第15話 板橋区民の男
「門田、このあと駅前行かねえ?」
「スキルホルダー祝いしようぜ!」
「カラオケ行こうよ、門田くん!」
「オールしようぜ! 明日休みだし!」
「バカ! 高校生がオールはまずいっしょ!」
「どんなスキルなのか、もっと詳しく教えて!」
放課後。
帰りのホームルームが終わるや否や、俺の席には再びクラスメイトたちが殺到していた。
午前中まで、俺は教室にいても誰からも話しかけられない、空気のような男子生徒だったはずだ。
それが今では、男子には肩を組まれ、女子には机を囲まれ、四方八方から放課後の予定を尋ねられている。
スキルホルダー。
それだけで、これほど扱いが変わるものなのか。
あるいは、一晩で急成長したこの身体の影響もあるのかもしれない。
どちらにせよ──
(目立ってる……!)
俺が人生で最も避けたい事態だった。
とはいえ、みんなに悪意がないことは分かっている。
むしろ、これまであまり話したことのなかった俺を、仲間に入れようとしてくれているのだ。
ありがたい。
本当にありがたいのだが。
「す、すみません。今日は先約がありまして……」
「先約?」
「誰と?」
「まさか彼女!?」
「違います!」
思わず大声で否定する。
クラスメイトたちが一斉に笑った。
隣の席では、春日井さんも口元を押さえている。
「じゃあ、何の予定なんだ?」
「ええと……その……健康維持のための、日課と言いますか」
「部活か?」
「もっと命に関わる日課です」
「……命に関わる?」
しまった。
余計に興味を持たせてしまった。
俺は鞄を掴むと、立ち上がった。
「と、とにかく今日はすみません! また今度お願いします!」
「あっ、門田!」
「待ってよ!」
「気をつけてね、門田くん!」
春日井さんの声を背中に受けながら、俺は教室を飛び出した。
廊下を駆け抜け。
昇降口で靴を履き替える。
駐輪場から愛車のママチャリを引っ張り出す。
「ふぅ……」
校門を出たところで、ようやく息を吐いた。
別に疲れたわけではない。
昨日までの俺なら、教室からここまで走っただけで軽く息切れしていたはずだ。
今は呼吸一つ乱れていない。
レベル五十三。
自分でも、まだこの身体に慣れていなかった。
「みんないい人なのに、申し訳ないな……」
せっかく誘ってもらったのだ。
本当なら、俺だって少しくらい一緒に遊んでみたかった。
これまでクラスメイトと放課後に遊びに行くことなど、ほとんどなかった。
カラオケ。
ゲームセンター。
駅前のファストフード店。
高校生らしい放課後。
そんなものが、俺にも手に入るかもしれなかった。
しかし、今日ばかりは無理だ。
俺には、どうしても外せない先約がある。
──────────────────
《固有スキル》
【一撃必死】
残り使用回数:5/5
──────────────────
一日五回。
このスキルを使い切らなければ、俺自身が爆発四散して死ぬ。
放課後に呑気に遊んでいる場合ではない。
友人たちとオールでカラオケに行って、日付が変わる瞬間に爆死する高校生など、迷惑系配信者より迷惑だ。
俺は自転車へ跨がると、ペダルを踏み込んだ。
「今日こそ、何事もなく五回使って帰るぞ……!」
昨日は、初心者向けダンジョンへ入っただけだった。
それなのに転移罠を踏み。
地下三十階へ飛ばされ。
変異種のミノタウロスを爆破し。
全国ネットの生放送に映り。
ダイナマイト練馬などという、史上最悪の偽名を名乗る羽目になった。
今日こそは、普通に終わらせる。
誰にも見られない場所で、弱い魔物を五体爆破する。
ただそれだけだ。
簡単なミッションである。
──本来なら。
◇◆◇
学校から自転車を走らせること、十分ほど。
俺は昨日訪れた練馬区第三ダンジョンの近くまでやって来た。
正面ゲートへ続く大通りへ差しかかったところで。
「……何だ、これ」
思わずブレーキを握った。
昨日とは比較にならないほど、大勢の人間が集まっていた。
ダンジョン入口の前には、巨大なカメラを担いだテレビ局のスタッフ。
マイクを手にした記者。
三脚を並べる動画配信者。
派手な装備に身を包んだ探索者たち。
周囲には臨時の警備員まで配置され、歩道には人混みを整理するための柵が設置されている。
「はい、皆さん! 現在、我々は練馬区第三ダンジョン前に来ております!」
「果たして、謎の英雄・ダイナマイト練馬は再び現れるのでしょうか!」
「今日は朝から張り込みます! 見つけるまで帰りません!」
「有力な目撃情報をお持ちの方には、謝礼も用意しております!」
あちこちから、配信者たちの声が聞こえる。
中には……
『ダイナマイト練馬捜索隊』
『英雄と遭遇するまで耐久配信』
『練馬区内全ダンジョン総当たり』
などと書かれた看板を掲げている者までいた。
(もう捜索隊まで結成されてる……)
俺は自転車に乗ったまま、そっと顔を伏せた。
幸い、昨日顔に巻いてた学ランは洗濯するため自宅に置いてきた。
今着ているのは、昨日顔へ巻いたものとは別の予備の学ランだ。汚れや質感が違う。
これも身体に合っておらず、窮屈なのだが。
少なくとも、顔へ巻いた学ランそのものではない。
バレるはずはない。
そう思いながら、俺は群衆の様子を窺った。
「ダイナマイト練馬ってことは、練馬区在住なのかな?」
「いや、練馬区出身って意味かもしれないぞ」
「もしかすると、練馬区のダンジョンを守るために活動している覆面探索者なのでは?」
「名前からして地元愛が強そうですよね!」
「練馬の守護神か……!」
違う。
たまたま目の前にあった看板を見て、適当に名乗っただけだ。
地元愛など一切込めていない。
そもそも──
(俺、練馬区民じゃないし……)
俺が住んでいるボロアパートは、練馬区との境に近い板橋区にある。
練馬区には、国内でも珍しく三つのダンジョンが存在している。
ダンジョンが出現した地域には、探索者が集まる。
武器屋。防具屋。素材買い取り業者。宿泊施設。
配信者向けの貸しスタジオ。
その他、探索者を相手にした様々な商売が生まれる。
その結果、練馬区の地価と家賃は、この二十年で大きく上昇した。
高校生が一人で住めるような安アパートは、ほとんど残っていない。
だから俺は、区境を少し越えた板橋区に住んでいる。
つまり、厳密に言えば。
(俺はダイナマイト練馬ではなく……ダイナマイト板橋……?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
「誰がダイナマイト板橋だ」
思わず、小声で自分へ突っ込む。
通りすがりの女性が、不審そうにこちらを見た。
俺は何でもないふりをして、前を向いた。
危ない……
ダイナマイト練馬という名前だけでも最悪なのに、さらに派生名まで増やしてどうする。
(とにかく、練馬区のダンジョンはもう駄目だ……)
ここでスキルを使えば、爆発音を聞いた配信者たちが一斉に駆けつけてくる。
石を投げるところなど撮影された日には、一発で正体がバレるかもしれない。
俺はハンドルを切ると、練馬区第三ダンジョンから逃げるように自転車を走らせた。
「別のダンジョンへ行こう……!」
幸い、俺の住む板橋区にもダンジョンはある。
板橋区第一ダンジョン。
区内に存在する、唯一のダンジョン。
そして、都内屈指の不人気ダンジョンだ。




