第52話 UM戦:牧島丑雄vs. グランドタートル
練馬区第一ダンジョン、地下二十三階層。
巨大なリクガメ型ユニークモンスターと向かい合う牧島先輩を、俺とフランは広場の入口にある岩陰からこっそり見守っていた。
その頭上には、拳ほどの大きさをした黒い配信用ドローンが一機浮かんでいる。
ダンジョン配信用の通信チューナーを積んだタイプなのだろう。
カメラ部分を牧島先輩へ向けながら、一定の距離を保ってふわふわと追従している。
「おい、テメェらァ!!」
牧島先輩が突然、ドローンへ向かって拳を突き上げた。
「俺様の生き様、しっかり見とけやァ!!」
洞窟中へ響き渡る大声。
カメラの向こうで見てる視聴者に向けた檄だ。
巨大リクガメまで一瞬動きを止めた気がする。
(……牧島先輩も配信やってるんだ)
『そりゃやるにゃ』
フランが念話で返してくる。
『プロの専業探索者を目指してる学生なら、在学中から配信やってるヤツも珍しくねーにゃ。先に顔と名前を売っとけば、スポンサーも付きやすくなるし、卒業してからのスタートダッシュも全然違うにゃ』
(なるほど……)
『さっきの生徒会のヤツらは、一応学校の仕事中ってことで配信してなかっただけで、たぶんアイツらも普段はやってると思うにゃ』
言われてみれば、その通りだ。
探索者だって職業である以上、実力だけで全部が決まるわけではない。
企業から装備提供を受けたり、広告契約を結んだり、配信収益を得たり。
有名であること自体が、そのまま仕事に繋がる世界なのだろう。
(……相変わらず、人間社会のこと俺より詳しいな、この猫)
『聞こえてるにゃ』
(聞こえるように言ったからね)
そんなやり取りをしている間に、牧島先輩が両腕へ赤い魔力を集中させた。
「【赤腕百面相】!」
肩から先の腕の形が崩れ、赤い魔力の粒子へ変わる。
直後──
両腕が、複数の銃身を束ねた巨大なガトリングガンへ変形した。
「まずはブチ抜くッ!!」
銃口が一斉に火を噴く。
ダダダダダダダダダダッ!!
耳を塞ぎたくなるような轟音と共に、魔力弾の雨が巨大リクガメへ殺到した。
だが──
「ゴォォォォッ……!」
巨大リクガメは首を引っ込める。
続いて四肢。
尻尾まで完全に甲羅の中へ収納され、巨大な岩塊のような姿になった。
そこへ無数の魔力弾が着弾する。
カカカカカカカカンッ!!
火花が散る。だが、甲羅の表面が少しずつ削れていくものの、弾丸はほとんど弾き返されていた。
「チィッ!! 硬ェな……!」
牧島先輩が舌打ちする。
ガトリングを撃ち続けても、致命傷には到底届きそうにない。
すると巨大リクガメの甲羅が、不意に震え始めた。
「……ん?」
ゆっくりと、その場で回転する。
最初は大した速さではなかった。
だが一回転、二回転と加速し、やがて甲羅全体が輪郭すら霞むほど高速で回り始める。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
地面を削りながら、巨大な甲羅が滑り出した。
(うわっ!?)
全長十メートル近い回転する岩盤が、そのまま牧島先輩へ突っ込んでいく。
(どっかのレースゲームで見たことある様な攻撃だな……)
ただしサイズが違いすぎる。
あんなものに轢かれたら、カートどころか人間なんて跡形も残らない。
「そんなモン、当たっかよォ!!」
牧島先輩が地面を蹴った。
横へ大きく跳び、巨大甲羅を紙一重で回避する。
回転するユニークモンスターはそのまま広場の壁へ激突した。
ドゴォォォンッ!!
魔晶石が砕け、岩の破片が飛び散る。
普通ならそこで止まりそうなものだが。
ゴゴゴゴゴ……!
甲羅は勢いをほとんど殺さなかった。
壁へぶつかった反動で軌道を変えると、今度は跳ね返るように牧島先輩の背後へ回り込む。
(後ろっ!!)
思わず岩陰から身を乗り出しかけた。
しかし──
『だから慌てんにゃ』
フランの声が飛んでくる。
(でも、あれ直撃したら……!)
『よく見ろにゃ。あのバカ先輩、何かする気にゃ』
言われて牧島先輩を見る。
いつの間にか、左腕だけが別の形へ変わっていた。
肘から先に巻き取り機構のような装置が現れ、その先端には鋭い三本爪のワイヤークローが取り付けられている。
「遅ェんだよ!!」
牧島先輩が左腕を天井へ向ける。
バシュンッ!!
ワイヤークローが射出された。
長い鋼線を引きながら一直線に飛び、天井から突き出した巨大な魔晶石へ食い込む。
ギャリリリリリッ!!
左腕のウィンチが高速で回転した。
ワイヤーが一気に巻き取られ、牧島先輩の身体が地面から跳ね上がる。
「うおおおおおッ!!」
凄い勢いで宙へ引っ張られ、直後。
回転する巨大甲羅が、その数メートル下を通過していった。
(すごっ……)
第二体育館での模擬戦でも見せていた動きだ。
壁や天井へ打ち込めば、自分自身を引っ張って三次元的に移動できる。
牧島先輩は天井付近まで上昇すると、今度は左腕のワイヤーを解除した。
「次はこいつだァ!!」
落下しながら右腕を変形させる。
巨大な筒状の装甲。
その中心から覗く、太い金属杭。
(パイルバンカー……!)
これも、模擬戦でも使おうとしてた武器だ。
使う前にフランの腹パンで気絶してたけど。
牧島先輩は身体を捻り、減速してきた巨大リクガメの甲羅目掛けて右腕を振り下ろした。
「喰らいやがれ、カメ公ォォォッ!!」
ドガァンッ!!
金属杭が撃ち出される。
凄まじい衝撃が甲羅全体へ伝わり、巨大リクガメの身体が地面へめり込んだ。
「ゴォォォォッ!!」
低い唸り声が響く。
だが──
「……なッ!?」
甲羅は割れていなかった。
表面には大きな亀裂こそ走っている。
しかし、パイルバンカーの一撃すら完全には貫通できていない。
(硬すぎない!?)
牧島先輩も予想外だったらしい。
わずかに目を見開く。
その瞬間──
甲羅の中から首と四肢が一斉に飛び出した。
続いて後方から、丸太のような太い尻尾が鞭のように振り抜かれる。
バゴォンッ!!
「ぐぉ……ッ!?」
牧島先輩の脇腹へ直撃した。
「が……ッ!!」
身体が吹き飛ぶ。
宙を十メートル近く飛ばされ、背中から洞窟の壁へ叩きつけられた。
ドガァンッ!!
壁面の岩が砕ける。
「牧島先輩……!」
思わず声が漏れそうになり、慌てて口を押さえた。
(あれ、さすがにヤバくない!?)
『……そうかもにゃ』
フランも今度は少し真面目な声になった。
『あのカメ、見た感じソロでやるならレベル二十三、四くらいは欲しい相手にゃ。バカ先輩は十八だったにゃろ?』
(えっ!?)
『相性も悪いにゃ。あの甲羅、物理攻撃に滅茶苦茶強ぇにゃ』
(じゃあマジで危ないじゃん!)
牧島先輩は壁際に倒れたまま、すぐには起き上がらない。
巨大リクガメは、ゆっくりとそちらへ身体を向け始めている。
(……しょうがない)
腹を括るしかない。
正体がバレる。
生徒会にまた面倒な説明をする羽目になる。
配信計画だって台無しになるかもしれない。
でも──
(だからって、目の前で死なれたら寝覚め悪すぎるし……!)
岩陰から飛び出そうと脚へ力を込めた。
その時。
「……おい」
牧島先輩が動いた。
片膝をつきながら立ち上がる。
口元から一筋の血を流し、それを親指で乱暴に拭った。
「テメェらァ!!」
ユニークモンスターではなく──
上空に浮かぶ配信用ドローンへ向かって、バッと手を伸ばした。
「まさかこの俺様が、このままくたばるとでも思ってんじゃあねェだろうなァ!? あァ!?」
大声が洞窟中へ響く。
牧島先輩は脇腹を押さえながら、それでもニヤリと牙を剥いた。
「俺様は……いずれ最強の探索者になる男だ!!」
巨大リクガメが地面を踏み鳴らす。
それでも牧島先輩は視線を逸らさない。
「こんなカメ公一匹、そこへ上がる踏み台の一段に過ぎねェ!!」
右手の親指で自分の胸を指す。
「テメェらは安心して、ポテチでも齧りながら見てやがれ!! 俺様が勝つところをよォ!!」
「…………」
何だろう。
……ヤバい。
ほんの少しだけ、凄いと思ってしまった。
もちろん無茶苦茶ではある。
普通なら逃げた方がいい。
というか本人のレベルを考えれば、間違いなく逃げるべきだ。
でも牧島先輩は、ただ死ぬ気で突っ込んでいるわけではない。
勝つ気だ。
最初から最後まで、徹頭徹尾。
自分が勝つ未来を、一度も疑っていない。
『へぇ~……』
フランが感心したように尻尾を揺らす。
『アイツ、意外と根性あるにゃ。ただのアホじゃねーのかもにゃ』
(……そうみたいだね)
俺たちがそんな会話をしている間に、牧島先輩は再び左腕をワイヤーアンカーへ変化させた。
「オラァァァッ!!」
バシュンッ!!
ワイヤークローが巨大リクガメへ向かって飛ぶ。
しかし──
巨大リクガメは今度は甲羅へ閉じこもらず、四肢を伸ばしたまま身体を持ち上げた。
ワイヤークローが前脚へ届く寸前、脚をひょいと持ち上げる。
(外した!?)
クローは脚の下をすり抜けていった。
『いや』
フランが目を細める。
『何か狙ってるにゃ』
その言葉通りだった。
ワイヤークローは巨大リクガメの股下を通過し、そのさらに奥。
地面から斜めに突き出していた巨大な魔晶石へ突き刺さる。
ガキィンッ!!
「へっ……!」
牧島先輩が笑った。
「そう来ると思ったぜェ!!」
ウィンチが唸る。
ギャリリリリリッ!!
ワイヤーが巻き取られ、牧島先輩の身体が前方へ勢いよく引っ張られた。
立ったままではない。
ほとんど地面へ寝そべるようなスライディングの姿勢で、そのまま砂煙を上げながら高速で滑っていく。
ザザザザザァァァッ!!
巨大リクガメの真正面。前脚の間。
そのまま首元の下へ滑り込む。
(そういうことか……!)
甲羅が硬い。
上から壊せない。
なら──
「甲羅が硬ェならよォ!!」
牧島先輩の右腕が、再び巨大なパイルバンカーへ変形する。
巨大リクガメが首を伸ばす。
目の前へ滑り込んできた人間を噛み砕こうと、大口を開いた。
その無防備な首元へ──
「柔らけェところをブチ抜きゃいいだけだろうがァ!!」
パイルバンカーの先端が突きつけられる。
「『暴君杭打機』ッ!!」
ドヴンッ!!
腹の底まで震えるような轟音が響いた。
金属杭が撃ち出される。
首の下側から突き刺さり、そのまま硬い肉と骨をまとめて貫通した。
「ゴォ……ッ!?」
巨大リクガメの首が大きく仰け反る。
衝撃に耐えきれず、頭部が根元から弾け飛んだ。
巨体から離れた頭が血飛沫を引きながら宙を舞い、数メートル離れた地面へ転がる。
そのまま──
ズズズズズ……。
頭を失った巨体が傾いていく。
ズゥゥゥンッ!!
地響きと共に、大量の埃が広場いっぱいに舞い上がった。
その下──巨大リクガメの腹の下から、牧島先輩が勢いよく滑り出してくる。
ザザァァァッ!!
そのまま立ち上がり、両腕を元の姿へ戻す。
そして、背後で倒れ伏すユニークモンスターなど、最初から勝って当然だったとでも言うように──
上空のドローンへビシッと人差し指を突きつけた。
「見たかテメェらァァァ!!」
牙を剥き、胸を張る。
「これが……牧島丑雄様じゃアアァァァァァッ!!」
反響した絶叫が、洞窟の奥まで消えていった。
「…………」
俺はしばらく何も言えなかった。
隣ではフランが、呆れたような感心したような顔で牧島先輩を見ている。
『……すげーにゃ、アイツ』
(……うん)
『すげーアホにゃ』
(そこは俺も否定できない)
強い。
それは認める。
戦い方も、思っていたよりずっと頭を使っていた。
遠距離ではガトリング。
移動にはワイヤー。
接近戦ではパイルバンカー。
敵の性質を見ながら、その場で攻め方まで変えている。
あれだけ何でも一人でこなせるなら、確かに単独で二十三階まで潜ってこられたのも納得できる。
(でも……)
ボロボロになるまで一人で潜って、
格上のユニークモンスターに遭遇して、
逃げるどころか笑って挑み、
負けそうになってもなお、視聴者へ「安心して見てろ」と言い切って勝つ。
やっぱり無茶苦茶だ。
俺とは真逆の人間。
たぶん牧島先輩は、この先も一生俺の理解から一番遠い種類の人間だと思う。
それでも──
「…………ふっ」
思わず、小さく笑ってしまった。
まあ……少なくとも。
今の牧島先輩を見て──
(カッコ悪いとは、思わなかったかな)
本人に言ったら確実に調子に乗りそうなので、絶対に口に出すことは今後もないだろうけど。




