第27話 春日井武具店
公園から歩くこと、十分ほど。
春日井さんが足を止めたのは、商店街の一角にある大きな店舗の前だった。
建物自体は二階建て。
入り口の上には、剣と盾が交差した形の看板が掲げられている。
その中央には、力強い筆文字で店名が書かれていた。
『春日井武具店』
「武具店……?」
「うん。ここ、私の家なの」
「春日井さんの家、武具屋だったんですか?」
「そうだよ!」
武具店。
約二十年前、世界中へダンジョンが現れてから、急速に増えた業種の一つである。
ダンジョンから採取された素材を加工し、探索者向けの武器や防具として販売する専門店。
モンスターの牙から作られた短剣。
硬い甲殻を用いた盾。
魔力を通しやすい繊維で編まれたローブ。
ダンジョン素材には、既存の金属や化学繊維では再現できない性質を持つものが多い。
そのため、現代の探索者にとって武具店は欠かせない存在となっていた。
(春日井さんの家、武具店だったのか……)
そういえば、教室で探索者やダンジョンの話が出た時、春日井さんは妙に詳しかった気がする。
家庭環境を考えれば当然だったらしい。
「ただいまー!」
「お邪魔します……」
『にゃー』
春日井さんに続き、店内へ入る。
壁には剣や槍、斧などの武器が並び、反対側の棚には防具やバッグ、携帯食料などが置かれていた。
武器屋というより、探索者用の総合用品店に近い。
店の奥にあるカウンターでは、一人の女性が帳簿らしきものを眺めていた。
年齢は、ニ十代後半くらいに見える。
長い茶色の髪を後ろで一つにまとめている。
目元や笑った時の雰囲気が、春日井さんによく似た綺麗な女性だった。
「いらっしゃいませ〜……って、なんだ。咲良か〜」
「ただいま、お母さん」
「おかえり〜」
女性は顔を上げ。
俺を見る。
一度、瞬きをする。
それから、大きく目を見開いた。
「あら?」
「…………」
「あらあら?」
「お母さん?」
「おやおやおや〜?」
お母さん? 春日井さんの?
随分と若く見える。とても、高校生の娘がいるとは思えない若々しさだ。
いや、それはともかく──
なんだろう。
ものすごく嫌な予感がする。
「咲良。そのイケメン君は誰なの〜?」
「えっ」
「ひょっとして、カレシ〜?」
「ちょっ!?」
春日井さんの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「や、やめてよ、お母さん!!」
「だって、咲良が男の子を家に連れてくるなんて初めてじゃない〜」
「違うから! こちら、門田露澪くん! 同じクラスで、隣の席になったクラスメイトだよっ!」
「門田……?」
女性は俺の名前を聞くと、ぽんと手を叩いた。
「ああ〜! キミが噂の門田くんね!」
「噂……?」
「一学期の初日からスキルに目覚めたっていう!」
「もう、そこまで広まってるんですか……?」
「咲良から聞いたのよ〜」
「しゃべったの、お母さんにだけだよ!?」
春日井さんが慌てて付け加えた。
「クラスの男子が突然スキルに目覚めて、しかも背も高くて、すっごいイケメンだって話してたじゃない〜」
「そんなこと言ってない!」
「あら、そうだったかしら〜?」
「そうだよ!」
春日井さんは顔を赤くして抗議している。
一方の俺は、別の意味で頭を抱えたくなっていた。
(クラスメイトの保護者にまで認識されてる……)
スキルへ目覚めたことも。
偽イケメンであることも。
全部、話題になっている。
目立たず、平凡な高校生活を送るという俺の目標が、物凄い勢いで遠ざかっていた。
「それにしても、本当に聞きしに勝るイケメンっぷりじゃないの〜」
「あ、ありがとうございます……」
「背も高いし、体つきもしっかりしてるし〜」
「あ、ありがとうございます……」
「あっ、自己紹介がまだだったわね」
女性はカウンターから出てくると、にこやかに笑った。
「咲良の母の、春日井晴子です。この春日井武具店の店主をしてるの。よろしくね〜」
「門田露澪です。お邪魔しています」
『にゃー』
フランも普通の猫らしく鳴いた。
「あら〜、猫ちゃんも一緒なのね。随分個性的な毛並みだけど〜」
『…………』
「か、かわいいですよね」
「うん。チリチリでかわいいわ〜」
『…………』
フランの頬が引きつっている。
頼むから今は喋らないでくれ。
「ところで、門田くん」
晴子さんが、改めて俺の姿を見た。
「その制服、どうしたの? ダンジョン帰りにしても、随分派手にやられてるみたいだけど〜」
「あー……」
どう説明したものか。
正直に『一日五回使わないと自分が爆死する即死スキルで、部屋ごとゴキブリを爆破しました。』
などと言えるはずがない。
「制服がボロボロになったのは……その、制服のままダンジョンに入ったからです」
「まあ!」
「着替えを持っていないのは、住んでいたアパートで火事がありまして……」
「火事!?」
春日井さんが大声を上げた。
「門田くんの家、火事になったの!?」
「まあ……そんな感じです」
「怪我は!? 他の住人の人は大丈夫だったの!?」
「幸い、怪我人はいません。建物も、全焼まではしていないので」
「よかったぁ……」
春日井さんが、心底安心したように胸を撫で下ろした。
その姿を見て、胸が痛む。
(春日井さん、本気で心配してくれてる……)
ごめんなさい。
本当は火事というより、俺が爆心地です。
他の住人が無事だったのは、本当に不幸中の幸いだった。
「でも、部屋には戻れなくなってしまって」
「だから、帰る家がないって……」
「はい」
春日井さんは、何とも言えない顔で俺を見る。
事情を細かく尋ねたいようだったが、やはり深くは踏み込んでこなかった。
「お母さん!」
春日井さんが晴子さんへ振り返る。
「門田くんに、何か着るものを貸してあげられないかな?」
「そうね〜」
晴子さんは腕を組み、俺を上から下まで眺めた。
「さすがに、その格好のまま放っておくわけにはいかないわよね〜」
「い、いえ。そこまでしていただかなくても……」
「遠慮しないの」
晴子さんは笑った。
だが、その目は俺の制服ではなく。
俺の顔や、背丈。
そして、焦げて破れた学ランの向こうにある体つきを確かめるように、静かに見つめていた。
「咲良から聞いてたのよ〜」
「何をですか?」
「同じクラスの男の子が、スキルホルダーになったって」
「……はい」
「だから、ちょっとだけ気になってたの」
晴子さんの目が、ほんの僅かに細められる。
「どんな子なのかな〜って」
笑顔は変わらない。
けれど、その声には、先ほどまでとは違う懐かしさのようなものが混じっていた。
「ついてきて。サイズが合いそうな服を探してあげる」
「でも……」
「いいから、いいから〜」
晴子さんは店の奥へ続く扉を開けた。
「咲良は、猫ちゃんに何か食べさせてあげて〜」
「うん!」
『にゃっ』
食べ物という言葉に、フランの耳がぴくりと動いた。
この猫、普通の猫の演技をする必要がないくらい、食べ物に釣られている。
「門田くん、こっちよ〜」
「……お言葉に甘えます」
俺は晴子さんの後に続き、店の奥へ向かった。




