第4話 静かに帰りたいだけなんだけど
人々のざわめきが完全に聞こえなくなるまで走り続け、俺はようやく大きな岩陰へ身を隠した。
「はぁっ……はぁっ……」
息を整えながら周囲を見回す。
誰もいない。
どうやら追ってきた探索者はいないようだった。
「た、助かった……」
俺はその場へ座り込み、大きく息を吐く。
いや、全然助かってないけど。
まだ今日のノルマは終わっていない。
「とりあえず……」
右手を前へ出す。
「ステータスオープン」
青白いウィンドウが目の前へ浮かび上がった。
──────────────────
名前:門田露澪
性別:男
年齢:十七歳
LV:3
STR:13
AGI:14
INT:15
MAG:14
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:3/5
リセットまで
07:24:53
──────────────────
「……え?」
思わず二度見した。
「レベル3?」
確か、さっきまでレベル1だったはずだ。
つまり、一気に2レベル上がったことになる。
「……そういえば」
聞いたことがある。
自分より高レベルの魔物を倒すと、経験値に補正が掛かることがある、と。
「レベル一で三階のゴブリン三匹だったからか……?」
いや、それにしたって上がりすぎじゃない?
能力値も全部増えている。
それよりも──
俺はスキル欄を見た。
残り使用回数:3/5。
「あと三発か……」
ため息が漏れる。
それにしても、さっきの爆発……
「威力、おかしくない?」
ゴキブリの時も十分おかしかった。
だが今回は比較にならない。
通路に大穴が開いていた。
ゴブリン三匹が跡形もなく消えていた。
標的がデカいと、爆発もデカくなるって事なのか。
「これ、人がいる所じゃ絶対使えないだろ……」
住宅街で撃ったらニュースになる。
学校で撃ったら学校がなくなる。
というか、爆破テロ扱いされる。
そんな気さえした。
「人がいない所でさっさと終わらせて帰ろう……」
俺は立ち上がると、人の気配がしない通路の奥へ歩き始めた。
◇◆◇
三階層の奥は、さらに静かだった。
探索者の姿はほとんどない。
聞こえるのは、どこからか響く魔物の鳴き声だけ。
その時だった。
「……いた」
通路の先。
三匹のコボルトが歩いている。
犬の頭を持つ人型の魔物だ。
しかも、その後ろには猟犬のような灰色のウルフが二匹付き従っていた。
「五匹か……」
まだこちらには気付いていない。
だが。
「うん、無理無理」
レベルが少し上がった程度で、真正面から五匹に勝てる気はしない。
「普通の高校生だから、俺」
俺は物陰へ身を隠しながら、小石を拾った。
「……これしかないよな。やっぱり」
静かに後をつける。
距離を測る。
呼吸を整える。
そして──
(【一撃必死】……ちゃんと発動してくれよ)
ひゅっ。
小石が飛ぶ。
右手が赤く輝き、小石にも紅い光が宿った。
コボルトの後頭部へ命中する。
次の瞬間。
──カッ!!
ボゴォォォォォンッ!!
轟音。爆炎。衝撃波。
コボルトが一瞬で吹き飛び、その爆発は他のコボルトやウルフ二匹まで飲み込んだ。
辺り一面へ土煙が舞い上がる。
「うわぁ……」
俺は思わず顔を引きつらせた。
「またやりすぎた……」
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
頭の中へ機械的な声が流れる。
「また上がってる……レベルって、こんな簡単に上がるもんなの?」
その時だった。
「グルルル……!」
「ギャアアア!」
爆発音を聞きつけたらしい。
通路の向こうから、新たなコボルトの群れが姿を現した。
「え?」
一匹。二匹。三匹。
いや──
「多くない?」
十匹以上いる。
しかもまだ増えてくる。
「やばっ!」
俺は慌てて石を拾った。
(来るな来るな来るな!)
慌てて群れに向かって石を投げる。
強く念じると、また石が赤く光る。
──カッ!!
ドゴォォォォンッ!!
再び爆炎が巻き起こる。
群れの先頭がまとめて吹き飛んだ。
だが──
「ギャアアアア!」
さらに奥からコボルトたちが駆け寄ってくる。
「嘘だろ!?」
爆発が大きすぎる。
音を聞いた魔物が次々と集まってくる。
倒しても倒しても終わらない。
「まずいまずいまずい!」
俺は踵を返し、全力で走った。
頭の中では何度もレベルアップのアナウンスが流れている。
だが見る暇はない。
だけど──
「なんか身体軽っ!?」
足が勝手に前へ出る。
階段を駆け下りるような軽さで地面を蹴れる。
さっきまでとは別人みたいだった。
それでも後ろから聞こえる遠吠えは近付いてくる。
「もう嫌だぁぁぁ!」
必死で走る。
曲がる。また走る。
そして、目の前へ小さな部屋が現れた。
「しめたっ!ここに隠れよう!」
飛び込んだ瞬間。
足元へ、青白い魔法陣が浮かび上がった。
「……え?」
嫌な予感がした。
ダンジョンの係員が言っていた言葉が頭をよぎる。
『転移罠だけは気を付けてください』
「まさか……」
光が一気に強くなる。
「……嘘だろ」
身体が浮く。
「……いやいやいや!」
景色が白く染まる。
「そんなバカなぁぁぁあああ!!」
俺の情けない叫び声だけを残し。
身体は、深層へと吸い込まれていった。




