第5話 転移先は最深部
身体を包んでいた青白い光が消える。
直後──
「うわっ!?」
突然、足の裏に固い地面の感触が戻った。
着地する準備なんてしていなかった俺は、勢いよく前につんのめり、そのまま床の上をゴロゴロと転がる。
「いっ……たぁ……!」
肩から石床へぶつかり、全身に鈍い痛みが走った。
スキル所有者になってレベルが上がったところで、痛いものは痛いらしい。できれば、その辺も強化してほしかった。
俺は床に両手をつき、ゆっくりと身体を起こす。
「……ここ、どこ?」
辺りは薄暗かった。
三階層までは、壁や天井に埋め込まれた発光鉱石のおかげで、照明がなくても普通に歩ける程度には明るかった。
だが、ここにある発光鉱石は、ところどころ弱々しく青い光を放っているだけだ。
その代わり、壁や床には見たことのない黒い石材が使われている。
自然にできた洞窟というより、誰かが意図的に造った神殿か遺跡のようだった。
天井も異様に高い。見上げても、暗闇に吸い込まれて奥がよく見えない。
「三階……じゃないよね、これ」
分かっていた。分かっていたけど、認めたくなかった。
俺が飛び込んだ小部屋。足元に現れた魔法陣。そして、受付の係員が言っていた言葉。
『稀ですが、踏むと下層へ飛ばされます』
「……初回から、本当に飛ばされるなんて事ある?」
忠告を受けてから、まだ一時間も経っていない。
もう少し猶予が欲しかった。せめてダンジョンに慣れるまで待ってほしかった。
何なら、一生発動しないでほしかった。
「どうしよう……」
後ろを振り返る。
当然ながら、転移してきた魔法陣は消えていた。
来た道はない。戻る方法も分からない。
スマートフォンを取り出してみるが、画面の右上には圏外の文字が表示されていた。
「ですよね……」
ダンジョン内部で地上の通信回線が使えないことくらいは、俺も知っている。
配信者たちは、ダンジョン内に設置された専用の中継装置を経由して映像を送っているのだ。
つまり、装備も中継機器も持っていない俺には、救助を呼ぶ手段がない。
「いや、まだ深い階層って決まったわけじゃない」
自分へ言い聞かせる。
転移罠に引っかかったとはいえ、四階や五階へ飛ばされただけかもしれない。
俺はE級探索者だ。五階までなら立ち入りが許可されている。
だったら、まだ何とかなるはず。
そうだ。
きっと大丈夫。
そう思いながら周囲を見回すと、通路脇の石柱に何かが刻まれているのが見えた。
近付いて、表面の埃を手で払う。
【B30】
「…………」
地下三十階。
もう一度、見る。
【B30】
何度見ても三十だった。
「三と〇の間に、小数点とかない?」
なかった。
地下三・〇階という、俺に都合のいい概念は存在しないらしい。
「最深部じゃん……」
練馬区第三ダンジョンは、地下三十階まで確認されている。
つまり、ここは一番下。
E級探索者が立ち入っていい地下五階を、二十五階もオーバーしている。
「お、終わった……」
最悪だ。
二重、三重に最悪の極みだ。
俺は石柱へ額を当てた。
今日、スキルに目覚めた。
市役所で探索者登録をした。
初めてダンジョンへ入った。
そして、その日のうちに最深部へ飛ばされた。
あまりにも展開が早すぎる。俺の人生に、そんなスピード感は求めていない。
「そうだ。ステータス……」
コボルトたちから逃げている間、何度もレベルアップのアナウンスが響いていた。
何かの役に立つかは分からないけど、現状を確認しないよりはマシだ。
「ステータスオープン」
青白い半透明の画面が現れる。
──────────────────
名前:門田露澪
性別:男
年齢:十七歳
LV:8
STR:21
AGI:23
INT:22
MAG:24
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:1/5
リセットまで
06:51:08
──────────────────
「レベル8……?」
ダンジョンへ入った時は、レベル1だった。
それが、ほんの一時間足らずでレベル8。
ゴブリン三匹。コボルトとウルフが五匹。その後に追いかけてきたコボルトの群れ。
正確に何匹倒したのかは、俺にも分からない。爆発が激しすぎて、数える余裕なんてなかったからだ。
自分より高レベルの魔物を倒すと、取得経験値にボーナスが加算されるらしい。
とはいえ。
「上がりすぎじゃない?」
普通はレベル1から8まで上げるのに、もっと何日も、何週間もかかると聞いている。
それを俺は、石を二回投げただけで達成してしまった。
いや、ゴブリンにも一回投げているから三回か。
どちらにしてもおかしい。
「そりゃ、身体も軽くなるよね……」
コボルトたちから逃げている時、妙に足が速くなった気がした。
あれは気のせいではなく、AGIが上昇した影響だったらしい。
運動部でもない俺が、十匹以上のコボルトから逃げ切れたのも、レベルアップのおかげなのだろう。
少しだけ希望が見えてきた。
レベル8なら、地下三十階でも──
「いや、無理でしょ」
自分で言って、自分で否定した。
三階にいたゴブリンやコボルトで、レベル1の俺より遥かに格上だった。
地下三十階にいる魔物が、レベル8程度のわけがない。
むしろ、ここではレベル1だろうがレベル8だろうが誤差だろう。
「しかも、残り一発……」
スキル欄を見る。
【一撃必死】の残り使用回数は一回。
今日のノルマという意味では、あと一発使えば達成だ。
だが逆に言えば、撃てるのもあと一発しかない。
「ここで魔物に囲まれたら……」
一体なら倒せる。
たとえ最深部の強力な魔物でも、スキルの説明通りなら、攻撃を当てさえすれば爆発四散して死ぬはずだ。
でも、二体以上いたら?
最初の一体は倒せる。残った奴には、俺が殺される。
「このスキル……性能はめちゃ強いはずなのに、安心感が全然ないな……」
俺はステータス画面を閉じた。
とにかく、魔物と遭遇しないように出口を探すしかない。
地下三十階なら、地上へ戻るための転移装置か、非常用の脱出口があるかもしれない。
そう信じたい。
信じさせてほしい。
「静かに、慎重に……」
俺は足音を立てないよう、薄暗い通路を歩き始めた。




