第35話 完璧な隠蔽工作
「よし……救出成功」
巨大ウツボを倒し、落下してきたナツミさんも無事に受け止めることができた。
【一撃必死】も発動していない。
周囲を巻き込む爆発も起こさず、普通の斬撃だけでユニークモンスターを倒せたのだ。
これなら、かなり上手くやれた方だろう。
俺が安堵の息を吐いていると、背後から奇妙な音が聞こえてきた。
シュンッ──
「ん?」
振り返る。
海水の中へ転がっていた巨大ウツボの頭部と、輪切りになった胴体が、淡い光に包まれていた。
切断面から流れ出ていた血が止まり、巨大な肉体の輪郭が少しずつ透けていく。
「えっ、消えるの?」
これまで倒したモンスターの死体は、すべて爆発で粉々になっていた。
正確には、粉々どころか、跡形もなく吹き飛んでいた。
そのため、倒されたモンスターの死体がどうなるのか、きちんと確認したことがなかったのだ。
巨大ウツボの身体を包む光が、さらに強くなる。
同時に、聞き覚えのないアナウンスが頭の中へ鳴り響いた。
『討伐対象の所有権を確認しました』
『アイテムチェストの自動解体機能を実行します』
「自動解体?」
スキルホルダー登録証に付いてる機能だろうか。
いや、待て。
今のアナウンス、確かに『アイテムチェスト』って言ったよな?
気になって自分のステータスを表示し、スキル欄を改めて上から下まで確認してみる。
すると──あった。
これまでちゃんと見ていなかった欄の一番下に、見覚えのない文字がしれっと追加されている。
【EXスキル:アイテムチェスト】
「……いつの間に増えたんだ、これ?」
少なくとも、こんなスキルに目覚めたというアナウンスを聞いた覚えはない。
もしかすると、レベルアップのアナウンスが連呼されてる間に埋もれて聞き逃してたのかもしれないが。
どうやら俺の知らないうちに、新しいスキルが追加されていたらしい。
レベルアップ時に新たなスキルが身につくこともあるとは聞いたことがあるし、そういうことなのだろう。
俺が首を傾げる間にも、巨大ウツボの身体が細かな光の粒へ変わっていく。
ただ消滅しているわけではない。
牙、皮、肉。
それぞれの部位が光によって切り分けられ、分類されているように見えた。
『イビルモーレイの牙×10を回収しました。アイテムチェストへ収納します』
『イビルモーレイの肉×10を回収しました。アイテムチェストへ収納します』
『イビルモーレイの皮×10を回収しました。アイテムチェストへ収納します』
アナウンスが終わると同時に、巨大ウツボの死体が完全に消えた。
残されたのは、血で僅かに濁った海水だけだ。
「今まで、こんなのなかったよな……?」
サハギンを倒した時も、もっと前にスケルトン・ナイトを倒した時も、素材を入手したというアナウンスは聞こえなかった。
倒したモンスターの種類が違うからだろうか。
いや、それよりも、もっと単純な理由がある。
「もしかして……死体が残ってないと、自動解体できないのか?」
俺が【一撃必死】で倒したモンスターは、爆発四散する。
牙も皮も骨も、何もかもまとめて消し飛ぶ。
先ほど殴ったサハギンに至っては、スキルが発動する前に上半身を粉砕してしまった。
どちらにせよ、解体できるような状態ではない。
「つまり、スキルに限らず原型を留めない様な倒し方をすると、素材も手に入らないってことか……」
俺はがっくりと肩を落とした。
探索者がダンジョンへ潜る目的は、モンスターを倒すことだけではない。
ダンジョン内で採取できる鉱石や植物。
モンスターから得られる牙、骨、皮、肉。
そういった素材を地上へ持ち帰り、換金することで収入を得る。
なのに、俺のスキルを使えば素材ごと消滅する。
「敵を倒すことだけなら最強なのに、お金を稼ぐのには全然使えないじゃん……」
しかも、一日に五回は絶対に使わなければならない。
金になるモンスターを普通に倒したくても、ノルマを達成するためには、どこかで五匹を爆散させる必要があるのだ。
倒さなければ俺が爆発する。
倒したら素材が爆発する。
俺か素材のどちらかが、必ず爆発する仕組みらしい。
(【一撃必死】……本当に色々と不便なスキルだな)
俺が深いため息を吐いた、その時。
腕の中で、何かが身じろぎした。
「…………」
視線を下げる。
そこには、頬を僅かに赤く染めたナツミさんがいた。
俺の右腕は彼女の背中に回り、左腕は膝の下へ入っている。
いわゆる、お姫様抱っこの状態だ。
しかも、ナツミさんの右手には自撮り棒が握られている。
棒の先についたスマートフォンは、ナツミさんと俺の顔を、しっかり同じ画角へ収めていた。
「…………」
「…………」
俺とナツミさんの視線が合う。
ナツミさんの頬が、さらに赤くなった。
「……あっ」
完全に忘れていた。
巨大ウツボを倒したことや、初めて素材を入手したことに気を取られ、いつまでも女子大生を抱えていた。
しかも、カメラを向けられている。
早く離れなければ。
俺は慌ててナツミさんを床へ下ろした。
「大丈夫ですか?」
「えっ? あ、はい……」
「大丈夫ですよね? 無傷ですよね? どこも痛くないですよね?」
「ちょっと腰が痛いような……」
「でも歩けますよね? 意識もありますよね? よかったです。それじゃあ、僕はソロバン塾の時間なので、ここらで失敬させていただきますね」
「ソロバン塾?」
俺は早口で一気にまくし立てると、ナツミさんに背を向けた。
なぜソロバン塾と言ってしまったのかは、自分でも分からない。
予備校でも学校でも、もっと自然な言い訳はあったはずだ。
しかし、口から出てしまったものは仕方がない。
今は、とにかく立ち去ろう。
俺は何事もなかったような顔を作り、横道へ向かって歩き出す。
「それじゃ、僕は失礼しま──」
「すっごおぉぉーーーい!!」
「うわっ!?」
突然、目の前に短槍を持った女子大生が飛び出してきた。
いつの間に回り込んでいたのだろう。
反対側からも、魔法使いらしい女子大生が詰め寄ってくる。
「何ですか、さっきの超絶剣技!? 飛んできたモンスター、全部一瞬で斬ってましたよね!?」
「新人さんかと思ってたのに、ものすっごい凄腕の探索者だったんですねぇーー!」
「い、いや、武器がよかっただけで……」
「武器がよくても、あんな動きできませんって!」
「空中で巨大ウツボを輪切りにしてましたよ!? どうやったんですか!?」
「普通に跳んで斬っただけですけど……」
「普通!?」
女子大生二人が、揃って目を丸くする。
何なんだ、この圧力は。
巨大ウツボより距離の詰め方が速い。
俺が一歩後ろへ下がると、今度は背後からナツミさんの弾んだ声が聞こえてきた。
「はい、というわけでね!!」
嫌な予感がして振り返る。
ナツミさんは、既に自撮り棒を構え直していた。
「絶体絶命のナツミンを華麗に救ってくれた、謎のイケメン探索者へインタビューしていきたいと思いまーす!」
「しなくていいです!」
「ほらほら! アヤとマキも、そのイケメンくんに聞きたいことあるでしょー!? インタビュー、しちゃってしちゃって!」
「ナツミさん、さっきまで死にかけてましたよね!?」
巨大ウツボに締めつけられ、食べられる寸前だった人間とは思えない。
配信者というのは、全員こんなに逞しいのだろうか。
そして、アヤと呼ばれた短槍使いのお姉さんが、勢いよく手を挙げた。
「はいはい! じゃあ、あたしから質問!」
「質問を受けるとは言ってませんけど……」
「知ってます!? ついさっき、このダンジョンの四階で、ものすっごい爆発騒ぎがあったらしくってぇー!」
「…………!」
俺の肩が僅かに跳ねた。
まさか、もう噂になっているのか。
人払い結界が壊れた後、探索者たちが集まってきていた。
あの貨物船の惨状を見れば、大騒ぎになるのも当然だ。
「な、何のことでしょう?」
「船の中が半分くらい吹き飛んでたらしいですよ!」
「へ、へえ。それは恐ろしいですね」
「ですよねぇー!」
どうにか平静を装う。
しかし、間髪入れずにマキと呼ばれた魔法使いが口を開いた。
「それでぇー、今、うちら配信系探索者の中でアツい『ダイナマイト練馬』っていう謎の覆面探索者が、このダンジョンに来てるんじゃないかって、うちら思っててぇー」
「…………っ!」
今度は、両肩が跳ねた。
「ダイナマイト練馬って、知ってます?」
ナツミさんが、カメラを俺へ向けながら尋ねてくる。
画面には、大量のコメントらしき文字が流れていた。
内容を読む前に、俺は真顔を作る。
「いえ、まったく知りませんし、興味もありません。誰ですか、それ? プロレスラーか何かですか?」
「あ、そうですよねぇー。話題になったの、ここ数日のことですもんねぇー」
よし。誤魔化せた。
あまりにも自然な返答だったため、ナツミさんも疑っていない。
自分の演技力が怖いくらいだ。
「でもぉ、お兄さんなら、ダイナマイト練馬にも負けないスター配信者になれると思うんですよねぇー!」
「なりません」
「イケメン! 凄腕! 謎の桜色双剣! これ、バズる要素しかないですよ!」
「バズらなくていいです」
「それじゃあ、そろそろお兄さんの名前を教えてもらってもいいですかぁー?」
「名前……」
俺は言葉に詰まった。
ここで偽名を名乗るべきだろうか。
しかし、顔は既に撮られている。
探索者証を確認されれば本名も分かるだろうし、下手に嘘をつく方が不自然だ。
仕方がない。
「……門田露澪です」
「えっ? もう一回お願いします!」
「門田露澪です」
「もっと大きな声で!」
「門田露澪です!」
自分でも驚くほど、はっきり名乗ってしまった。
するとナツミさんは、満面の笑みを浮かべてカメラへ向き直る。
「門田露澪さんですね!! 視聴者のみんなー! 門田露澪! この名前、覚えておこうね!!」
「覚えなくていいです!」
「このイケメンお兄さん、絶対絶対、探索者として名を馳せるよぉー!!」
やめて!
馳せたくないから!
俺が望んでいるのは、毎日決められた時間に出勤し、決められた仕事をして、安定した給料をもらう生活だ。
覆面爆発男や、桜色の双剣を操るスター探索者ではない。
何とか、この場から逃げる方法はないだろうか。
俺は女子大生三人に囲まれたまま、周囲を見回した。
フランの姿は見当たらない。
あいつ、さては面倒事を察して隠れたな。
従魔なら主人を助けてほしい。
俺が視線を彷徨わせていると、少し離れた岩場の近くで、何かが動いた。
拳ほどの大きさがあるメナシウオジラミだ。
俺の斬撃を運よく逃れたらしく、ひっくり返った状態で脚をジタバタ動かしている。
まだ生きている。
そして、今日の【一撃必死】の残り回数は、一回。
「……やるしかない」
俺は意識を集中させた。
瞬間、周囲の動きが急激に遅くなる。
ナツミさんの口が、ゆっくりと開閉する。
アヤさんとマキさんが、一瞬だけ顔を見合わせる。
三人の視線が俺から外れた、その隙を逃さない。
俺は地面を蹴り、一瞬でメナシウオジラミのもとへ移動した。
甲殻を潰さないよう、そっと掴む。
そして、誰もいない洞窟の奥へ向かって、思い切り投げた。
「ふっ!」
メナシウオジラミの身体が、弾丸のような速度で飛んでいく。
俺は何食わぬ顔で元の位置へ戻った。
直後、時間の流れが元に戻る。
投げ飛ばされたメナシウオジラミが、遠くの岩壁へ激突した。
ドゴオオオオオオオンッ!!
轟音。爆炎。
洞窟全体が大きく揺れ、天井から細かな石が落ちてくる。
「きゃあっ!?」
「な、何!?」
「爆発!?」
女子大生三人が、一斉に音のした方向を振り返った。
俺は爆炎の方を指差し、可能な限り驚いた顔を作る。
「あっ、あの爆発は一体なんなんだ!? もしかして、誰かが爆発系スキルを使ったとか!?」
今度は、我ながらひどい棒演技だった。
しかし、ナツミさんの瞳が大きく見開かれる。
「ひょ、ひょっとして……ダイナマイト練馬!?」
「本当にこのダンジョンにいるの!?」
「今なら間に合うかも!」
三人が一気に色めき立つ。
どうやら、誰も俺の演技を疑っていない。
助かった。
世の中、勢いというのは大切らしい。
「もし姿を映せたら、百万再生間違いなし!! 行くよ、二人とも!!」
「うん!」
「逃がさないよぉー!」
ナツミさんたちは、海水を盛大に蹴り上げながら、爆発した方向へ走り出した。
「じゃあね、ロミオさん!! 今度、絶対コラボしましょーねぇーー!!」
「しません!」
俺の拒絶は、既に彼女たちの耳へ届いていなかった。
三人の背中が、洞窟の奥へ消えていく。
──今だ。
俺は周囲を見回し、岩陰から尻尾だけを覗かせているフランを発見した。
駆け寄り、その小さな身体を片腕で抱え上げる。
『うにゃっ!?』
「今だ! スキルのノルマもこなせたし、逃げるぞ!」
『ちょ、おみゃー! もっと丁寧に抱えるにゃ!』
俺はフランを小脇に抱えたまま、女子大生たちとは反対方向へ走り出した。
これで今日のノルマは五発すべて消化できた。
ダイナマイト練馬についても、完全に別人だと誤魔化せたはずだ。
あとは地上へ戻り、今日一日を無事に終えるだけだ。
『……おみゃー、さっきの……よかったのかにゃ?』
「何が?」
『いや、あんなに派手に……』
「大丈夫だって。ダイナマイト練馬が別の場所にいるように見せかけたんだから、上手く誤魔化せてただろ?」
『…………』
フランが、何とも言えない顔で俺を見上げる。
「何だよ、その顔」
『……まあいいにゃ。おみゃーがいいなら、いいにゃ』
「変な奴だな」
俺は首を傾げながら、地下五階の出口へ向かって走り続けた。
この時の俺はまだ知らなかった。
ダイナマイト練馬の疑いを逸らすことばかりに必死で、自分が別の意味で、世間から盛大に注目され始めていることに。
そして、配信系探索者三人娘との出会いが、俺の望む平穏な人生を、さらに遠い場所へ吹き飛ばしていくことになるとは、夢にも思っていなかったのだった。




