第51話 一番理解できない人
練馬区第一ダンジョン、地下二十一階層。
生徒会の面々がメガサイクロプスの素材回収に気を取られている隙に、俺とフランはどうにか彼らを追い越すことに成功していた。
そして現在。
俺の目の前では、全長三メートルほどの巨大な甲虫型モンスターが、硬そうな大顎をガチガチと鳴らしながら突進してきている。
「それじゃあ、次はこのデカい虫を駆除していきたいと思います」
配信用のカメラへ説明しながら半身になる。
巨大甲虫が間近まで迫ってきたところで、右手を軽く振り下ろした。
「ダイナマイトチョーップ!」
ズバァンッ!!
分厚い甲殻ごと、巨大甲虫の身体が縦に真っ二つになった。
左右へ分かれた巨体が地面を滑り、そのまま動かなくなる。
『討伐対象の所有権を確認しました』
『アイテムチェストの自動解体機能を実行します』
すぐさま頭の中に無機質なアナウンスが響き、巨大甲虫の死骸が光の粒へ変わっていく。
甲殻や大顎などの素材がアイテムチェストへ収納されたのを確認し、俺は何事もなかったように歩き出した。
《21Fのモンスターもチョップ一発かよ》
《もう武器いらないだろこの人》
《ダイナマイトチョップの汎用性高すぎる》
《さっきから硬いモンスターほど綺麗に真っ二つにしてない?》
流れていくコメントを横目で見ながら、俺は別のことを考えていた。
(それにしてもさ、生徒会の人たちって普通に凄くない?)
『今さらにゃ?』
透明化したまま配信用スマートフォンを構えるフランから、念話が返ってくる。
(いや、改めて考えたらさ。江戸川会長以外の三人もレベル十七とか十八なんだろ?)
『そうみたいにゃ』
(聞いた話だと、練城高校で先行覚醒者なのって江戸川会長と牧島先輩だけなんだよね? ってことは神先輩たちは、普通にレベル一から始まって、一年もしないうちにあそこまで上げたってことじゃん)
スキルに目覚めるのは十七歳の誕生日。
三年生の彼らだって、探索者として活動を始めてから一年も経っていないはずだ。
それで中難易度ダンジョンの中ボスを三人だけで倒せるところまで成長している。
俺のように変異種ミノタウロス一匹でレベルが五十以上も跳ね上がったわけでもない。
一体ずつモンスターを倒して、地道に経験値を積み上げてきた結果なのだ。
『アイツら、たぶん卒業したらそのままプロの専業探索者になるつもりなんにゃろ』
(……やっぱり?)
『普通の高校生が受験勉強とか部活とかに使う時間を、レベリングにぶっ込んでるにゃ。そこまでのガチ勢なら、あんくらいになっててもおかしくねーにゃ』
(なるほど……)
言われてみれば納得できる。
高校卒業後──大学へ行く者もいれば、会社へ就職する者もいる。
そして今のこの時代では、探索者として生きていくという進路も存在する。
生徒会の先輩たちは、もうそちらへ進む覚悟を決めているのだろう。
『逆に、あの江戸川って女会長は先行覚醒者で最初からレベル高かった代わりに、テレビだの学校行事だの、他の仕事に時間食われてたんにゃろ』
(ああ……有名人だもんな、会長)
『だから素のレベル上げだけなら、あの三人とそこまで大差つかなかったんじゃねーかにゃ。おみゃーに強制パワーレベリングされて、また一気に差が開いたみたいだけどにゃ』
(強制した覚えはないんだけど……)
俺だって、好きで変異種ミノタウロスを爆破したわけではない。
あのまま放置したら江戸川会長が殺されそうだったから、仕方なく使っただけだ。
それはともかく。
(みんな凄いな……)
俺と一歳しか違わないのに。
スキルに目覚めたからには探索者として生きる。
そう決めて、危険なダンジョンへ何度も潜り続けている。
ギシャァァァァッ!!
考えている途中で、横穴から二匹の巨大甲虫が飛び出してきた。
「あ、ちょっと待ってね」
俺は一歩踏み込み、右手を振る。
ズバッ!!
返す手でもう一度。
ズバァッ!!
二匹とも、硬い甲殻ごと真っ二つになった。
『討伐対象の所有権を確認しました』
『アイテムチェストの自動解体機能を実行します』
光へ変わって消えていくモンスターを見ながら、俺は思わず口に出していた。
「でも探索者なんて、いつモンスターに殺されるか分からない危険な職業なのに……俺にはちょっと理解できないなぁ」
《は?》
《どの口が言ってんだ》
《言ってることとやってること滅茶苦茶で草》
《この人今モンスター二匹瞬殺したよな?》
《意味不明な独り言は素なのか?》
《二重人格説ある》
「…………」
配信画面へ視線を向ける。
大量のコメントが、物凄い速度で流れていた。
「…………」
俺はスッと目を逸らした。
何も見なかった。
俺が強くなってしまったことと、探索者という職業が危険なことは別問題である。
少なくとも本人としては、そのつもりだ。
(とにかく、急ごう)
生徒会の面々を追い抜くことには成功した。
だが、もう一人。
牧島先輩の姿をまだ見ていない。
(牧島先輩を見つけて追い越したら、もっと下の階層で残りの【一撃必死】を消化しないと)
現在残っている使用回数は三回。
時計が午前零時を回れば、未消化分によって俺自身が爆発四散する。
配信がどうとか、生徒会に見つかりたくないとか。
そんな事情とは関係なく、制限時間だけは刻一刻と近づいている。
(さすがに配信中に本人爆発エンドだけは嫌だからな……)
『そんな伝説の配信者デビュー&リタイアはニャーも御免にゃ』
(だよね)
俺たちはフランの『探査』を頼りに、さらに下層へ進んでいった。
◇◆◇
地下二十三階層へ入って間もなく。
先頭を進んでいたフランが、不意に足を止めた。
『……ん?』
(どうした?)
フランは目を細め、じっと通路の奥へ顔を向ける。
『探査』の情報を確認しているらしい。
『でけぇ赤マークが一個あるにゃ』
(モンスター?)
『たぶんにゃ。ただ、そこら辺にいる雑魚とは反応の大きさが違うにゃ』
フランが少し間を置く。
『しかも、その近くに人間の反応が一人あるにゃ』
(人間?)
嫌な予感がした。
『この先の広場で……誰かがユニークモンスターと戦ってるっぽいにゃ』
(ユニークモンスター……誰が戦ってるんだろ)
俺たちは足音を殺しながら、通路を先へ進む。
やがて視界が開けた。
地下二十三階層の奥に広がる、ドーム状の巨大空洞。
その中央に──
「…………でかっ」
巨大なリクガメがいた。
全長は十メートル近い。
岩盤の塊と見間違えそうなほど分厚い甲羅を背負い、四本の脚は俺の胴回りより太い。
甲羅の隙間から覗く皮膚も硬そうで、首の周囲には岩の棘のような突起まで生えている。
一歩動くたびに地面が小さく揺れた。
(あれがそのユニークモンスターかな……?)
『たぶんにゃ。普通の亀野郎より明らかに魔力反応がでけぇにゃ』
そして、その巨大な亀と向かい合っている人影を見た瞬間。
「…………」
俺はそっと口を閉じた。
『配信切るにゃ』
(お願い)
フランがスマートフォンを操作する。
配信が停止したのを確認してから、俺たちは広場の入口にある岩壁の陰へ身を潜めた。
『いたにゃ。バカ先輩』
フランが呆れたように呟く。
(…………)
そこにいたのは──牧島丑雄先輩だった。
(出た……)
今まで散々探していた人物ではある。
会いたかったわけではない。
見つけて、こっそり追い抜きたかっただけだ。
だというのに、本人は俺の想像以上に大変な状況にいた。
「はぁ……はぁ……!」
牧島先輩の呼吸は荒い。
学校で見た袖なし学ランではなく、黒いノースリーブのインナーを中心にした探索者用の戦闘装束を身につけている。
しかし服のあちこちは破れ、肌には擦り傷や打撲の跡がいくつも残っていた。
どうやらここへ来るまで、かなり激しく戦ってきたらしい。
それでも、牧島先輩の目は死んでいなかった。
むしろ逆。
目の前にいる強敵を見て、今まで以上に生き生きとしているようにすら見える。
「…………」
腰のポーチへ手を突っ込む。
取り出したのは、赤色の液体が入ったヒールポーションと、青色のマジックポーション。
牧島先輩は二本の栓を同時に抜くと。
「っしゃあ!!」
二本まとめて口へ運んだ。
ゴクッ。ゴクッ。ゴクッ。
「ぷはぁっ!!」
まるで仕事終わりにビールでも飲み干したような勢いで口元を乱暴に拭う。
(飲み方……)
ポーションって、そんな豪快に飲むものだっただろうか。
『頭悪そうな飲み方にゃ』
(まぁそれは……同感)
だが、回復効果はしっかりあったらしい。
傷の一部が塞がり、荒れていた呼吸も少しずつ落ち着いていく。
巨大リクガメが低く唸った。
「ゴォォォォォ……」
重低音とともに首を持ち上げる。
目の前にいる高校生など、一踏みで潰せそうな巨体だ。
(……逃げないのかな)
相手はユニークモンスター。
しかも牧島先輩は一人。
場所は23階層。ダンジョン管理局へ連絡しても救援は恐らく間に合わない。
普通なら撤退を考えてもおかしくない状況に見える。
「…………へっ」
ところが──
牧島先輩は笑った。
ニィッと口角を吊り上げ、特徴的なギザギザの歯を覗かせる。
「ユニーク・モンスターか……」
両腕に、赤い魔力が灯る。
幾何学模様のような光が皮膚の上を走り、手首から肩へ向かって広がっていく。
【赤腕百面相】。
学校で俺へガトリング砲を向けてきた、あのスキルだ。
「面白ェじゃねェか!!」
牧島先輩が獰猛な笑みを浮かべた。
「強くなる為に……こんな窮地を、俺様は待ってたんだ!!」
「…………」
俺は岩陰から、その姿を眺めていた。
数分前。
俺は、生徒会の先輩たちが危険な探索者という職業へ自分から進もうとしていることについて、
『ちょっと俺には理解できない』と思った。
そして今──
(一番理解できない人キター……)
その生徒会メンバーすら探しに来るほど無茶をして、一人で地下二十三階まで潜り、ボロボロになりながらユニークモンスターと遭遇して、それでも嬉しそうに笑っている男が、目の前にいた。
『どうするにゃ?』
(……とりあえず)
俺は巨大リクガメと牧島先輩を交互に見る。
(……様子見ようか)
できれば、そのまま勝ってほしい。
マジで、本当に、心の底からそう思う。
だってもし牧島先輩が負けそうになったら……
(……俺が助けに行かなきゃいけなくなるじゃん)
ようやく追いついたと思ったのに──
どうやら、このまま素通りとはいかなさそうだった。




