第20話 ボス戦:スケルトン・ジェネラル②
『おみゃー、ニャーの話聞いてたのかにゃ!?』
猫が毛を逆立てた。
『いい加減ニャーの言うこと聞いて逃げろにゃ! さっきみてぇなラッキーは、もう続かねぇにゃ!』
「いや、でも、ノルマこなしておきたいし……」
『さっきから何の話をしとるのにゃ! 石ころ一個で、あの軍勢をどうにかできるわけねぇにゃ!』
「まあ、いいからちょっと見てて」
俺は小石を一つ、親指と人差し指で摘まんだ。
狙うのは、前列中央のスケルトン・ナイト。
まとまっているので、適当に投げても誰かには当たるだろう。
小石へ、淡い赤色の光が宿る。
『その赤い光……』
猫の声が、僅かに低くなった。
何かに気づいたようだ。
しかし、説明している時間はない。
スケルトン・ナイトの軍勢が、一斉に動き出す。
盾を構え、石床を揺らしながら進軍を始めた。
骸骨将軍が、剣を振り上げる。
俺は小石を投げた。
軽く、前へ放るような感覚で。
だが、小石は凄まじい速度で空気を切り裂き、軍勢の中へ飛び込んだ。
先頭のスケルトン・ナイト。
その額へ、小石が触れる。
直後──
「【一撃必死】」
俺の呟きと共に、世界が、赤黒い光に包まれた。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
耳をつんざくような爆発音。
巨大な火球が、骸骨の軍勢の中心で膨れ上がる。
石床がめくれ上がり、爆風がボス部屋を駆け抜けた。
無数のスケルトン・ナイトが、粉々に砕けながら宙へ舞う。
剣。盾。兜。白い骨。
それらが竜巻に巻き込まれたように飛び散り、壁や天井へ叩きつけられた。
俺は咄嗟に猫の前へ立ち、腕で顔を庇う。
爆風が制服を激しくはためかせた。
やがて、赤黒い光が消えていく。
視界を覆っていた煙が晴れる。
百体近くいたスケルトン・ナイトの軍勢は、その大半が跡形もなく消し飛んでいた。
辛うじて残っているのは、後方にいた十数体だけ。
そのさらに奥。
スケルトン・ジェネラルが、盾を前へ構えたまま吹き飛ばされている。
黒い鎧の巨体が地面へ落下し、そのまま勢いよく転がった。
ゴロゴロゴロゴロッ!
何度も床を転がり、奥の石柱へ激突する。
先ほどまでの威厳が台無しである。
『…………』
「…………」
猫は、口を半開きにしていた。
耳も尻尾も、ぴんと伸びている。
『…………え?』
「よし。まだ残ってる」
ノルマは、一発分しか減っていない。
爆風で何体巻き込んでも、直接攻撃したのは一体だけという判定なのだ。
俺は左手に持っていた、もう一つの小石を構えた。
『ちょ、ちょっと待つにゃ!』
「じゃ、とりあえずもう一発……」
『待てって言ってるにゃー!! 今の何!? 何なのにゃー!?』
残っているスケルトン・ナイトへ向かって、小石を投げる。
赤い光をまとった石が、再び軍勢の中へ飛び込んだ。
「【一撃必死】」
二度目の爆発。
ドゴォォォォォォンッ!!
残っていたスケルトン・ナイトたちが、まとめて吹き飛んだ。
骨の軍勢が、完全に消滅する。
爆風が収まった後。
ボス部屋に残っているのは、俺と猫。
そして、奥の石柱付近でよろよろと立ち上がるスケルトン・ジェネラルだけだった。
『…………』
「…………」
猫とスケルトン・ジェネラルが、揃って俺を見ている。
骸骨に表情はない。
だが、明らかに動揺していた。
眼窩の紫色の炎が、激しく揺れている。
「まだ石あったかな……」
俺は制服のポケットをまさぐった。
あと一発、スケルトン・ジェネラルへ使えば、今日の残りは一回。
かなり楽になる。
指先が、小さな石へ触れた。
その瞬間──
スケルトン・ジェネラルの紫炎が大きく揺らめいた。
ギョッとした。
そんな表現が、骸骨相手にもぴったり当てはまった。
次の瞬間、スケルトン・ジェネラルが凄まじい勢いで床を蹴った。
今度は逃げるのではなく──
一気に俺との距離を詰めてくる。
「うわっ!?」
ポケットから石を取り出すより早く、漆黒の長剣が振り下ろされる。
俺は身体を横へずらし、剣を避けた。
石床が砕ける。
続けて横薙ぎ。
少し屈んで回避する。
返す刃で斜めに切り上げる。
一歩後ろへ下がる。
ヒョイ。
ヒョイ。
ヒョイ。
やはり、遅い。
骸骨将軍の攻撃は、集中して見れば簡単に避けられる。
向こうも、それを理解したらしい。
俺へ密着するように距離を詰め、休む間もなく剣を振り続けてくる。
(なるほど……至近距離なら、爆破されないと思ったのか)
意外とおりこうだ。
骨なのに。
実際、その判断は正しい。
この距離でスキルを使えば、俺はともかく、少し離れた場所にいる猫まで巻き込まれる可能性がある。
助けるために飛び出したのに、爆発で猫を殺したら意味がない。
(どうしようかな……)
剣を避けながら考える。
石を投げる余裕はない。
一度距離を取ろうとしても、スケルトン・ジェネラルはぴったりと追いすがってくる。
敵も必死だ。
また石を投げられれば、今度こそ自分が爆発すると理解しているのだろう。
そこで、俺はスキルの説明文を思い出す。
──────────────────
【一撃必死】
効果:攻撃した対象は爆発四散して死ぬ。
──────────────────
(攻撃した対象は、爆発四散して死ぬ……)
スキルが発動するのは、攻撃が成立した瞬間。
小石の場合は、小石が相手へ当たった瞬間だった。
殴れば、拳が触れた瞬間。
蹴れば、足が触れた瞬間。
雑誌で叩けば、雑誌が触れた瞬間、だ。
では──
投げ技の場合は、どうなるのだろう。
相手を掴んだ瞬間は、まだ攻撃ではない。
持ち上げただけでも、攻撃は完了していない。
投げ飛ばし、地面や壁へ叩きつけて──
初めて、一つの技として成立する。
たぶん。
体育の授業でしか柔道をやったことがないので、詳しいことは分からない。
だが、試してみる価値はある。
スケルトン・ジェネラルが、長剣を大きく振りかぶった。
俺は剣の軌道を見極め、半歩だけ前へ出る。
刃が肩の横を通過した。
そのまま、スケルトン・ジェネラルの懐へ潜り込む。
『お、おみゃー!? 何する気にゃ!?』
猫の声が聞こえた。
俺はスケルトン・ジェネラルの鎧の襟元を、右手で掴む。
左手で、剣を握っている腕を抱え込む。
掴んだ瞬間、爆発は起きない。
(よし。ここまでは攻撃判定じゃない)
次は、投げる。
中学校の体育で習った動きを、必死に思い出す。
相手へ背中を向ける。
腰を入れる。
腕を引く。
重い──
はずだった。
黒い重鎧をまとった骸骨の巨体。
普通なら、持ち上げられるはずがない。
しかし。
少し力を込めただけで、スケルトン・ジェネラルの両足が床から浮いた。
「えっ、軽っ……」
『はぁぁぁぁぁ!?』
猫が叫んだ。
俺自身も驚いた。
見た目に反して、発泡スチロールみたいな軽さだ。
だが、途中で止めるわけにはいかない。
俺は腰と腕へ力を込め、一気にスケルトン・ジェネラルを持ち上げた。
「どおおおりゃああああッ!!」
一本背負い。
厳密に正しい形だったかは分からない。
少なくとも、体育の先生が見たら怒られるような、力任せの投げ方だった。
スケルトン・ジェネラルの巨体が、俺の肩を越えて宙を舞う。
だが、床へ落とすだけでは近すぎる。
俺は投げる方向を無理やり変え、ボス部屋の奥にある壁へ向けて放り投げた。
黒い鎧の巨体が、砲弾のような勢いで飛んでいく。
その身体へ向けて、呟く。
「……投げ技は、相手が叩きつけられて初めて“攻撃終了”だよね」
自信はない。
完全に希望的観測だ。
それでも──
スケルトン・ジェネラルの背中が、奥の石壁へ激突した。
ドガァンッ!
壁に大きな亀裂が走る。
その瞬間、骸骨将軍の全身が、──カッ!と光る。
壁に叩きつけられた骸骨将軍に人差し指を向け、スキルの名を呼ぶ。
「【一撃必死】」
次の瞬間、大爆発が巻き起こる。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
スケルトン・ジェネラルの黒い鎧が砕け散る。
漆黒の長剣。巨大な盾。兜。白い骨。
すべてが赤黒い爆炎に呑み込まれ、跡形もなく消し飛んだ。
衝撃によって、奥の石壁が大きく崩れ落ちる。
破片と煙が、ボス部屋へ降り注いだ。
俺は腕で顔を庇いながら、その様子を見つめる。
やがて、爆炎が消えた。
スケルトン・ジェネラルの姿は、どこにもない。
代わりに、頭の中へ無機質な声が響いた。
『レベルが上がりました』
「…………」
もう、いらんて。
聞かなかったことにしたい。
しかし、無慈悲にも続きが流れる。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
「うわ……」
俺は頭を抱え、その場へ項垂れた。
「またレベル上がってるじゃん……最悪だ……」
ただでさえ、レベル五十三が想像以上にヤバい数値だった可能性が浮上したばかりなのだ。
正直、これ以上上がってほしくない。
強くなるほど目立つ。
目立てば、平穏な公務員生活から遠ざかる。
俺はただ、定時に帰ってゲームをする人生が送りたいだけなのに。
どうして何か行動する度に、その夢から遠ざかっていくのだろう。
深いため息を吐きながら、振り返る。
猫は、少し離れたところで固まっていた。
口を半開きにし、金色の瞳をこれ以上ないほど見開いている。
背中の毛も、尻尾も、完全に逆立っていた。
『こ……』
「こ?」
『この人間……なんなんにゃ……!?』
驚愕に満ちた声が、ボス部屋へ響き渡る。
俺は、喋る猫を見つめた。
魔法を使い、人払いの結界を張り、A級上位モンスターの正体を知っている、謎のアメリカンショートヘアー。
(それは、こっちの台詞なんだけど……)




