第42話 模擬戦:牧島丑雄①
「さァて……楽しもうぜェ!!」
「…………」
楽しめる要素が、俺には一つも見つからない。
なんでこんな事になってるんだ。
目の前では、牧島先輩が拳と拳をゴツンと打ち合わせながら、いかにも楽しそうに笑っている。
対する俺はというと──
今日の【一撃必死】は、一発たりとも消費していない。
つまり、五発フル装填。
この状態で生きている人間を殴る、蹴る、石をぶつける──何でもいい。
俺の攻撃が相手へ成立し、その一撃で即死しなかった場合──その後、相手は爆発四散する。
(模擬戦で先輩を爆殺したら、さすがに洒落にならない……!)
いや、洒落にならないどころか普通に殺人事件だ。
教師の使用許可あり。
救護担当への連絡済み。
目撃者三人。
言い逃れする余地が一ミリもない。
「おい、モンタ!!」
「門田です」
「構えろォ!!」
「いや、ちょっと待って──」
「行くぜェッ!!」
「いきなり!?」
ドンッ!!
床を蹴る轟音。
牧島先輩の巨体が、一瞬で間合いを詰めてきた。
──速い。
さっきまで数メートル離れていたはずなのに、気づけば目の前。
右腕が大きく引かれている。
次の瞬間には、俺の顔面へ拳が飛んでくる──
(集中……集中しろ……!)
意識を、牧島先輩へ向ける。
瞬間──世界が、変わった。
空気中を舞っていた埃が、ほとんど止まって見える。
吹き抜けから差し込む陽光さえ、妙に輪郭を持って感じられる。
牧島先輩の動きも同じだった。
速い。確かに速い。
けれど、今の俺にはそれがゆっくりと見える。
顔面めがけて迫ってくる拳を、首を僅かに傾けて避ける。
ブォンッ!
通常の時間感覚に戻った瞬間、耳元を拳が通過した。
風圧が髪を揺らす。
「……っ!」
牧島先輩の目が、僅かに見開かれた。
だが、驚いたのも一瞬。
すぐにギザギザした歯を、ニィッと剥き出しにする。
「へェ……やるじゃねェか!」
そのまま身体を沈めた。
(来る……!)
低い姿勢。腰の捻り。
右脚が床すれすれを薙ぐ。
「オラァッ!!」
回転足払いだ。
俺は咄嗟に右脚を持ち上げた。
牧島先輩の脚が、その下を通過する。
(危なっ……!)
危ないのは、攻撃そのものではない。
別の意味で危なかった。
(絶対に踏まないようにしないと……!)
避けた勢いで足を下ろして、牧島先輩の脚でも踏もうものなら……
それが俺の“攻撃”として判定される可能性がある。
もし発動したら。
ドカンと一発。
模擬戦終了。牧島先輩の人生が終了。
ついでに俺の人生もある意味終了。
(相手の攻撃より、自分の足元の方が怖いんだけど!?)
そんな俺の事情など知るはずもなく、牧島先輩は、足払いを空振りした勢いのまま床へ両手をついた。
「オラァァァッ!!」
次の瞬間、巨体が縦に回る。
逆立ちに近い姿勢から、踵が円弧を描いて俺の頭部へ落ちてきた。
(あの体勢から、胴回し回転蹴り……!?)
俺は上半身を半身にずらす。
牧島先輩の踵が、鼻先数センチのところを通過した。
ズドンッ!!
蹴りが空振りしたまま床へ着地。
だが、牧島先輩はほとんど体勢を崩さない。
そのまま両脚を使って勢いよく立ち上がった。
(……この人、凄いな)
少し驚いた。
見た目も言動も完全に野獣。
だけど、使っているのは、ちゃんとした格闘技だ。
パンチ。足払い。胴回し回転蹴り。
動きは荒々しいが、それぞれの技にはきちんと繋がりがある。
単純に力任せで暴れているわけではない。
(やっぱり、ちゃんと強い人なんだ……)
俺はバックステップで距離を取る。
床を蹴った身体が、自分でも驚くくらい軽く後方へ飛んだ。
(ただ……)
スケルトン・ジェネラルほどではない。
あの骸骨将軍は、攻撃の一つ一つに明確な殺意と威圧感があった。
それに比べれば、牧島先輩の動きはまだ対応しやすい。
江戸川会長の方が自分より強い、と本人も言っていた。
少なくとも、あのA級上位クラスの怪物ほどではないのだろう。
「う、嘘だろ……!?」
体育館の端から、声が上がった。
「あの野郎、牧島さんの攻撃、全部かわしてやがる……!」
「マジかよ!?」
「これが二年の先行覚醒者……門田露澪……!」
三人組が、揃って目を丸くしている。
ノッポ。チビ。そしてアキオ君。
全員が、信じられないものを見るような顔で俺を見ていた。
(げっ……)
まただ。また目立っている。
とても不本意だ。
(どうしよう……)
最初のパンチ──あれをわざと食らって、そのまま気絶でもしておけば良かったのではないだろうか。
そうすれば、
『やっぱり覚醒したての二年坊だな!』
で終わったかもしれない。
いや、まって。
今の俺って、牧島先輩に殴られて、ちゃんと気絶できるのか?
ステータスに防御力とかHP的なパラメータが無いから、そこら辺がよく分からない。
下手をすると、
『あれ? 全然効いてない?』
となって、もっと目立つ可能性がある。
(これ、だいぶ詰んでない?)
避けても目立つ。
食らっても目立つ。
どうしろというのだ。
「……テメェ」
低い声。
牧島先輩が、こちらを見ていた。
「それでマジで……スキルに目覚めて数日のペーペーかよ……!?」
「え、ええ……まあ……」
正確には、スキルに目覚めて数日ではあるけど、レベルは五十六です。
──とは言えない。
牧島先輩は、信じられないものを見るように目を見開いていた。
だが、次第に──
その口元が吊り上がっていく。
「ククッ……」
嫌な予感。
「クハハハッ!!」
もっと嫌な予感。
「最高じゃねェかァ!!」
「…………」
しまった。
これ、『いいぞ!俺にもっとスリルを味わわせてくれ!』的な感じで、バトルマニアに気に入られたパターンだ。
漫画とかで見たことある。
最悪だ。
逃げたい。ものすごく逃げたい。
「モンタァ!!」
「門田です」
「さてはテメェ……」
牧島先輩が、拳を握り締める。
「江戸川朱里と同じ、スピードタイプのスキルホルダーかァ!?」
いや、違います。爆発系です。
でも、『じゃあその動きは何なんだ!?』みたいな話になるので、正直に言うわけにもいかない。
「いいねェ……!! いい演習になりそうじゃねェか!!」
「僕は何の練習にもならないんですけど……」
心の底からそう思う。
俺を巻き込まないでほしい。
それにしても──
(牧島先輩、ずっと格闘技ばっかりだな……)
探索者なのに、武器は使わないタイプなのだろうか。
対人ならともかく、ダンジョンのモンスター相手に素手の格闘技が通用するものなのか。
江戸川会長は剣を使っていた。
俺も今は双剣を持っている。
探索者なら、ダンジョン産の武器や装備を使うのが普通だと思っていたのだが。
「クハハ……」
牧島先輩が、両手の指を組んだ。
ゴキッ。ゴキゴキッ。
「え?」
嫌な音だ。
骨を鳴らしながら、牧島先輩は首を傾ける。
「まさか……スキルに目覚めたての二年坊相手に──」
両腕を、ゆっくり左右へ広げる。
「これを使うことになるとはなァ……!」
「…………」
ノースリーブの学ランから剥き出しになった、牧島先輩の両腕。
そこへ──赤い光が灯った。
「……魔力?」
赤い光が、肩口から手首へ向かって走っていく。
皮膚の上に、複雑な紋様が走る。
魔法陣のような赤い魔紋が、左右の掌へ浮かび上がった。
(スキル……!?)
まさか……今からスキルを使うつもりなのか?
俺が覚醒して数日ってこと知ってるんだよね!?
後輩。新人。模擬戦。
それでそこまで本気を出す?
いや……逆に言えば、それだけ俺を強いと認めたということなのかもしれない。
(全然嬉しくない……)
やっぱり最初のパンチを受けておけば良かった。
後悔先に立たずってやつだ。
昔の人は上手いことを言う。今すごく実感している。
「行くぜェ……!」
牧島先輩が、両掌を──
パンッ!
勢いよく打ち合わせる。
そして、スキルの名を叫んだ。
「【赤腕百面相】!!」
次の瞬間──
ゴキッ。ゴキゴキゴキッ!!
「えっ……」
牧島先輩の腕が変形し始めた。
肩口から先、二の腕、肘、前腕。
そして掌。
筋肉質だった両腕の輪郭が崩れ、赤黒い光をまといながら、まるで機械のような形へ組み替わっていく。
「う、腕が……!?」
数秒後──そこにあったのは、巨大な二つの砲身だった。
幾つもの細い銃身が束ねられ、中央の軸を囲むように配置されている。
(……ガトリング砲?)
いや──腕だ。
牧島先輩の両腕そのものが、ガトリングガンみたいな形へ変わっている。
「な、なるほど……!」
俺は思わず声を漏らした。
初めてノースリーブの学ランを見た時、何てイカれた制服改造だと思った。
だけど違う。
スキルの効果で肩から先が変形するから、普通の袖だと邪魔だったのか。
(そういう理由だったのか……)
納得。とても納得した。
……いや、ちがう。そうじゃない。
ちょっと待って。
俺の視線が、牧島先輩の両腕へ戻る。
ガトリング砲……赤い光を帯びた砲身だ。
その全てが、こちらを向いている。
(……ひょっとして俺)
嫌な汗が出る。
(今から、アレで撃たれるの?)
牧島先輩が、楽しそうにギザ歯を剥き出しにした。
「安心しなァ!!」
「え?」
「模擬戦用に出力は絞ってあるからよォ!!」
「その見た目で安心できるわけなくないですか!?」
それでも、どうやら本物の金属弾を撃ち込まれるわけではないらしい。
少し安心──
ギュイイイイィィィィン!!
「…………」
砲身が回り始めた。
やはり少しも安心できない。
「俺様の超絶スキルの威力!!」
赤い魔力が、回転する砲身へ集束していく。
「その身で確かめてみやがれェ!!」
牧島先輩が叫ぶ。
「モンタァァァァッ!!」
「門田ですぅぅぅぅ!!」
次の瞬間。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
無数の赤い魔力弾が、雨あられのごとく──
俺へ向かって一斉に放たれた。
「嘘でしょおおおおおおっ!?」
俺の悲鳴が──銃撃音と共に、第二体育館へ響き渡った。




