第25話 謎の英雄、家を失う
「門田くん。いい加減にしてくれ」
「はい……すみません……」
俺は警察署の椅子へ座り、身体をできる限り小さく縮めていた。
目の前にいるのは、若い男性警察官。
一昨日、俺が初めて部屋を爆破した時にも、事情聴取を担当してくれたお兄さんである。
まさか二日後、同じ警察官と同じような状況で再会することになるとは思わなかった。
できれば、二度と会いたくなかった。
向こうも同じ気持ちだと思う。
「スキルへ目覚めて間もない人間が、能力を制御できずに事故を起こす。そういう例は、僕も何度か見てきた」
「はい……」
「壁を壊したり。窓ガラスを割ったり。家電を凍らせたり。家の中に木を生やした子もいた」
「木を……」
「天井を突き破るくらいの大木だったよ」
「それは大変ですね……」
「他人事みたいに言わないでくれる?」
警察官の声が、少しだけ低くなった。
「すみません……」
「でもね」
警察官は深く息を吐いた。
「こんな短期間で、二度も爆発事故を起こしたスキルホルダーは、キミが初めてだよ」
「返す言葉もございません……」
「あと、なんか……キミ、一昨日よりデカくない?」
「せ、成長期なので……」
さらに縮こまる。
もうこのまま小さくなって、床の隙間へ入り込みたい。
レベル五十を超えたせいで、以前より身体が大きくなっているのが悔やまれる。
「前回、“もう二度と起こしません”って言ってたよね」
「言いました……」
「三日も保たなかったね」
「……はい」
「あまりにも、ハイペースだと思わないかな?」
「はい……」
何も反論できない。
全部事実である。
俺だって、好きでゴキブリを二日連続爆破したわけではない。
だが、それを説明するためには、
毎日五回攻撃しなければ自分が爆発四散して死ぬこと。
ダンジョンで喋る猫と出会ったこと。
その猫と従魔契約したこと。
レベルが五十を超えていること。
その他諸々、絶対に説明したくない秘密を話さなければならない。
だから今回も──
目覚めたばかりのスキルが暴発しました。
ということで押し通した。
「……アパートの大家さんについてだけど」
「はい」
警察官が、机の上の書類へ視線を落とした。
「スキル事故保険が適用されることになった。建物の修理費については、保険会社との協議になる」
「本当ですか?」
「ああ。少なくとも現時点では、君へ直接、全額の賠償請求をするつもりはないそうだ」
「よ、よかった……」
胸を撫で下ろす。
高校生の身で、アパート一室分の修理費など払えるはずがない。
下手をすれば、借金を抱えたまま人生が終わるところだった。
「──ただし」
「……はい」
警察官の声が重くなった。
嫌な予感がした。
「大家さんから、君へ伝言がある」
「伝言?」
「もう、戻って来ないでほしいそうだ」
「……え?」
思考が止まった。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
警察官は困ったように眉を下げた。
「大家さんも、君を恨んでいるわけではない。目覚めたばかりのスキルを制御できないことには、同情している」
「じゃあ……」
「でも、さすがにこの短期間で二度も爆発事故を起こした住人を、これ以上住ませることはできない、と」
「…………」
「一度目は、事故だった。二度目も、事故だったのかもしれない」
「はい……」
「だけど、三度目が起きたら、今度こそ建物そのものがなくなるんじゃないかと怯えている」
「…………」
何も言えない。
大家さんの気持ちは、よく分かる。
こんな、いつ爆発するか分からない爆発物みたいな住人、俺が大家でも追い出す。
何がなんでも、絶対に追い出す。
むしろ、一度目で追い出さずにいてくれたことへ感謝した方がいい。
「焼け残った荷物は、後日まとめて送ってくれるそうだ」
「送るって、どこに……?」
「そこを、これから決めてもらうことになる」
警察官は、机の向こうから真剣な目を向けてきた。
「今日のところは、近くの親戚か、友人の家へ泊めてもらいなさい」
「…………」
「それから、ご両親へ連絡して、できるだけ早く新しい住居を決めてもらうこと」
「…………」
「門田くん?」
「……はい」
小さく返事をした。
近くの親戚──いない。
泊めてもらえる友人──いない。
両親──連絡できない。
「分かったね?」
「……はい」
「本当に?」
「分かりました……」
分かった。
分かったけれど、どうにもならない。
◇◆◇
警察署を出る。
外には、穏やかな春の日差しが広がっていた。
空は青い。風も爽やか。
休日の朝らしく、通りを歩く人々の表情も明るい。
俺だけが、世界から置き去りにされているようだった。
制服は、昨日の爆発でさらにボロボロになっている。
袖は焦げ。裾は裂け。
髪にも僅かに煤が残っている。
財布とスマートフォンだけは無事だった。
だが、帰る家はなくなった。
(どうしよう……)
スキルへ目覚めて、まだ三日も経っていない。
ゴキブリを爆破し。
変異種を爆破し。
レベル五十を超え。
喋る猫と契約し。
そして今、住所を失った。
(俺、スキルに目覚めて三日で路上生活者になるの……?)
人生の転落速度がおかしい。
レベル上昇より速いのではないだろうか。
警察署の階段を下りようとした、その時。
『ようやく出てきたにゃ』
聞き覚えのある声がした。
正面の植え込み。
茂みの中から、灰色の猫が姿を現す。
『どうにゃ? シャバの空気はうまいかにゃ?』
フランだった。
警察署へ喋る猫を連れていくわけにはいかないので、外で待ってもらっていたのだ。
ただし。
昨日までの、艶やかなアメリカンショートヘアーの姿ではない。
全身の毛が、爆風によってチリチリになっていた。
耳の周囲。頬。背中。尻尾。
見事なまでに細かく縮れ、まるで全身へ強烈なパーマを当てたようになっている。
「…………」
俺はフランを見つめた。
『なんにゃ?』
フランが首を傾げる。
チリチリの頬毛も一緒に揺れた。
「ブッ……!」
『何笑ってるにゃ!?』
フランが毛を逆立てた。
ただし、すでに毛が縮れているため、逆立っているのかよく分からない。
『おみゃーのクソスキルのせいで、ニャーのツヤツヤ毛並みが台無しになったのにゃ!!』
「ご、ごめん……でも、その毛……」
『笑うにゃ!』
「チリチリ……」
『ぶん殴るにゃ!?』
フランは後脚で立ち上がり、前脚を振り回した。
『謝罪と賠償を要求するにゃ! 最高級のブラシと、高級トリートメントと、毎日大間のマグロを要求するにゃ!』
「そんなこと言われても……」
俺は肩を落とした。
「こちとら、今日から住所不定なんだけど」
『にゃ?』
フランの動きが止まった。
『住所不定?』
「アパート、追い出された」
『…………』
「もう戻って来ないでほしいって」
『…………マジかにゃ?』
「マジです」
フランの金色の瞳が、ゆっくりと見開かれる。
そして、俺のボロボロの制服姿を上から下まで眺めた。
『おみゃー……住む場所ねぇのかにゃ?』
「ない」
『金は?』
「ほとんどない」
『親戚は?』
「近くにはいない」
『友達は?』
「いない」
『家族は?』
「……頼れない」
最後の言葉だけ、少し小さくなった。
フランは何か言いかけた。
だが、俺の顔を見て、口を閉じた。
「……そういえば」
俺は現実逃避するように、ステータスウィンドウを開いた。
昨日、スケルトン・ジェネラルを倒した後。
レベルアップの通知が三回流れていた。
数字を確認するのが怖くて、そのままにしていたのだ。
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名前:門田露澪
性別:男
年齢:十七歳
LV:56
STR:243
AGI:254
INT:257
MAG:248
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:5/5
リセットまで13:53:22
※注意:すべての使用回数を使い切らなかった場合、スキル所有者が爆発四散して死にます。
《称号》
【格上殺し】
【変異種討伐者】
【ダンジョン攻略者】
【妖精猫の主】
──────────────────
「…………」
レベル五十六。
三日前。
俺はレベル一だった。
世界最高レベルは、七十四。
当時、その差は七十三もあった。
今、差は、十八。
(あと十八しかない……)
おかしい。
何もかもおかしい。
強くなっている。
凄まじい速度で。
なのに──
金はない。
家もない。
制服はボロボロ。
隣にいる従魔はチリチリパーマ。
『……どうしたにゃ?』
「レベル、五十六になってた」
『はぁ!?』
フランの縮れた尻尾が、ぶわっと膨らんだ。
『お、おみゃー……レベル、五十六もあったのかにゃ……!?』
「うん……」
『化け物にゃ……』
「喋る猫に言われたくない」
俺はステータスウィンドウを閉じた。
フランも、何とも言えない顔で警察署を見上げる。
行く場所はない。
予定もない。
住居もない。
あるのは、一日五回使わなければ死ぬスキルと、世界の秘密を知っているらしい喋る猫だけ。
「…………」
『…………』
俺とフランは、並んで春の空を見上げた。
爽やかな日差しが、ボロボロの制服と、チリチリの毛並みを平等に照らしている。
そして──
ほとんど同時に、口を開いた。
「最悪だ……」
『最悪だにゃ……』




