第2話 探索者なんて、なりたくなかった
「……つまり、ゴキブリを叩いたら爆発した、と」
警察官は手帳を閉じ、何とも言えない表情で俺を見た。
「はい」
「ゴキブリが?」
「多分、そうだと思います」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
いや、本当に俺だってよく分かってないんだ。
ゴキブリを雑誌で叩いたら、ゴキブリが爆発四散した。
意味が分からない。
意味が分からないが、実際に起きてしまったのだから仕方がない。
幸い、なぜか俺自身に怪我はなかった。
部屋の壁紙は焦げ、窓ガラスは割れ、近所からは「爆発音がした」と通報が入り、消防車とパトカーまで来る騒ぎになったが。
「門田くん」
「はい」
「今日、十七歳になったそうだね」
「……はい」
「スキルが発現した可能性は?」
「それは……」
俺は少しだけ言葉に詰まった。
スキル。
昨夜見た、あの妙なステータス画面。
夢だと思っていたけど、目の前の焦げた部屋を見る限り、夢では済まされない気もする。
「一応、それらしいものは……」
「……そうか」
警察官はうなずいた。
「詳しいことは区役所でスキル登録をして確認してもらってくれ。事故として処理しておくから。スキル発現直後は暴発事故も珍しくないからね」
「……ありがとうございます。もう二度としません」
こうして、長い事情聴取はようやく終わった。
時計を見る。
「うわ……」
始業式、もう完全に遅刻だ。
◇◆◇
「──以上で、生徒会長挨拶を終わります」
体育館へ駆け込んだ時には、すでに始業式は終盤だった。
俺は先生に小さく頭を下げ、後方の列へこっそり紛れ込む。
壇上では、一人の女子生徒がマイクの前に立っていた。
艶やかな長髪。
真っ直ぐ伸びた背筋。
制服姿なのに、まるでテレビに出てくるキャスターや女優みたいな落ち着いた雰囲気。
江戸川朱里。
一つ年上の生徒会長。
そして、高校生探索者としても有名な人物だ。
テレビやネットニュースにも何度か出演しているため、学校中で……いや、日本中で知らない者はいない。
「今年度も、生徒会は皆さんが安心して学校生活を送れるよう尽力します。困ったことがあれば、遠慮なく相談してください」
綺麗な声だった。
体育館中に、よく通る。
拍手が起こる。
俺も一応拍手しておいた。
(すごい人だなぁ……)
とは思う。
思うけど。
(探索者なんて、よくやるよ……)
そっちの感想の方が大きかった。
俺とは住む世界が違う。
そう思った。
◇◆◇
始業式が終わると、担任には事情だけ説明して早退扱いにしてもらった。
向かった先は、区役所。
探索者関連の手続きを扱う窓口だ。
「スキル登録ですね」
受付の女性が慣れた様子で書類を差し出す。
「本日が十七歳のお誕生日ですか?」
「あ、はい」
「おめでとうございます」
「あ、どうも……」
全然めでたくない。
むしろ人生最大級の厄日なんだけど。
「では、スキル名と効果をお願いします」
来た。
一番困る質問。
俺は昨夜からずっと考えていた。
基本的に、自分のステータスウィンドウは自分にしか見えない。
正直に書くべきか。
それとも隠すべきか。
もし、
『攻撃した対象は爆発四散して死にます』
なんて申告したらどうなる?
絶対に騒ぎになる。
テレビ。探索者協会。研究機関。国。
面倒くさい未来しか見えない。
俺は平穏に暮らしたいだけなんだ。
だったら──。
「……【接触爆破】です」
「接触爆破、ですね」
職員は素早く入力していく。
「効果はどのようなものですか?」
「接触した対象を、爆発で攻撃します」
「はぁ……なるほど」
職員は特に驚いた様子もない。
爆発系スキル自体は珍しくないのだろう。
もちろん、本当の能力とは全然違う。
でも、全部嘘って訳ではない。
爆発する。
そこだけは本当だ。
ちなみに、探索者は能力を過大申告することを法律で禁じられている。
危険度の査定や依頼内容に関わるからだ。
逆に、本来より弱く申告することを罰する法律は存在しない。
そんなことをする人間が、普通はいないからだ。
「登録完了です」
数分後。
一枚のカードが差し出された。
銀色のICカード。
中央には俺の顔写真。
その下に、大きく書かれている。
【探索者登録証】
「これで本日からダンジョンへの入場が可能になります」
「……ありがとうございます」
受け取ったカードは、思っていたより軽かった。
なのに──
これまでの人生より、ずっと重く感じた。
◇◆◇
区役所を出る。
春の日差しが眩しい。
「はぁ……」
ため息が漏れた。
これで探索者になってしまった。
いや、正確には登録しただけだ。
別にダンジョンへ潜らなくてもいい。
普通に公務員試験を受けてもいい。
そう。俺は今まで通り──
「あ」
俺は立ち止まった。
「……そういえば」
嫌な予感がした。
急いで右手を前へ出す。
「ステータスオープン」
青白い画面が現れる。
昨日と同じステータス。
そして、その下。
──────────────────
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:4/5
リセットまで
09:38:14
──────────────────
「…………」
思考が止まる。
「……え?」
残り、四回。
ゴキブリで一回使ったから?
じゃあ、この残り時間って……
俺は慌ててスキル説明を開く。
昨日見た文章が、そのまま表示された。
『※注:使用回数を使い切らなかった場合、スキル所有者が爆発四散して死にます。』
「…………」
俺は空を見上げた。
「これ……今日中に、あと四回使わないと……俺、死ぬの?」
春風が吹いた。
答えてくれる者はいない。
「いやいやいやいや」
落ち着け。
落ち着こう。
昨日はゴキブリ一匹で部屋が半壊した。
あれを住宅街であと四回?
無理だ。
絶対に警察沙汰になる。
いや、それどころか、全国ニュースになる。
「『区内で本日五件目の謎の爆発です』とか言われるじゃん……」
俺は頭を抱えた。
その時。
ふと、区役所の向かいに立っている看板が目に入る。
【練馬区第三ダンジョンゲート 徒歩十五分】
「……」
ダンジョンなら、探索者が爆発系のスキルや魔法を使うのも珍しくない。
少なくとも住宅街で爆発を起こすよりはマシだ。
「探索者なんて、なりたくなかったんだけどなぁ……」
俺は探索者になりたかったわけじゃない。
夢だったわけでもない。
憧れていたわけでもない。
ただ──
爆死したくなかった。
だから俺は、
人生で初めてのダンジョンへ向かった。




