第40話 もう一人の先行覚醒者
「ダイナマイト練馬の正体、ロミオにゃんなんじゃね?」
ブーーーーッ!!
俺は盛大に紅茶を噴き出した。
「きゃっ!?」
「汚っ」
「門田くん!?」
慌てて口元を押さえる。
喉へ入りかけた紅茶が気管へ流れ、激しく咳き込んだ。
「げほっ! ごほっ……! す、すみません……!」
「だ、大丈夫!?」
「はい……ちょっと、むせただけなので……!」
いや、むせただけではない。
完全に不意打ちだった。
確かに「どうして誰も、『たまたま成り行きでそうなっただけの、小心者の高校生』という正解へ辿り着いてくれないのだろう」とは思った。思ったが。
本当に正解に辿り着かれると、それはそれで困る。
俺は涙目になりながら、目の前に座るトリッシュ先輩を見る。
(急に核心を突いてきたぞ、この人!?)
さっきまでネイルを弄っていた、やる気ない系ギャル枠の人だと思って、完全に油断していた。
ひょっとしてこの人──
こう見えて、生徒会の切れ者ポジションなのか!?
トリッシュ先輩は、俺が噴き出したことなど大して気にした様子もなく、人差し指をくるくる回した。
「えー? だって普通に考えたら、そうじゃなーい?」
「…………」
「ダイナマイト練馬が最初に出たの、四月五日でしょー?」
「…………」
「ロミオにゃんがスキルに覚醒したのも、誕生日の四月五日」
「…………」
「でー、昨日はロミオにゃんがいた豊島区第二ダンジョンに、またダイナマイト練馬が出たっぽい」
「…………」
「しかもロミオにゃん、オーバーランカーで、覚醒したばっかとは思えないくらい強い」
「…………」
やめて。
理路整然と一個ずつ並べないで。
ほぼ全部合ってるから。
「これ、どう考えても──」
トリッシュ先輩が、ニッと笑う。
「ロミオにゃんがダイナマイト練馬じゃね?」
う、うおおおおおおお!?
なんだ、このギャル!
名探偵か!?
いや、言ってることは至極真っ当だ。
むしろ、今まで誰もそこへ辿り着かなかった方がおかしい。
そして、ほぼ完全に正解である。
だからこそ、これ以上喋らないでほしい。
「門田くんが……」
恐る恐る顔を上げる。
江戸川会長が、じっと俺を見つめていた。
「ダイナマイト練馬様の……正体……?」
「…………」
冷や汗が、額から首筋へ流れていく。
まずいまずいまずい。
このままでは本当に──
「トリッシュ」
その時──
江戸川会長が、ふっと小さく笑った。
「残念だけど、貴女の推理は外れよ」
「…………え?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
トリッシュ先輩も首を傾げる。
「えー? なんで?」
「門田くん」
「は、はい?」
「ちょっと立ってみてくれるかしら」
「立つ?」
訳が分からない。
だが言われた通り、椅子から立ち上がる。
すると江戸川会長は、座ったまま俺を下から上まで眺めた。
やがて──
「……やっぱり」
確信したように頷く。
「ダイナマイト練馬様は……門田くんほど背が高くなかったわ!」
「…………」
「あっ」
トリッシュ先輩が声を上げた。
「そーいや、そうじゃん」
藤宮先輩もスマートフォンを操作し始める。
「ちょっと待ってください。例の生放送映像、まだ残ってますね」
画面をスワイプし、映像を停止する。
そこには、学ランを頭から被った俺──ダイナマイト練馬と、その隣に立つ江戸川会長が映っていた。
「会長の身長が百六十二センチ。映像から見る限り、ダイナマイト練馬との差は十センチ前後」
「そうでしょう?」
「ええ。百七十二から百七十五程度ですかね」
藤宮先輩が、今度は俺を見る。
上から下までじっくりと。
「対して、門田さんは……どう見ても百八十五前後ですよね。チッ。高身長イケメンかよ」
「最後の一言いります?」
俺が思わず返すと、藤宮先輩は無表情のままスマートフォンへ視線を戻した。
「以上です。別人ですね」
「でしょ?」
江戸川会長が、なぜか少し嬉しそうに胸を張る。
「私、ダイナマイト練馬様とは直接お会いしているもの。身長くらい覚えているわ」
「そっかー」
トリッシュ先輩は、残念そうに頬を膨らませた。
「いい推理だと思ったんだけどなー」
「発想は悪くなかったわ」
「んー、ロミオにゃん。変なこと言ってゴメンねー」
「い、いえ……別に平気です……」
俺はぎこちなく笑った。
そして──
(……あっっっっぶねええええええ!!)
心の中で絶叫した。
そうだ。あの時の俺は、まだ百七十二センチだった。
変異種のミノタウロスを倒し、レベルが一気に五十三まで上がった翌朝、俺の身体は一晩で大きく変化した。
身長が伸び、肩幅も広がり、筋肉もついた。
ダイナマイト練馬として江戸川会長を助けた時は、まだその変化が起きる前だったのだ。
(た、助かった……!)
今まで、勝手にデカくなった身体を迷惑に思っていた。
制服は入らなくなるし。
女子から妙に見られるようになるし。
藤宮先輩には舌打ちされるし。
だが──今日ほどレベルアップによる肉体改造へ感謝した日はない。
俺はそっと胸へ手を当てた。
心臓が、ものすごい勢いで脈打っている。
「それにしても……」
江戸川会長が、改めて俺へ視線を戻す。
「門田くん。少しだけ、学校内のスキルホルダーについて話しておくわね」
「学校内の?」
「ええ」
俺は再び椅子へ座った。
江戸川会長も表情を引き締める。
「練城高校は生徒数が多いから、毎年十人前後のスキルホルダーが出るの」
「そんなにいるんですか?」
「今年度の三年生には、現在十二人いるわ」
「十二人……」
思っていたより多い。
二十人に一人という覚醒率を考えれば、この練城高校のようなマンモス校ならそれくらいになるのかもしれない。
「でも、二年生では今のところ貴方だけよ」
「俺だけ、ですか」
「まだ四月だからね。現時点で、二年生でスキルホルダーとして確認されているのは貴方だけよ」
「なるほど……」
つまり、これから誕生日を迎える生徒の中から、新しいスキルホルダーが増えていくわけか。
できれば、俺以外の誰かが早く覚醒してほしい。
注目が全部そっちへ移ってくれると非常に助かる。
「それから──」
江戸川会長の声が、少しだけ低くなった。
「この学校には、私と貴方以外に……もう一人、《先行覚醒者》がいるわ」
「もう一人?」
「ええ。三年生の男子よ」
一瞬、江戸川会長の表情が曇る。
「ただ……少し問題のある人で」
「問題?」
「悪い人ではないのだけれど……その……」
珍しく言葉を選んでいる。
横から藤宮先輩が口を挟んだ。
「バカなんですよ、あの人」
「藤宮くん」
「事実でしょう」
「まあ……そうだけれど」
認めちゃうんだ。江戸川会長まで。
「強い人を見ると、すぐ絡みに行く。勝手にライバル認定する。勝負を断るとしつこい。人の話はあまり聞かない」
「それは……だいぶ問題児ですね」
俺が即答すると、トリッシュ先輩が笑った。
「あはは! ロミオにゃん、正解ー」
「笑い事じゃないわよ」
江戸川会長がため息を吐く。
「貴方の動画を見たら、恐らく彼は興味を持つと思うの」
「…………」
「もし接触してきても、安易に挑発へ乗らないで。できるだけ距離を取ってね」
「……はい」
嫌だなぁ。
ものすごく嫌だ。
なんだろう。
こういう話を聞くと──
(近いうちに絶対会う気がする……)
ここ数日の経験で、俺は学習している。
『転移罠に気をつけてください』
と言われた直後に転移罠を踏んだ。
『世界の秘密』を聞きたくないと言ったら、世界の秘密を知る喋る猫と従魔契約する事になった。
『目立ちたくない』と思っていたら、切り抜き動画が百三十万再生された。
そして今、
『もう一人の先行覚醒者には気をつけて』
──完全にフラグである。
(やめてほしい……)
せめて一週間。
いや、三日でいい。
何も起きない平穏な日々が欲しい。
「門田くん」
呼ばれて顔を上げる。
江戸川会長が、俺の前まで歩いてきていた。
そして、両手で俺の右手をそっと握る。
「えっ」
突然のことに、身体が固まった。
「スキルに目覚めて、不安なことも多いでしょう」
「……はい」
「私も最初はそうだったもの」
江戸川会長は、柔らかく微笑んだ。
「突然、今までとは違う力を与えられて。周囲からの見る目まで変わって。自分がこれからどうなるのか、分からなくなる」
「…………」
「でも──そんな生徒たちを支えるために、私たち生徒会はあるの」
握られた手に、僅かに力が込められる。
「だから、遠慮しないで。何か困ったことがあったら、いつでも相談にいらっしゃい」
「……ありがとうございます」
俺は、少しだけ戸惑いながら答えた。
本当に、優しい人だ。
ダイナマイト練馬として全国へ知られることになったのは、正直いまだに最悪だと思っている。
名前も最悪。目立つのも最悪。
正体を探されるのも最悪。
人生計画はどんどん狂っている。
それでも──
(……この人を助けられたから)
あの日、逃げずに戻ってよかったのかもしれない。
少なくとも、それだけは後悔しなくて済みそうだった。
◇◆◇
「……危なかった……」
生徒会室を出た俺は、廊下の壁へ背中を預け、深々と息を吐いた。
マジで危なかった。
ダイナマイト練馬の正体がバレたかと思った。
薄氷の上でタップダンスを踊るくらい、ギリギリだった。
しかし──トリッシュ先輩。
あの人は危険だ。
あの軽いノリで、普通に核心へ辿り着いた。
今後も不用意な発言をしないよう、気をつけなければならない。
「これは今日、学校終わったらフランと作戦会議だな……」
ダイナマイト練馬と門田露澪。
この二つの存在を、今後どうやって完全に別人として定着させるか、真剣に考えなければならない。
俺は教室へ戻るため、廊下を歩き始めた。
一つ目の曲がり角を曲がる。
二つ目の曲がり角へ差しかかる。
その瞬間だった。
「よォ……」
低い声が聞こえた。
「え?」
ぬっ、と大きな人影が視界へ入る。
次の瞬間。
ガシッ!
筋肉質な腕が、俺の首へ回された。
「うわっ!?」
そのまま強引に肩を組まれる。
デカい。
俺も今では百八十五センチ近くある。
それなのに、その男はさらに大きかった。
百九十センチ近い長身。
サイドを大胆に刈り込んだ短い金髪。
鋭く吊り上がった目。
笑うと覗く、やけに尖った犬歯。
そして何より──
制服の学ランが、何故かノースリーブだった。
袖なしの学ランなんてある?
ヤンキー漫画でもここまでイカれたカスタムの学ランは見た事ない。
「お前だよなァ……?」
男が、耳元で荒っぽく笑う。
「動画バズりまくってる、イケメン新人探索者サマってのはよォ……!」
「…………」
俺は固まった。
いやいや、待って。早い、早いよ。
さっき。本当に、今さっき、江戸川会長から話を聞いたばかりだ。
この学校にいる、もう一人の先行覚醒者。
三年生の問題児。
強い奴を見ると絡みに行く。
俺の動画を見たら、接触してくるかもしれない。
(……早すぎない!?)
生徒会室を出てから、まだ五分も経っていない。
存在を知って五分。
もう接触イベントが発生している。
俺の人生には、インターバルという概念が存在しないのだろうか。
「……」
俺は恐る恐る、肩を組んでいる男の顔を見る。
間違いない。
さっき江戸川会長から聞かされた名前。
この学校にいる、もう一人の《先行覚醒者》。
三年生──牧島丑雄。
牧島先輩は、俺の肩へ腕を回したまま、ギザギザした歯を見せて笑った。
「ちょっとツラ貸してもらおうかァ……」
腕へ、ぐっと力が入る。
「なァ、モンタ!!」
「門田です……」
俺は訂正しながら、静かに天井を見上げた。
(……最悪だ)




