第19話 ボス戦:スケルトン・ジェネラル①
「俺は……謎の英雄……ダイナマイト練馬だ」
決まった。
いや、何も決まってはいない。
むしろ自分から名乗ってしまったことにより、昨日の黒歴史を自ら上塗りしただけのような気もする。
だが、今は細かいことを気にしている場合ではない。
今の俺はダイナマイト練馬。
謎の実力派探索者、ダイナマイト練馬。
昨日、変異種のミノタウロスを一撃で倒し、女子高生探索者・江戸川朱里を救った正体不明の英雄だ。
俺ではない。
俺なのだが、俺ではない。
そう思い込めば、目の前の骸骨将軍に立ち向かう勇気も、多少は湧いてくるかもしれない。
『ダイナマイト練馬!? おみゃー何言ってんにゃ!? プロレスラーかにゃ!?』
背後の猫が、素っ頓狂な声を上げた。
『恐怖でイカれたのにゃ!? そんなダセぇ名前を叫んでる暇があったら、さっさと逃げろにゃ!』
うるさいな。
俺だって好きで名乗ってるわけじゃないのに。
助けに入ったはずなのに、ものすごい勢いで罵倒されている。
しかし、この猫の言うことも正しい。
自分でも、なぜこの名前を名乗ってしまったのか分からない。
それでも、一度名乗ってしまった以上、今さら格好悪く逃げ出すわけにはいかなかった。
俺は猫を庇うように前へ立ち、小石を構える。
正面では、骸骨将軍が巨大な盾の陰からこちらを見ていた。
兜の奥、紫色の炎が揺れる眼窩が、僅かに細くなったような気がする。
もちろん、骸骨に表情などない。
それでも──
ニィ……。
確かに、笑ったように見えた。
覚醒したての人間が、たった一人で自分の前に立った。
しかも、武器は小石。
完全に馬鹿にされている。
骸骨将軍は盾を引き、漆黒の長剣を両手で握り直した。
刃に紫色の光がまとわりつく。
来る。
分かっているのに、足が動かない。
次の瞬間。
骸骨将軍の巨体が、視界から消えた。
「えっ……?」
床が砕ける。
黒い影が一気に距離を詰め、俺の眼前へ現れた。
──速い。
さっき猫へ攻撃した時とは比べ物にならない。
骸骨将軍は、猫との戦いでは全力を出していなかったのだ。
頭上高く持ち上げられた漆黒の長剣が、俺目掛けて振り下ろされる。
『避けるにゃぁぁぁぁっ!!』
猫の悲鳴が響いた。
俺は、右手に持った小石へ目を落とす。
スキルを使えば、この骸骨将軍を倒せる。
当たりさえすれば。
だが、敵はもう目の前にいる。
(しまった……!)
この距離で爆発四散させたら、背後の猫まで巻き込んでしまう。
というか、俺も巻き込まれる。
昨日のミノタウロスが爆発した時は、それなりに離れていた。
至近距離で発動したら、自分がどうなるのかは分からない。
レベルが上がったから耐えられるのか。
それとも、仲良く爆発四散するのか。
試して確かめたいとは思わない。
(どうしようもない……!)
完全に考えなしだった。
猫を助けたいという気持ちだけで飛び出し、敵との距離も、爆発の範囲も考えていなかった。
やはり、俺は英雄でも何でもない。
ダイナマイト練馬でもない。
ただの馬鹿だ。
(終わった……!)
剣が迫る。
漆黒の刃が、俺の頭を真っ二つにしようと振り下ろされる。
──死ぬ。
そう思った瞬間。
不思議なことが起きた。
骸骨将軍の動きが、急に遅くなったのだ。
振り下ろされる剣が、まるで水の中を進んでいるかのように、ゆっくりと落ちてくる。
刃を取り巻く紫色の光。
空気を押し退けながら進む剣先。
骸骨将軍の鎧から零れ落ちる、小さな砂埃。
その一つ一つが、はっきりと目に映る。
(あ……これが、死ぬ直前の集中力ってやつか)
聞いたことがある。
人間は命の危機に瀕すると、脳が急激に活性化し、周囲の景色がスローモーションのように見えることがあるらしい。
漫画でも見た。
交通事故に遭う直前、走馬灯と共に時間がゆっくり流れる、あれだ。
(漫画で読んだ時は格好よかったけど……実際に体験すると、全然嬉しくないな)
ゆっくりと、剣が俺の額へ近づいてくる。
この後、俺は真っ二つになる。
その瞬間を、こんなに鮮明に見せられるとは。
人間の脳も、なかなか趣味が悪い。
そう思いながら、ふと気づいた。
(……ん?)
剣は遅い。
骸骨将軍も遅い。
猫の口も、何か叫びながら、ゆっくりと動いている。
だが──
俺の身体は、なぜか普通に動く。
右手の指を動かしてみる。
動いた。
首を傾げてみる。
動いた。
(こういうのって、景色がゆっくり見えるだけで、自分の身体は動かないんじゃないの?)
目の前まで迫ってきた剣を見ながら、俺は一歩だけ横へ移動した。
ヒョイ、と。
それだけで、漆黒の長剣は俺の身体を外れた。
刃が、先ほどまで俺の立っていた場所を通過する。
ズガァァァンッ!!
剣が石床へ叩きつけられ、凄まじい衝撃音が響いた。
床が大きく陥没し、砕けた石が周囲へ飛び散る。
「…………」
『…………』
骸骨将軍が、剣を振り下ろした姿勢のまま動きを止めた。
紫色の眼光が、ゆっくりと俺へ向けられる。
骸骨なので表情はない。
それでも、驚いているように見えた。
俺も驚いている。
「避けられた……」
『ラ、ラッキーにゃ!』
背後から猫の声が飛んできた。
『攻撃が運よく外れたにゃ! 今のうちに逃げろにゃ!』
「う、うん……」
やはり、運がよかっただけらしい。
恐怖で足が震えた際、偶然身体が横へ動いたのだろう。
そうでなければ、説明がつかない。
骸骨将軍が、石床へ食い込んだ長剣を引き抜く。
今度は、先ほどまでとは明らかに様子が違っていた。
盾を背後へ回し、両手で剣を構える。
どうやら、警戒しているようだ。
覚醒したての人間が、偶然とはいえ自分の一撃を回避したことが気に入らないらしい。
骸骨将軍が、再び踏み込む。
次は、横薙ぎ。
首の高さへ向けて、漆黒の刃が振るわれた。
『危ないにゃ! 今度こそ死んだにゃーーッ!!』
猫が悲鳴に近い声を上げる。
死んだとか、そんなハッキリ言わないでほしい。
しかし──
まただ。
骸骨将軍の動きが、急に遅くなる。
横薙ぎに振るわれた剣が、ゆっくり、ゆっくりと俺へ迫ってくる。
一度目よりも、さらに余裕があった。
剣の軌道が見える。
刃が通過する高さも分かる。
俺は軽く膝を曲げた。
漆黒の長剣が、頭上をゆっくりと通過する。
確認した後、立ち上がる。
それだけで、二撃目も回避できた。
剣圧によって髪が揺れる。
だが、身体には触れていない。
(あれ……?)
俺は首を傾げた。
骸骨将軍が、勢い余って数歩前へ踏み出す。
すぐさま振り返り、信じられないものを見るように俺を見た。
(なんかコイツ……攻撃の瞬間、めっちゃ動き遅くない?)
最初の一撃を避けたのは、偶然かもしれない。
だが、二回続けば話は別だ。
よく見ると、踏み込みもそれほど速くない。
剣の軌道も大きく、読みやすい。
見た目は恐ろしい。
攻撃を受ければ、一撃で死ぬだろう。
しかし、当たらなければどうということはない。
(ひょっとして……あんまり強くないボスなのか?)
変異種のような姿をしているが、所詮は初級ダンジョンのボス。
外見が派手なだけで、実力はそこまででもない可能性がある。
骸骨将軍は、俺と猫を交互に見た。
やがて、ゆっくりと距離を取る。
俺の回避を警戒したらしい。
数十メートルほど離れたところで立ち止まり、漆黒の長剣を逆手に持ち替える。
そして──
剣を石床へ深々と突き立てた。
ズドンッ!
床へ刻まれた円形の紋様が、紫色に輝き始める。
骸骨将軍の顎が、カタカタと動いた。
『死者の行進……!』
初めて、骸骨将軍の声を聞いた。
声帯もないのに、声はどこから出ているのだろう。
地の底から響くような、低く濁った声。
次の瞬間。
石床から、無数の白い腕が突き出した。
「うわっ……」
骨の腕が床を掴み、這い上がってくる。
一体。二体。
十体。二十体。
次々に姿を現す、鎧をまとった骸骨の騎士。
錆びた剣。丸い盾。
空洞の眼窩に灯る、紫色の炎。
通常のスケルトン・ナイトだ。
しかし、その数が普通ではない。
広大なボス部屋を埋め尽くすように、百体近いスケルトン・ナイトが現れた。
骸骨たちは一糸乱れぬ動きで整列する。
盾を構えた前列。
剣を掲げた後列。
ただの魔物の群れではない。
一つの軍隊だった。
その中心で、骸骨将軍が剣を引き抜く。
先ほどとは違い、どこか余裕を取り戻したように見えた。
『お、終わったにゃ……』
猫が、絶望したような声を漏らした。
振り返ると、灰色の尻尾がだらりと床へ垂れている。
金色の瞳は、骸骨の軍勢を見つめたまま動かない。
『アイツは、スケルトン・ジェネラルにゃ……!』
「スケルトン・ジェネラル?」
『スケルトン・ナイトどもを召喚して、軍隊みてぇに使役する上位種にゃ。見た目通り、雑魚骸骨どもの将軍ってわけにゃ……!』
なるほど。
だから、スケルトン・ナイトよりも立派な鎧を着ていたのか。
そのままで、非常に分かりやすい名前だ。
『スケルトン・ジェネラルは、おみゃーら人間が言うところのA級上位モンスターにゃ! A級探索者がパーティを組んで、やっと勝負になる相手にゃ!』
「A級上位……」
『そうにゃ! ソロで討伐しようと思ったら、最低でもレベル四十は必要にゃ!』
猫は振り返り、俺へ牙を剥いた。
『昨日スキルに目覚めたばっかのおみゃーなんかじゃ、勝負になるわけ──』
「……え?」
『にゃ?』
「今、何て言った?」
『だから、ソロで討伐しようと思ったら、最低でもレベル四十は必要にゃ、って……!』
猫は苛立ったように尻尾を振った。
『レベル四十なんて、おみゃーら人間の基準じゃS級に片足突っ込んでる化け物にゃ! そんな奴、そこらにゴロゴロいるわけねぇにゃ!』
「…………」
俺は瞬きをした。
レベル四十。
S級に片足を突っ込んでいるらしい。
昨日見た、自分のステータスを思い出す。
俺の現在レベルは、五十三。
世界最高レベルが七十四だと聞いていたので、五十三ならA級の上の方くらいだと思っていた。
レベル七十四が百点なら、レベル五十三は七十点ちょっと。
学校のテストでいえば、それなりに頑張ったが、上位層には入れない程度の点数だ。
だから、俺の強さもそのくらいだと勝手に考えていた。
しかし──
(レベル四十で、S級に片足……? 俺、五十三なんだけど……)
妙な汗が、額を流れた。
(あれ? ひょっとして、俺のレベルって……思ってたよりずっとヤバい数値なのでは?)
いや。
まだ決めつけるのは早い。
俺は昨日スキルに目覚めたばかり。
戦闘経験もなければ、剣術や格闘技の訓練を受けたこともない。
装備だって制服である。
レベルだけ高くても、中身が伴っていない可能性は十分ある。
数字だけ大きい、見せかけの強者。
身長だけ伸びた、ひょろひょろのモヤシのような存在かもしれない。
ただ。
目の前には、百体近いスケルトン・ナイトがいる。
しかも、全員骨だ。
肉がない。
腐っていない。
つまりこれは……
(臭くない)
これほどノルマ消化に適した相手が、他にいるだろうか。
骸骨将軍も、ありがたいことに距離を取ってくれた。
先ほどのように、爆発へ自分や猫を巻き込む心配もない。
俺は制服のポケットへ手を入れた。
先ほど拾っておいた小石が、いくつか入っている。
その中から、二つを取り出す。
「……とりあえず、二、三回くらい消化しとくか」




