第39話 暴かれる秘密
江戸川会長は、改めて俺をここへ呼び出した本当の理由を説明してくれた。
どうやら、動画へ映ったこと自体を問題視していたわけではないらしい。
探索者として活動していれば、配信者のカメラへ偶然映り込むこともある。
ましてや今回は、ユニークモンスターに襲われていた人を助けた結果だ。
学校としても、それを咎めるつもりはないという。
問題なのは──俺が、スキルへ目覚めてまだ数日しか経っていないということだった。
「《先行覚醒者》は、覚醒した時点ですでに一般的な新人探索者を大きく上回る身体能力を持っているわ」
江戸川会長は、生徒会長らしい真面目な表情へ戻り、静かに言葉を続ける。
「だからこそ、自分の力を過信してしまう人も少なくないの」
「過信……ですか」
「ええ」
江戸川会長は小さく頷いた。
「覚醒したばかりなのに、自分は特別だから大丈夫だと思い込んでしまう。装備も経験も十分ではないまま、推奨ランクを超えた階層へ向かったり、強力なモンスターへ単独で挑んだり……そういう事故は、実際に何度も起きているわ」
「…………」
なんだろう。
ものすごく身に覚えがある。
いや、俺の場合は自分から高難度階層へ行ったわけではないけれど。
転移罠に踏まれて勝手に送り込まれただけだけれど、結果だけ見れば覚醒初日に地下三十階で変異種と戦っている。
「レベルが高いことと、戦闘経験が豊富なことは同じではないの」
江戸川会長の声が、少しだけ柔らかくなった。
「どれだけ身体能力が高くても、知らない攻撃には対処できないことがある。ダンジョンには、純粋な力だけではどうにもならない罠や特殊能力を持つモンスターもいるわ」
「……はい」
「昨日の動画を見た限りでは、貴方は無事にユニークモンスターを倒せていた。でも──次も同じように上手くいくとは限らない」
「おっしゃる通りです……」
自然と背筋が縮こまる。
耳が痛い。ものすごく痛い。
実際俺は、覚醒初日に転移罠を踏み、地下三十階へ飛ばされている。
翌日も踏んだ。二日連続である。
多分、世界中の新人探索者を集めても、こんなハイペースで転移罠に引っかかっている奴はそうそういない。
むしろ、この忠告を二日前に聞きたかった。
「もちろん、探索者として活動するなと言っているわけではないのよ」
江戸川会長が、少しだけ表情を緩める。
「ただ……無茶だけはしないでほしいの」
「……はい」
「何か困ったことがあったら、生徒会へ相談して。私も探索者だから、力になれることはあると思うわ」
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げた。
どうやら本当に、俺を心配して呼んでくれただけらしい。
ダイナマイト練馬の正体を疑われている様子もない。
レベル五十六についても。
【一撃必死】についても。
今のところ、何一つ気づかれていない。
(よかった……)
胸の奥に溜まっていた緊張が、ようやく少し抜ける。
どうやら今日は、何事もなく生徒会室から帰れそうだ。
そう思った──その時だった。
「……そういえば」
部屋の後方から、気の抜けた声が聞こえた。
藤宮先輩だった。
先ほどからずっとスマートフォンを横向きに持っていたが、いつの間にかゲームはやめていたらしい。
画面を縦に戻し、何やらニュース記事のようなものを眺めている。
「門田さんが動画に映ってた、豊島区第二ダンジョン」
「はい?」
俺は反射的に返事をした。
その瞬間、胸の奥で嫌な警報が鳴った。
何だろう。ものすごく嫌な予感がする。
ここ数日の経験上、俺のこういう予感は大体当たるのだ。
藤宮先輩はスマートフォンから目を離さないまま、淡々と続けた。
「あそこでも出たみたいですよ」
「……何が、ですか?」
「例の──"ダイナマイト練馬"」
「…………っ!」
ビクッ!
自分でも分かるくらい、肩が大きく跳ねた。
まずい。ものすごく分かりやすい反応をしてしまった。
慌てて姿勢を戻す。
「へ、へえ……そうなんですか」
今のは自然だっただろうか。
多分、自然じゃない。
だが、俺以上に大きく反応した人物がいた。
「えっ!?」
ガタッ!
椅子が鳴るほどの勢いで、江戸川会長が藤宮先輩へ振り返った。
「そ、それ本当なの!? 藤宮くん!」
「はい。恐らく、間違いないかと」
「見せて!」
「どうぞ」
今までの落ち着いた生徒会長然とした態度は、どこへ行ったのだろう。
江戸川会長は、差し出されたスマートフォンへ身を乗り出す。
その食いつきっぷりは、さっき俺の動画を確認していた時とは明らかに違っていた。
(……なんか、すごいな)
藤宮先輩が画面をスクロールする。
「門田さんの動画が鬼バズしてるんで、少し話題が埋もれてますけど」
「……ええ」
「昨日の夕方、豊島区第二ダンジョンの地下四階から五階付近で、複数回の爆発が確認されています」
「複数回……?」
「SNSにも結構上がってますね。『地下四階で貨物船の一部が吹き飛んでた』とか」
「…………」
「『地下五階で突然、大爆発が起きた』とか」
「…………」
「『爆発の直前に、謎の高速移動をする人影を見た気がする』とか」
「…………っ」
やめてください。
最後の証言、詳しく掘らないで。
それ、多分俺なので。
藤宮先輩が別の記事を開く。
「あと、配信者の間では、『ダイナマイト練馬が豊島区まで活動範囲を広げたんじゃないか』って話になってるみたいです」
「ほ、本当……!」
江戸川会長の瞳が、見る見る輝いていく。
スマートフォンの画面へ顔を寄せ、食い入るように記事を読んでいる。
先ほどまで俺へ説教……もとい、忠告をしていた時の凛々しい表情は、もうどこにもない。
何というか、憧れのアイドルの新情報を見つけた女子高生みたいだった。
「豊島区第二ダンジョンに……」
江戸川会長が、ほう……と小さく息を漏らす。
頬が、ほんの僅かに赤い。
「ダイナマイト練馬様が……」
「…………」
……様? 今、様って言った?
江戸川会長は、まだ藤宮先輩のスマートフォンを覗き込みながら、どこか夢見るような表情を浮かべていた。
その横顔を見ながら、俺は何とも言えない汗を額へ浮かべるしかなかった。
「会長、落ち着いてください」
副会長らしき神先輩が、眼鏡をクイッと押し上げた。
本当にやった。
「門田くん」
「は、はい」
「キミがダンジョンへ潜っていた間、爆発のようなものは確認したか?」
「…………」
困った。
ものすごく確認している。
というか、俺が起こした張本人だ。
最後なんて、ナツミさんたちの注意を逸らすために、メナシウオジラミを洞窟の奥へ投げ飛ばして爆破した。
ここで『知りません』と言うのは危険だ。
目撃証言があるなら、後々辻褄が合わなくなる。
「……はい」
「やはりそうか……」
「ダイナマイト練馬のものかは分かりませんけど……爆発は、確かにありました」
「本当に!?」
江戸川会長の顔が、ぱあっと明るくなった。
眩しいくらいだ。
「では、あのお方は本当に豊島区第二ダンジョンへ……!」
「あのお方……」
やっぱり、何か呼び方がおかしい。
「ダイナマイト練馬……」
神先輩が、忌々しそうに眉を寄せた。
「会長が直接お礼を申し上げたいと仰っているにもかかわらず、いまだ連絡一つ寄越さない」
「……神くん」
「まるで──」
眼鏡が光った。
「『格上の自分が何故出向かなくてはならない? 用事があるなら、お前たちが俺の元へ来い』とでも言わんばかりの態度。気に入らないな」
「そんなこと思ってないです」
思わず口から出た。
「ん? 門田くん、どうしたんだ、急に?」
「あっ、いや……そんな人だと決めつけるのは、よくないかなぁ……と」
「ふむ……キミの意見も一理ある。私としたことが、些か感情的になり過ぎたかもしれないな」
危ない。
俺はそんな偉そうなこと、一ミリも考えていない。
連絡しない理由はただ一つ。
正体がバレるのが怖いからだ。
「神くん。ダイナマイト練馬様のことを悪く言っては駄目よ」
江戸川会長が、胸の前で両手を重ねる。
「あのお方は、名声にも報酬にも興味を示さない、高潔な探索者なの」
「…………」
「きっと昨日の夜も、今この瞬間も……人知れず、どこかで誰かを助けるために、そのお力を振るっていらっしゃるに違いないわ……」
「…………」
違います。
昨夜はネットカフェで、無料のカレーを食べてました。
ソフトクリームもたくさん食べました。
住所不定です。
今この瞬間、貴女に説教されてます。
……言えない。
俺は何も言えないまま、差し出されていた紅茶を口へ運んだ。
神先輩も江戸川会長も、全然違う方向に俺という人間を誤解している。
どうして誰も、
『たまたま成り行きでそうなっただけの、小心者の高校生』
という正解へ辿り着いてくれないのだろう。
「んー?」
その時、トリッシュ先輩が突然声を上げた。
「なんだ?」
「いやー、ちょっと待ってー」
スマートフォンを弄りながら、指を一本立てる。
「ロミオにゃんって、オーバーランカーなんでしょー?」
「え……まあ……」
「でぇ、覚醒したばっかなのに、めっちゃ強い」
「はい……まあ……」
「昨日、豊島区第二ダンジョンでバズった」
「はい……」
「で、そのダンジョンには、同じ時間にダイナマイト練馬がいたっぽい」
「…………」
嫌な方向へ話が進んでいる。
トリッシュ先輩が、二本目の指を立てたまま首を傾げる。
「んじゃさー」
そして、まるで
『今日の昼ご飯、何食べる?』
とでも聞くような軽い調子で言った。
「ダイナマイト練馬の正体、ロミオにゃんなんじゃね?」
ブーーーーッ!!
俺は盛大に紅茶を噴き出した。
「きゃっ!?」
「汚っ」
「門田くん!?」
生徒会室にいる全員の視線が、一斉に──
俺へ集まった。
「…………」
やってしまった。
最悪の沈黙が、生徒会室へ降りた。
どうするの、これ……




