第43話 模擬戦:牧島丑雄②
ドドドドドドドドドドドドッ!!
「オワアアアアアァァーーーッ!?」
俺──門田露澪は、情けない悲鳴を上げながら第二体育館を全力疾走していた。
背後から追いかけてくるのは、牧島先輩の両腕から放たれる無数の赤い魔力弾。
普通に学校へ登校しただけなのに、どうして先輩からガトリング砲の一斉射撃を受ける羽目になっているのだろう。
朝、家──は現在ないのでネットカフェを出た時の俺に教えてやりたい。
今日のお前は、学校で初対面の先輩にガトリング砲で撃たれるぞ、と。
多分、登校を諦める。
(右、右……次は左っ!)
意識を集中させる。
すると、俺の知覚の中で周囲の時間が一気に引き延ばされた。
牧島先輩のガトリング砲から吐き出される魔力弾が、赤い光の尾を引きながら、まるで空中をゆっくり泳いでいるように見える。
ただし、止まっているわけではない。
感覚としては、小学生が投げてきたドッジボールくらいだろうか。
軌道は十分に見切れる。
だが、ぼーっと突っ立っていれば普通に当たるくらいには速い。
(見える! 見えるけど、だからって怖くないわけじゃないんだよ!!)
右へ一歩。
頬の横を魔力弾が通過する。
次は左へ。
頭上を二発。
しゃがむ。
三発の赤い弾丸が、ほとんど同時に俺の髪を掠めていった。
「ちょ、ちょちょちょっ!! 分かりました!!」
俺は走りながら、必死に両手を振った。
「降参!! 僕の負けでいいですから!!」
「ハハハハハッ!!」
後方から、牧島先輩の楽しそうな笑い声が響く。
「全弾かわしといて、つれねェこと言うんじゃねェよなァ!!」
「かわさなかったら当たるでしょう!?」
「見せてくれよォ!! テメェの本気ってヤツをよォ!!」
「だから降参してるんですってば!!」
なんで負けを認めているのに終わらせてくれないんだ。
俺が負けでいいと言っているのだ。
普通なら、満足して帰ってくれてもよさそうなものなのに。
むしろ全部かわしているせいで、牧島先輩のテンションは上がる一方だった。
(どうすりゃいいんだ、これ……!)
このまま牧島先輩の魔力が尽きるまで逃げ続けるか。
あるいは第二体育館の使用時間が終わるまで粘るか。
スキルホルダー育成課の中村先生が、
『もう下校時間だ! 帰れ!』
と怒鳴り込んできてくれたら、牧島先輩は意外と素直に帰るかもしれない。
施設の使用許可はちゃんと取っていたし。
そういうところだけは妙に真面目な人っぽいし。
「オラオラオラァ!! 止まってっと当たるぞォ!!」
「止まらせる気ないですよねぇぇぇ!?」
ドドドドドドドドッ!!
再び魔力弾の雨。
逃げ道を塞ぐように、左右から赤い弾丸が迫る。
「うわっ!?」
咄嗟に床を強く蹴った。
身体が大きく跳ね上がる。
そのまま近くの壁へ片足をつき、反対側へ蹴り返す。
もう一度。
さらにもう一度。
気づけば俺は、吹き抜けを囲む壁を、地面とほとんど変わらない感覚で駆け上がっていた。
「オワアアアアアァァーーーッ!?」
悲鳴を上げながら。
「お、おい……アイツ……」
「……あ、ああ……ガトリングガンの弾って、避けられるんだな……」
「つーか……なんか……壁……走ってねぇか?」
下の方から、ノッポ、チビ、アキオくんの声が聞こえた気がした。
しかし今はそれどころではない。
目の前を魔力弾が横切る。
俺は張り出した足場へ着地し、そのまま別の壁へ飛び移った。
(レベルが上がると、こんなことまでできるのか……!?)
我ながら驚く。
いや、感心している場合ではない。
自分が何をしているのか考え始めた途端、足がもつれそうなので、とにかく逃げることだけに集中する。
『……聞こえますかにゃ……』
「…………?」
突然──
頭の中へ、聞き覚えのある声が響いた。
『聞こえますかにゃ……聞こえますかにゃ……ロミオ……フランにゃ……いま……ロミオの心に……直接……語りかけていますにゃ……』
「…………!」
この声……間違いない。
(フラン!?)
思わず周囲を見回す。
だが、灰色の猫の姿はどこにもない。
(これ、念話の魔法とか、そういうやつ!? いや、それより何で俺がピンチだって分かったの!?)
試しに、頭の中でそう念じてみる。
すると──
『聞こえてるにゃ……つーかこれは魔法ってより、従魔契約の感応みてーなもんにゃ……ある程度近くにいれば、こうやって直接話せるにゃ』
(そんな便利機能あるなら、もっと早く教えてよ!)
『聞かれなかったにゃ』
(聞かないと教えてくれないタイプなの!?)
『おみゃーが「余計なこと話したらダンジョンに捨てる」って脅したんにゃろ』
(そういえばそうだった!ごめん!)
俺は再び飛んできた魔力弾を横へ跳んでかわす。
(で、何でここにいるの!?)
『ロミオのことにゃから……どうせ学校でも何か事件に巻き込まれて、ひでぇ目に遭ってるに違いねーと思ってにゃ』
(ひどい!信用がない!まぁ、合ってるんだけど!)
『トラブルに巻き込まれるという一点では、絶大な信頼を置いてるにゃ』
(嬉しくない!!)
『だから、何かあったら助けてやろうと思って、近所の公園で待機してたのにゃ。どうせ帰る家もねぇし暇だったのにゃ』
主人への理解が深い従魔で助かった。
まだ出会って数日なのに、俺に対する解像度が高すぎる。
(助かるよ、フラン! 実は、かくかくしかじかで……!)
俺は魔力弾から逃げながら、念話で手短に事情を説明した。
相手は学校の先輩で、先行覚醒者。
突然の模擬戦、例によって俺は攻撃できない。
でも向こうはガトリング砲で撃ってくる。
説明していて、自分でも訳が分からなくなってきた。
(どうにかできない!?)
『……聞こえますかにゃ……聞こえますかにゃ……ロミオ……ニャーはいま……ロミオの心に……』
(それもう分かったから!!)
『ノリ悪ぃにゃ〜。せっかく雰囲気出してんのにゃ』
(出さなくていいからマジで助けて!!)
『しょうがねーにゃあ。ロミオはニャーがいねぇと何もできねぇんだからにゃー』
(今日だけは反論できない……!)
『とりあえず、そのバカ先輩を屋上までおびき寄せるにゃ』
(屋上?)
『細かいことはいいから、連れてくるにゃ』
(わ、分かった!)
俺は頭上を見上げた。
第二体育館の中央は大きく吹き抜けている。
その周囲には、上階へ向かう足場や通路がいくつも伸びており、最上部はそのまま屋上へ繋がっていた。
(行くしかない!)
床を──いや、今は壁を強く蹴る。
右の壁から左の張り出しへ。
さらにそこを踏み台にして、今度は中央の柱へ。
三角跳びの要領で、一気に上へ駆け上がっていく。
「へっ……!」
牧島先輩が目を見開いた。
「逃すかよォ!! モンタァ!!」
「門田です!!」
牧島先輩の左腕に、再び赤い魔紋が走った。
ゴキゴキゴキッ!
ガトリングだった左腕の形が崩れ、今度は細長い筒状の装置へ変化していく。
先端には、大きな鉤爪。
「今度は何!?」
バシュッ!!
射出された鉤爪が、俺の遥か頭上を飛び越え、屋上付近の手すりへ絡みついた。
(ワイヤーアンカー!?)
次の瞬間。
ギュルルルルルッ!!
巻き取られるワイヤーに引っ張られ、牧島先輩の巨体が凄まじい勢いで上昇した。
「そんなこともできるの!?」
しかも右腕はガトリングのまま。
「オラァァァ!!」
「うわああああっ!?」
ドドドドドドドッ!!
空中から再び魔力弾の掃射。
俺は足場を蹴り、必死に弾道から逃れる。
どうやら牧島先輩の【赤腕百面相】は、単に腕をガトリング砲へ変えるスキルではないらしい。
腕そのものを、色々な武器──いや、兵装へ変形させる能力なのだろうか。
(めちゃくちゃ便利なスキルじゃん……!)
近距離では格闘。
遠距離ではガトリング。
移動にはワイヤーアンカー。
俺のスキルと交換してほしいくらいだ。
いや、今は人のスキルを羨ましがっている場合じゃない。
「うわっ、っとぉ!」
最後の張り出しを蹴り。
俺は、そのまま屋上へ飛び出した。
◇◆◇
練城高校第二体育館、その屋上。
そこもまた、普通の学校の屋上とはまるで違っていた。
中央には、吹き抜けへ繋がる巨大な四角い穴。
その周囲には、不規則な高さの四角柱や壁、足場のような障害物がいくつも配置されている。
完全に戦闘訓練用のフィールドだ。
「はぁっ……!」
着地して振り返る。
その直後。
ギュルルルルッ!!
吹き抜けから牧島先輩が勢いよく飛び出してきた。
ワイヤーを巻き取った勢いのまま宙返り。
そして──
スタッ。
両脚で屋上へ着地する。
「逃げ回ってるだけじゃ、俺様は止められねェぞ!! モンタァ!!」
「門田ですし、止めたいんじゃなくて逃げたいんです!!」
俺の叫びなど聞いていない。
牧島先輩は、嬉しそうにギザ歯を剥いた。
「俺様には分かるぜェ……!」
「何がですか……」
「テメェは、まだ何か隠してやがる!!」
「…………」
変なところで鋭い。
ああ、隠しているとも。
ものすごく隠しているよ。
でも、それを見せたら貴方が死ぬんですよ。
「遠慮なんてするんじゃねェ!!」
牧島先輩が両腕を広げた。
ゴキゴキゴキッ!!
両腕が、再び形を変える。
今度は、巨大な鉄塊──ではない。
肘から先が、太く無骨な筒状の機構へと組み替わっていき、その中央から、杭のように尖った金属製の撃針が突き出してくる。
拳そのものを、至近距離から叩き込むための巨大な杭打ち機へと変えたような形。
左右二本の──パイルバンカーだ。
「その力ァ!! 俺様にぶつけてきやがれェ!!」
(無理なんだってば!!)
ぶつけたら貴方が爆発するんです。
比喩ではなく、物理的に。
「俺様にィ!!」
牧島先輩が両脚を広げ、獣のように腰を落とす。
「刹那のスリルを味わわせてみせろォ!! モンタァァ!!」
「だから、かど──」
その時だった。
「…………?」
牧島先輩のすぐ横。
空気が、僅かに歪んだ。
最初は陽炎かと思った。
だが、目を凝らす。
そこに、うっすらと──
半透明の灰色の猫がいた。
(……フラン?)
二本足で立ち、両前脚を胸元へ構え──
ソロリ。ソロリ。
牧島先輩の死角から、横歩きで接近している。
(何してんの、あいつ……)
恐らく透明化か何かしてるのだろう。
俺には輪郭が薄っすら見えているが、牧島先輩は全く気づいていない。
『コォォォォォ……』
フランが、妙に低い呼吸音を漏らした。
空手の息吹みたいな呼吸だ。
(いや、だから何してんの?)
ソロリと、さらに一歩。
ついに牧島先輩の真横へ。
そして──
フランが腰を落とした。
『ニャオラッ!!』
そのまま、前脚を牧島先輩の鳩尾へ叩き込む。
ドゴォッ!!
「ドゥフッッ!?」
牧島先輩の身体が、くの字に折れた。
「…………」
巨大なパイルバンカーへ変わっていた両腕から、赤い光が消える。
元の腕へ戻りながら、牧島先輩は白目を剥き──
「……ぉ……」
ガクン。
両膝から崩れ落ちた。
そのまま──
ドサッ。
屋上へ倒れ伏した。
「…………」
静寂が流れる。
俺は目を瞬かせ、倒れている牧島先輩を見る。
その横では、半透明のフランが──
シュッ。シュシュッ。
と前脚を円を描く様に動かし、何故か空手の型のような動きをぴょこぴょこ続けている。
「…………」
え……えぇー……?
終わった。
あれだけ暴れ回っていた牧島先輩が、猫パンチ一発で地に沈んだ。
『ふぅぅぅ……』
フランが残心──
前脚をゆっくり下ろす。
「フラン……つっよ……」
思わず口から漏れた。
考えてみれば……こいつはスケルトン・ジェネラル相手にも、勝てないまでも一匹でかなり善戦していた。
A級上位クラスのモンスターを相手にソロで戦えるアメショなのだ。
ちょっと強い学生探索者くらいなら、不意打ちとはいえ、一撃で昏倒させてもおかしくないのかもしれない。
「た、助かったよ、フラン……ありがとう」
『んにゃ?』
フランがこちらを見る。
そして、少し驚いたように目を丸くした。
『……おみゃー、今のニャーが見えてんのかにゃ?』
「見えるけど?」
『今、ちゃんと《透明化》使ってんのににゃ』
「…………」
『やっぱ、INT二百五十七の化け物は知覚能力がやべぇのにゃ。普通の人間には輪郭すら見えねーはずにゃ』
「その言い方やめてくれない?」
また化け物扱いされた。
巨漢をパンチ一発で地に沈める猫に。
「それより、牧島先輩、大丈夫なの?」
『加減したに決まってるにゃ』
フランが前脚をひらひら振る。
『魔力を込めた猫パンチを鳩尾に入れて、一時的に意識飛ばしただけにゃ。殺してねーにゃ』
「よ、よかった……」
今日一番安心した。
俺がそっと牧島先輩へ近づく。
胸は上下している。
ちゃんと生きている。
その様子を確認していると、フランも四つ足へ戻り、倒れた牧島先輩の横へ歩いてきた。
そして──
ギザギザした歯を剥いたまま白目を剥いて気絶している巨体を、じーっと見下ろす。
『……で』
首を傾げた。
『なんなんにゃ、コイツ』
「さ、さあ……」
俺は額の汗を拭った。
「俺も、さっき初めて会ったばっかりだし……」
改めて考えると……今日初めて会った相手とするやり取りでは、絶対になかった。




