第63話 まだ終わってない
《ダイナマイト練馬強ぇぇぇぇぇ!!》
《変異種ボス秒殺した!?》
《いや待て、さっきまでジュリたんたち五人であんな苦戦してたやつだぞ!?》
《それジャイアントスイングで投げるの意味分からんw》
《ダイナマイトスウィング》
《ジュリたん無事だった!! よかった!!》
《牧島も助かったぞ!》
《爆発の規模ヤバすぎて草》
《画面真っ白なんだけど》
《他の探索者大丈夫か!?》
《さっき猫騙しする前に耳塞がせてたし、ちゃんと考えてるんだな》
《流石の戦闘IQの高さ》
《ダイナマイト練馬の勝ちだろこれ》
《変異種二体まとめて消し飛んだ?》
《勝ったああああああ!!》
《まって》
《ん?》
《まだじゃね?》
《爆炎の奥》
《なんか動いてない?》
《え》
《まだ何かいるぞ》
◇◆◇
朱里は、目の前で巻き上がる巨大な爆炎を呆然と見つめていた。
耳の奥では、先ほどから何度も同じ無機質な声が響いている。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが──』
だが今の朱里には、それを確認する余裕などなかった。
いや、正確には、レベルアップなどどうでもよくなるほど、別のものへ意識を奪われていた。
爆炎を背に立つ、黒い覆面の男。
ダイナマイト練馬。
またしても、自分たちがどうすることもできなくなった瞬間に、彼は現れた。
しかも今回は天井を蹴り破って。
あの恐ろしい変異種を前にして一歩も退かず、牧島を救い出し、その直後には五メートルを超える巨体を素手で振り回した。
最後には、朱里たち五人があれだけ苦戦しても倒し切れなかった怪物を、一撃で爆発四散させてしまった。
(やっぱり……凄いわ……!)
胸が高鳴る。
そして同時に、朱里の視線はダイナマイト練馬の全身へと吸い寄せられていた。
以前会った時とは違う黒いトレーニングウェア。
覆面も、あの時とはデザインが違う。
(ニュースタイル……)
素敵。とても素敵だ。
機能性を重視したシンプルな黒装束でありながら、以前よりもどこか洗練された印象まである。
それに、先ほどの──。
(おは……D?)
朱里は、ほんの僅かに眉を寄せる。
両手でDの形を作りながら放った、謎の挨拶。
あれは一体なんだったのだろう。
新しい決め台詞?
ファンとの合言葉?
そういえば──
後方にいた探索者の何人かが、同じように両手でDを作って返していた。
「……っ!?」
朱里の顔から、さっと血の気が引いた。
(しまったわ……!)
知らなかった。
そんなファン交流用の挨拶ができていたなんて。
(私もやればよかった……!)
いや、むしろ……
(私の方が……私こそが、ファン第一号のはずなのに……!)
あの日、変異種ミノタウロスから命を救われた瞬間から──
少なくとも朱里自身は、自分こそがダイナマイト練馬のファン第一号だと思っている。
それなのに、知らないうちに後発のファンたちは専用の挨拶まで習得していた。
これは由々しき問題だ。
次の機会には、絶対に自分もあの「おはD」を──。
そこまで考えたところで……
「……っ」
朱里の表情が、ふっと変わった。
先ほどまで浮ついていた思考が一瞬で消え去り、探索者としての感覚が意識の前面へ戻ってくる。
視線の先では、蝗竜を呑み込んだ巨大な爆炎が今なお激しく燃え上がっている。
その奥に何があるのかは見えない。
それでも──
(……消えてない)
胸の奥に引っかかっていた嫌な感覚だけは、はっきりと残っていた。
蝗竜が爆発した瞬間も、凄まじい爆炎がボスフロアを覆い尽くした今も──
先ほどから朱里の背筋を撫で続けている、あの不気味な気配だけが少しも消えていない。
むしろ、炎に隠れて姿が見えなくなった今の方が、その存在を強く感じるほどだった。
「まさか……」
額に冷たい汗が浮かぶ。
つい先ほどまで憧れのダイナマイト練馬へ向けられていた朱里の瞳は、今や完全に爆炎の奥へと移っていた。
そこにまだ何かがいる。
そんな確信に近い予感を抱きながら、朱里は立ち上る炎を真っ直ぐに睨みつけた。
◇◆◇
「…………」
牧島もまた、言葉を失ったまま、その場に立ち尽くしていた。
首元には先ほど蝗竜に掴まれていた感触が生々しく残り、身体中が悲鳴を上げている。
全魔力を使い切ったせいで力も入らず、まともに立っていることすら厳しい。
それでも今は、そんなことなどどうでもよかった。
(信じらんねェ……)
牧島の視線の先には、黒い覆面を被った男が立っている。
ついさっきまで、自分たち五人が死力を尽くしても倒し切れなかった怪物。
全魔力を注ぎ込んだ『赤熱破壊砲』で身体の半分を吹き飛ばしても、ものの数秒で再生してみせた化け物。
その蝗竜を、あの男は──
「……アッサリ、倒しやがった」
ただ倒しただけじゃない。
足一本を掴み、五メートル級の巨体をジャイアントスイングの要領で振り回し、そのまま壁際まで吹き飛ばした。
そして、そのまま謎のスキルで爆殺した。
あまりにも現実離れした光景だった。
冗談みたいな強さ。
なのに牧島の胸は、恐れるどころか抑えきれないほど高鳴っていた。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが──』
頭の中では何度もレベルアップのアナウンスが響いている。
ステータスが上がったのだろう。
身体に、僅かに体力と魔力が戻るのを感じる。
だが、今は確認する気になれない。
牧島の視線はただ一人、あの覆面男の背中に釘付けになっていた。
(これだ……)
無意識に拳へ力が入る。
(俺様が……ずっと欲しかったのは、こういう“強さ”だ……!)
誰かを前へ押し出すための力じゃない。
弱い奴に戦わせながら、自分だけ後ろに立つような力でもない。
自分一人が前へ出て、他の奴らを後ろへ下がらせる。
戦いたくない奴を、戦わせずに済ませられる。
そんな力。そんな在り方こそが、牧島の求めていた“強さ”だった。
口元が、僅かに吊り上がる。
どうしようもない状況のはずなのに、胸の奥が熱くなる。
そして同時に、理屈では説明できない、妙な違和感がずっと引っかかっていた。
牧島は目を細めた。
(……テメェ、もしかして──)
だが、その考えが形になるより早く──
ぞわり、と全身の毛が逆立った。
「……っ!」
牧島は弾かれたように爆炎へ顔を向ける。
何かいる。
炎の奥に、まだ何かが、ゆっくりと動いている。
先ほどまで浮かんでいた笑みが、牧島の顔から消えた。
「──まだだ」
掠れた声で呟く。
そして、爆炎の向こうを睨みつけながら続けた。
「まだ、終わっちゃいねェ……!」
◇◆◇
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
「うーわ……」
俺は思わず、心底嫌そうな声を漏らしてしまった。
いや、これは出るでしょ。
レベルアップのアナウンスが四回。
つまり、一気に四レベルも上がったということだ。
念のためステータス画面を開いてみると、そこに表示されていた数字を見て、さらに肩を落とす。
「……六十台突入じゃん。最悪だ……」
LV六十。
とうとう六十の大台に乗ってしまった。
普通なら喜ぶところなのかもしれないけど、俺としては全然嬉しくない。むしろ怖い。
(人類最高レベルが七十四なんだよな……)
まずい。
着実に距離が縮まっている。
というか、俺がスキルに目覚めてから、まだ一週間も経っていない。
それなのにLV六十。
どう考えても成長速度がおかしい。
(だから変異種ボスって嫌なんだよ……経験値多すぎるんだって……)
この調子だと、そのうち本当に世界に名を馳せる高ランク探索者たちと肩を並べるくらいのレベルになってしまうかもしれない。
いや、ひょっとすると、もう既に……
いやいや、そんなわけないそんなわけない。
ただでさえ目立ちたくないのに、これ以上余計な要素を増やすのは勘弁してほしい。
『いや……』
そんな俺の愚痴を遮るように、フランの声が頭の中へ響いた。
『今回ばかりは、そのレベルアップをありがたがった方がいいかもしれねぇにゃ……』
「……え?」
その声を聞いた瞬間、俺の意識が切り替わる。
さっきまでとは違う。
明らかにフランが緊張している。
俺はゆっくりと顔を上げた。
巨大な爆発によって巻き上げられた炎は、今もボスフロアの奥で激しく燃え続けている。
黒煙が天井へ立ち昇り、砕けた石材がバラバラと音を立てながら床へ落ちていた。
その炎の中で──何かが動いた。
「…………」
最初は、ただ揺れる影に見えた。
だが違う。
一歩、また一歩と、細長い影が、炎の奥からこちらへ向かって歩いてくる。
「……嘘」
背後から誰かの呟きが聞こえた。
周囲にいた探索者たちのざわめきも、次第に消えていく。
そして──
燃え盛る炎を割るようにして、そいつは姿を現した。
二メートルほどの細身の身体に、黒く光る外殻。
背中には半透明の翅があり、熱気に煽られて僅かに揺れている。
さらに腰の辺りからは、細長い尾が伸びていた。
その先端にあるのは、針。
さっきまでフロアの奥で腕を組んだまま、こちらを眺めていた、あの蚊と竜のあいのこみたいな怪物だ。
「…………」
生きている。
それだけでも信じられなかった。
なのに──
俺はさらに目を疑った。
黒い外殻には多少煤が付いているだけで、身体の一部が吹き飛んでいるわけでも、大火傷を負っているようにも見えない。
「ウソだろ……」
思わず声が漏れる。
もちろん分かっている。
あいつは【一撃必死】で直接攻撃した対象じゃない。
あくまで蝗の怪物が爆発した時、その爆炎に巻き込まれただけだ。
それでも──
あれだけの爆発だ。
広大なボスフロアの半分以上を呑み込むほどの爆炎の、ほとんど中心にいた。
それなのに。
「……あの爆発をまともに喰らって、生きてるのかよ……?」
蚊の怪物が、ゆっくりと顔を上げる。
その大きな複眼が、真っ直ぐ俺を捉えた気がした。
「…………」
その瞬間──
背筋に、冷たいものが走った。
さっきも感じた、理由の分からない嫌な感覚。
でも今度は違う。
もっとはっきりと、もっと確信に近い形で分かった。
(……こいつ)
たぶん──さっきの蝗の怪物なんかとは、比べ物にならないくらい、強い。




