第50話 中ボス戦:練城高校生徒会 vs. メガサイクロプス
練馬区第一ダンジョン、地下二十階層。
巨大な円形広場の中央では、中ボスであるメガサイクロプスが七メートル近い巨体を揺らしながら、こちらまで腹に響くような咆哮を上げていた。
対するのは、江戸川会長を除いた三人の生徒会メンバー。
神先輩。
藤宮先輩。
そして、トリッシュ先輩。
俺──門田露澪はフランと一緒に広場の入口脇にある岩陰へ身を潜め、その様子をこっそり覗いていた。
「いくぞ、二人とも」
神先輩が一歩前へ出る。
手にしていたのは、先端に白銀色の宝石が埋め込まれた長い杖だった。
いかにも魔法使いや僧侶が使いそうな杖だが、そのまま前線へ出るつもりはないらしい。藤宮先輩とトリッシュ先輩の少し後ろへ立つと、杖を両手で構えた。
(神先輩、ヒーラー系なのかな)
普段から眼鏡をかけて理屈っぽい雰囲気なので、何となく後衛職なのは納得できる。
問題は、その隣だ。
「まあ、今の僕たちのレベルなら、三人でも問題ないと思いますけど」
藤宮先輩が気怠そうに言いながら、なぜか一歩ずつ前へ出ていく。
手には相変わらず、あの携帯ゲーム機。
しかも目線はメガサイクロプスではなく、ほとんどゲーム機の画面へ落とされたままだ。
(……え?)
俺は思わず二度見した。
(もしかして、藤宮先輩が前衛なの?)
どう考えても逆だと思っていた。
首元にはヘッドホン。
気怠そうな表情。
ゲーム好き。
俺の中では、完全に後方から何かしらの魔法でも撃つタイプだった。
それなのに今、一番前に立っている。
「んじゃ、ウチはフジにゃんの援護ねー」
後方ではトリッシュ先輩が棒付きキャンディを口から外し、腰のホルダーから細身のステッキを取り出した。
ピンクと青のラインストーンがこれでもかと貼られ、持ち手には小さなハートのチャームまでぶら下がっている。
魔法の杖というより、ギャル向け雑貨店で売っていそうな見た目だった。
(……大丈夫なのかな、このパーティ)
一人はメガネのヒーラー。
一人は中ボスを前にしてゲーム。
もう一人はギャルデコステッキ。
見た目だけなら、かなり不安である。
神先輩が聖杖を掲げた。
「藤宮、先に付与する。『筋力付与』!」
杖の先端から淡い銀色の光が放たれ、そのまま藤宮先輩の身体へ吸い込まれていく。
肩や脚の周囲へ一瞬だけ光の線が浮かび、すぐに消えた。
(やっぱり神先輩は支援職っぽいな)
身体能力強化。
となると藤宮先輩が前衛なのは、本当に間違いないらしい。
しかし本人は、相変わらず画面から目を離さない。
「それじゃ、行きますね」
親指がゲーム機のスティックへ触れる。
「【操身遊戯】……レディ」
その瞬間──
ゲーム機の画面が淡く光った。
同時に、藤宮先輩がトントンと軽いステップを踏み始める。
(…………)
いや、待って。
(まだゲームやってるんだけど!?)
目の前では七メートルの巨人が、丸太のような棍棒を振り上げている。
なのに藤宮先輩は、メガサイクロプスをほとんど見ていない。
視線は完全に手元。
「グオオオオォォォッ!!」
メガサイクロプスが咆哮し、巨大な棍棒を振り下ろした。
(危なっ!?)
さすがにこれはまずい。
俺は思わず岩陰から飛び出しかけた。
正体がバレるとか、ダイナマイト練馬として会いたくないとか言っている場合ではない。
あんなものをまともに食らったら、人間なんて簡単に潰れる。
『慌てんにゃ』
フランの念話が頭へ響いた。
(でも!)
『たぶん大丈夫にゃ。よく見とけにゃ』
よく見ろと言われても。
棍棒はもう、藤宮先輩の頭上まで迫っている。
「『パリィ』」
ぼそり、と。
藤宮先輩が呟いた。
同時にゲーム機を持つ両手が素早く動く。
カカッ!
次の瞬間──
藤宮先輩の身体が、それまでの気怠そうな雰囲気からは想像できない速度で動いた。
バキィンッ!!
横薙ぎに振り抜かれた右脚が、巨大な棍棒の側面を正確に蹴り上げる。
信じられないことに、メガサイクロプスの一撃は軌道を逸らされ、棍棒の先端が地面へ叩きつけられた。
「グォッ!?」
メガサイクロプスの巨体が、大きく前へ傾ぐ。
(……今、蹴りで弾いた?)
目を疑う。
だが藤宮先輩自身は、成功したことに喜ぶ様子すらない。
ゲーム機を見たまま、親指を猛烈な速度で動かしていた。
「→、→、△……っと」
カカカカッ!
入力と同時に、藤宮先輩の身体が前へ飛び出した。
(…………あ)
そこでようやく分かった。
(ゲームしてるんじゃない)
藤宮先輩の手元。
ゲーム機の画面には、本人とよく似た小さなキャラクターが表示されている。
そのキャラクターが前へ走れば、現実の藤宮先輩も走る。
ジャンプすれば跳ぶ。
蹴れば、現実の身体も同じ動きをなぞる。
(ゲームで、自分自身を操作してるのか!?)
なるほど。
それなら、ずっと画面を見ていた理由も分かる。
藤宮先輩は戦闘中に遊んでいたわけではない。
恐らくあれこそが、スキルを使うための操作画面なのだ。
「そこ、崩れましたね」
藤宮先輩が低く跳ぶ。
メガサイクロプスの膝の裏側へ身体を潜り込ませ、空中で身体を回転させた。
バゴンッ!!
跳び後ろ回し蹴り。
強化された踵が膝裏へ直撃し、七メートルの巨体が完全にバランスを失う。
「はい、コンボ入ります」
カカカカカッ!
ゲーム機を高速入力。
それに合わせて、藤宮先輩の身体が滑らかに動く。
脇腹へ回し蹴り。
振り向きざまの後ろ回し蹴り。
さらに跳躍。
頭上から叩きつけるような踵落とし。
ドンッ!!
バゴッ!!
ズガァンッ!!
一連の蹴り技が、ほとんど途切れることなくメガサイクロプスへ叩き込まれた。
(えぇ……)
強い。
普通にめちゃくちゃ強い。
(藤宮先輩、こんなスタイリッシュに戦う人だったの……?)
勝手に俺と同じ陰の者だと思っていた。
必要な時以外はあまり喋らず、休みの日は家でゲームしているタイプ。
そこまでは同じだと思う。
なのに戦い方だけは、まるで格闘ゲームの主人公だ。
なんか裏切られた気分だ。
もちろん、完全な逆恨みである。
そんなことを考えている間にも、メガサイクロプスはまだ倒れていなかった。
「グオオオオォォォッ!!」
雄叫びと共に顔を上げる。
額にある巨大な一つ目へ、青白い光が集まり始めた。
(何だ?)
次の瞬間。
目から光線が放たれた。
ズバァァァァンッ!!
一直線に藤宮先輩へ迫る。
しかし、その前へ神先輩が杖を突き出した。
「『破邪障壁』ッ!」
空中に幾重もの光の線が走り、巨大な半透明の盾が出現する。
青白い光線が激突した。
激しい光と音が広場いっぱいに弾けるが、障壁は割れない。
「藤宮、今だ!」
「了解です」
藤宮先輩が横へ跳び、障壁の陰から離脱する。
(なるほど……)
俺は感心した。
神先輩は単純な回復役ではない。
身体能力強化。防御障壁。
おそらく回復魔法も使えるのだろうが、役割としては前衛を生かすための支援専門に近いらしい。
「はいはーい」
その時──
後方から、場違いなくらい軽いトリッシュ先輩の声が聞こえた。
「チャージ完了ー。友軍は射線から離脱するよーに」
「分かってますよ」
藤宮先輩がゲーム機を操作しながら横へ飛ぶ。
神先輩も障壁を解除し、素早く射線上から離れた。
残されたメガサイクロプスの正面では、トリッシュ先輩がギャルデコステッキを両手で構えている。
先端に取り付けられた青い宝石のような部分へ、凄まじい量の魔力が集まっていた。
「んじゃ、いっくよー」
いつもの軽い笑顔のまま。
「『蒼炎槍』!」
ドォンッ!!
杖の先から、蒼い炎が撃ち出された。
炎というより、もはや巨大な光線に近い。
一直線に広場を横切り、メガサイクロプスの胸部へ突き刺さる。
「グオオオォォォォッ!?」
蒼い炎が分厚い皮膚を焼き抜き、そのまま背中まで貫通した。
数秒遅れて。
ズズンッ……!!
巨体が、仰向けに倒れる。
胸の中心には巨大な焼け跡が残り、完全に動かなくなった。
「…………」
終わった。
「お見事」
少し離れた場所で見守っていた江戸川会長が、嬉しそうに拍手する。
「流石ね、三人とも。連携も前よりずっと良くなってるわ」
「ありがたきお言葉です」
神先輩が眼鏡をクイッと押し上げる。
相変わらず会長に褒められると、微妙に嬉しそうだ。
「あっ!」
トリッシュ先輩が突然声を上げた。
「やった~! レベル十八に上がった~!」
その場でぴょんと跳ねる。
「これでやっとマッキーに追いついたよ~!」
「……あ」
藤宮先輩もゲーム機から一瞬だけ視線を外した。
「僕も上がりました。十八です」
「二人とも同時か」
神先輩が頷く。
「三人討伐にした判断は正解だったようだな」
「やっぱ中ボス美味しいねー」
「そうですね。会長まで入っていたら、もう少し経験値減ってたでしょうし」
藤宮先輩は、倒れたメガサイクロプスを見ながら淡々と言う。
経験値は戦闘への貢献度によって分配される。
レベル二十八の江戸川会長まで加われば当然彼女にも経験値が入るため、その分だけ他の三人が受け取れる量は減る。
わざわざ会長が後ろへ下がっていたのは、三人のレベルアップを優先するためだったらしい。
(……すごいな)
俺は岩陰から、素直に感心していた。
三人とも強い。
藤宮先輩が前線をかき回し、神先輩が強化と防御で支える。
最後にトリッシュ先輩が大火力を叩き込む。
役割がしっかり分かれていて、それぞれが相手の動きを理解している。
何より、学生とは思えないくらい戦い慣れていた。
「うちの高校の生徒会メンバーって、こんなに強かったんだ……」
小声で呟く。
「普通に、配信で見るプロの専業探索者と遜色ないくらいじゃない?」
隣にいたフランが、尻尾をゆらりと揺らした。
『にゃー』
何だ、その返事。
『その強ぇ先輩らを見て感心してるおみゃーは、レベル五十六だけどにゃ』
「言わないで……」
俺はがっくりと肩を落とした。
俺だって好きでこんな人間兵器みたいな強さになった訳ではない。
非常に不本意である。
『で、どうすんにゃ?』
フランが念話を飛ばしてくる。
『このまま見物してるにゃ?』
(……いや)
俺は立ち上がった。
広場では、生徒会の面々がメガサイクロプスの素材回収について話している。
今ならまだ、こちらに気づいていない。
(この隙に先へ行こう)
彼らの戦闘を見られたのは面白かった。
藤宮先輩がずっとゲームをしていたわけではないと分かったのも、大きな収穫だ。
だが俺たちの目的は、生徒会の皆さんと仲良くダンジョン攻略をすることではない。
むしろ、その逆。
(追いつかれる前に距離を取らないと……!)
俺とフランは、岩陰から気配を殺して抜け出す。
そして生徒会の面々に見つからないよう遠回りしながら、地下二十一階へ続く通路へ向かった。
(……それにしても)
歩きながら、俺はもう一度だけ後ろを振り返る。
(藤宮先輩、本当に前衛だったんだな……)
何となく、それが今日一番の衝撃だった。




