つめないでよ! (……また誤解しちゃうじゃない……)」
なぜだか再び真っ赤になる響姫。後半は、またしても声が小さすぎて、なにを言っているか聞こえなかったけど。
ともかく、そう言いながらも、響姫は0コンを右手でしっかり握り、すっと軽く横に振る。
「きゃっ!」
「おっ!」
桜さんの短い悲鳴と友雪の驚きの声が重なった。
「動かせた……っぽい?」
「うん、そうみたい!」
つい今しがたまで僕に寄り添っていた桜さんは、一瞬にして2~3メートル横まで移動していた。
響姫は笑顔を見せると、楽しくなったのか、0コンを無造作に振りまくる。
「わっ、きゃっ、ひゃうっ!」
0コンの動きに合わせ、桜さんは縦横斜めにわやくちゃな動作で歩いたり走ったりし始めた。
「お~、これは面白いわ!」
調子に乗った響姫は、ボタン操作も加え始め、それによって桜さんは、妙な踊りを踊らされたり、その場でくるくる回ったり……。
「うひゃひゃひゃ! これ最高! えいっ! やあっ! たあっ!」
「はう~、やめてください~! 吐いちゃいますぅ~!」
幽霊の桜さんでも、さすがに耐えられなくなってきたのか、泣き言を漏らす。
どうでもいいけど、幽霊でも吐いたりするものなのだろうか?
と、そのとき。
「あっ!」
「きゃうっ!」
調子に乗りすぎて操作を誤ってしまったのか、桜さんの足が机の脚に引っかかった。
そしてそのまま、桜さんの体はバランスを崩し……。
思いっきり、前のめりに、綺麗な弧を描くように、見事にすっ転んだ。
「ぶべっ!?」
なんだか面白い悲鳴を上げ、顔面から床に直撃。僕たちから見て向こう側に倒れた桜さん。
体が投げ出された勢いで、袴の裾がまくれ上がり、白くて細くて綺麗な生足があらわになる。
ふくらはぎから、ひざを越え、太ももまでもが目に飛び込んでくる。
さらに袴は、大きく空気を取り込むように膨らみ……。
僕はとっさに目をそむける。幽霊とはいえ、さすがに見てしまうわけにもいかないと思ったからだ。
でも……。
「おお~! もうちょっと!」
友雪はしっかり凝視しているようで、歓喜の声を上げていた。
……と思ったら。
「見るな、バカ!」
ドガッ!
「ぶべらっしゃっ!?」
響姫によって腹部に強烈なエルボーを食らった友雪は、それからしばらくのあいだ、教室の床に倒れ込み、ごろごろ転がってのたうち回る結果となってしまった。
ご愁傷様。




