第23話 新たな仲間、終わる生活
フランチェスカ板橋。
それが、俺が従魔契約を結んだ妖精猫の名だ。
名付けたのは俺だけど。
正式名称を毎回呼ぶには、あまりにも長い。
何より、本人がその名前を聞くたびに毛を逆立てて怒る。
そのため、フランと呼ぶことにした。
『勝手に略すんじゃねぇにゃ』
「じゃあ、フランチェスカ板橋って呼ぶ?」
『……フランでいいにゃ』
本人の了承も得た。
俺はフランを抱え、アパートへ戻った。
当然ながら、ペット禁止の物件である。
誰かに見つかるわけにはいかないので、フランには俺の制服の上着の中へ入ってもらった。
『くっせぇにゃ。犬のクソみてぇな臭いがするにゃ』
「今日はゾンビのいるダンジョンに行ってたんだから仕方ないでしょ」
『ニャーまで臭くなったらどうしてくれるにゃ』
「そしたら、洗ってやるから」
『猫は水が嫌いなのにゃ!』
「妖精猫も、水は嫌いなんだ……」
幸い、大家さんや他の住人には見つからなかった。
昨日俺が起こした爆発騒ぎのせいで、知人宅やホテルへ泊まりに行った住人が多かったのが功を奏したのかもしれない。本当にすみませんでした。
部屋の鍵を開け、中へ入る。
照明をつけた瞬間。
上着の中から顔を出したフランが、部屋を見回した。
『きったねぇアパートだにゃ』
「第一声がそれ?」
『おみゃーほどの探索者が、なんでこんな爆発事故現場みてぇな部屋に住んでるんにゃ?』
爆発事故現場みたい、ではない。
実際に爆発事故現場である。
昨日、スキルに目覚めた直後。
ゴキブリへのダイレクトアタックに【一撃必死】が誤発動した結果、部屋の大部分が吹き飛んだ。
壁は焦げている。
割れた窓はブルーシートで覆われている。
ベッドの一部も黒く焼け焦げたままだ。
警察や管理会社には、目覚めたばかりのスキルの暴発による小規模爆発だと説明している。
小規模と言うには、だいぶ大きな爆発だったが。
「……色々あったんだよ」
『色々で済ませていい部屋じゃねぇにゃ。廃墟にゃ』
「ちゃんと屋根はあるから。雨風はしのげる」
『基準が低すぎるにゃ』
フランは俺の腕から飛び降り、部屋の中を歩き始めた。
焦げたカーペットを嗅ぎ、すぐに顔をしかめる。
焼け残った机の上へ飛び乗り、部屋全体を眺めた。
『まぁ、少なくとも、ダンジョンで野宿よりはマシそうにゃ』
「比較対象がダンジョン……」
『運が悪いと、寝てる間に魔獣に食われることもあるからにゃ』
「……まあ、それよりはマシだと思って」
俺は制服の上着を脱ぎ、ハンガーへかけた。
そして、机の上に座るフランへ向き直る。
「……いいか? フラン」
『なんにゃ?』
「従魔契約をしたのは、あくまで救命措置のためだから」
『……分かってるにゃ』
「君にも色々事情があるのかもしれない。でも俺は、もうこれ以上何も知りたくないし、何にも関わりたくないの」
『そんなこと言っても──』
「──もし、世界の秘密的なやつを、無理やり俺に聞かせようとしたら」
俺は人差し指を立て、フランへ突きつけた。
「なんとかして従魔契約を解除して、そこら辺のダンジョンに置いてくるからね」
『にゃっ!?』
フランの耳が、ぺたんと後ろへ倒れた。
人間界では、俺と契約していなければ身体を維持できない。
契約解除は、下手するとフランにとって命に関わる。
少し脅しすぎた気もするが、ここは最初が肝心である。
『わ、分かってるにゃ~』
フランは急に声を甘くした。
尻尾をゆらゆら振りながら、俺の方へ近づいてくる。
『余計なことは喋らないにゃ~。ニャーは口の堅い猫にゃ~』
「さっきまで、なんか世界の秘密っぽいやつを話そうとしてたよね。俺、そういうのマジでイヤだから、やめてね。本当に」
『わ、分かったにゃ〜……そんな怖い顔しないでにゃ〜ん』
フランは俺の手へ頭を擦りつけてきた。
明らかに媚びている。
先ほどまでのチンピラのような口調はどこへ行ったのだろう。
『ただ、いずれ、ちょーっとだけ……ニャーの仕事を手伝ってくれたら嬉しいにゃ~』
「嫌だよ」
『まだ何も言ってないにゃ!』
「絶対に面倒なやつでしょ」
『そんなことないにゃ。簡単な仕事にゃ。おみゃーなら、パパッと終わるにゃ』
「今日、A級上位モンスターと戦わされたばかりの俺に、その言葉が通じると思う?」
『戦わせたわけじゃねぇにゃ! 後から勝手に来たのはおみゃーにゃ!』
「それはそうだった……」
転移罠を踏んだのは俺である。
フランのせいではない。
俺は頭を掻きながら、深いため息を吐いた。
『ニャーだって、ただで助けてもらおうとは思ってねぇにゃ』
「そうなの?」
『ニャーも、おみゃーが望んでる“平穏な暮らし”ってやつを手に入れるのを手伝ってやるにゃ』
「…………」
フランの存在そのものが、今後俺を平穏から遠ざける要因になる気がする。
世界の秘密的なものを知る喋る猫と契約した人間が、平穏に暮らせるとは思えない。
しかし、口にすると現実になりそうなので黙っておいた。
「とにかく、今日はもう風呂に入って寝よう。疲れた」
『ニャーは腹減ったにゃ。魚はあるかにゃ?』
「ないよ。冷蔵庫、爆発で吹き飛んだし」
『……何ならあるにゃ?』
「……カップ麺なら」
『猫にカップ麺食わせる気かにゃ!?』
「じゃあ、コンビニで猫缶買ってくる?」
『ニャーは妖精猫にゃ! もっと高級な物を要求するにゃ!』
「うちに来た以上、贅沢はできないからね」
『従魔への待遇が悪すぎるにゃ……』
フランが不満そうに呟く。
俺はスマートフォンで時刻を確認した。
午後十一時五十三分。
日付が変わるまで、あと七分。
もうこんな時間か。
風呂は日付が変わってからでもいい。
先に何か食べて、それから寝よう。
そう考えた瞬間。
妙な違和感を覚えた。
「……あれ?」
何かを忘れている。
しかも、かなり重要なことを。
ダンジョンから帰還した。
フランと契約した。
家へ連れてきた。
明日は休み。
他に何か──
「…………」
背中へ、冷たい汗が流れた。
「ハッ……!?」
俺は慌ててステータスウィンドウを開く。
──────────────────
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:1/5
リセットまで
00:06:37
──────────────────
「オワーーーーーーーーッ!?」
絶叫しながら、その場で飛び上がった。
『ギニャッ!?』
フランも驚き、机の上から転げ落ちる。
『ど、どうしたのにゃ!? 敵襲かにゃ!?』
「スキル!」
『スキル?』
「俺のスキル、一日に使わなきゃいけないノルマがあるの!」
『ノルマ……?』
「今日、あと一回残ってるの忘れてた!! ヤバい!! これは、マジでヤバい!!」
『使い切らないと、どうなるにゃ?』
フランが首を傾げる。
俺は真顔で答えた。
「……俺が、爆発四散して死ぬ」
『…………』
フランが固まった。
その頭の中に、スケルトン・ジェネラルが爆発した光景が蘇っているのだろう。
赤黒い火球。
吹き飛ぶ鎧。
崩壊する石壁。
もし俺が、この狭い部屋で同じように爆発したら。
まあ、俺は当然死ぬ。
フランも、至近距離で巻き込まれる。
それを理解したらしい。
フランの顔から、みるみる血の気が引いていく。
『ギニャーーーーーーーーッ!?』
先ほどの俺より大きな悲鳴を上げた。
『どどどどど、どうすんにゃ!?』
「何か攻撃しないと!」
『人間界デビュー初日に爆発に巻き込まれるなんてイヤにゃーーー!!』
「俺だってイヤだよ! 俺の方がイヤだよ!!」
俺たちは慌てて部屋を見回した。
攻撃対象。
何か、爆破しても問題のない生物。
小石はある。
しかし、適当に窓の外へ投げるわけにはいかない。
誰かに当たったら大惨事だ。
「ど、どうしよう……!」
『何でもいいから壊すにゃ!』
「いやこれ、多分、家具みたいな無生物には効かないんだよ! 効果に『死ぬ』って書いてあるからだと思うけど!」
『ギニャーー!? や、破れかぶれにニャーを爆破するとかはやめてにゃーー!!』
「しない!! しないから!!」
残り時間は、六分を切った。
何か……何か、虫とか、小さな生き物的なものは……!?
こんな時に限って、ハエの一匹もいない!
なんで!? 俺が昨日爆発事故を起こしたから!?
残り四分……
俺たちは部屋中を必死に探し回った。
フランが、窓の外を指さす。
『外!外に出て、飛んでる虫か何かを爆破するにゃ!』
「ダメだ! 無関係な人も巻き込んじゃう! そしたら、いよいよ俺の平穏な人生が閉ざされてしまう!!」
『いや、爆破しなきゃ、おみゃーの人生そのものが終わるにゃ!?』
残り三分。
俺は玄関へ向かった。
「外に出て、ダンジョンまで走る!」
『間に合うのかにゃ!?』
「全力で走れば──」
現在の身体能力なら、板橋第一ダンジョンまで数分で行けるかもしれない。
だが、移動している間に日付が変わったら終わりだ。
しかも入口が混雑していた場合、魔物へ辿り着けない。
もっと言えば、間に合わなくて俺が爆発四散して、他の探索者の皆さんを巻き込む危険性もある。
「いや……やっぱり駄目だ……!」
『じゃあ、ニャーが攻撃対象を探してくるにゃ!』
「どこから!?」
『近所の野良猫でも──』
「猫は駄目!」
『ネズミは!?』
「いたらそれでいい!」
『この部屋、ネズミくらいいそうにゃ!』
「いたとしても昨日爆死してるんだよなぁ!多分!」
残り二分。
俺とフランは、床へ這いつくばって生き物の姿を探した。
机の下。テレビの上。
割れ果てた窓。カーテンの裏。
そんなとこにいるはずもないのに。
普段なら虫など出てほしくない。
しかし今だけは、虫でもネズミでも何でもいいから出てきてほしかった。
『あと一分にゃー!!』
「分かってるってぇぇ!」
表示を見る。
──────────────────
リセットまで
00:00:58
──────────────────
「オワァァァァァッ!?!?」
『どうすんにゃ! これ、どうすんにゃ!?』
「何か! 何か出てきて!」
『虫でもモンスターでもいいから、出てきてにゃーー!』
その時だった。
カサッ。
小さな音がした。
俺とフランが、同時に動きを止める。
焼け焦げたベッドの下。
暗がりの奥から。
一匹の黒い虫が、カサカサと姿を現した。
「…………」
『…………』
ゴキブリだった。
黒光りする身体。
素早く動く六本の脚。
長い触角。
昨日、俺の部屋を爆発事故現場へ変えた元凶。
普通なら、姿を見た瞬間に悲鳴を上げる相手だ。
しかし今。
そのゴキブリは──
俺には、黒い後光を背負った救世主のように見えた。
「いた……」
『いたにゃ……!』
「ありがとう……心から……ありがとう……!」
『感謝してる場合じゃねぇにゃ!? 早くやるにゃ!』
残り時間、二十秒。
俺はゴキブリへ向かって飛びかかった。
昨日は雑誌を使おうとした。
だが、そんなものを探している時間はない。
素手でいく。
今の俺なら素手でGだって潰せる。
もう、ためらっている余裕はない。
ゴキブリが危険を察し、逃げ出す。
速い。
だが、スケルトン・ジェネラルの剣よりは遅い。
「逃がすかぁぁぁぁッ!!」
『あと十秒にゃぁぁぁぁ!!』
ゴキブリがベッドの下へ逃げ込もうとする。
俺は床へ滑り込み、右手を振り下ろした。
「間に合えぇぇぇぇッ!!」
バンッ!
手のひらが、ゴキブリを捉える。
グチャッ……というイヤな手応え。
同時に。
「【一撃必死】ッ!!」
赤黒い光が、指の隙間から溢れ出した。
『ギニャ──』
──カッ。
ボッガァァァァァァァァンッ!!
六畳一間のボロアパートに、およそ四十八時間ぶり、二度目の轟音と爆炎が広がった。
これにて第二章終了です。
明日からは第三章を1日1話ペースで更新していきます。
ちなみに、ちょっとだけ宣伝です!
拙作、
『世界最強の真祖竜に転生しました! ~でも目指すのは自由気ままな暮らしです~』
アルファポリス様より、第1・2巻発売中です!
ありがたいことに、第3巻の発売&コミカライズも決定しております。
『一撃必死』を楽しんでくださっている方なら、たぶんこちらも楽しんでいただける……はず!
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