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旧体育倉庫での桜さんとの出会いのあと、僕たちは軽く話し合い、放課後と昼休みを使って学校にいる幽霊を探しに行くという約束を交わした。
桜さんに脅されるような形でもあった僕たちだったけど、意外にも友雪は乗り気なようだ。
「幽霊だし、俺には触れることもできないが、女の子には違いないからな。女の子の頼みを断れるわけがないさ」
昼休みのあと、教室に戻る途中、友雪はそんなことを言っていた。
「……べつに、呪われるのが怖いからじゃないぞ!?」
続けられた言葉とともに、友雪の両足は、がくがくと震えているようだったけど。
それはともかく、放課後となった今、僕たちは再びこの旧体育倉庫を訪れていた。
「幽霊というのは、お互いにテリトリー意識があったりしますので、あまり交流を持たないものなんですの。ほとんど移動もしないのが普通ですし……。ですので、誰がどこにいるとか、そういった情報は全然わかりませんの」
いざ幽霊探しに出かけようか、と意気込んでいた僕たちに、桜さんは申し訳なさそうな声でそう言った。
「じゃあ、闇雲に探すしかないの?」
「いえ、なんとなく気配というか、霊気を感じることはできますので、だいたいこっちの方向にいる、といった程度であればわかると思いますの」
「ふむ、だったら簡単かもしれないな」
ぼくの質問に桜さんが答えると、友雪がそう感想を漏らす。
と、桜さんが否定の言葉を返してきた。
「そうでもないですの。幽霊はお互いのことをなんとなく霊気で感じてはいますが、顔を合わせたりはしませんので、初対面ってことになりますから。基本的にずっとひとりでいるわけですし、普通は人見知りが激しいものだと思いますの」
……幽霊は人見知りが激しいってのは、ツッコミを入れるべきところなのだろうか?
「恥ずかしさのあまり、思わず人に襲いかかって、殺してしまうようなお茶目さんだって多いはずですの」
……それは、お茶目と呼べるレベルを超えてるよ? というツッコミは、入れてもいいのだろうか?
「そんな幽霊の方々なら、とってもわたくしと気が合うと思いますの!」
両手を顔の前に組み、きらきらした期待いっぱいの瞳で天井を仰ぎ見る桜さん。
……そんな厄介な凶悪集団、ものすごく嫌だ、なんてツッコミは、さすがに入れるべきじゃないだろうな。
「というわけで、大変かもしれませんの。もしかしたら玲くんや友雪くんの命が危ないかもしれませんけど……。でも、よろしくお願いしますの!」
にこっ。
笑顔でとんでもないことを言い放つ桜さん。彼女が幽霊だからという理由だけではなく、別の意味でも恐怖心が湧き上がってくる。
だけど友雪は、すでに諦めているのか、単に女の子の笑顔に弱いだけなのか、おそらく後者だろうけど、
「わかった、任せておけ!」
と言って胸を張る。
「全部こいつにな」
僕の背後に隠れながら。
「……って、友雪!?」
「俺には0コンを操ることもできないんだから、作戦参謀的な立場になるしかないだろ? そうすると、実行犯は玲ってことになる」
「勝手に犯人にしないでよ! それに、作戦参謀だったら指示するのは友雪ってことでしょ? 責任はそっちのほうが上じゃあ……」
「すべて部下が勝手にやったことです」
「うわっ! 全部僕のせいにして自分は逃げるつもりだ!」
「当たり前だろ? ま、桜さんが気を許してくれて、俺にも触れられるようになるってんなら、もっと積極的に手伝うんだが」
「それはひどいってば! ……ねぇ、桜さん?」
「はい……。触らせてくれたら手伝ってやるなんて、ケダモノですの……」
「……いや、意味合い的には間違ってないかもしれないけど、ちょっとの違いでとんでもなく非道な表現に……」
桜さんって、案外腹黒い人なのかもしれない。……なんて口に出して言ったら呪われそうだけど。
「ふん、なんとでも言ってくれて構わん。だが、とりあえずは手伝ってやるって言ってるんだから、感謝してもらいたいところだな」
「うん、ありがとう友雪。持つべきものは親友だね」
「恋人ができたら親友なんてポイだが」
僕のフォローで、友雪は憎まれ口を叩きながら顔をそむける。
こんな言い方をしてはいるけど、それが照れ隠しだというのは、三年以上連れ添った親友の僕にはよくわかっていた。
☆☆☆☆☆
それから僕たちは旧体育倉庫を出て、校舎へと向かった。
ずっと0コンで桜さんを誘導し続けていくとしたら結構大変かもしれない、と思っていたのだけど、どうやらその必要はなさそうだった。
というのも、桜さんは腕や肩につかまるなどして直接僕に触れていれば、手や足を動かすくらいはできるとわかったからだ。
また、旧体育倉庫の外でも、桜さんは言葉を喋ることなら問題なくできた。
そのため、とりあえずは僕の肩につかまってもらいつつ、桜さんが霊気をたどって幽霊のいる方向を指し示し、僕たちはそちらへ向かう、という作戦を採用するに至った。
桜さんの指示で、校舎の中にまで入ってきた僕たち。
放課後とはいえ、まだそれなりに生徒が残っている。
そんな中、着物に袴姿の女の子を従えて歩いていく男子生徒二名……。さすがにちょっと、怪しい気がしなくもない。
「ま、気にするな。玲が変に思われるのなんて、いつものことだろ」
「それはほぼ、友雪のせいじゃん! だいたい友雪だって一緒にいるんだから、同じように変な目で見られてるんだよ?」
「ふっ……俺は人の目なんて気にしない、大きな人間なのさ」
「大きいのは態度だけ……いや、なんでもない! ほら、ともかく今は、桜さんの友達探しが先決だよ!」
「はい、お願いします。……あっ! ここ! この中ですの!」
そう言って指差した先には、ピンク色に塗られた壁が目に飛び込んでくる細い通路があった。
そこは、女子トイレの入り口だった。
通路の入り口横には赤い女性を示すマークのプレートが取りつけられてあり、入り口の上にある表示用プレートにも、しっかりと『女子トイレ』の文字が書かれている。
「ここかよ……」
「う~ん、どうしたものか……」
悩む僕たちに、
「早く入りましょうですの!」
と催促してくる桜さん。
「いやいや、僕たち男だから、女子トイレには入れないよ」
「え~? ですが、確実にここから霊気を感じます。手伝ってくれませんの?」
「そう言われてもな……」
人の目なんて気にしないとか言っていた友雪でも、さすがに躊躇しているようだ。
しかもここは教室棟一階の女子トイレ。すぐ隣に並ぶ男子トイレは、普段僕たちも使っている場所だ。
ということは、男女問わず、クラスメイトも通る場所ってことになるわけで。
「あ……あのふたり、女子トイレの前でなにやってるの?」
「中をのぞき込もうとしてるんじゃない? キモ……」
「っていうか、もしかして中に入るつもりなんじゃ……」
「うっそ……信じらんない……」
「あいつらって、あの、綾鶴玲と阿久玉友雪の最悪コンビじゃない?」
「ああ、あの噂の……。それなら、ありえるわね……」
周囲から、なにやらひそひそと話す女子たちの声が聞こえてくる。
どうでもいいけど、僕たちについて随分とひどい噂が流れているみたいだ。
友雪のせいで、ここまで評価が下がっていたなんて、さすがにショックかも……。
思わず頭を抱え込む僕。
「どうしたんですの? 元気出してください」
そんな僕を、肩に乗せたままの手に少し力を込めて、桜さんが必死に慰めてくれた。




