第32話 指先一つで爆死さ
しばらく進むと、俺たちは目的の部屋へ辿り着いた。
壊れた海賊船の貨物室だったらしく、床には腐った木箱や、錆びた武器が散乱している。
部屋の中央には、五体のモンスターがいた。
人間より一回り大きな体。
青緑色の鱗。
魚のような頭部と、鋭い牙。
二足歩行する半魚人──サハギンだ。
五体とも、先端がギザギザに分かれた長槍を手にしている。
「しめた……ちょうど五体だ!」
『近くに人間の反応はねーにゃ』
フランが目を閉じ、再び前脚へ魔力を集める。
『念のため、人払いの結界も張ってやるにゃ』
「そんなことまでできるの? あ、そういえば、板橋第一のボス部屋でもそんな事言ってたような……」
『多少の物音なら、周りにいる奴らが気にしなくなる結界にゃ。音を完全に消すんじゃなく、意識をこっちへ向けにくくする魔法にゃ』
フランの身体から淡い光が広がり、貨物室全体を薄い膜のように包み込んだ。
特に見た目の変化はない。
だが、結界の外から聞こえていた水音や遠くの戦闘音が、わずかに遠ざかったように感じる。
『これで、ちょっとくらいの騒音なら平気にゃ』
「フラン……お前、本当に頼れる従魔だったんだな」
『今さら気づいたのかにゃ』
「上手く五体を一匹ずつ爆破できれば、ここで今日のノルマが全部終わる!」
『だから、そう言ってるにゃ』
俺は物陰へ身を隠しながら、足元を探した。
「それじゃあ、さっそく投げる小石を……」
『ちょい待つにゃ』
フランが俺のズボンの裾を前脚で引っかいた。
「なんだよ」
『おみゃー、また石をぶつけて爆破するつもりなのにゃ?』
「まぁ、そうだけど」
『何でにゃ』
「近くで殴ったら、爆発に俺まで巻き込まれるだろ」
『部屋でゴキブリを爆破した時から思ってたんにゃが──』
フランが、俺の顔を見上げる。
『おみゃーのスキル、攻撃が当たってから爆発するまで、一拍分くらいラグがあるにゃ』
「ラグ?」
『そうにゃ。攻撃された相手が──カッ! って光ってから、爆死してたにゃ』
「確かに……」
思い返してみる。
ゴキブリ。
ミノタウロス。
スケルトン・ジェネラル。
どの時も、攻撃が命中した直後に身体が光り、それから爆発していた。
攻撃した瞬間に爆発するわけではない。
『おみゃーの今のスピードなら、近くで殴ってから、爆発する前に離れられるんじゃにゃーのか?』
「なるほど……」
いつも都合よく、投げるための石が落ちているとは限らない。
手投げ武器をあらかじめ準備しておく手もあるが、敵が入り乱れる状況では、狙いを外す危険もある。
接近攻撃で【一撃必死】を発動できれば、爆破する対象も正確に選べるはずだ。
新しくもらった腰の武器へ目を落とす。
試してみたい気持ちはある。
だが、晴子さんからもらったばかりの武器を、いきなり爆発に巻き込んで壊すのは怖い。
まずは素手で、安全な攻撃方法を確認するべきだろう。
「やってみる価値はあるか」
『にゃ。おあつらえ向きに、一匹だけ群れから離れてる奴がいるにゃ。アイツを軽く殴ってスキル発動前に離脱してみるのにゃ』
見ると、一体のサハギンが仲間から離れ、部屋の端をうろついている。
俺たちには、まだ気づいていない。
「よ、よし……」
俺は物陰から身体を出し、腰を低く落とした。
軽く殴る。
サハギンが光ったら、すぐに離れる。
それだけだ。
「どりゃあああっ!」
床を蹴る。
瞬間、周囲の景色が引き伸ばされた。
この、集中するとスローモーションになるやつ、なんなんだろうか。
空中を漂う水滴。
こちらを振り向こうとするサハギン。
仲間の異変に気づいて顔を上げる、残りの四体。
すべてが、スローモーションのように見える。
狙いを定めたサハギンは、反応すらできていなかった。
俺はその腹部へ拳を叩き込む。
そして、勢いを止めず、そのまま脇を通り抜けた。
「【一撃必死】発動……えっ?」
俺が振り返る。
サハギンの身体は光っていなかった。
代わりに──
パァンッ!!
サハギンの上半身が、俺の拳の威力だけで粉々に弾け飛んだ。
「…………」
『…………』
下半身だけになったサハギンが、その場へ崩れ落ちる。
スキルが発動した形跡はない。
『バッカ!! 強すぎにゃ!!』
「そんなことある!?」
フランの怒号が貨物室へ響いた。
『軽く殴れって言ったのに、何で粉々にしてんにゃ!』
「軽く殴ったよ!」
『どこがにゃ! 上半身なくなってるにゃ!』
「俺の感覚では軽く小突いたくらいだったんだよ!」
どうやら【一撃必死】は、攻撃した時点で対象が生きている場合に発動するらしい。
攻撃そのもので相手を即死させた場合、スキルは発動しない。
当然、使用回数も消費されない。
ゴキブリに対して発動したのは、叩き潰しても僅かに生きていたゴキブリの信じ難い生命力の賜物らしい。
すごいな、ゴキブリって。
「いや、むっず! やっぱり石を投げた方がいいんじゃ……」
『諦めんにゃ!!』
フランが床を叩く。
『もっと手加減するにゃ! たとえば、こう……指でツンツンするとか、そういう攻撃で試すにゃ!』
「指でツンツン……」
仲間を倒された残り四体のサハギンが、俺へ気づいた。
濁った眼を見開き、四体同時に雄叫びを上げる。
「ギョアアアアアッ!!」
「ギャアアアッ!!」
槍を構え、こちらへ突進してきた。
『来たにゃ!』
「わ、分かった! 今度こそ手加減する!」
俺も四体へ向かって走り出す。
再び、周囲の景色が遅くなった。
正面のサハギンが突き出す槍を横へかわす。
すれ違いざま、その胸元へ人差し指を伸ばした。
「ツンッ!」
ズブッ!
「えっ」
軽く触れたつもりだった指が、サハギンの鱗へ深々とめり込んだ。
だが、辛うじて即死はしていない。
「これくらいか!」
二体目。三体目。四体目。
「ツンッ! ツンッ! ツンッ!」
ズドドドドッ!
通り過ぎざま、人差し指で四体の胸元を次々と突く。
触れるたびに鱗が陥没し、指先が肉へ突き刺さった。
かなり痛そうだ。
だが、全員まだ生きている。
「【一撃必死】……!」
四体の身体が、同時に白く輝いた。
「ギョッ!?」
「ギャアッ!?」
俺は勢いを止めず、さらに前へ走る。
背後で、光が膨れ上がる。
──カッ!!
次の瞬間。
ボガァァァァァンッ!!
四体のサハギンが、同時に大爆発した。
爆炎が貨物室を埋め尽くし、腐った木箱や錆びた武器が四方へ吹き飛ぶ。
床板がめくれ上がり、座礁した船体全体が激しく震えた。
「どわあああっ!?」
『にゃああああっ!?』
離れたつもりだった俺とフランまで、爆風に煽られて吹き飛ばされる。
俺は空中で身体を捻り、何とか両足で着地した。
フランは毛玉のように地面を転がり、壊れた木箱へ頭から突っ込む。
『ば、爆破の規模がデカ過ぎるにゃ!!』
「四体同時は、ちょっと威力が大きかったな……」
『ちょっとじゃねーにゃ!』
爆炎の中で、四体分の光の粒子が宙へ舞っていく。
人差し指で突いた相手が、数秒後に爆発する。
なんだろう。
まるで、一子相伝の怪しい暗殺拳みたいだ。
俺は咄嗟にステータスウィンドウを開く。
──────────────────
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:1/5
リセットまで
11:35:37
──────────────────
「やった!! 四発! 四発消化できた!」
『喜んでる場合じゃねーにゃ!』
フランが木箱から顔を引き抜く。
その瞬間、貨物室を覆っていた薄い光の膜が、ガラスのような音を立てて砕け散った。
パリンッ!
『にゃっ!?』
フランが目を見開く。
『今の衝撃で、人払いの結界が破れたにゃ!』
「えっ」
『まずいにゃ、ロミオ! 今の爆発音、周りに丸聞こえにゃ!』
「うえぇっ!?」
ミニマップへ視線を向ける。
離れた場所にあった青い点が、次々と動き始めていた。
明らかに、こちらへ向かっている。
『ズラかるにゃ!!』
「で、でも四発! 今日はもう四発消化できた!」
『それはもう分かったにゃ!! しつけーにゃ!! それより今は逃げるにゃ!!』
「ああ、分かってる!」
俺はフランを脇へ抱え、貨物室の出口へ向かって駆け出した。
『また急に持ち上げんにゃ!』
「非常事態だから!」
『雑に掴むんじゃねーにゃ! セクハラにゃ!!』
「今それどころじゃないだろ!」
背後から、複数の探索者の声が聞こえてくる。
「今の爆発、何!?」
「この先だ!」
「モンスターの攻撃か!?」
「爆発……まさか、今話題の……ダイナマイト練馬!?」
俺はミニマップで青い点を避けながら、沈没船の通路を全力で駆け抜ける。
今日のノルマ、残り一発。
そして、またしても正体発覚の危機。
頼れる従魔がいれば、今日は静かに終わるかもしれない。
一瞬でもそう思った俺が、馬鹿だった。




