第47話 まさかの邂逅
練馬区第一ダンジョン、地下五階層。
ヒュージリザードを一匹爆破し、俺が本物のダイナマイト練馬であることを証明したあと、俺とフランは、そのまま地下六階層へ続く階段の前までやって来ていた。
その間も配信は続いている。
フランは配信用の自撮り棒に取り付けたスマートフォンを口に咥え、器用に俺の姿を映しながら歩いていた。
その絵面だけを切り取ると、覆面男を撮影するアメリカンショートヘアという意味不明な光景なのだが、配信越しにはフランの姿そのものは映らないようにしてある。
俺は目の前にある、下へ続く石造りの階段を見下ろした。
(……どうしよう)
『なんにゃ』
(俺、まだE級探索者なんだよね)
『知っとるにゃ』
(E級って、一応地下五階までが推奨範囲なんだよ。六階より下は潜らないようにってことになってる)
『ほー』
フランが足を止める。
もちろん、念話での会話なので配信には聞こえていない。
『破ったらどうなるにゃ? 捕まるんにゃ?』
(いや、別に逮捕とか資格剥奪とかはないんだけど……もし怪我した時に探索者保険が効かなくなる)
『にゃるほど』
(あと、行方不明になって捜索隊が出た場合、その派遣費用も全額自己負担になるらしい)
『あー』
フランが納得したように尻尾を揺らした。
『つまり、実力足りねーくせにイキって深い階層潜って事故ったヤツまで面倒見きれねーから、そこから先は自己責任ってことにゃね』
(言い方は悪いけど、大体そんな感じ)
『なら関係ねーにゃ』
(即答だね)
『レベル五十六のおみゃーが地下六階に潜ったくらいで怪我するとは思えねーにゃ。行くにゃ』
(……はい)
資格上は、完全に実力不足でイキって深い階層へ潜る新人探索者扱いである。
実際のレベルとの差が酷い。
俺は若干の後ろめたさを覚えつつ、地下六階層へ続く階段を下りていった。
◇◆◇
地下六階層。
階段を抜けた先には、先ほどまでよりさらに広大な鍾乳洞が広がっていた。
天井は高く、二十メートル近くあるだろうか。
そこから、無数の魔晶石が巨大なつららのように垂れ下がっている。
青。紫。時折、淡い緑。
色とりどりの光が洞窟の壁や地面へ反射し、地下とは思えないほど幻想的な景色を作り出していた。
「おぉ……」
思わず声が漏れる。
これは、なかなか凄い。
配信中でなければ、普通に立ち止まって眺めていたと思う。
《景色綺麗》
《練馬第一ってこんな場所なんだ》
《B6初めて見る》
《ダイナマイト練馬、ランク何級なんだ?》
《最低でもA級、下手すりゃS級だろ》
「…………」
一瞬、見てはいけないコメントがあったような気がした。
俺は見なかったことにした。
(なんか視聴者に勝手にS級だと思われてるっぽいんだけど)
『気にすんにゃ』
(いや、俺は気にするよ!?ほんとはE級なんだから!)
『おみゃーの実力でE級の方がよっぽど実力詐欺にゃ。んなこといちいち気にしないで先進むにゃ』
(暴論……)
とはいえ、ここまで来て引き返すのも格好がつかない。
俺はフランに撮られながら、六階層を奥へ進んだ。
しばらく歩いたところで、前方の広場に何か大きな影がいくつも見えてくる。
「……あれは?」
近づいてみると、それは巨大なヤシガニのようなモンスターだった。
体高は人間の胸より高く、横幅は二メートルを超えている。
黒褐色の硬そうな甲殻。
左右には、人間の胴体くらいなら簡単に挟み潰せそうな巨大なハサミ。
一匹ではない。
七匹ほどが、広場のあちこちをゆっくり歩き回っている。
(キラービグルス……だったっけ)
探索者向けの資料で見た覚えがある。
地下六階層付近から出現する甲殻系モンスター。
見た目通り防御力が高く、特に正面からの攻撃にはかなり強いらしい。
(ちょうどいいか)
残りノルマは四発。
あのうち四匹を爆破すれば、今日の仕事は終わりだ。
「それじゃ、次はですね……」
俺はカメラへ向き直る。
「あそこにいる、デカいカニみたいなやつを何匹か爆破していきたいと思います」
『ちょい待つにゃ』
(ん?)
『おみゃー、さては四匹爆破して今日のノルマ終わらせようと思ったにゃろ』
(そのつもりだけど)
『甘いにゃ』
(何が?)
『今日のおみゃーは、ただ義務こなせばいいってわけじゃねーにゃ。配信の撮れ高も考えるにゃ』
(撮れ高……)
嫌な言葉を覚えてしまった。
『ここでは【一撃必死】は一発だけにするにゃ。残りは普通にぶっころして、素材を回収するにゃ』
(えぇ……)
『ダンジョン内配信用チューナー、結構高かったんにゃぞ! 少しでも資金回収するにゃ!』
(俺が買ったんだけどね!?)
ダンジョン内部では、普通の通信機器はほとんど機能しない。
だが探索配信向けに販売されている専用チューナーをスマートフォンや撮影用ドローンへ取り付ければ、ダンジョン内部でもOurTubeなどの配信サービスへ接続できる。
そして、そのチューナーが地味に高かった。
ネカフェ暮らし真っ最中の身としては、確かに素材代も馬鹿にはできない。
(……まあ、一理あるか)
『にゃろ? しっかりやるにゃ』
俺は改めてカメラを見る。
「予定変更です。全部爆破するのは素材的にもったいないので、何体かは普通に倒して素材を回収して、最後の一匹だけ爆破したいと思います」
《急に現実的》
《素材は大事》
《爆破すると素材消し飛ぶの草》
《本物のダイナマイト練馬、生活感あるな》
「…………」
なんか、コメントの流れる速度がさっきより速くない?
(視聴者、増えてるっぽいんだけど……)
『狙い通りにゃ』
(そうなんだけど……)
数字をちゃんと見るのが怖い。
目的はダイナマイト練馬へ注目を集めることなのだから、増えるのは正しい。
正しいのだが──
俺は画面を薄目で見て、同時視聴者数の部分だけ意識的に視界から外した。
(見ない。数字は見ない)
知らなければ、まだ心の平穏を保てる。
「それじゃ……いきまーす」
俺はキラービグルスの群れへ身体を向けた。
以前、サハギンを普通に殴った時は、身体が吹き飛んで素材どころではなくなった。
なら、今回は、少しやり方を変えよう。
「せーのっ……!」
ドンッ!!
地面を蹴る。
一瞬で、先頭のキラービグルスとの距離が縮まった。
(甲殻ごと砕くと素材が減りそうだから……)
狙うのは、中央。
左右の甲殻が噛み合う僅かな隙間だ。
「ええと……」
技名……何か言わなければ。
一瞬考えて。
「ダイナマイトチョーップ!!」
手刀を振り下ろした。
ズバァンッ!!
硬質な音と共に、俺の手刀は甲殻の隙間へ滑り込み、そのまま巨大なキラービグルスの身体を縦に真っ二つへ切り裂いた。
「…………」
俺自身、少し引いた。
(素手で切れた……)
いや、レベル五十六なんだから、もう驚くところではないのかもしれない。
頭の中には、すぐにシステム音が響く。
『討伐対象の所有権を確認しました』
『アイテムチェストの自動解体機能を実行します』
真っ二つになったキラービグルスの死骸が淡い光へ包まれ、その姿を消す。
代わりに、解体された素材が【アイテムチェスト】へ収納された。
本当に便利だ。
どういう理屈なんだろう。
あまり深く考えない方がいい気もする。
《素手!?》
《武器使ってねぇぞ》
《キラービグルスって甲殻かなり硬くなかった?》
《チョップで真っ二つは草》
《ダイナマイトチョップ強すぎ》
「…………」
俺はスッと画面から目を逸らした。
見なかったことにする。
ギシャアアアアッ!!
仲間がやられたことに気づいたらしい。
残りのキラービグルスたちが、一斉に俺へ向かってきた。
(うわ、来た)
左右から巨大なハサミ。
俺は身を屈めてかわし、そのまま身体を回転させる。
「うーんと……」
もうヤケだ。
「ダイナマイトタイフーン!!」
両腕を広げたまま、高速回転。
ほとんどダブルラリアットの要領で、手刀を次々と甲殻の隙間へ叩き込んでいく。
ズバッ!!
ズババッ!!
ギシャアアッ!!
甲殻。脚。胴体。
致命部だけを狙って切断する。
『討伐対象の所有権を確認しました』
『アイテムチェストの自動解体機能を──』
次々とシステム音。
倒した個体が光へ変わり、素材となって収納されていく。
そして──
「……最後だ」
残った一匹。
俺は高速で接近し、指先を甲殻の隙間へ軽く突き入れた。
「そっと……!」
ズブッ。
軽くのつもりだったのだが、やはり少し刺さった。
キラービグルスの身体が淡く光る。
(よし)
即座に離脱し、カメラの前まで戻る。
そして、光るキラービグルスを指差す。
「【一撃必死】」
──カッ!!
ボガァァァァァンッ!!
巨大な爆炎が広場を吹き抜ける。
爆風を背に、俺はゆっくりカメラの方へ歩いていった。
《うおおおお!!》
《これだよこれ》
《ダイナマイト練馬だ》
《素手でも強いの意味分からん》
《強すぎて草》
《ダイナマイトタイフーンで笑ったあと普通に強くて真顔になった》
『やりゃーできるじゃにゃーか、ロミオ』
(どうも……)
『技名叫ぶのもちゃんとできて偉いにゃ』
(なんかもう……どうでもよくなってきた)
羞恥心というのは、限界を超えるとどうやら消えるらしい。
その時──
『……っ!!』
フランがピクリと耳を立てた。
俺も振り返る。
(どうした?)
『探査に反応にゃ! 誰か来る!』
(えっ)
『探索者パーティがこっち向かってるにゃ!』
「えぇっ!?」
思わず声が出た。
(ど、どうしよう!? 俺まだ、ダイナマイト練馬として誰かと直接会う心の準備できてないんだけど!?)
『配信は切るにゃ!』
フランが即座にスマートフォンを操作する。
(透明化! 俺にも透明化かけて!)
『無理にゃ!』
(なんで!?)
『今、幻視変身かけてんにゃろ! 二重がけは無理にゃ!』
(じゃあどうすればいいの!?)
『別に会ってもいいと思うけどにゃ』
(俺は嫌なの!)
『なら物理的に隠れるにゃ!』
(物理的に!?)
足音が近づく。
もう時間がない。
(ええい!!)
俺は真上を見た。
天井までの高さ、およそ十メートル。
そこから垂れ下がる巨大な魔晶石。
「ふっ!」
ビョンッ!!
跳んだ。
自分でも意味が分からないくらい高く。
そのまま天井近くまで到達し、巨大な魔晶石のつららへ両腕を回してしがみつく。
(よし……!)
何が「よし」なのか分からない。
高校生が天井から生えた魔晶石に抱きついているだけである。
下ではフランが『透明化』を発動し、
スゥーッ……と、その姿を消した。
直後。
広場の入口から、四人の人影が現れた。
「…………」
広場の入口から、四人の人影が姿を現した。
俺は魔晶石へしがみついたまま、反射的に息を止める。
最初に目に入ったのは、艶のある長髪だった。
見覚えがある。
というか、今日だけでも何度見たか分からない。
(…………え?)
先頭を歩いていたのは、江戸川朱里会長だった。
ダンジョンへ入るためなのか、学校で見た制服姿とは違い、動きやすそうな探索用の装備に身を包んでいる。
だが、見間違えるはずがない。
その凛とした横顔も、真っ直ぐ伸びた背筋も、つい数時間前まで一緒にいた人物そのものだ。
そして、問題は彼女だけではなかった。
その後ろから広場へ入ってきたのは、眼鏡をかけた神先輩。
さらに、首元へヘッドホンを引っ掛け、相変わらず気怠そうな表情をしている藤宮先輩。
最後尾には、薄暗い洞窟の中でもやたら目立つ、金色と淡いピンクのツインテール。
(トリッシュ先輩までいる……)
間違いない。
今日、生徒会室で顔を合わせたメンバーが、四人揃っている。
俺は天井付近から彼らを見下ろしながら、しばらく思考を停止させた。
(…………なんで?)
よりにもよって、俺の正体を一度疑った生徒会の面々が、揃いも揃って同じ場所へやって来るなんてことがあるだろうか。
(生徒会の皆さんじゃん……!)
心臓が嫌な音を立て始める。
額から、嫌な汗が一筋流れ落ちる。
配信を始めて、まだろくに時間も経っていない。
それなのにもう、ダイナマイト練馬として一番会いたくない人たちと遭遇しかけている。
(…………最悪だ)




