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「まったく、なに言ってんのかしらね、里中先生は!」
先生が保健室から立ち去ってからも、響姫はぷりぷりと怒っていた。
「そうだよね。だいたい三角関係だなんて、僕は全然関係ないのにね~?」
「どの口が言うかな、こいつは」
「???」
僕の言葉に、なにやら友雪まで不機嫌そうな声を漏らす。
いったい、どうしたんだろう? 友雪と響姫のふたりの時間を邪魔しちゃって怒ってるのかな?
でもそれだったら、いつもこんな感じだと思うし……。
よくわからないから、さっきの会話を思い返してみる。
ツバをつけとけば治るって言った響姫に、響姫がツバつけてあげるの? って言ったら怒って、響姫のだと悪化しそうだって言った友雪をさらに怒って……。
だいたい友雪もおかしいよね。最初に保健室に入ってきたときには、響姫が舐めてくれるのか? なんて言っていたくせに、今度は響姫だと悪化しそうだなんて。
だから響姫は怒ったのかな?
そう考えた僕は、そのことについて言及してみた。
「友雪、さっきは響姫に舐めてほしそうなこと言ってたのにさ、悪化しそうだなんて、ひどいでしょ」
「な……舐めてほしいだなんて、言ってね~!」
「そうだっけ? それに響姫のほうだって、恥ずかしがってただけで、舐めてあげてもいいとか思ってたんじゃない?」
「はぁ!? んなわけあるか! 本気で嫌だっての!」
「またまた~。素直じゃないな~。絶妙なコンビネーションでラブラブな仲よしコンビなのに」
『ラブラブじゃない!』
にやけ顔を伴った僕の言葉に、一瞬のずれもなく、ピッタリと声を合わせるふたり。
「やっぱり、ピッタリ息が合ってるじゃん! ひゅーひゅー!」
僕はここぞとばかりに冷やかしてみる。
普段このふたりには、僕がトロいからか、なにやらからかわれてしまうことが多いし。
たまには反撃してみたってバチは当たらないだろう。
『違うっての!』
やっぱりふたりは、声を揃えて反論してくる。
と、響姫がなにやらうつむき加減になって、もじもじと体をくねらせたかと思うと、
「だいたい、あたしは……」
そうつぶやいて、ちらちらと上目遣いで僕に視線を送ってくる。
「ん? どうしたの?」
わけがわからない僕が問いかけると、
「……なんでもないわよ!」
響姫はまた怒り出してしまった。
う~ん、なんでだろう?
響姫の横では、友雪もため息をひとつこぼし、呆れ顔を見せていた。
☆☆☆☆☆
「あ……」
不意に桜さんの声が響く。
そういえば、桜さんもいたんだっけ。ずっと静かだったから、すっかり忘れてた。
仮にも幽霊だし、先生の前ではあまり目立たないようにしていたのかな?
里中先生、着物に袴なんていう大正時代風な格好の桜さんを、完全にスルーしていたってことになるけど……。
おっとりした先生だから、それも充分にありえるかもしれないな。演劇の練習をしている生徒なのかと思ってました~、とか。
それはともかく、桜さんの声に、僕たちは視線を一方に向ける。
そこには、さっきの小さな女の子、るなちゃんが立っていた。
「……あなた、先生の話に出てきた女の子?」
ようやく怒りも静まったらしい響姫が、怯えさせないようにと考えたのだろうか、笑顔でるなちゃんに語りかける。
「女の子ではない! でも、さっきのは確かに、るなの話なのだ!」
るなちゃんは、えっへん、と膨らみがまったく見て取れない胸を張る。
だけど、そうすると……。
「こんな幼女に、体調を治す不思議な力が……」
「幼女ってゆーな!」
僕が思わずこぼしたつぶやきに、るなちゃんは両手を腰に当ててご立腹の様子。
「るなはこれでも、保健のセンセーなのだ!」
「先生ごっこは……」
「ごっこではない! よく見てみろ!」
またしても保健の先生だと言い張り始めた、るなちゃん。
僕の言葉を遮り、上着の胸の辺りを引っ張ると、ほれほれと見せつけてくる。
そこにはしっかりと、『養護教諭 小山内るな』と書かれた、ピンで留めるタイプの名札が取りつけられていた。
どうでもいいけど、小山内って……なんともピッタリな名字だな~、なんて言ったら、また駄々をこねられちゃうだろうか。
よく見てみれば、あまりにも幼いイメージで気づかなかったけど、るなちゃんが着ている上着は、紛れもなく養護教諭のトレードマークとも言うべき白衣だった。
今どきの養護教諭だと白衣を着ない人も多いって話だけど、紅葉ヶ丘学園は歴史のある伝統校だからなのか、それとも本人の趣味なのか、里中先生はいつでも白衣に身を包んでいる。
同じように白衣のるなちゃんは、名札にも書かれていたわけだから、本人の言うとおり、本当に養護教諭なのだろう。
ただ……うちの学校の養護教諭はひとりだけだったはずだ。
とすると、るなちゃんはやっぱり……。
「るなちゃんは、養護教諭だった先生の幽霊みたいですの」
僕の考えを肯定するかのように、桜さんが結論を示す。
「そうなのだ! るなはれっきとしたセンセーなのだ! なぜかみんな、るなをお子様扱いしていたが……」
「そりゃあ……」
当然でしょう、と続けようとしたのだけど。
るなちゃんに涙目でうるうると見つめられ、僕は口をつぐんだ。
もっとも、友雪の口にまで戸を立てることなんてできるはずもなく。
「見るからに幼女だからな」
「うわ~~~ん! 幼女じゃないやい!」
友雪の言葉に、るなちゃんは大泣きしながら反論する。
るなちゃんからポカポカと叩かれながら、珍しくちょっと困ったような表情を見せる友雪。
少し考えて、こう言った。
「それじゃあ、養護教諭の女って意味で、養女……ってのは、どうだ?」
「……うん、それならいいのだ!」
「いいんかい!」
僕のツッコミの声が、狭い保健室の中にこだました。
☆☆☆☆☆
「さて……それじゃあ、るなちゃん。わたくしたちと一緒に、ここを出ましょう」
桜さんがいつもの穏やかな笑顔で提案する。
「そう言われても、実はここから出られないのだ」
るなちゃんは一瞬にして、しゅんと沈んだ表情に変わる。なんというか、ころころと表情の変わる人だ。
それにしても、子供扱いされるのを嫌がっていたくせに、「るなちゃん」という呼び方は受け入れているような……。
「大丈夫ですの。これがありますから」
うつむいてしまっていたるなちゃんを前にして、桜さんはそう言うと、僕の腰の辺りを指差す。
正確には、僕のズボンのポケットに入れられている『0コン』を。
「そうだね。華子さんも、この0コンで操って女子トイレから離れられたし」
僕も桜さんの意を継いで、るなちゃんを慰める。それでもまだ、るなちゃんは納得してくれない。
「でも、怖いのだ……」
「わたくしたちがついてますから、大丈夫ですの」
「でもぉ……」
桜さんが後押ししても、るなちゃんは一向に渋い表情を崩さない。
と、ここで桜さんがトドメのひと言を放つ。
「それじゃあ、るなちゃん。飴玉をあげますから、一緒に行きましょう!」
「うん、行くのだ!」
ぱーっと明るい笑顔を咲かせ、るなちゃんは大きく頷いた。
……やっぱ、お子様じゃん。
そんなつぶやきは、場の空気を読んで飲み込んでおく僕だった。
どうでもいいけど、幽霊なのに飴玉を舐めることなんてできるのかな……?




