第37話 期待の新人探索者
「ね! ね! 動画見たよ!! すっごかったー!」
「ダンジョン三人娘チャンネルのナツミン助けたの、やっぱり門田くんだったんだね!?」
「は、はい……まあ……」
「なんだよ、あの桜色の双剣! めちゃくちゃ格好いいじゃん!」
「まだスキルに目覚めて数日しか経ってないんだろ!? なんであんな強いんだよ!」
「マジで天才探索者じゃん!」
「いや、その……全然です……」
明るく日の朝。
教室へ入って、自分の席へ辿り着いてから、まだ三分も経っていない。
にもかかわらず、俺──門田露澪は、すでにクラスメイトたちによって完全包囲されていた。
前。後ろ。右。左。
どこを見ても人、人、人。
男子は目を輝かせ、女子はスマートフォンを片手に。
誰も彼もが、興奮した様子で俺へ質問を浴びせてくる。
「門田! あのジャンプどうやったんだよ!?」
「いや、普通に跳んだだけで……」
「普通に跳んで洞窟の天井近くまで行く奴がいるか!」
「そう言われましても……」
「寄生虫みたいなの、何匹いたの!? 全部斬ったよね!?」
「数えてないです……」
「ナツミンのお姫様抱っこ、狙ってやったの!?」
「狙うわけないでしょ!?」
最後の質問だけは、思わず声が大きくなった。
クラスメイトたちが笑う。
俺は机の上へ視線を落とし、小さく肩をすぼめた。
(夢じゃなかった……)
昨夜──
ネットカフェで寝る直前、ショート動画を流し見していた俺のスマートフォンへ、見覚えしかない男の映像が流れてきた。
桜色の双剣。巨大ウツボ。そして、自分の顔。
俺は即座にスワイプした。
何も見なかった。
知らない人だった。
世の中には自分に似た人間が三人くらいいる。
そういうことにして眠った。
だが──
朝起きてしまえば、現実は何一つ消えていなかった。
むしろ悪化していた。
俺がナツミさんを救出した場面を切り抜いた動画。
昨夜見た時点では八十万回程度だった再生数が、今朝には百三十万回を超えていた。
百三十万……数字が大きすぎて、もはや実感が湧かない。
ネットの探索者界隈では、
『新人イケメン探索者、ユニークモンスターを撃破!』
『ナツミンを救った謎の高校生は何者!?』
『覚醒直後の大型新人現る!』
などと話題になっている──らしい。
らしい、というのは、俺自身は怖くて記事を一つも開いていないからである。
(だって見たら現実になっちゃうじゃん……)
いや、見なくても現実なのだけれど。
だが、少なくとも俺の精神世界の中では、まだギリギリ未確定事項だった。
ところが……
クラスメイトたちのこの反応を見る限り、その最後の逃げ道も完全に塞がれてしまったらしい。
(最悪だ……)
俺が机の下で静かに拳を握っていると。
「なあなあ、門田!」
前の席にいた男子が、興奮した様子でスマートフォンを差し出してきた。
「あれ、生で見せてもらうことってできねぇかな!?」
「えっ……あれ、って……何を?」
「決まってるだろ!」
男子は満面の笑みを浮かべた。
「『桜華円舞刃』だよ!!」
「…………」
聞いたことのない単語だった。
「おうか……えんぶじん?」
「またまたぁ!」
男子が俺の肩を叩く。
「お前の必殺技だろ!?」
「……俺の?」
「ほら!」
スマートフォンの画面を見せられる。
そこには、昨日の俺が映っていた。
巨大ウツボの首を斬り飛ばし、まだ生きている可能性を考え、爆発事故を防ぐために、空中で回転しながら何度も双剣を振るっている場面。
どうやらナツミさんの自撮り棒から撮影された映像らしい。
桜色の光が、ウツボの胴体を何度も横切る。
ザンッ!ザザンッ!
ズババババッ!
ここまでは、まあいい。
問題はその後だった。
ウツボを輪切りにした俺が着地。
ザバァンッ!
そこで映像が──ピタッ、と停止する。
画面が暗くなり、俺の姿だけが桜色に縁取られる。
そして、腹に響くような、
カン、カン、カン、カン、カン!!
という効果音と共に──達筆な金色の文字が、画面いっぱいへ叩きつけられた。
『桜 華 円 舞 刃 !』
「…………」
俺は無言で画面を見つめた。
横では男子が興奮している。
「格好よすぎるだろ!? 俺、ファンになっちゃったよ! 門田の!」
勝手に必殺技を作られていた。
なにこれ?
そんな事ある?
誰が付けたの、この必殺技名。
少なくとも俺じゃない事だけは確かだ。
「しかも、これだけじゃないぜ!」
「まだあるの?」
嫌な予感しかしない。
男子が動画を少し戻した。
映ったのは、ナツミさんが俺へインタビューしている場面だった。
『ダイナマイト練馬って、知ってます?』
画面の中の俺が、一瞬だけ固まる。
そして、必死で真顔を作り。
『いえ、まったく知りませんし、興味もありません。誰ですか、それ? プロレスラーか何かですか?』
これは言った。
覚えている。
問題は──そこへ付けられたナレーションだった。
『その時である──!』
低く、妙に重々しい男の声。
『今、日本中が注目する謎の英雄・ダイナマイト練馬の名を前にしても、この男の表情は一切変わらなかった!』
「…………」
『“ダイナマイト練馬? 興味ないね”』
言ってない。
『“これからの探索者界を盛り上げるのは、そんな覆面レスラー野郎じゃない”』
言ってない。
『“この俺──門田露澪だ!”』
絶対に言ってない。
『そう言わんばかりの、不敵かつ豪胆な態度!』
そんなこと思ってない。
捏造にも程がある。
俺の背中へ、嫌な汗が流れた。
画面では、俺が真顔でナツミさんを見ている。
実際には、とにかくダイナマイト練馬の正体が俺だとバレないでくれ、と切に願っていただけだ。
それを編集すると、どうしてここまで不遜な男になるのだろう。
『覆面の英雄へ、突如として叩きつけられた宣戦布告!』
宣戦布告してない。
『果たして、二人の邂逅は実現するのか!?』
しない。同一人物だから。
『探索者界を揺るがす、新たなライバル関係が幕を開けようとしている──!!』
「やめてぇ……」
思わず声が漏れた。
「え?」
「い、いや。何でもないです……」
俺は机へ突っ伏しそうになるのを必死で堪えた。
何してくれてるんだ、インターネット民。
完全にオモチャにされている。
俺はダイナマイト練馬と戦うつもりなどない。
そもそも、戦いようがない。俺なんだもの。
「でもさ〜」
近くにいた女子がスマートフォンを見ながら言う。
「ダイナマイト練馬も、最初はめっちゃ話題だったよね」
「まあ、生放送で江戸川会長を助けて、変異種を一撃だったからな」
「今でも人気はすごいけどさ」
「でも、その後まったく姿見せないじゃん?」
「そうそう。正体も分からないし」
「それに比べて──」
女子の視線が、俺へ向けられた。
「門田くんは格好いいし、強いし!」
「っ!?」
「学校まで分かってるし!」
「それは良くない情報なのでは!?」
「戦い方もめっちゃ映えるし!」
「いやいやいや!」
「このままいったら、ダイナマイト練馬より門田の方が人気になるんじゃね?」
「えっ!?!?」
俺は反射的に立ち上がった。
「そ、それは困ります!」
「何で!?」
「あ……」
しまった。
クラスメイトたちが不思議そうな顔をする。
俺は慌てて座り直した。
「いや、その……ダイナマイト練馬さんは、人命救助もされていますし。偉大な探索者だと思いますので。俺なんかが対抗馬の様な扱いを受けるのは、おこがましいかなー……と」
「門田、ダイナマイト練馬知らないって言ってなかった?」
「……今朝知りました」
「その割に、めっちゃ詳しくなってんじゃん」
墓穴を掘った。
だが、本当に困るのだ。
ダイナマイト練馬という正体不明の爆発男が世間へ認知されてしまったことは、もう仕方ない。
仕方ないというか、どうしようもないし、諦めるしかない。
しかし、門田露澪本人まで人気探索者になってしまったら話が違う。
顔出し実名で有名になってしまったら、それはもう普通に有名人だ。
俺が望んでるのは、そんなものじゃない。
九時五時で仕事して、帰ってアニメやゲームを楽しむ、平穏無事な公務員生活なのだ。
「門田くん」
隣から、春日井さんの声がした。
「はい?」
振り向くと、春日井咲良さんが、嬉しそうにスマートフォンをこちらへ差し出している。
「本当に、あっという間に有名人になっちゃったねぇ」
「いや、俺は別に……」
「ほら、これ見て!」
「できれば見たくないです」
「今日のランキング!」
拒否する暇もなく、画面を見せられた。
サイト上部には、派手な文字。
【今アツい! 注目の新顔探索者ランキング】
「…………」
一位。
【ダイナマイト練馬】
顔写真の代わりに、学ランを頭へ被った怪しい男の画像。
二位。
【門田露澪】
桜色の双剣を構えた俺の画像。
「…………」
俺はゆっくりと目を閉じた。
「門田くん、二位だよ! すごくない!?」
「…………」
「しかも一位のダイナマイト練馬との差、もうそんなにないんだって!」
「…………」
「このままいったら、一位になるかも!」
「…………」
俺と俺が、ランキングのトップを争っている。
なんか……もう……具体的に何がどう最悪なのか、数える気力すら失せてきた。
「それに!」
春日井さんは、スマートフォンの画面をスクロールする。
「昨日使ってた双剣! あれ、お母さんが門田くんにあげたやつだよね!?」
「あ、はい」
「コメント欄でも、すっごい話題になってるんだよ!」
画面には、
『あの桜色の剣どこのメーカー?』
『エフェクトじゃなくて本当に光ってる?』
『ネオライト系?』
『欲しい』
『発売されたら買う』
そんな文字が並んでいる。
「お店の宣伝にもなっちゃったかも!」
「……それは」
普通に、嬉しい。
晴子さんには、服を貸してもらった。
武器まで無料でもらった。
俺は、いつか恩を返したいと言った。
もし今回の件で春日井武具店の宣伝になったのなら……
目立ったこと自体は死ぬほど嫌だが、少しくらい役に立てたのかもしれない。
「それなら……よかったです」
「帰ったらお母さんにも見せてあげようっと!」
「ぜひそうしてください」
その時だった。
ガラガラガラッ。
教室の扉が開いた。
騒がしかった室内が、不思議なくらい一瞬で静かになる。
誰かが息を呑む音。
俺も何となく入口へ目を向けた。
そこに立っていたのは、一人の女子生徒だった。
艶やかな長髪。
真っ直ぐ伸びた背筋。
整った顔立ちと、落ち着いた佇まい。
この学校で知らない者はいない。
生徒会長。そして、B級探索者。
江戸川朱里先輩だった。
「失礼」
凛とした声が、静まり返った教室へ響く。
朱里先輩は教室の中を見回し。
「このクラスに、門田露澪くんはいらっしゃるかしら?」
「…………」
嫌な予感がした。
いや。ここ数日の経験から言って、嫌な予感どころではない。
何らかのビッグイベントが、俺の身に差し迫っている気がする。
俺は机へ身体を沈める。
そして、誰にも聞こえない程度の声で、小さく呟いた。
「……いません」
もちろんいる。
むしろ先ほどまでクラスの中心で名前を連呼されていた。
無駄な抵抗だとは、自分でも分かっている。
朱里先輩の視線が教室内を巡る。
そして──
俺のところで止まった。
「…………」
目が合う。
「…………」
俺は、そっと視線を逸らした。
しかし──朱里先輩は俺を見つめたまま、ふっと柔らかく微笑んだ。
「門田くん」
逃げられなかった。
「──少し、お時間よろしいかしら?」
教室中の視線が。
今度こそ完全に、俺一人へ突き刺さった。
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これにて第三章終了です!
明日から第四章を一日一話ペースで更新していく予定です。
また、別作品として
『世界最強の真祖竜に転生しました! ~でも目指すのは自由気ままな暮らしです~』
もアルファポリス様にて執筆しています。
『一撃必死』の雰囲気やキャラクター同士の掛け合いを気に入っていただけた方には、こちらも楽しんでいただけるかもしれません。
それでは第四章からも、引き続きよろしくお願いいたします!




