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「わたくし、朧木桜と申します。よろしくお願いしますの」
「あ……こちらこそよろしく」
ぺこり。控えめにお辞儀をする女の子――桜さんに、僕と友雪もお辞儀を返し、それぞれ名前を名乗る。
会議テーブルとパイプ椅子があったから、僕たちは腰を落ち着けて会話モードへと入っていた。
僕と友雪が横に並び、テーブルを挟んだ反対側に桜さん、という位置取りになっている。
「それで……桜さんの頼みってのは……?」
「えっと……この学園には、幽霊がいるみたいなんですの」
ビシッ!
僕と友雪は、無言で人差し指を桜さんへと向けた。
「え?」
桜さんは首をかしげ、僕たちの指先を呆然と見つめる。
「あ……そっか。わたくしも幽霊でした……。えっと、そうではなくて、わたくし以外に何人か、幽霊がいるみたいなんですの」
「ふむふむ……」
学校といえば幽霊話はつきものかもしれないけど、正直僕はあまりそういった話を信じていなかった。
とはいえ……今現在、目の前に幽霊の女の子がいるわけだから、その存在は信じざるを得ない。
手を握ったり、キスまでしちゃったりして、しかも温もりまで感じたし、足だってちゃんとあるみたいだから、本当に幽霊なのか疑問に思ってしまうけど。
もしかして、本当は物陰に隠れていただけの女の子……ってことは……?
などと僕が考えているあいだにも、桜さんの話は続いていた。
「それで、わたくし、その方たちとお友達になりたいんですの。お願いです、探すのを手伝ってもらえませんでしょうか? わたくしはこの場所から出ることができませんので……」
両手を顔の前で組み合わせ、うるうるとした瞳で懇願してくる。
「よし、俺は協力するぜ! 大船に乗ったつもりで、ドーンと任せてくれよ、桜さん!」
友雪は、おそらくなにも考えず脊髄反射的に行動しているのだろう、そう言いながら両手を前に出し、桜さんの手を包み込もうとする……ものの、やっぱりさっきと同じように、スカッとすり抜けてしまう。
……やっぱりこの子は、幽霊なんだな。ようやく納得した僕。
「うん。僕も協力するよ」
そう言うと、桜さんはぱーっと明るい笑顔をこぼした。
そして、机の上に無造作に乗せたままだった僕の両手を取り、ぎゅっと握ってくる。
「……僕の手は握れるんだね、やっぱり」
「くあ~っ! 納得いかん!」
友雪が叫んでいたけど、それはもちろん無視するとして。
「ええ。どうやら、波長が合う人じゃないとダメみたいなんですの。今までも何人か、手を握ることまではできたんですけど、それ以上は無理で……」
「それ以上……?」
と口に出して、はたと気づく。
さっきのキス……。
思い出しただけで自然と頬が熱くなってくる。
「玲くんは、なんだかビビッと来たと言いますか、波長が完全に一致しているように感じたんですの。本当は抱きつくとかでもよかったんですけど、両手を握ったままでしたので、それでとっさに、その、唇を……」
ぽっ、と頬を朱に染め、顔をそむけて恥らう桜さん。とても清楚な雰囲気で可愛らしい。
「玲ばっかり……玲ばっかり……」
友雪は恨みがましい視線を僕のほうに向けながら、ぶつぶつと同じことを何度も繰り返しつぶやいていた。
☆☆☆☆☆
「そういえば、これは?」
ふと、僕は一旦会議テーブルの片隅に置いておいた物体を再び手に取り、目の前に掲げる。
WiiSのコントローラーだ。
「それには、わたくしも驚きましたの。隠れていましたのに、いきなり引っ張り出されてしまいましたから……」
「隠れてたのは……友雪が怖かったから?」
「はい。なんかもう、とっても怪しい人が来てしまったようなので、危険を感じて、隠れてやり過ごすしかないと思いまして……」
「賢明な判断だね」
「はい」
「……お前ら……」
なぜだか友雪が僕たちを睨みつけてきたけど、当然ながら無視の方向で。
「ともかく、これって普通にゲーム機のコントローラーだよねぇ?」
僕は首をかしげつつも、コントローラーを軽く横に振ってみる。
「きゃっ!」
すると突然、桜さんが椅子から横に……僕がコントローラーを振った方向に転げ落ち、床に倒れ込んだ。
幽霊のはずなのに、しっかりとホコリが舞い上がる。
「あっ、桜さん、ごめん! 大丈夫?」
「はい……大丈夫ですの」
どうやら、本当にこれで、桜さんを操ることができてしまっているみたいだ。
くいっ。
軽くコントローラーの先端を上に向けてみると、桜さんはその場で立ち上がった。
……あっ、なんか、楽しいかも。
「もしかして、それでそのまま、桜さんを倉庫の外まで操れたりしないか?」
「ふむ……やってみるよ」
さっきみたいに転んだりしないよう、慎重にコントローラーを動かし、桜さんをドアのほうまで誘導する。
「なんだか、不思議な感じですの……」
「それは、こっちもだけどね」
「幽霊を操るコントローラー……。『0コン』とでも命名するか」
「あはは、それいいじゃん。ゲーム機のコントローラーって、1コン、2コンとか言ったりするもんね!」
そんな会話を交わしているあいだに、桜さんは入り口のドアの前に立つ。
……ボタンでも押せばいいのかな?
ポチッとボタンを押すと、桜さんは右手を伸ばしてノブをつかみ、ドアを開けた。
桜さんの目の前には、校庭の景色が広がる。
「それじゃあ、いくよ?」
「はい」
僕は意を決し、さらに0コンを操作して、一歩一歩、桜さんを前進させてみた。
「あ……」
すんなりと。
桜さんの体は、旧体育小屋から外へ……。
「やりました! 出られましたですの!」
「お~! よかったね!」
と思ったのも束の間。
「でも、自分では全然動けませんの」
桜さんは、むむむと、可愛いらしく顔をしかめて力を込めているようだけど、彼女の体は一向に動く気配を見せない。
「つまり、旧体育倉庫の中以外では、0コンで操作してやらないといけない、ってことか」
そう言いながら、友雪は僕から0コンを奪い取り、自分でそれを振り始めた。
だけど、桜さんの体はピクリとも動かない。
「く~……。しかも、やっぱり俺じゃ無理ってことかよ! 波長の問題ってやつか? 玲ばっかり、ずるいな、ほんと」
「ずるいって、なにが……?」
0コンを返してもらいながら僕が尋ねると、友雪は平然と、こんなことをのたまう。
「俺が操作できたら、あんなことやこんなことをさせられたのに……!」
「……波長が合ったのが友雪じゃなくて、ほんとよかったね」
「はい、心底そう思いますの……」
☆☆☆☆☆
とりあえず、旧体育倉庫の中に戻った僕たち。再びパイプ椅子に座る。
やっぱり桜さんは、この倉庫内ならば、ちゃんと自分の意思で動けるようだ。
「それでは改めまして……わたくしのお願い、聞いてくれます……よね?」
真剣な表情で、桜さんは僕にじっと瞳を向ける。最初から友雪の意見には聞く耳を持っていないらしい。
僕は意地悪をする気なんてさらさらないし、肯定の返事をするつもりでいたのだけど。
「もし聞いてくれないと……呪っちゃいますよ?」
桜さんはそんなことを言いながら、にこっと笑う。
可愛らしい笑顔ではあるけど、幽霊ならではの威圧感とでもいうのか、背筋を凍らせるような抗いがたい恐怖感というものはしっかりとあるようで。
「ひいっ!」
友雪なんかは、完全にビビっていたけど。
「わかった、協力するよ」
僕は笑顔を返し、そう答えた。
「ありがとうございます! とても親切な方々で、よかったですの!」
「親切な方々……。どうやら俺も入ってるみたいだな……」
こうして僕たちふたりは、幽霊の女の子――桜さんの友達作りに協力することになるのだった。




