第41話 キケンな先輩
「……ここ、どこですか?」
俺──門田露澪は、目の前に広がる巨大な空間を見上げながら呟いた。
体育館……なのだと思う。
ただし、俺が知っている、一年の時に使用していた体育館とは、明らかに何かが違う。
まず、広い。
普通の体育館の倍以上はありそうなフロア。
床の一部には白線だけでなく、様々な色の境界線や数字が描かれている。
壁際には、跳び箱やマットなんかではなく、やたら頑丈そうな金属製の障害物や訓練用の標的。
さらに何より目を引くのは、中央部分だった。
そこだけ、天井がない。
巨大な吹き抜けになっていて、見上げれば数階上の通路や足場、更には青空まで見える。
上階へ続く壁面には、所々に足場や張り出し。
屋上までそのまま移動できる構造になっているらしい。
「第二体育館だ!!」
隣で、牧島先輩が自慢げに胸を張った。
「練城高校のスキルホルダー専用訓練施設ってヤツだ! 空飛ぶヤツも、壁走るヤツも、好き放題暴れられるようになってんだぜェ!」
「へ、へえ……」
そんな施設あったんだ。
自分の通う学校なのに知らなかった。
まあ、これまで俺には一切関係のない場所だったのだから仕方ない。
練城高校は、学生の探索者活動を比較的推奨している学校らしい。
一般生徒向けの体育館とは別に、スキルホルダーが能力を使った実戦形式の訓練を行える施設まで用意されている。
なるほど。
探索者を育てる環境としては、かなり恵まれているのだろう。
ただ──
(なんで俺は今、ここに連れてこられてるんだろう……)
俺はそちらの方が知りたい。
牧島先輩に首根っこを捕まえられるようにして連行され、気づけばこの場所にいた。
そして、体育館の端には──
「へへへ……」
「来たぜ……」
「マジで本人じゃん……」
三人の男子生徒が待ち構えていた。
一人は、俺より頭二つくらい低い小柄な男子。
一人は、棒みたいに細くてやたら背の高い男子。
そしてもう一人は、横幅のある太った男子。
ズッコケ三人組って感じのバランスだ。
三人とも、絶妙に悪そうな笑みを浮かべながらこちらを見ている。
(完全にシメられる流れじゃん……)
俺が何をしたというのだ。
ほんのちょっと、切り抜き動画が百三十万回再生されただけなのに。
いや、それが原因なのか。
「さァーて……」
牧島先輩が、ぐるりと首を回す。
ゴキゴキ、と嫌な音が鳴った。
そして、ギザギザした歯を剥き出しにしながら俺へ顔を近づけてくる。
「お前がどうしてここに呼ばれたのか……理由、分かるよなァ?」
「…………」
分かるわけがない。
今日初めて会ったんですよ、俺たち。
「えーっと……」
「あァ?」
「……カツアゲ的なことでしょうか?」
「んなわけあるかボケェ!!」
「うわっ!?」
顔が近い。声もデカい。
「テメェ、牧島さんをなんだと思ってんだコラァ!」
ノッポの男子が叫ぶ。
「牧島さんはなぁ! そんなセコいことする男じゃねぇんだぞコラァ!」
「おうおう! 言ってやれェ!」
牧島先輩が嬉しそうに頷く。
今度は小柄な男子が前へ出た。
「男の中の男である牧島さんが、他人の金せびるみてぇな真似するわけねぇだろ!」
「そうだそうだァ!」
「牧島さんは、今話題のテメーがスキルホルダーとしてどんだけ強ぇのか、見てやろうって言ってんだよ!」
最後に、太った男子が勢いよく口を挟む。
「ねっ、牧島さん!」
「テメェ誰だコラァ!?」
「えぇっ!?」
空気が止まった。
俺も止まった。
太った男子も止まった。
「だ、誰って……俺っすよ!?」
「知らねェ!! 誰だテメェは!!」
「えぇぇぇぇっ!?」
太った男子がショックを受けたように後ずさる。
小柄な男子とノッポが慌てて割って入った。
「こ、コイツはアキオっすよ、牧島さん!」
「そうっすよ! 春休みにちょっと太っちゃいましたけど、俺ら前からずっと一緒だったじゃないっすか!」
「知らねェ!!」
「牧島さぁん!?」
太った男子──アキオ君らしき人物が、今にも泣きそうな顔になる。
(酷い……)
前評判でバカだとは聞いていた。
でも、まさか太っただけで自分の子分の顔まで忘れるとは。
なるほど。これは関わってはいけない。
俺の中の危険人物レーダーが、ビンビンに反応している。
「おい、モンタ!!」
「門田です」
牧島先輩が、ぐるん、とこちらへ振り返った。
「俺様がお前を呼んだ理由は他でもねェ!!」
「僕の声、聞こえてます?」
「てめェも……先行覚醒者らしいじゃねェか!? えぇ!?」
「…………」
聞いてない。
俺の訂正、完全に聞いてない。
この人、本当に人の話を聞かないタイプだ。
しかも一人称が俺様。
リアルで一人称が俺様の人間、初めて見た。
「動画も見たぜェ……!」
「…………」
「なんだァ!? あの動きはよォ!!」
「え?」
「グルングルン回りながら飛びやがって! 竹トンボかテメェはァ!!」
「違います……」
「いいか、モンタ!!」
「門田です」
「テメェ……俺様が目指すもんが何か……分かるな?」
「いや、ちょっと……分からないです……」
なんで初対面の俺に、貴方の将来目標が分かると思ったんだ。
「なんで牧島さんのお考えが分からねぇんだコラァ!!」
ノッポが叫ぶ。
「後輩としての自が足りてねぇぞコラァ!!」
小柄な男子も続く。
「ですよね、牧島さん!」
アキオ君も元気よく続いた。
「テメェ誰だコラァ!?」
「またぁ!?」
アキオ君が膝から崩れ落ちた。
「アキオですって!」
「さっきも言ったじゃないっすか牧島さん!」
「知らねェもんは知らねェ!!」
「ひどいっすよぉ……!」
ノッポと小柄な男子に両肩を支えられながら、アキオ君が涙目になっている。
(帰りたい……)
俺は心の底からそう思った。
だが、牧島先輩は構わず話を続ける。
「いいかァ!!」
体育館中に声が響く。
めちゃくちゃうるさい。
「この俺様は!! 世にも珍しい先行覚醒者としてスキルに目覚めたァ!!」
「はあ……」
「普通のヤツとは最初から違った!! 強かった!! 速かった!! スキルホルダーの中でも特に、だ!! そりゃもう最強街道まっしぐらだと思った!!」
自分で言うんだ。
「ところがだァ!!」
牧島先輩の顔が、一気に険しくなる。
「同じ学年に……江戸川朱里とかいう、俺より強ェ女子がいやがった!!」
「…………」
ああ、なるほど。
そういうことか。
要するに、自分より強い江戸川会長が気に入らない、と。
「許せねェ……」
「…………」
「男としてよォ……そんな事ァ、許せねェよなァ……なァ、モンタ!?」
「門田ですけど、そ、そうですかね……」
俺は小さくなる。
「僕からは何とも……」
「つまァァァり!!」
「うわっ!?」
突然叫びながら、牧島先輩が両腕を広げ、天井──というか空を仰いだ。
ビクッと身体が跳ねる。
「この学校の一等賞になりたいの探索者で俺様は!!」
一息に言ってのける牧島先輩。
吹き抜けの体育館へ、声が反響する。
「…………」
ひ……ヒエェーー……
完全に危ない人だ。
俺の中で、牧島丑雄という人物が人生のアンタッチャブル枠へ正式登録された。
「そ、そうですか……」
「あァ!!」
「頑張ってください……」
「おう!! ありがとう!!」
意外と素直に応援を受け取った。
「それじゃ、僕は飼い猫のブラッシングをしなきゃいけないので、この辺で……」
「待てやモンタァ!!」
「かど──うわっ!?」
帰ろうとした瞬間。
再び牧島先輩の太い腕が、俺の肩へ回された。
逃げられない。
「だからよォ……」
牧島先輩が、口元を大きく吊り上げる。
「やろうぜ?」
「……何をですか」
「決まってんだろォ!!」
ギザギザした歯が、ニィッと剥き出しになる。
「俺様と──タイマンってヤツをよォ!!」
「は!?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「いやいやいやいや! 何でそうなるんですか!?」
「つれねェ事言うなよォ……同じ先行覚醒者だろうがァ!!」
「だからって戦う必要ないですよね!?」
「あるわ!! めちゃくちゃあるわ!!」
牧島先輩が、ドンッと自分の胸を叩く。
「練城高校は探索者育成に力入れてっからなァ! スキルホルダー同士の、スキルを使った模擬戦闘も認められてんだよ!!」
「いやいや! 認められてるって言っても、勝手に第二体育館使って戦ったら怒られるでしょう!」
「安心しなァ!! ちゃんとスキルホルダー育成課の中村センセーに、第二体育館の使用許可は取ってある!!」
「…………」
そこはちゃんとしてるんだ。
「もしもの時のために、救護担当への連絡も済ませてあるぜェ!!」
「さらにちゃんとしてる……」
「あと床や壁壊したら始末書だから気ィつけろって言われたから、テメェも注意すんだなァ!!」
「…………」
見た目も言動も完全に校則違反の塊みたいなのに、施設利用の手続きだけは正規ルートを通している。
何なんだ、この人。
「だから遠慮はいらねェ!!」
「いや、問題はそこじゃなくて……」
俺は額へ手を当てた。
その瞬間、ふと──
別の問題に気づいた。
「…………あ」
ステータス画面を頭の中で思い浮かべる。
今日、まだ俺は、【一撃必死】を一度も使っていない。
(待って)
五発、フル装填状態だ。
(ちょっと待って)
仮に。仮にだ。
牧島先輩と、模擬戦をしたとしよう。
当然、相手を攻撃することになる。
殴る。蹴る。石を投げる。
何でもいい。
相手が生きている状態で攻撃が成立すれば──
(爆発する……)
俺の背中から、冷たい汗が一気に噴き出した。
(いやいやいやいや!!)
駄目だ。
絶対駄目だ。
俺のスキルには、手加減という概念がない。
軽く殴っても、指で突いても──
相手がその一撃で即死しなければ、その後爆発する。
つまり、どう足掻いても、相手は死ぬ。
(牧島先輩に攻撃が当たった瞬間、俺、殺人犯になるんじゃない!?)
しかも学校内。
教師の許可済み。
取り巻き三人という目撃者つき。
言い逃れは不可能だ。
(無理無理無理無理!!)
戦えるわけがない。
なら逃げるか?
しかし──目の前の男を見る。
「へへ……楽しみだなァ……モンタァ……!」
ギラギラした目で、完全にやる気である。
(逃げても絶対追ってくる……)
相手は行きずりのダンジョンモンスターではない。
歴とした、学校の先輩だ。
俺の名前も顔もクラスも知られている。
明日も学校へ来る。
明後日も来る。
牧島先輩が卒業するまで逃げ続けるのか?
考えただけで胃が痛い。
転校も視野に入れなければならなくなる。
(どうすりゃいいんだ、これ……!?)
俺は汗をダラダラ流しながら、目の前の牧島先輩を見上げた。
牧島先輩は、そんな俺の内心など知る由もなく、拳と拳を打ち合わせながら、嬉しそうに笑っていた。
「さァて……楽しもうぜェ!!」
「…………」
楽しめる要素が、俺には一つも見つからなかった。




