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レイコン  作者: 沙φ亜竜
第弐章 保健室の養女
13/40

-4-

「まったく、なに言ってんのかしらね、里中先生は!」


 先生が保健室から立ち去ってからも、響姫はぷりぷりと怒っていた。


「そうだよね。だいたい三角関係だなんて、僕は全然関係ないのにね~?」

「どの口が言うかな、こいつは」

「???」


 僕の言葉に、なにやら友雪まで不機嫌そうな声を漏らす。

 いったい、どうしたんだろう? 友雪と響姫のふたりの時間を邪魔しちゃって怒ってるのかな?

 でもそれだったら、いつもこんな感じだと思うし……。


 よくわからないから、さっきの会話を思い返してみる。


 ツバをつけとけば治るって言った響姫に、響姫がツバつけてあげるの? って言ったら怒って、響姫のだと悪化しそうだって言った友雪をさらに怒って……。

 だいたい友雪もおかしいよね。最初に保健室に入ってきたときには、響姫が舐めてくれるのか? なんて言っていたくせに、今度は響姫だと悪化しそうだなんて。

 だから響姫は怒ったのかな?


 そう考えた僕は、そのことについて言及してみた。


「友雪、さっきは響姫に舐めてほしそうなこと言ってたのにさ、悪化しそうだなんて、ひどいでしょ」

「な……舐めてほしいだなんて、言ってね~!」

「そうだっけ? それに響姫のほうだって、恥ずかしがってただけで、舐めてあげてもいいとか思ってたんじゃない?」

「はぁ!? んなわけあるか! 本気で嫌だっての!」

「またまた~。素直じゃないな~。絶妙なコンビネーションでラブラブな仲よしコンビなのに」

『ラブラブじゃない!』


 にやけ顔を伴った僕の言葉に、一瞬のずれもなく、ピッタリと声を合わせるふたり。


「やっぱり、ピッタリ息が合ってるじゃん! ひゅーひゅー!」


 僕はここぞとばかりに冷やかしてみる。

 普段このふたりには、僕がトロいからか、なにやらからかわれてしまうことが多いし。

 たまには反撃してみたってバチは当たらないだろう。


『違うっての!』


 やっぱりふたりは、声を揃えて反論してくる。

 と、響姫がなにやらうつむき加減になって、もじもじと体をくねらせたかと思うと、


「だいたい、あたしは……」


 そうつぶやいて、ちらちらと上目遣いで僕に視線を送ってくる。


「ん? どうしたの?」


 わけがわからない僕が問いかけると、


「……なんでもないわよ!」


 響姫はまた怒り出してしまった。

 う~ん、なんでだろう?

 響姫の横では、友雪もため息をひとつこぼし、呆れ顔を見せていた。



 ☆☆☆☆☆



「あ……」


 不意に桜さんの声が響く。

 そういえば、桜さんもいたんだっけ。ずっと静かだったから、すっかり忘れてた。

 仮にも幽霊だし、先生の前ではあまり目立たないようにしていたのかな?


 里中先生、着物に袴なんていう大正時代風な格好の桜さんを、完全にスルーしていたってことになるけど……。

 おっとりした先生だから、それも充分にありえるかもしれないな。演劇の練習をしている生徒なのかと思ってました~、とか。


 それはともかく、桜さんの声に、僕たちは視線を一方に向ける。

 そこには、さっきの小さな女の子、るなちゃんが立っていた。


「……あなた、先生の話に出てきた女の子?」


 ようやく怒りも静まったらしい響姫が、怯えさせないようにと考えたのだろうか、笑顔でるなちゃんに語りかける。


「女の子ではない! でも、さっきのは確かに、るなの話なのだ!」


 るなちゃんは、えっへん、と膨らみがまったく見て取れない胸を張る。

 だけど、そうすると……。


「こんな幼女に、体調を治す不思議な力が……」

「幼女ってゆーな!」


 僕が思わずこぼしたつぶやきに、るなちゃんは両手を腰に当ててご立腹の様子。


「るなはこれでも、保健のセンセーなのだ!」

「先生ごっこは……」

「ごっこではない! よく見てみろ!」


 またしても保健の先生だと言い張り始めた、るなちゃん。

 僕の言葉を遮り、上着の胸の辺りを引っ張ると、ほれほれと見せつけてくる。

 そこにはしっかりと、『養護教諭 小山内(おさない)るな』と書かれた、ピンで留めるタイプの名札が取りつけられていた。


 どうでもいいけど、小山内って……なんともピッタリな名字だな~、なんて言ったら、また駄々をこねられちゃうだろうか。

 よく見てみれば、あまりにも幼いイメージで気づかなかったけど、るなちゃんが着ている上着は、紛れもなく養護教諭のトレードマークとも言うべき白衣だった。


 今どきの養護教諭だと白衣を着ない人も多いって話だけど、紅葉ヶ丘学園は歴史のある伝統校だからなのか、それとも本人の趣味なのか、里中先生はいつでも白衣に身を包んでいる。

 同じように白衣のるなちゃんは、名札にも書かれていたわけだから、本人の言うとおり、本当に養護教諭なのだろう。


 ただ……うちの学校の養護教諭はひとりだけだったはずだ。

 とすると、るなちゃんはやっぱり……。


「るなちゃんは、養護教諭だった先生の幽霊みたいですの」


 僕の考えを肯定するかのように、桜さんが結論を示す。


「そうなのだ! るなはれっきとしたセンセーなのだ! なぜかみんな、るなをお子様扱いしていたが……」

「そりゃあ……」


 当然でしょう、と続けようとしたのだけど。

 るなちゃんに涙目でうるうると見つめられ、僕は口をつぐんだ。

 もっとも、友雪の口にまで戸を立てることなんてできるはずもなく。


「見るからに幼女だからな」

「うわ~~~ん! 幼女じゃないやい!」


 友雪の言葉に、るなちゃんは大泣きしながら反論する。

 るなちゃんからポカポカと叩かれながら、珍しくちょっと困ったような表情を見せる友雪。

 少し考えて、こう言った。


「それじゃあ、養護教諭の女って意味で、養女……ってのは、どうだ?」

「……うん、それならいいのだ!」

「いいんかい!」


 僕のツッコミの声が、狭い保健室の中にこだました。



 ☆☆☆☆☆



「さて……それじゃあ、るなちゃん。わたくしたちと一緒に、ここを出ましょう」


 桜さんがいつもの穏やかな笑顔で提案する。


「そう言われても、実はここから出られないのだ」


 るなちゃんは一瞬にして、しゅんと沈んだ表情に変わる。なんというか、ころころと表情の変わる人だ。

 それにしても、子供扱いされるのを嫌がっていたくせに、「るなちゃん」という呼び方は受け入れているような……。


「大丈夫ですの。これがありますから」


 うつむいてしまっていたるなちゃんを前にして、桜さんはそう言うと、僕の腰の辺りを指差す。

 正確には、僕のズボンのポケットに入れられている『0コン』を。


「そうだね。華子さんも、この0コンで操って女子トイレから離れられたし」


 僕も桜さんの意を継いで、るなちゃんを慰める。それでもまだ、るなちゃんは納得してくれない。


「でも、怖いのだ……」

「わたくしたちがついてますから、大丈夫ですの」

「でもぉ……」


 桜さんが後押ししても、るなちゃんは一向に渋い表情を崩さない。

 と、ここで桜さんがトドメのひと言を放つ。


「それじゃあ、るなちゃん。飴玉をあげますから、一緒に行きましょう!」

「うん、行くのだ!」


 ぱーっと明るい笑顔を咲かせ、るなちゃんは大きく頷いた。

 ……やっぱ、お子様じゃん。

 そんなつぶやきは、場の空気を読んで飲み込んでおく僕だった。


 どうでもいいけど、幽霊なのに飴玉を舐めることなんてできるのかな……?


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