第38話 練城高校生徒会
俺──門田露澪は、生徒会室の中央に置かれた椅子へ座り、できる限り小さくなっていた。
肩をすぼめ、背中を丸め、膝の上へ両手を揃える。
気分としては、職員室へ呼び出された問題児である。
もっとも、今の俺の身体はレベルアップによって無駄にデカくなっているため、どれだけ縮こまっても全然小さく見えないのだけれど。
「…………」
正面には、四人の生徒がいた。
おそらく、全員この学校の生徒会メンバーなのだろう。
おそらく、というのは……
俺が自分の通う練城高校の生徒会役員について、ほとんど何も知らないからである。
だって、生徒会だよ?
自分から学校のために働き、行事の企画をし、生徒たちをまとめ、教師とも交渉する。
主体性の塊みたいな生徒が集まる組織である。
主体性という言葉を母親の腹の中へ置き忘れてきた俺とは、人生で交わることのない人種だと思っていた。
だから顔を知っているのも、生徒会長であり有名探索者でもある江戸川朱里先輩だけだった。
その江戸川会長が、俺の真正面に座っている。
隣には、眼鏡をかけた男子生徒。
リバースセンターパートと言うんだったか。
かっこよく後ろに流しながら分けられた茶髪。
姿勢は真っ直ぐで、俺へ向ける視線は妙に鋭い。
いかにもデータキャラっぽい。
絶対、眼鏡をクイッと押し上げながら、
『すべて想定内だ』とか言うタイプだ。
立ち位置から考えて、副会長か何かなのだろう。
そして少し後方。
一人は、金色と淡いピンクに染め分けた髪をツインテールにした女子生徒だった。
目元も華やかで、どこか海外の血を感じさせる顔立ち。
爪には色とりどりのネイルが施されており、先ほどから小さなヤスリで形を整えることに夢中になっている。
もう一人は、首元まで伸びた黒髪の男子。
制服の着こなしはややだらしなく、首には大きなヘッドホン。
スマートフォンを横向きに構え、両親指を忙しなく動かしている。
多分、ゲームだ。
二人とも、俺に興味など一ミリもなさそうだった。
(ありがたい……)
素晴らしい。
世の中の人間が全員、この二人くらい他人へ興味がなければ、俺はもっと生きやすかったはずだ。
それにしても。
(絵面、濃いな……この生徒会)
漫画に出てくる強キャラ集団みたいだ。
江戸川会長以外も三年生だろうか。
もし全員スキルホルダーだったら……嫌だな。
これ以上、探索者やスキルホルダーとの交友関係など増やしたくない。
俺がそんなことを考えていると、江戸川会長が机の上で両手を組んだ。
「門田露澪くん」
「は、はい」
自然と背筋が伸びる。
江戸川会長は、真剣な表情で俺を見つめた。
「何故、貴方がここへ呼ばれたのか……分かっているかしら?」
「ええと……」
分かる。
というか、心当たりがありすぎる。
俺は恐る恐る答えた。
「……ど、動画の件でしょうか」
「…………」
一瞬、生徒会室の空気が止まった気がした。
眼鏡の男子が、僅かに眉を寄せる。
江戸川会長は表情を崩さず、静かに頷いた。
「分かっていたのなら、話は早くて助かるわ」
「ですよねぇ……」
やっぱり怒られるのだろうか。
校内の生徒が勝手にダンジョン配信へ映り、巨大モンスターを斬り刻み、全国規模でバズる。
学校としては、無視できないのかもしれない。
その時──
「……動画?」
後ろから声がした。
ネイルを弄っていた女子が、初めて顔を上げる。
「門田露澪……?」
俺の顔を見る。
数秒の沈黙。そして──
「あーーーーーっ!!」
突然、大声を上げた。
「うわっ!?」
俺が肩を跳ねさせる。
「門田露澪って、ダンジョン三人娘の動画に出てた子じゃーん!!」
「えっ」
「マジ!? この学校の生徒だったんだ!? なにそれ、早く言ってよジュリにゃーん!」
「ジュ、ジュリにゃん……?」
江戸川会長の眉が、僅かに動いた。
女子は椅子から身を乗り出し、俺をじろじろと眺める。
「うわ、ホンモノじゃん! 昨日の桜色の剣の子でしょ!?」
「まあ……はい……」
「生で見るとやっぱイケメンー! ゴメンねー! ウチ、さっきまでめっちゃ興味ありませんみたいな態度取ってたじゃん? 感じ悪くなかったー?」
「い、いえ……むしろ非常にありがたかったです」
「ありがたかった?」
どうやら、俺に興味がなかったのではない。
生徒会の仕事に興味がなかっただけらしい。
ネットの流行には、ものすごく敏感なタイプのようだ。
やっぱり苦手かもしれない。
「トリッシュ。少し静かにしていて」
江戸川会長が、困ったように眉を寄せる。
「はーい、ジュリにゃん」
「それと、その呼び方はやめて」
「えー。かわいーじゃん」
「やめて」
意外と押しに弱いらしい。
すると今度は、ゲームをしていた長髪の男子が、スマートフォンから目も上げずに口を開いた。
「──すごいですよね。百万バズ」
「え?」
「一夜にして一躍時の人。実に羨ましい限りです」
言葉とは裏腹に、声に羨ましさが一切ない。
「こういうのを『人生イージーモード』って言うんでしょうね。これだから、顔のいい男と背の高い男は好きになれないんですよ、僕は」
「藤宮くん」
「すみません。ですが、これが我々非モテ男子が持つ共通見解である事を、世のイケメン達は自覚して日々を生きるべきだと思うんですよね。世界の全てが貴方を肯定している訳ではないんですよ、って」
画面を見たまま、淡々と答える。
(この人……)
何となく分かる。
数日前までの俺と、同じ匂いがする。
多分、クラスではそんなに好かれていないタイプだ。
でも、俺は嫌いじゃない。
「こほん」
江戸川会長が咳払いする。
空気を元へ戻すように、改めて俺へ向き直った。
「門田くん。私たちは、別に貴方を責めるために呼んだわけではないの」
「え?」
「探索者である以上、時には配信へ映ったり、世間から注目を浴びたりすることもあるでしょう。それ自体を、学校が咎めることはできないわ」
「あ……そうなんですか」
よかった。
桜華円舞刃について反省文を書け、とか言われたらどうしようかと思った。
「ただ、生徒会として……いいえ、同じ探索者として、いくつか確認しておかなければならないことがあるの」
「確認?」
「貴方は、まだ二年生になったばかりよね」
「はい」
「そして、誕生日は四月五日」
「……はい」
そこまで調べられている。
少し怖い。
「申し訳ないけれど、学校の名簿で確認させてもらったわ」
「いえ、それは別に……」
「つまり貴方は、スキルへ目覚めてまだ数日しか経っていない」
「…………」
嫌な汗が出てきた。
江戸川会長の視線が鋭くなる。
「にもかかわらず──」
机の上のタブレットを操作する。
画面には、俺が巨大ウツボの頭上を飛び越え、桜色の双剣を振るう場面が映し出されていた。
「ユニークモンスターを、ほぼ単独で討伐している」
「…………」
「しかも映像を見る限り、あの寄生型モンスターの群れを一瞬で処理し、その後もほとんど苦戦した様子がない」
「いやぁ……武器が良かったので……」
「武器が優秀なだけでは、あの動きはできないわ」
完全にクラスメイトと同じことを言われた。
逃げ道がどんどん塞がれていく。
敏腕刑事の取り調べを受ける犯人もこんな気分なのだろうか。
「門田くん」
江戸川会長の表情が、一段と真剣になる。
「貴方は、何故これほどの力を持っているの?」
「えーっと……」
困った。
ものすごく困った。
本当のことを言えば簡単だ。
覚醒初日、転移罠で地下三十階へ飛ばされました。
そこで変異種のミノタウロスを爆破したら、レベルが五十三になりました。
翌日、別のダンジョンでまたまた変異種のスケルトン・ジェネラルを爆破して、今は五十六です。
──以上。
言えるわけがない。
そんな話をした瞬間、学校どころか国まで動きそうだ。
俺が曖昧に笑いながら、
「まあ……色々ありまして……」
などと誤魔化していると。
「──いいの」
江戸川会長が、静かに目を伏せた。
「え?」
「私は分かっているわ。門田くん」
そして、何かの答えへ辿り着いた名探偵のような顔で俺を見る。
「貴方の強さの秘密を」
「…………!」
心臓が跳ねた。
まさか──
江戸川会長とは、ダイナマイト練馬として直接会っている。
顔は学ランで隠していた。
声も多少くぐもっていたはずだ。
だが──
話し方。何かの癖。
そういったところから、正体へ辿り着いた……?
(まずい……!)
俺の額から、冷たい汗が流れる。
江戸川会長は、確信に満ちた表情で言った。
「……なるほど。ようやく辻褄が合ったわ」
「…………」
「門田くん」
少しだけ声を落とし。
「貴方──《先行覚醒者》なのね……?」
「…………」
俺は瞬きをした。
「……はい?」
「…………」
今度は江戸川会長が瞬きをした。
《先行覚醒者》。
通称、オーバーランカー。
通常のレベル一ではなく、最初からレベル二以上の状態で覚醒する、極めて稀なスキルホルダー。
スキルという才能を与えられた人間の中でも、さらに天賦の才を持つ存在──だったはずだ。
そういえば──江戸川会長自身も、覚醒した時点でレベル九だったらしい。
以前、そんな記事を見たことがある。
(なるほど……)
つまり、この人──
(勝手にものすごく都合のいい勘違いをしてくれてる……!)
俺がしばらく黙っていたせいだろう。
江戸川会長の表情が、少しずつ曇っていく。
「……あら?」
「…………」
「違う……のかしら?」
「…………」
その時──後ろから、藤宮先輩の低い声が飛んできた。
「会長」
「な、何?」
「『ようやく辻褄が合ったわ(キリッ)』とか言ってたところ申し訳ないんですけど」
スマートフォンから一切目を離さず冷たく言う。
「彼、ものすごく困惑してますよ。ひょっとして、会長の予想、全然見当違いなんじゃないですか?」
「…………っ!」
「あー、確かにー」
トリッシュ先輩まで乗っかる。
「ジュリにゃん、けっこー思い込み激しいとこあるもんねー」
「トリッシュ!」
「だってぇ、先行覚醒者なんてそうそういなくなーい? ジュリにゃん基準で考えすぎなんじゃん?」
「そ、それは……!」
江戸川会長の顔が、見る見る赤くなっていく。
「やかましいぞ、貴様ら!!」
突然、眼鏡の男子が机を叩いた。
「可憐にして聡明であられる会長のお考えが、間違っているはずなどなかろう!!」
「…………」
なるほど。
この人はそういう立ち位置か。
「神くんまで大声出さないで!」
江戸川会長が、真っ赤な顔のまま振り返る。
「もうっ! 藤宮くんもトリッシュも、いつもいつも意地悪なんだから!」
「事実です」
「ウチは感想言っただけー」
「意地悪よ!」
何だろう。
もっと、近寄りがたい完璧超人だと思っていたのだが……意外と、普通の女子高生っぽい。
(……ちょっと可愛い人だな)
そう思った直後、江戸川会長が勢いよく俺へ向き直った。
「それで! どうなの、門田くん!」
「えっ」
「貴方、《先行覚醒者》なのではないかしら!?」
「…………」
もはや質問ではない。
『そうだと言って』という圧を感じる。
(どうしよう……)
本当は違う。
俺は正真正銘、レベル一から始まった。
ただし、その日のうちに五十三まで上がった。
当然ながら、そちらの方がもっと言えない。
しかもレベルは、本人にしか見えない数値だ。
なら──
(……乗っかるしかないか)
俺は罪悪感に耐えながら、小さく頷いた。
「は、はい……そうです……」
「!!」
江戸川会長の顔が、一気に明るくなった。
「そう!? そうよねっ!! ほら! 私の予想、当たってたじゃない!」
嬉しそうに三人へ振り返る。
「…………」
「…………」
「…………」
数秒の沈黙が流れる。
江戸川会長は、自分が少しはしゃぎすぎたことに気づいたらしい。
「……こほん」
姿勢を正した。
そんな江戸川会長を見ながら、俺は心の中でそっと俯いた。
すみません……嘘まみれの男で……
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いつも本作を応援していただき、本当にありがとうございます!
現在、本作は書籍版『世界最強の真祖竜に転生しました!』の原稿執筆の合間に書いているため、なかなか皆様のコメントに個別でお返事できず申し訳ありません。
いただいたコメントは、いつも楽しく読ませていただいています!
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