第3話 練馬区第三ダンジョン
練馬区第三ダンジョンゲート。
都内に数あるダンジョンの一つであり、初心者探索者の登竜門として知られる場所だ。
駅前の商業施設ほどもある巨大な建物の中央には、直径十メートルほどの青白く揺らめく光の壁が浮かんでいる。
これがダンジョンゲート。
異世界へと繋がる入口だ。
「スキルホルダー登録証をお願いします」
入口の受付で、中年の係員が声を掛けてきた。
「あ、はい」
俺は先ほど受け取ったばかりの探索者登録証を差し出す。
係員はカードを機械へ通し、画面を確認した。
「本日登録ですね」
「はい」
「初めてのダンジョンですか?」
「……はい」
係員は慣れた様子でうなずいた。
「現在のランクはE級になります。E級探索者は地下五階まで立ち入り可能です」
「五階まで……」
「初心者向けですので、一階から三階は比較的安全です」
よかった。
その一言だけで少し安心した。
だが、係員は続ける。
「ただし、転移罠だけは気を付けてください」
「転移罠?」
「ええ。稀ですが、踏むと下層へ飛ばされます」
「……帰ってこられるんですか?」
「帰ってくる方もいます」
「『も』?」
係員は営業スマイルを浮かべた。
「お気を付けて」
「……はい」
いや、ものすごいフラグっぽいから、そういうこと言わないでほしい……
だから嫌だったんだ。探索者になんかなるのは。
俺はぺこりと頭を下げると、青白いゲートへ足を踏み入れた。
◇◆◇
一歩踏み出した瞬間、景色が変わった。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
そこは巨大な洞窟だった。
天井は高く、淡く光る鉱石が壁一面に埋め込まれている。
湿った土の匂い。
ひんやりとした空気。
配信動画では何度も見た景色なのに、実際に立ってみるとまるで別物だった。
そして何より驚いたのは──
「人、多っ!」
一階層は探索者だらけだった。
剣を背負った青年。
槍を持った女性。
盾を構える大男。
さらにはスマホを自撮り棒へ固定し、
「はいどうもー! 本日も第三ダンジョン配信やっていきます!」
などと叫んでいる配信者までいる。
「ホーンラビットいた!」
「ナイス!」
「一匹三千五百円だぞ!逃がすな!」
あちこちで戦闘が始まっていた。
白い角を持つウサギ型の魔物。
巨大な蜘蛛。
それらを探索者たちが次々と倒していく。
(なるほど……)
これが日常なのか。
初心者探索者の多くは、一階や二階でこうした魔物を狩り、素材を売って小遣いを稼ぐらしい。
俺は周囲を見回した。
……人、多すぎる。
ここで【一撃必死】なんて使ったら、一瞬で目立つ。
昨日のゴキブリ程度でも部屋が半壊したんだ。
ホーンラビットが大爆発でもしたら、何十人に見られるか分からない。
「三階まで行こう……」
俺は人混みを避けるように階段を下りていった。
◇◆◇
三階。
そこまで来ると景色が変わった。
探索者の数が、一気に減る。
代わりに聞こえてくるのは金属のぶつかる音と、低い唸り声。
壁際には剣を抜いた探索者が真剣な表情で進み、空気そのものが張り詰めていた。
そして──
通路の奥を歩く、小柄な人影。
緑色の肌。尖った耳。錆びた剣。
「あれ……ゴブリン?」
動画で見たことがある。
さらに奥には犬頭の魔物。
コボルトだ。
「…………」
俺は立ち止まった。
「……あれ?」
何か、大事なことを忘れていた気がする。
「俺」
自分を指差す。
「レベル1。」
服装を見る。
「制服。」
両手を見る。
「武器なし。」
前を見る。
「ゴブリン。」
沈黙。
「…………」
嫌な汗が背中を伝った。
「いや待って」
もし──もしも。
【一撃必死】が発動しなかったら?
俺、普通に殺されるんじゃないか?
そもそも、相手は剣を持ってる。
俺は帰宅途中の普通の高校生だ。
「どうやって攻撃当てるんだよ……」
ゴキブリは運良く雑誌で叩けた。
でも、ゴブリン相手にそんな距離まで近づいたら、その前に刺される。
「……石。石なら、もしかしたら……」
俺は足元の小石を拾った。
昨日は、雑誌で叩いただけで発動した。
だったら──物を投げてもいけるんじゃないか?
「頼むぞ……」
物陰からそっと覗く。
三匹のゴブリンが輪になり、何やら聞き取れない言葉で話していた。
「ギャギャ」
「ゴブ」
「ギッ」
楽しそうだ。友達同士なのだろうか。
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
ごめん……俺が、生きるためなんだ。
俺は小石を構えた。
(【一撃必死】……発動してくれ!)
ひゅっ。
小石が飛ぶ。
その瞬間だった。
俺の右手が赤く光った。
投げた石にも、同じ赤い光が宿る。
「……!」
真ん中のゴブリンが振り向いた。
石が額へ当たる。
一瞬、眩い閃光が走った。
──カッ!!
ボガァァァァァァンッ!!
三階全体を揺らすほどの爆音が響いた。
ゴブリンの姿が一瞬で爆散し、真紅の爆炎が洞窟を飲み込む。
衝撃波が岩壁を叩き、砂埃が雪崩のように舞い上がった。
その衝撃波は左右の二匹まで巻き込み、
「ギャッ──」
「ゴブッ──」
断末魔すら残さず消し飛ばした。
「…………」
え……えぇぇーー……?
俺も固まった。
ゴキブリの時とは、威力がまるで違う。
爆発の中心には大穴が空き、通路の壁まで黒く焦げている。
「なんだ今の!?」
「魔法の暴発事故か!?」
「怪我人はいないか!」
遠くから探索者たちの叫び声が聞こえてきた。
「やっば……!」
俺は反射的に踵を返した。
「逃げよう……!」
その瞬間。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
頭の中で無機質な声が響く。
「うるさいうるさい!」
今それどころじゃない!
俺は頭の中へ響くアナウンスを無視しながら、人々が集まってくる気配とは反対方向へ全力で駆け出した。




