第29話 新たな武器
「……本当に、泊まっていかなくて大丈夫?」
春日井武具店の入り口で、春日井さんが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
焦げてボロボロだった学ランは、紙袋に入れてもらった。
今の俺が身に着けているのは、春日井さんのお父さんが若い頃に着ていたという白いTシャツとジャケット、黒いスラックスだ。
住む家も着替えもなくした俺にとって、これだけでも十分すぎるほどありがたい。
なのに、さらに泊めてもらうなんて──
「だ、大丈夫です!」
俺は反射的に背筋を伸ばした。
「親戚の家に、泊めてもらうつもりなのでっ!」
「そうなの?」
「はい! もちろんです!」
嘘だった。
泊めてくれる親戚などいない。
というより、頼れるような親戚がいたら、そもそも公園のベンチで途方に暮れてはいない。
『…………』
足元に座っていたフランが、じっと俺を見上げる。
春日井家にいる間、フランは喋る猫だと悟られないよう、徹底して普通の猫を演じていた。
今も鳴き声一つ上げず、丸い目で俺を見つめている。
だが、何を考えているのかは手に取るように分かった。
(泊めてくれる親戚なんていねぇくせに、見栄張ってんじゃねーにゃ)
絶対にそう思っている。
やめて。
そんな憐れな生き物を見るような目で、飼い主を見るんじゃない。
「でも……」
春日井さんは、まだ不安そうだった。
「さっきは帰る家がなくなったって言ってたし、本当に困ってるなら、遠慮しなくてもいいんだよ?」
「い、いえ! そこまでしていただくわけには!」
「うちは部屋も余ってるし、お母さんも別にいいよね?」
「あら〜?」
隣で話を聞いていた晴子さんが、楽しそうに頬へ手を添えた。
「咲良ったら、ずいぶん大胆ね〜」
「え?」
「出会って二日目の男の子を、家に泊めたいだなんて〜」
「ちょっ!?」
春日井さんの顔が、一気に赤くなった。
「もう! お母さん! そういうんじゃないってば!」
「じゃあ、どういうの〜?」
「門田くんが困ってるから心配してるだけ!」
「はいはい。そういうことにしておくわ〜」
「本当にそういうことなの!」
春日井さんは必死に否定している。
対する晴子さんは、娘の反応を楽しむように笑っていた。
俺はどういう顔をすればいいか分からず、二人からそっと視線を逸らす。
『…………』
すると、今度はフランが俺の顔を見上げてきた。
なんだよ。今度は何を言いたい。
(泊めてもらえばいいじゃにゃーか。とんだヘタレ野郎にゃ)
おそらく、そんなところだろう。
うるさい。何も言ってないけど、顔がうるさい。
お前は黙っていれば、他人の家でも平然と寝泊まりできるだろうが、俺には色々とあるのだ。
クラスメイトの女子の家に泊まったなどと学校で噂になれば、「スキルに目覚めたそばからクラスの女子に粉かけてる調子乗りクソ野郎」として、平穏な高校生活が完全に終わる。
すでにスキルに目覚めたことで注目を集めているのだ。
これ以上、目立つ要素を増やすわけにはいかない。
「とにかく、本当に大丈夫ですから」
「……無理してない?」
「してません」
「本当に?」
「本当です」
「絶対?」
「絶対です」
春日井さんの真っ直ぐな瞳に耐えながら、俺は嘘を重ねた。
罪悪感がすごい。
しかし、ここで折れるわけにはいかない。
春日井さんは、なおも納得していない様子だったが、やがて小さく息を吐いた。
「分かった。でも、本当に困ったら連絡してね?」
「はい。ありがとうございます」
「絶対だよ?」
「はい」
「約束だからね?」
「……はい」
念を押されすぎて、少しだけ胸が痛くなった。
こんなに心配してくれている相手へ、俺は嘘をついている。
いつか、きちんと恩を返さなければならない。
「あっ、そうだわ〜」
その時、晴子さんが何かを思い出したように手を叩いた。
「ちょっと待っててね〜」
「え?」
晴子さんは店の奥へ戻っていった。
しばらくすると、小さな黒いケースを両手に持って戻ってくる。
それは二本の筒を収めるように作られた、革製のホルスターだった。
中に入っているのは、黒い金属製の柄。
長さは俺の手のひらより少し長い程度で、一見しただけでは武器には見えない。
握り部分には滑り止めが巻かれ、小さな金属製の突起が付いていた。
「これも持っていって〜」
「えっ?」
晴子さんは、腰へ装着するためのベルトごと、ホルスターを俺へ差し出した。
「これは……?」
「探索者用の武器よ〜」
「武器?」
俺はケースの中に収まった二つの柄を見る。
どう見ても、刃は付いていない。
棍棒にしても短すぎる。
何か特殊な武器なのだろうか。
「でも、俺、あまりお金を持っていなくて……」
「いいの、いいの。初回サービスよ〜」
「初回サービスで武器を二つも!?」
「わたしが作った、この新しい商品の試作品なのよ〜」
晴子さんは胸を張った。
「ちゃんと区の携行認定も取ってあるから、探索者登録をしていれば持ち歩いて大丈夫。もちろん、街中で勝手に使っちゃ駄目だけどね〜」
「そんなものを、無料でいただくわけには……」
「だって門田くん、制服のまま、素手でダンジョンに入ったんでしょう?」
「うっ……」
痛いところを突かれた。
正確には石を投げたり、一本背負いもしたが、まともな武器を持っていなかったことに変わりはない。
「せっかくスキルに目覚めたのに、また丸腰でダンジョンに入られたら、こっちが心配なのよ〜」
「でも……」
「それに、門田くんみたいな格好いい探索者が使ってくれたら、お店の宣伝にもなるでしょう?」
「俺が宣伝に……?」
「そうそう。店頭モデルみたいなものよ〜」
「そ、それなら……」
俺みたいなもんが、広告として役に立つとは、とても思えない。
だが晴子さんは、俺に気を使わせないため、あえて商売上の理由を付けてくれているのかもしれなかった。
「お母さんの武器、すごいんだよ!」
春日井さんも、嬉しそうに笑う。
「お店に来る探索者の人にも人気なんだから。門田くんにも、きっと役に立つと思う!」
「春日井さん……」
二人がここまで言ってくれているのに、断り続ける方が失礼だろう。
俺は差し出されたホルスターを両手で受け取った。
見た目から想像したより、わずかに重い。
小さな柄の中に、何かが仕込まれているようだった。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「使い方は、柄の横にあるスイッチを押すだけよ〜」
「スイッチ……」
「ただし、絶対にダンジョンへ入ってから試してね。ここで押したら危ないから〜」
「分かりました」
俺はホルスターのベルトを腰に巻いた。
左右の腰に一つずつ柄が収まる形になっている。
ジャケットとも意外に馴染み、鏡があれば少し確認してみたいと思うくらいには、探索者らしい格好になった。
「似合ってるよ、門田くん!」
「ありがとうございます」
「うんうん。旦那が若い頃、初めて武器を持った時を思い出すわ〜」
「……必ず、お返しします」
「返さなくていいのよ〜」
「いえ、武器そのものではなく」
俺は春日井さんと晴子さんへ向き直る。
「いつか、今日いただいた恩を返します」
「門田くん……」
「あら〜」
二人が少し驚いた顔をする。
俺は深く頭を下げた。
「服も、武器も、本当にありがとうございました」
「そんなに畏まらなくていいのに〜」
「そうだよ。私たちが好きでやったことなんだから」
「それでも、ありがとうございました」
今の俺には、すぐに返せるものが何もない。
だが、いつか必ず。
春日井家が困った時には、今度は俺が力になろう。
俺はそう心に決めた。
「それじゃあ、失礼します」
「気をつけてね! また明日、学校でね!」
「いつでも遊びに来てね〜」
「はい」
俺は二人に見送られながら、春日井武具店を後にした。
フランも俺の横を、普通の猫らしく四本足で歩いている。
店の扉が閉まり。
春日井親子の姿が見えなくなる。
俺たちは、そのまま商店街を少し歩いた。
『…………』
フランは、まだ黙っている。
何となく嫌な予感がした。
「もう喋っていいぞ」
『おみゃー、バカじゃねーのかにゃ!?』
「開口一番、それかよ!」
フランが盛大に声を上げた。
『泊めてもらえる親戚なんて、一人もいねーくせに! なんで見栄張って断ったんにゃ!?』
「見栄じゃない! 遠慮だ!」
『遠慮して野宿する奴は、ただのアホにゃ!』
「野宿すると決まったわけじゃない!」
『じゃあ今夜、どこで寝るつもりにゃ!?』
「それは……」
答えに詰まった。
公園。ネットカフェ。
二十四時間営業の店。
所持金を考えると、選択肢はあまり多くない。
『ほれ見ろにゃ!』
「うるさい! 女子の家に泊まるのは色々と問題があるんだよ!」
『何が問題なんにゃ?』
「学校で変な噂が流れるだろ!」
『噂くれぇ流れたから何なのにゃ? あの人間の女……サクラだって、おみゃーのこと満更でも無さそうだったにゃ。噂になって喜ぶかもしれねぇにゃ』
「えぇ!? そ、そんな訳ないだろ!! そもそも、高校生の男女が同じ屋根の下に寝泊まりするなんて、常識的に考えて控えるべき行動であってだな……」
あたふたと言い訳を並べる俺に、フランは忌々しそうに牙をカチッと鳴らす。
そして、カァーーッ……ペッ!!と毛玉を道路に吐き出し──
『おみゃーみたいなヘタレが、昨今の少子高齢化を推し進めてんにゃ』
吐き捨てる様に言う。
ガラが悪すぎる。
猫にこんな罵倒されるほど、俺の選択は間違ったものだったのだろうか。
だが、今さら戻って「やっぱり泊めてください」と言えるほど、俺の面の皮は厚くなかった。
『しかも、親切にしてくれた女に嘘までついてにゃあ』
「それは反省してるよ……」
『ニャーは知らねーにゃ。夜になって泣きついてきても、ニャーの尻尾は貸さねーからにゃ』
「尻尾を借りて何になるんだ」
『枕になるにゃ』
「いらないよ、チリチリじゃん」
『誰のせいにゃ!?』
フランの怒鳴り声が、商店街に響く。
何人かの通行人がこちらを見たため、俺は慌ててフランを抱き上げた。
「静かにしろ。喋る猫だとバレるだろ」
『むぐっ』
フランの口を片手で塞ぎながら、俺は足を速める。
今は宿泊場所よりも、先に片づけなければならない問題がある。
「とりあえず、今日のノルマを消化しないとな」
フランは俺の腕の中から飛び降りた。
『今日も五発、何かにぶち込まねーと、おみゃーが木っ端微塵になるにゃ?』
「ああ、その通りだ」
現在時刻は、まだ昼前。
時間には余裕がある。
とはいえ、夜までに確実に五回使い切らなければならない以上、後回しにするのは危険だった。
「まずは、どこかのダンジョンに入らないと」
『板橋第一に戻るかにゃ?』
「絶対に嫌だ」
先ほどの公園で見かけた探索者たちの姿を思い出す。
板橋第一ダンジョンでは、俺がボスを倒した痕跡が発見された。
今頃、入口周辺にはダイナマイト練馬の正体を探る探索者や配信者が集まっているだろう。
練馬第三ダンジョンも同じだ。
ミノタウロスが爆発四散した映像が広まり、謎の探索者を探す人間で溢れている。
そんな場所で再び五回も爆発を起こせば、自分から正体を名乗っているようなものだ。
「練馬区と板橋区は避けよう」
『じゃあ、どこ行くにゃ?』
「少し足を延ばす。豊島区のダンジョンなら、まだ俺の噂もそこまで広がってないはずだ」
『ダイナマイト豊島の誕生にゃ』
「うるさい、フランチェスカ板橋」
『その名前もおみゃーのせいにゃ!!』
俺たちは電車へ乗り、豊島区へ向かった。




