第61話 絶望、そして希望
『赤熱破壊砲』から放たれた灼熱の光が、一直線に蝗竜へ襲いかかった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
轟音とともに赤熱した光が巨大な身体を呑み込み、凄まじい熱波がボスフロア全体へ吹き荒れる。
「くっ……!」
朱里は咄嗟に腕で顔を庇った。
離れた場所にいるというのに、肌が焼けるように熱い。
石床は赤く焼け、周囲の空気が陽炎のように揺らいでいる。
(なんて威力……!)
朱里は思わず息を呑んだ。
(最大までチャージしたトリッシュの一撃にも、勝るとも劣らない……! 純粋な火力だけなら、A級探索者でもこれほどの攻撃を使える人はそう多くないはず……!)
あの威力を真正面から受けた。
いくら変異種とはいえ、無傷では済まない。
いや、これなら──。
(倒せた……!?)
その時──
これまで後方で腕を組み続けていた蚊竜が、ほんの僅かに反応した。
姿勢は崩さない。
ただ、複眼を思わせる大きな瞳が、初めて牧島の方へ向けられる。
「…………」
まるで──今の一撃だけは、少し見る価値があった。
そう判断したかのように。
「はぁ……はぁ……!」
牧島は両腕の変形を解除すると、その場へ片膝をついた。
全魔力を使い切った影響なのか、呼吸は荒く、全身から汗が噴き出している。
「へへ……」
それでも牧島は笑った。
「ざまァ……見やがれ……!」
「マッキー!」
トリッシュが慌てて駆け寄り、その肩を支える。
藤宮はというと、舞い上がった土煙を見つめたまま目を見開いていた。
そんな藤宮の表情に気づいたのか、牧島がニィッと歯を剥く。
「どうだァ!? 度肝抜かれたか、藤宮ァ!!」
「……正直、びっくりですよ」
「だろォ!?」
得意げに胸を張ろうとした牧島へ、藤宮は小さく鼻で笑った。
「アンタに『奥の手を隠しておく』なんてことを考える知能があったことに」
「あァ!? んだとコラァ!? テメェも消し飛ばしたろかボケェ!!」
「二人とも、馬鹿な喧嘩はやめろ!」
神が呆れた声を上げた。
「とにかく、これで残るのは──」
そこで言葉を切り、フロアの奥に立つ蚊竜を見る。
「あの小型の竜人だけだ」
「…………」
腕を組んだままの蚊竜は、相変わらず動こうとしない。
このままなら、今のうちに体勢を立て直せる。
朱里がそう考えた、その時だった。
「ギィィィィィィィァァァァァッ!!」
耳をつんざくような甲高い金切り声が、ボスフロア全体へ響き渡った。
「……え?」
朱里の表情が凍りつく。
舞い上がった土煙の奥で、大きな影がゆらりと動いた。
「嘘……」
トリッシュの震える声とともに、少しずつ煙が晴れていく。
やがて姿を現したのは、先ほど牧島の一撃を真正面から受けたはずの蝗竜だった。
確かに、無傷ではない。
右肩から脇腹にかけては、まるで巨大な円筒を押し込まれたかのように大きく抉れ、失われた身体の断面からは大量の緑色の体液が流れ落ちている。
普通の生物であれば、とっくに絶命しているはずの傷だった。
それでも蝗竜は倒れず、低い唸り声を漏らしながら二本の脚で立っている。
「そんな……」
朱里が呆然と呟いた、その直後。
さらに信じ難い光景が始まった。
抉れた傷口がぶくりと脈打ち、断面から無数の緑色の繊維が伸びていく。
それらは生き物のように絡み合いながら失われた身体の形を作り、やがて骨格めいた芯の上へ肉が盛り上がると、最後には硬質な外骨格まで形成されていった。
「再生……!?」
神が息を呑む。
ものの数秒だった。
牧島が全魔力を注ぎ込み、確かに消し飛ばしたはずの右半身が、まるで何事もなかったかのように元の姿へ戻っていく。
「……チッ。ダメかよ」
牧島が舌打ちした。
先ほどまで浮かんでいた笑みは、もう消えている。
再生を終えた蝗竜の複眼が、ゆっくりと牧島へ向けられた。
「ギ……」
その低い唸り声とともに、怪物の全身からこれまでとは明らかに違う殺気が溢れ出す。
「マッキー……?」
嫌なものを感じ取ったのか、トリッシュが不安そうに牧島を見上げた。
次の瞬間。
「どけッ!!」
牧島がトリッシュの身体を乱暴に突き飛ばした。
「きゃっ!?」
ほとんど同時に、怒り狂った蝗竜の拳が牧島へ叩き込まれる。
ドゴォッ!!
「ぐはッ!!」
巨体から放たれた一撃をまともに受け、牧島の身体が弾丸のように吹き飛んだ。
床を何度も跳ねながら数十メートル先まで転がり、最後は勢いを殺せないまま石壁へ激突する。
ズガァァンッ!!
「がっ……!」
壁に大きな亀裂が走り、牧島の口から鮮血が溢れた。
「マッキー!!」
「いけない! 牧島君!!」
トリッシュと朱里が同時に叫ぶ。
朱里はすぐさま駆け出したが、それより早く蝗竜が動いた。
巨大な身体からは想像もつかない速度で牧島の前へ到達すると、大きな手で首元を掴み、その身体を軽々と持ち上げる。
「ぐ……っ……!」
牧島の足が床を離れ、宙へ浮いた。
「離しなさい!!」
朱里が【紅蓮加速】を発動すると、藤宮も同時にゲーム機を操作しながら蝗竜へ飛び込んだ。
「手を離してもらいますよ!!」
左右から二人が迫る。
だが蝗竜は振り返ろうともせず、牧島を掴んだまま大きく口を開いた。
「ガァァァァッ!!」
バァァァンッ!!
凄まじい衝撃波が正面へ放たれる。
「なっ──!?」
至近距離からまともに浴びた藤宮の身体が、一瞬で後方へ吹き飛ばされた。
ゲーム機で防御操作を行う暇すらない。
ズガァンッ!!
「ぐっ……!」
藤宮は背中から石壁へ激突し、その場へ崩れ落ちた。
「藤宮君!!」
「ガード……不能、攻撃……かよ……」
口元から血を流しながら呻く藤宮へ、神がすぐさま駆け寄る。
「藤宮!」
杖を掲げ、回復魔法を発動させる。
その一方で、蝗竜は背後から迫る朱里へ鋭い後ろ蹴りを放った。
「っ……!」
朱里は咄嗟に長剣を盾にする。
ガァァンッ!!
「くぅっ……!!」
衝撃が剣を通して両腕へ突き抜けた。
身体ごと大きく弾かれ、朱里は靴底を床へ擦りつけながら、どうにか転倒だけは免れる。
「こ、この威力……!」
長剣を握る手が震えていた。
いや──震えているのは剣ではない。
自分の腕そのものだった。
(さっきまでとは……段違い……!)
ようやく理解する。
今までの蝗竜は、本気など出していなかった。
朱里たちを、自分が全力を出すほどの敵だと認識していなかったのだ。
しかし牧島の一撃が、初めてこの怪物を本気で怒らせた。
「ギギィィィ……!」
低い唸り声を漏らしながら、蝗竜が朱里を睨む。
片手には首を掴まれた牧島。
もう片方の腕は、いつでも朱里たちを叩き潰せるように構えられている。
朱里は長剣を握り直した。
(行かなきゃ……!)
牧島を助けなければならない。
そう思って一歩踏み出そうとする。
だが──
「…………っ」
脚が動かなかった。
朱里は呆然と自分の膝を見る。
小刻みに震えている。
(何してるの……?)
ガンッ!!
朱里は拳で自分の膝を強く叩いた。
(しっかりするのよ、江戸川朱里!!)
自分へ言い聞かせる。
(貴女は練城高校で一番強い探索者で、生徒会長でしょう!? 皆を守る義務があるの……! こんなところで怖がってなんか、いられない……!)
「……江戸川、朱里……」
苦しげな声が聞こえた。
朱里が顔を上げると、そこには──
蝗竜に首を掴まれた牧島が、息を詰まらせながらこちらを見ていた。
「俺様のことは……もう、いい……」
「何言ってるの!?」
朱里が叫ぶ。
「逃げ道を……探せ……! こいつが俺様に夢中になってるうちになァ……!」
「出来るわけないでしょう!!」
朱里は即座に否定した。
「私は生徒会長なのよ! 学校の生徒を守る義務が──」
「──それだよ」
「……え?」
思いがけない言葉に、朱里の声が止まる。
牧島は首を締め上げられ、苦しそうに顔を歪めながらも続けた。
「てめェ……ずっと、そればっかじゃねェか」
「…………」
「生徒会長だから。学校で一番強ェから。周りから期待されてるから……だから自分が戦わなきゃならねェってよォ……!」
朱里の心臓が大きく跳ねた。
「てめェ……本当は」
牧島が真っ直ぐに朱里を見る。
「探索者なんか、なりたくなかったんじゃねェのか?」
「……っ」
否定しようとした。
そんなことはない。
自分は自分の意思で探索者になったのだと、そう答えればいい。
なのに──声が出なかった。
「生徒会長だから……スキルに目覚めたから……学校で一番強ェから……親がでっけぇグループの総帥だから……そんな理由で、来たくもねェダンジョンに潜ってんじゃねェかって、そう言ってんだよ……!」
「牧島君……」
朱里は言葉を失った。
そんなことを自覚した覚えはない。
あるいは──ずっと考えないようにしていただけなのかもしれない。
自分には力がある。
だから期待される。頼られる。
求められれば応えなければならない。
それが当たり前だと思っていた。
「俺様はよォ……」
牧島が歯を食いしばる。
「戦いたくもねェヤツらを戦わせちまってる。俺様より強ェヤツがいるから……俺様が弱ェから……!」
ギリッ、と牙が軋む。
「……そんな自分の弱さが、ずっと許せなかったんだよ……!」
「牧島君……貴方……」
朱里が呆然と名前を呼ぶ。
牧島は苦痛に顔を歪めながら、それでもいつものようにニィッと牙を剥いて笑った。
「だからよォ……『やらなきゃならねェこと』なんか見てんじゃねェ!!」
声を振り絞るように叫ぶ。
「『やりてェこと』を見ろ!!」
朱里の目が大きく開いた。
「俺様は──好きに生きただけだ!!」
その言葉が、朱里の胸の奥深くへ突き刺さる。
(……好きに、生きた)
何故だろう。
牧島はそんなことなど一言も口にしていないのに。
朱里にはまるで──
──だから気にするな。
──お前のせいじゃない。
そう言われたような気がした。
「ギィィ……」
蝗竜が大きく口を開く。
複雑に入り組んだ口器が蠢き、牧島の頭へゆっくりと近づいていく。
「牧島さん……!」
「牧島ッ!!」
「マッキー!!」
藤宮と神、そしてトリッシュの悲鳴が重なる。
朱里は震える脚へ必死に力を込めた。
(確かに私は……探索者になんて、なりたくなかったのかもしれない)
自分で選んだと思っていた。
だが本当は、周囲から求められるまま、与えられた役割をこなしていただけなのかもしれない。
それでも──
(だけど……!)
今、自分が何をしたいのか。
それだけは、はっきり分かる。
朱里は牧島を見る。
傷ついて倒れている藤宮を見る。
神を。トリッシュを。
そして後方で怯えながら身を寄せ合う探索者たちを見る。
(今、私がしたいことは──牧島君を、皆を助けること!!)
義務だからじゃない。
生徒会長だからでも。
学校で一番強いからでもない。
自分自身が、そうしたいから。
「…………っ!」
朱里は長剣を強く握り締めた。
もう、迷わない。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも──今ここで、自分に出来ることをすべてやり切る。
「【紅蓮加速】……!!」
朱里の全身から、真紅の魔力が噴き上がった。
残された魔力のすべてを、ただ一つのスキルへ注ぎ込む。
ゴウッ!!
爆発的に膨れ上がった魔力が朱里の身体を包み込み、その姿が真紅の閃光と化した。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
次の瞬間──
朱里の姿が、その場から掻き消えた。
「ギ……!?」
蝗竜の複眼が僅かに動く。
だが、遅い。
朱里は既に、その巨体の懐へ潜り込んでいた。
(外骨格がどれだけ硬くても……!)
狙うのは、装甲そのものではない。
硬質な外骨格と外骨格の間。
身体を動かすために存在する、僅かな節の隙間。
(そこなら──!!)
朱里は長剣を鋭く突き出した。
「【紅蓮刺突衝】!!」
ドドドドドドドドドッ!!
一瞬にして、無数の赤い閃光が蝗竜の身体を駆け巡った。
膝関節。脇腹。肘の内側。
外骨格の継ぎ目を正確に狙い澄まし、目にも留まらぬ速度で刺突を叩き込んでいく。
「ギィィィィィッ!?」
蝗竜の巨体が大きく揺らいだ。
硬い装甲に守られていない部分を貫かれ、節々から緑色の体液が噴き出す。
(効いてる……!!)
朱里はさらに加速した。
「まだまだぁぁぁぁっ!!」
ドドドドドドッ!!
右から、左から。
時には背後へ回り込み、時には足元へ潜り込む。
真紅の残像が幾重にも交差し、そのたびに長剣の切っ先が蝗竜の身体を穿っていった。
(お願い……!)
狙うのは、牧島を掴んでいる腕。
(牧島君を──離して!!)
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
朱里は渾身の力で踏み込み、肘関節の隙間へ長剣を突き立てた。
ズドォォォッ!!
「ギィィィィァァァッ!!」
蝗竜が苦痛の咆哮を上げた。
肘の内側から大量の緑色の体液が噴き出し、牧島を掴む腕が僅かに震える。
(やった……!?)
だが──
「……っ!?」
次の瞬間、朱里は目を見開いた。
長剣によって抉られた傷口が、ぶくりと脈打つ。
そこから無数の緑色の繊維が伸び、みるみるうちに傷を塞いでいった。
それだけではない。
先ほどまで朱里が必死に穿っていた無数の刺突痕も、次々と塞がっていく。
「そんな……!」
ほんの数秒。
朱里が全魔力を注ぎ込んで与えた傷のすべてが、何事もなかったかのように消え去ってしまった。
(嘘でしょう……!?)
その瞬間。
「ギィィィィッ!!」
蝗竜が、空いている方の拳を振り抜いた。
「っ──!!」
朱里は咄嗟に長剣を構えた。
だが、既に魔力は底をついている。
【紅蓮加速】の効果が途切れ、真紅の光が消え失せた。
ドゴォォォッ!!
「かはっ……!!」
凄まじい衝撃が朱里を襲った。
防御に構えた長剣ごと身体を弾き飛ばされ、石床の上を何度も転がる。
ズガァァンッ!!
「ぐっ……あぁっ……!」
背中から石壁へ叩きつけられ、肺の中の空気が一気に押し出された。
手から長剣が滑り落ち、乾いた金属音を響かせる。
「う……くっ……!」
朱里は必死に身体を起こそうとした。
だが、動かない。
魔力を使い果たした身体は鉛のように重く、全身に走る激痛が意識を遠のかせる。
それでも、朱里は顔を上げた。
視線の先では、蝗竜が相変わらず牧島の首を掴んでいる。
そして──
「ギィィィ……」
巨大な口が、ゆっくりと牧島の頭へ近づいていった。
(そんな……)
朱里は震える手を伸ばした。
(まだ……まだ、助けられてないのに……!)
怖くても、戦った。
逃げ出したくても、立ち向かった。
自分の意思で戦うと決めて、持てる力のすべてを振り絞った。
それなのに──
(どうして……!)
指先が石床を掻く。
あと少し。
あと少しだけ、力が残っていれば。
もう一度、立ち上がることが出来れば。
(お願い……!)
だが、身体は動かない。
蝗竜の巨大な顎が、今にも牧島へ食らいつこうとしている。
「誰か……!」
朱里の目から涙が溢れた。
それでも目を逸らさず、必死に手を伸ばしながら、絞り出すように声を上げる。
「お願い……誰か……っ!!」
その光景を、朱里の配信用ドローンが余すことなく映していた。
画面の中には、壁際に倒れ込む藤宮と、その治療に回る神。
魔力を使い果たし、立ち上がることすらできないトリッシュ。
そして中央には、蝗竜に首を掴まれたまま、今にも喰われようとしている牧島の姿が映っている。
《牧島死ぬって!!》
《やばいやばいやばい》
《ジュリたん立って!!》
《無理だろこんなの……》
《もうダメだ》
《誰か……》
《誰か助けてくれよ!!》
絶望に染まったコメントが、配信画面を埋め尽くす勢いで流れていく。
──その時だった。
ピシッ。
どこからか、小さな亀裂音が響いた。
「…………?」
朱里が涙の滲んだ顔を上げる。
配信用ドローンも音を拾ったのか、ゆっくりとカメラを上へ向けた。
ボスフロア中央付近の天井。
そこに一本の細い亀裂が走っている。
ピシッ。
ピシピシッ。
その亀裂は見る間に枝分かれし、周囲の石材へと広がっていった。
「何……?」
トリッシュが呟く。
誰もが天井を見上げた、その直後。
「ダイナマイトォォォォォ……!!」
天井の向こう側から、声が響いた。
「……え?」
朱里の瞳が大きく揺れる。
そして──
「スタァァァァンプッ!!」
ドッゴォォォォォォォン!!
轟音とともに天井が爆ぜた。
大量の石片と土埃がボスフロアへ降り注ぎ、その中心から黒い人影が勢いよく飛び込んでくる。
「なっ……!?」
あまりにも唐突な乱入に、朱里だけでなく藤宮も神もトリッシュも、さらには牧島を掴んでいた蝗竜までもが視線をそちらへ向けた。
ズンッ!!
黒い人影はボスフロア中央へ着地した。
片膝をつき、片手を床へ添えたその姿は、まるで映画のヒーローそのものだった。
一瞬だけ、場に奇妙な静寂が訪れる。
やがて男がゆっくりと立ち上がった。
全身を包む黒いトレーニングウェアに、顔を隠す黒い覆面。
以前、朱里の前へ現れた時とは服装も覆面も少し違っている。
それでも──
朱里には関係なかった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
格好よく着地した男は、肩で激しく息をしながら周囲をキョロキョロと見回している。
どうやらここまで相当な速度で走ってきたらしい。
「ぜぇ……はぁ……。お、お待たせしました……」
一度大きく息を吸い込み、息も絶え絶えに続ける。
「お待たせし過ぎたかもしれません……」
「…………」
朱里の唇が震えた。
覆面は違う。服装も違う。
それでも間違えるはずがない。
あの日──自分が死を覚悟した、その瞬間。
何の前触れもなく現れ、自分たちではどうすることもできなかった変異種ミノタウロスを、一撃で吹き飛ばした謎の男。
探していた、もう一度会いたいと願っていた、あの人だった。
朱里の頬を、一筋の涙が伝う。
「ダイナマイト……練馬様……!」
その名前が口にされた瞬間、配信画面を流れていたコメントも、一瞬だけ止まった。
次の瞬間には──
《えっ!?》
《は????》
《嘘だろ!?》
《ダイナマイト練馬!?》
《なんでここにいるんだよ!?》
《来た》
《来た来た来た来た!!》
《ダイナマイト練馬キターーーーーー!!!》
《うおおおおおおおお!!!》
先ほどまで絶望一色だったコメント欄が、一転して爆発するような勢いで流れ始めた。
その中心で──
当のダイナマイト練馬は、相変わらずぜぇぜぇと息を切らしながら状況を把握しようと周囲を見回している。
そして、その姿を見つめる者がもう一体いた。
ボスフロアの最奥。
これまで朱里たちにも、崩壊グラフィティにも、牧島の『赤熱破壊砲』にすら大した興味を示さず、腕を組んだまま立ち続けていた蚊竜が、初めて──
ほんの僅かに姿勢を変え、ゆっくりと、ダイナマイト練馬へ顔を上げた。




