第62話 ボス戦:ダイナマイト練馬 vs. 蝗竜アポリオン
「ぜぇ……はぁ……。お、お待たせしました……お待たせし過ぎたかもしれません……」
地下四十階層のボスフロア、そのど真ん中。
天井を蹴り破って派手に着地した俺は、格好だけはそれっぽく決めながらも、内心では盛大に頭を抱えていた。
(ちょっとフラン! もっと地味な入り方なかったの!?)
俺のすぐ横では、透明化したフランが配信用スマホを浮かせたまま撮影を続けている。
もちろん周囲からは姿が見えないので、俺は念話で文句を飛ばした。
『仕方ねーにゃ! 一度戦闘が始まったボス部屋は、外から正規ルートじゃ入れねーようになってんにゃ! 転移罠でも踏んで飛ばされでもしにゃい限り、入口自体が閉じちまうんにゃ!』
(だからって地下三十九階の床ぶち抜いて入る!? 他にもうちょっとこう……裏口とか非常口とか!)
『ダンジョンのボス部屋に非常口なんかあるわけにゃーだろ!』
そりゃそうだけど。
それでも、いきなり床を蹴り抜けて下の階へ飛び込むなんて、俺が一番やりたくなかったド派手極まりない登場方法である。
ただでさえ目立ちたくないのに。
……いや、今はダイナマイト練馬だから多少目立ってもいいのか。その為に来てるみたいなとこあるし。
それにしたって限度というものがある。
俺は荒くなった呼吸を整えながら、ようやく周囲へ目を向けた。
「…………」
その瞬間──
別の意味で息が止まりかけた。
ボスフロアの壁際には、ざっと見ただけでも数十人の探索者が固まっている。
しかも、みんな俺を見ていた。
それだけではない。
江戸川会長。神先輩。
トリッシュ先輩。藤宮先輩。
全員が、こちらを見ている。
(やばい……)
なんだこの空気。
俺、何か言わないとダメなやつだよね。
ヒーローっぽく登場しちゃった以上、無言で突っ立ってるのも変だ。
こういう時って何を言えばいいんだ?
大丈夫ですか?
助けに来ました?
いや、もっとこう、ダイナマイト練馬らしい何かを……。
(……そうだ。挨拶!)
困った時は挨拶。
人としての基本だ。
俺は慌てて両手を胸の前へ持っていくと、親指と人差し指を組み合わせて大きなDの形を作った。
「み、みなさん……おはD!!」
全力だった。
元気いっぱいに言った。
完璧なDも作った。
「…………」
返事はなかった。
ボスフロア全体が、見事なくらい静まり返った。
江戸川会長も。
生徒会の皆さんも。
壁際の探索者たちも。
何なら、五メートルくらいの変異種らしきモンスターも。
そのさらに奥で腕を組んでいる、蚊みたいな姿の怪物まで──
全員が、ポカンとしている。
ただ、壁際の探索者の中に、数人だけ。
「お……おはD……!」
と涙目になりながら律儀にも両手でDを作って返してくれている人がいた。
配信を見てくれてたのだろうか。
ありがたい。
ものすごくありがたい。
でも──
(し、信じられないくらいスベった……!)
覆面の下で冷や汗が滝の様に流れる。
『当たり前にゃ!!』
フランの怒声が頭の中へ響いた。
『今そんな場合じゃねーにゃ! TPOってもんを弁えろにゃ!!』
(えぇっ!?)
俺は思わず声を出しかけた。
(フランが毎回やれって言うから嫌々やってたんだけど!?)
『時と場合によるにゃ!!』
そんなの聞いてない。
世の中、理不尽だ。
だが、その時。
視界の端に映った光景で、そんなくだらないことを考えている場合ではなくなった。
(──牧島先輩!)
よく見ると、変異種的な怪物に首を掴まれ、身体が宙へ持ち上げられている。
顔色も悪い。
明らかにただ事ではない。
さらに周囲をよく見れば、生徒会の皆さんもボロボロだった。
藤宮先輩なんて壁際で神先輩の治療を受けているし、トリッシュ先輩は床へ膝をついたまま立ち上がれていない。
江戸川会長も身体中に傷がある。
『──ッ!?』
フランの声が変わった。
さっきまで俺を叱っていた時とは違う。
明らかに緊張している。
『最悪にゃ……。“十二星将”が出張って来てるとはにゃ……! しかも、よりによって“双子”にゃ……!』
(…………)
また知らない単語が出てきた。
十二星将? ジェミニ?
何それ。星座占いの話かな?
だったらいいな。
多分でも、違うんだろうな。
絶対聞いたら面倒なやつじゃん。
普段なら即座に「説明しなくて大丈夫です」と言いたいところだけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
(フラン! まず牧島先輩を助ける!)
『ここまで来たらやるしかねぇにゃ!』
フランもすぐに切り替えた。
『敵は二匹にゃ! 残りは一発だけにゃろ!? デカい方をチビの近くまで持ってくにゃ! 一発の爆発に二匹まとめて巻き込むにゃ!!』
(了解!)
俺は地面を蹴ろうとした。
その時──
「気をつけてください、ダイナマイト練馬様!」
江戸川会長の声が飛んできた。
「あのボスモンスターは……あの時のミノタウロス以上の化け物です!」
「分かりました! ありがとうございます!」
俺は走り出す直前、ちらりと会長へ覆面を向ける。
「はうっ!」
「……?」
会長が突然胸元を押さえ、顔を赤くして横を向いた。
なんだろう、傷でも痛んだのかな。
(やっぱり、ちょっと変わった人だな……会長)
まあいい。
今は、とにかく牧島先輩を助けるのが先だ。
俺が一歩踏み出すと、五メートルほどもある巨大な蝗のような怪物が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「キシャアアアアァァッ!!」
……うわ、怖っ。
以前戦った変異種ミノタウロスやスケルトン・ジェネラルも相当な見た目だったけど、こいつはそれ以上に禍々しい。
ただ、こちらを警戒しているわりに、牧島先輩を掴んだ手はまだ離していなかった。
だったら、まずはそこをどうにかする。
「皆さん!! 耳を塞いでください!!」
俺が叫ぶと、周囲の探索者たちは一瞬だけ戸惑ったものの、江戸川会長たちがすぐに反応した。
壁際へ避難している人たちも、何をするのか分からないまま次々と両耳を塞いでいく。
牧島先輩も首を掴まれた状態で、片手だけはどうにか耳へ当ててくれた。
一方、蝗の怪物はまるで反応しない。
まあ当然か。
どう見ても、日本語が通じるタイプには見えない
(よし、チャンス!)
俺は一気に地面を蹴り、巨大な顔の目の前まで距離を詰めた。
そのまま両手を大きく開く。
「ダイナマイトォォォ……猫騙し!!」
パァァァァァァァンッ!!
思い切り打ち合わせた両手から、銃声のような破裂音がボスフロア全体へ響き渡った。
「キシャッ!?」
さすがに不意を突かれたらしく、怪物の巨体がビクリと跳ねる。
その拍子に、牧島先輩を掴んでいた指が緩んだ。
(よし!やっぱり猫騙しは攻撃判定にならない!)
俺は落ちてきた牧島先輩をそのまま脇へ抱えると、すぐに方向転換して壁際へ向かう。
「うおっ!?」
床を強く蹴って一気に距離を取り、他の探索者たちが集まっている場所まで退避する。
ザザァァッ!!
靴底を滑らせながら止まり、牧島先輩をなるべく乱暴にならないよう床へ下ろした。
「て、テメェは……!?」
何か言いたそうな顔をしている。
でも、今は自己紹介をしている場合じゃない。
俺は蝗の怪物へ向き直ったまま、背中越しに言った。
「ここは俺に任せてください」
「…………」
返事はない。
ちょっと格好つけすぎたかな。
いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
牧島先輩を奪われた蝗の怪物が、怒り狂ったようにこちらを睨んでいる。
そして、そのさらに奥。
二メートルほどの細身の怪物が、相変わらず腕を組んだまま立っていた。
蚊……いや、正確には蚊と竜を混ぜ合わせて人型にしたような、不気味な姿をしている。
何となくそちらへ視線を向けた瞬間──
ゾッ、と背筋に冷たいものが走った。
(……何だ、あいつ)
蝗の方も十分すぎるくらいヤバそうだ。
なのに──
理由は分からない。
ただ、本能みたいなものが告げていた。
──奥にいるあいつの方が、たぶんもっと危ない。
(敵は二体……)
俺は改めて状況を確認した。
今日の分の【一撃必死】の残り使用回数は、あと一発。
つまり、やることは一つしかない。
(フラン! 他のみんなを守って! たぶん、とんでもない大爆発になる!!)
『分かったにゃ! 油断すんにゃよ、ロミオ!!』
フランの返事を聞くと同時に、俺は地面を強く蹴った。
ドンッ!!
景色が一気に後方へ流れ、一瞬で蝗の怪物との距離が縮まる。
「ギシャアアアッ!!」
俺を迎え撃つように、巨大な腕が頭上から振り下ろされた。
その瞬間、意識を目の前の怪物へ集中させる。
頭の奥がすっと冷え、急激に周囲の時間が引き延ばされていくような感覚が訪れた。
空気を押し潰しながら迫ってくる拳も、そこから伸びる鋭い爪も、今まで戦ってきたモンスターとは比べ物にならないほど速い。
(……速いな)
とはいえ、今の俺の感覚からすれば、店頭に置いてある案内ロボットのパッペーくんくらいのスピード感だ。
(これならまだ対応できる!)
振り下ろされた拳を身体をずらして躱す。
直後、蝗の怪物は下から俺を蹴り上げようと、丸太のように太い脚を跳ね上げてきた。
俺はその軌道を見切ると、一歩だけ横へずれて両腕を伸ばす。
ガシッ!!
蹴り上げてきた足首を、そのまま脇へ抱え込んだ。
「ギ……!?」
蝗の怪物の動きが止まる。
その顔が、どことなく呆気に取られているように見えた。
遠くからも──
「……え?」
と、誰かが間の抜けた声を漏らした気がする。
でも、ここまで掴めれば、あとは簡単だ。
「ダイナマイトォォォォ……!」
腰を落とし、しっかりと両脚を踏ん張る。
そして掴んだ足を軸にして、五メートルはある怪物の巨体を力任せに振り回した。
「スウィィィングッッ!!」
「ギシャアアアアアッ!?」
ブォンッ!! ブォンッ!!
一回転。二回転。
さらに勢いをつけて三、四、五回転。
巨大な蝗竜が俺を中心に高速で振り回されるたび、強烈な風圧がボスフロアを駆け抜けていく。
周囲から悲鳴とも驚愕ともつかない声が聞こえたけど、今は気にしている余裕がない。
俺が狙っているのは、そのさらに奥。
腕を組んだままこちらを見ている、蚊と竜を混ぜたような怪物だ。
十分に勢いが乗ったところで、俺はタイミングを合わせて手を離した。
「吹き飛べぇぇぇぇっ!!」
五メートル級の巨体が、弾丸のような勢いでボスフロアを横切っていく。
「ギシャアアアアッ!!」
そのまま一直線に蚊の怪物へ迫る。
だが──
「…………」
そいつは慌てる素振りすら見せなかった。
迫ってくる巨体を見据えたまま、直前になってほんの僅かに身体を傾ける。
たったそれだけで、蝗竜の巨体が、その横を通り過ぎた。
ドッゴォォォォンッ!!
凄まじい勢いのまま背後の石壁へ激突し、周囲の壁面を大きく砕きながら身体が深々とめり込む。
(避けた!?)
あの距離から……しかも、あれだけギリギリまで動かずに。
やっぱり、理由は分からないけど、奥にいるあいつの方が明らかにヤバい。
──でも、もう遅い。
蝗竜を投げ飛ばした時点で、俺の右手にはすでに淡い光が宿っていた。
残り一発。
今日最後の使用回数が、今ので消費されたのだ。
「これで……終わりだ!」
俺は壁へめり込んだ蝗竜を指差した。
「【一撃必死】!!」
カッ!!
次の瞬間、蝗竜の全身から眩い光が溢れ出した。
「ギ……?」
怪物が困惑したように自分の身体を見る。
やがて──何かを悟ったのだろうか。
ゆっくりと顔を上げると、すぐ近くに立つ蚊の怪物へ手を伸ばした。
「ギ……ギィ……」
まるで最後に何かを伝えようとしているような仕草だった。
その姿を見た瞬間。
何故か……ほんの少しだけ、胸の奥に引っかかるものを感じた。
だが、それが何なのかを考える暇はなかった。
次の瞬間──
ドガァァァァァァァァァンッッ!!
轟音とともに、世界が真っ白な光へ呑み込まれた。
蝗竜を中心に巨大な爆炎が一気に膨れ上がり、広大なボスフロアの大半を覆い尽くす。
石床がめくれ上がり、周囲の壁が砕け、凄まじい衝撃によって空気そのものが震えた。
そして──
蝗竜のすぐ近くにいた、あの蚊の怪物も、避ける暇すらないまま、膨れ上がった爆炎の中へと──完全に呑み込まれていった。




