第48話 逃げるなら下へ
練馬区第一ダンジョン、地下六階層。
俺──門田露澪は、天井から垂れ下がる巨大な魔晶石へしがみついたまま、眼下を歩く四人の姿をじっと見下ろしていた。
江戸川会長。
神先輩。
藤宮先輩。
トリッシュ先輩。
つい数時間前に学校で顔を合わせていた生徒会の面々が、よりによって全員揃って同じダンジョンへやって来ている。
十メートルほど下では、俺の存在など知る由もない四人が広場の中央へ入ってきた。
先頭を歩いていた藤宮先輩が周囲を見回し、露骨に嫌そうな顔をする。
「うわ。なんですか、この部屋」
その視線の先では、先ほど俺が【一撃必死】を発動したせいで、地面や壁の一部が黒く焦げている。
爆風をまともに受けた魔晶石も何本か砕け、細かな破片となって辺りへ飛び散っていた。
「魔晶石がバラバラに吹き飛んでるじゃないですか。まるで、ここで爆発でもあったみたいな」
「爆発ぅー?」
最後尾を歩いていたトリッシュ先輩が、口に咥えた棒付きキャンディをころころ転がしながら首を傾げる。
そして次の瞬間、何でもないことのように言った。
「あっ。ひょっとしてー、さっきまでここでダイナマイト練馬が戦ってた、とかー?」
「…………っ」
危うく魔晶石から手が滑りそうになった。
俺は反射的に身体を結晶の裏へ寄せる。
(いや、なんなの……? トリッシュ先輩の、そのサラッと真実言い当てる感じ……?)
今日、生徒会室でもそうだった。
何となく思いついたような軽い口調で、いきなり俺がダイナマイト練馬なのではないかと言い当ててきた。
身長差がなければ、危うくあの場で正体が露見していたかもしれない。
戦闘力とはまったく別の意味で、この人が怖い。
「えっ!」
下では江戸川会長がぴたりと足を止めた。
「だ、ダイナマイト練馬様が……ここに?」
「可能性あるんじゃなーい? この爆発跡、結構それっぽいし」
「…………」
江戸川会長の頬が、目に見えて赤くなった。
だが彼女はすぐに我に返ったらしく、ぶんぶんと首を横へ振る。
「ダメよ朱里。今のあなたは練城高校生徒会長として職務中なのよ。煩悩に囚われてはダメ。しっかりしなさい」
「…………」
自分で自分に言い聞かせ始めた。
煩悩扱いなんだ。
何だか申し訳なくなってくる。
「ダイナマイト練馬め……!」
その隣では、神先輩が悔しそうに拳を握り締めていた。
「江戸川会長の心をここまで惑わせるとは、やはりけしからん男だ……!」
(何もしてません)
完全な濡れ衣である。
俺はただ、ミノタウロスを爆破して逃げただけだ。
(……でも、そうか)
そこで一つ気づく。
江戸川会長たちは、生徒会としての何らかの用事でこのダンジョンに潜っていた。
つまり、おそらく地上でネットを見ていない。
会話の内容的にも、さっき始めたばかりのダイナマイト練馬の生配信にまだ気づいていない可能性が高い。
(それだけは不幸中の幸いか……)
もし配信まで見た上でこの場所に来ていたら、爆発跡を見た時点で本気で俺を探し始めていたかもしれない。
今ならまだ、単なるトリッシュ先輩の冗談で済んでいる。
お願いだから、そのまま冗談として流してほしい。
「……とにかく」
江戸川会長が表情を引き締める。
「今は牧島君を探すのが最優先よ。練馬区第一ダンジョンに一人で潜っているのは間違いないのでしょう?」
「ええ」
神先輩が眼鏡を押し上げた。
「彼と普段行動を共にしている柊冬彦と榎木夏男の二人が証言しています。放課後、牧島は一人でこのダンジョンへ向かったそうです」
(…………誰?)
一瞬、名前だけでは分からなかった。
しかし少し考えて気づく。
(ああ。あのチビとノッポ、そんな名前だったんだ……)
初めて知った。
というか……
(牧島先輩までここにいるの!?)
初配信のダンジョンで、どれだけ知り合いとエンカウントすれば気が済むんだ。
しかも話を聞く限り、俺たちより先に潜っていたらしい。
ここまで会わずに済んだのは、むしろ運が良かったのかもしれない。
「相変わらず無茶しますね、あの人」
藤宮先輩が気怠そうに呟いた。
その手には、小型の携帯ゲーム機のようなものが握られている。
こんな状況でも親指だけは忙しなく動いていた。
「【赤腕百面相】が汎用性の高いスキルなのは分かりますけど、命のかかってるダンジョンへレベル上げ目的でソロで入るとか、命知らずを通り越してバカの所業ですよ」
(この人も人探ししながらゲームやってるけどね……)
牧島先輩のことを言えるのだろうか。
さっきからずっと画面を見ている。
俺なら学校行事中にゲーム機を触っていたら普通に怒られると思うのだが、生徒会では許されているのだろうか。
「やっぱりさ~」
トリッシュ先輩がキャンディを口から離した。
「ジュリにゃんにレベル差つけられちゃったの、結構ショックだったんじゃないのー? マッキー、前から何かとジュリにゃんのことライバル視してたし」
「……可能性はあるわね」
江戸川会長が少しだけ眉を曇らせる。
「牧島君は以前から強さにこだわるところがあったから。でも、だからといって無茶をしていい理由にはならないわ」
彼女は広場の奥へ視線を向けた。
「確かに彼の【赤腕百面相】は、一人で前衛も後衛もこなせる万能型のスキルよ。近距離戦も遠距離戦もできる。でも、中難易度に分類される練馬区第一ダンジョンへ単独で潜るなんて、やっぱり危険だわ」
「だよねー」
「知ってしまった以上、生徒会として放っておくわけにはいきません。牧島君を見つけて連れ戻すわよ。三人とも、行きましょう」
「了解です」
「はーい」
「……了解しました」
四人はそのまま広場の奥へ歩いていく。
俺は魔晶石へしがみついたまま、足音が十分に遠ざかるまで微動だにしなかった。
やがて気配が消えたところで、ようやく大きく息を吐く。
「はぁぁぁ……」
腕を離し、地面へ飛び降りる。
十メートル近い高さだったが、今の身体なら着地の衝撃などほとんど感じない。
少し離れた場所では、何もなかった空間がゆらりと歪み、透明化を解いたフランが姿を現した。
「どうしよう……」
俺は頭を抱える。
「まさか生徒会の皆さんまで同じダンジョンに来るなんて。しかも牧島先輩まで先に潜ってるらしいし」
『牧島って、さっきニャーが腹パン決めたバカ先輩かにゃ』
「その認識で合ってる」
俺は生徒会の面々が消えていった通路を見る。
「これ、もう練馬第一は駄目じゃない? 一回外に出て、別のダンジョン行かない?」
残りの【一撃必死】は三発。
別に、このダンジョンへこだわる必要はない。
地上へ戻り、人の少ない別の場所で三体爆破して今日を終わらせればいい。
それが一番安全だと思ったのだが──
『バカ言ってんじゃねーにゃ』
「え?」
『おみゃー、全然分かってねーにゃ。今から上の階層へ戻る方が危険にゃ』
「どういうこと?」
そう聞いた、その時だった。
遠くから──
ザワザワ。
ドタドタドタ。
高いINTによって研ぎ澄まされた知覚が、遠くから近づいてくる複数の足音を拾った。
一人や二人ではない。
かなりの人数が、上の階層からこちらへ降りてきている。
「…………え?」
俺は地下五階へ続く階段の方向を見る。
「何、この人数……?」
『そりゃ来るに決まってるにゃ』
フランは呆れたように尻尾を振った。
『あのダイナマイト練馬が、練馬第一ダンジョンで生配信始めたんにゃぞ? 地上で配信に気づいた近所の探索者連中も、このダンジョンに元々潜ってたヤツらも、おみゃー探して降りてきてるに決まってるにゃ』
「えええええ!?」
思わず声を上げる。
「聞いてないんだけど!? 何それ! どうすんの!?」
『だから、奥に進むにゃ』
「いやいやいや。前には生徒会の皆さんも牧島先輩もいるんだけど!?」
『それも含めて奥に行くにゃ』
「意味が分からない!」
『簡単にゃ』
フランは何でもないことのように言った。
『このまま配信しながら地下四十階まで降りるにゃ。そんで最下層のボスぶっころして、現れた転移魔法陣で地上へ帰るにゃ。他の連中に出会わずに帰りてーなら、それしかねーにゃ』
「…………」
何を言っているのだろう、この猫は。
「ちょっと待って」
『なんにゃ』
「今、地下四十階って言った?」
『言ったにゃ』
「ボス倒すって言った?」
『言ったにゃ』
「……お前、最初から俺にこのダンジョン攻略させるつもりだった?」
『当然にゃ』
「聞いてないんだけど!?」
『言ったらおみゃー、絶対嫌がったにゃろ』
「嫌がるよ!!」
俺は今日、ただ配信しながらスキルのノルマを五発消化して、ネカフェへ帰るつもりだった。
それがどうして、初配信でダンジョン完全攻略なんて話になっているんだ。
『だから黙ってたにゃ。サプライズにゃ』
「そんなサプライズいらないよ!」
さすが俺の性格をよく分かっている。
分かった上で騙してやがる。
もっとも──
練馬区第一ダンジョンは、中難易度ダンジョンの中でも比較的攻略しやすい部類だ。
潜る前に軽く調べたところ、きちんとしたパーティを組めばレベル十台後半でも攻略可能とされている。
俺はレベル五十六。
単純な戦闘力だけ考えれば、最下層まで行くこと自体はそれほど難しくないはずだ。
だが、問題はそこではない。
「いや待って! だから、生徒会の皆さんも牧島先輩も先にいるんだって! 俺らが下に行ったら鉢合わせるじゃん!」
『そこはニャーの『探査』で避けるにゃ。連中の位置見ながら別ルート通って、一気に抜いちまえばいいにゃ』
「そんな簡単に……」
『おみゃーの足なら余裕にゃ。一回下層まで先行しちまえば、そうそう追いつかれねーにゃ』
「えぇ……」
納得したくない。
だが後ろから聞こえてくる足音は、さっきより確実に大きくなっている。
誰かの話し声まで微かに聞こえ始めた。
「ヤバいヤバいヤバい……!」
ここで立ち止まっていたら、本当に囲まれる。
「あーもう! 分かった! とりあえず進もう!」
『それでいいにゃ』
「よくないけどね!?」
『んじゃ配信再開するにゃー』
「いいよもう! どうでも!」
フランがスマートフォンを操作する。
切れていた生配信が再び繋がり、カメラがこちらへ向けられた。
さっきまでなら、配信開始の瞬間だけで胃が痛くなっていた。
だが今は、そんなことを気にしている余裕すらない。
俺はヤケクソ気味に両手でDの形を作った。
「はーい、皆さん! おはD!」
自分でも驚くほど、すんなり言えた。
どうやら人間、本当に追い詰められると羞恥心などどうでもよくなるらしい。
「というわけでですね! えー、ちょっと予定が変わりましたので、ここからは急ぎ足でダンジョン攻略していきたいと思いまーす!」
《おかえり》
《おはダイナマイト》
《完全に夜だけどな》
《急にテンション高くて草》
《何があった》
《攻略ってどこまで?》
《まさか最下層まで行く気?》
《素手&ソロで?》
《ダイナマイト練馬なら余裕じゃね》
コメント欄が勢いよく流れる。
俺はそれを見ないふりをしながら、地下七階へ続く道へ駆け出した。
(なんでこうなった……)
ただ今日のノルマを消化したかっただけなのに。
気がつけば俺は、人から逃げるために、地下四十階を目指していた。




