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レイコン  作者: 沙φ亜竜
第弐章 保健室の養女
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-3-

 ガラッ。

 乾いた音を立てて、保健室のドアが開く。


「あらぁ~? あなたたち、どうしたんですか~?」


 昼食から帰ってきたのだろう、養護教諭の里中先生がベッド付近に集まっている僕たちに気づき、のんびりした口調でそう声をかけてきた。

 この先生、口調も動作もかなりのんびりしていて、ほんわかした雰囲気をかもし出している。

 だから人気も高い先生なのだけど、授業をサボって先生に会いたいと保健室に来る生徒たちの仮病は、どんなに上手に演技していたとしてもすぐさま見抜くなど、意外に鋭い部分もあるのだとか。


 そんな里中先生。

 静かにドアを閉めると、ほとんど足音も立てず、僕たちのほうへと歩み寄る。


「あらあら、ケガしてるのねぇ~? 猫にでも引っかかれたの~?」


 優しく穏やかな笑みをたたえながら、里中先生が友雪に心配の声を投げかける。

 顔面の引っかき傷を見て心配しつつも笑顔を絶やしていないことから、一瞬で大した傷ではないと見抜いたのだろう。

 声をかけられた友雪は、無言で響姫を指差す。対する響姫のほうはというと、そっぽを向き、口笛を吹いて知らんぷり。


「うふふ、なるほど、痴話ゲンカなのね~」

「違う!」「違います!」


 里中先生の、のほほんとした言葉に、友雪と響姫が間髪を入れず否定する。

 声のタイミングもピッタリ。絶妙なコンビネーションと言えるだろう。


「あっ、そうだ。先生、そんなことより、この女の子……」


 僕がそう言いながらベッドのほうを指差すと、ついさっきまでそこにいたはずの女の子――るなちゃんは、いつの間にやらその姿を消していた。

 ただ、人が寝ていたことを示すように、かけ布団は少々の膨らみを残している。


「女の子……? ああ、そういえば女の子の幽霊の噂は、よく聞きますね~。私は見たことないですけど……」


 頬に指を当て、微かに首をかしげながら、里中先生はそんなつぶやきを漏らした。



 ☆☆☆☆☆



 具合が悪くなって保健室を訪れた生徒がいた。急な腹痛だったらしい。

 トイレに駆け込んでも状況はよくならなかったとのことなので、里中先生は、しばらくベッドで休んでいくように指示した。


 ベッドに横になり布団をかけカーテンを閉めてしまえば、そこは個室のようなもの。

 もちろん声を出せば、保健室の中に誰かいるなら聞こえるだろう。基本的に里中先生は保健室にいるはずだから、通常であれば気づいてもらえるはずだ。

 とはいえ、先生だってトイレに行ったり食事に行ったり、用事があって職員室などに出向くことなんかもあるわけだから、絶対にいるという保障はない。


 このときがどうだったのか、正確にはわからないものの、おそらく里中先生が不在だった時間帯に起きた出来事なのではないかと考えられる。


 ふと、誰かの気配を感じ、ベッドで寝ていたその生徒は目を覚ました。

 寝ぼけまなこで枕に乗せたままの頭を動かし、気配のあるほうへ視線を向けると、ベッドの横に小さな女の子が立っていた。


「大丈夫か?」


 大きなくりくりした瞳でのぞき込みながら、そう問いかけてくる女の子。

 心配してくれていることは、寝ぼけた頭でも理解できた。

 ただ、眠気は全然消えておらず、意識もおぼろげな状態だった。なんだか頭も重いし、腹痛も残ったままだ。


「眠気もあるし、具合も悪いんだ。ごめん、またあとでね」


 と言って布団を頭からかぶり、再び眠りに就く体勢に入る。


「具合が悪いのか? それなら任せろ!」


 子供っぽい可愛らしい声で、子供らしくない物言いのそんな言葉が聞こえたような気がした。

 だけど、すでにまどろみの世界へと到達しかけていた生徒は、そのまま再び眠りの淵へと落ちていった。


 やがて、生徒は目覚める。さほど時間は経っていないように思われた。

 そこで気づく。

 激しかった腹痛も、なんとなく重く感じていた頭も、今ではもう、すっかり治っているということに。



 ☆☆☆☆☆



「それで、ベッドから起きてきた生徒から、そんな話を聞いたの~。その生徒は、夢だったんだと思います、と言っていたけど。でもね、それから何人も、同じようにベッドで休ませていた生徒から似たような話を聞かされたのよ~」


 のんびり口調でゆっくり喋る里中先生の話を聞き終えたのは、その内容から考えると、必要以上に長い時間が経ったあとだったのだけど。

 それはともかく、ベッドで休んでいた生徒が見たという女の子……。

 さっき僕たちが見た女の子と同じだと思ってまず間違いないだろう。


 里中先生自身は、その姿を見たことがないと言っていた。

 先生がいると姿を現さない、ということだろうか?


 と、そのとき。

 先生の机の上にある内線電話が鳴り響いた。


「はい、里中です~。……ええ。……ええ。わかりました、それでは、すぐ行きます~」


 ひとしきり電話で話し終えた先生は、受話器を置くと、僕たちのほうを振り向き、苦笑まじりの笑顔を見せる。


「ちょっと用事ができたから、行ってくるわね~。ケガの治療……できなくてごめんなさいね~」


 友雪に対して、里中先生は申し訳なさそうに頭を下げる。


「大丈夫ですよこんなの、ツバつけとけば治りますって!」


 響姫があっけらかんとした調子で言い放つ。

 自分が原因でケガをさせたわけだけど、相手が友雪だからこそ、こんな軽口を叩けるんだろうな。


「……それじゃあ、響姫がツバつけてあげるの?」

「んなわけあるか! 死ね、バカ玲!」


 僕の言葉に、真っ赤になって罵声を返してくる響姫。僕のほうはそれだけで済んだけど。


「だいたい、響姫のだと悪化しそうだ」

「お前も死ね!」


 続いて口を挟んだ友雪のほうは、みぞおちを鋭くえぐるパンチを食らい、その場にうずくまってしまった。


「くすっ。痴話ゲンカもほどほどにね~。というか、三角関係かしら~?」


 そんな言葉と苦笑を残し、里中先生は保健室から立ち去っていった。


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