第14話 盛大にクラスバレしました
教室へ戻ると、先ほどまで俺を囲んでいた女子たちは、それぞれの席へ戻っていた。
何人かがこちらを見たが、もう駆け寄ってはこない。
どうやら、俺が逃げ出したことで気を使わせてしまったらしい。
(やってしまった……)
別に彼女たちは、俺をからかっていたわけではなかった。
見た目が急に変わった俺へ、ただ興味を持っただけだ。
それなのに俺は、新手のいじめだと疑い、逃げ出した。
我ながら、人間不信がひどい。
俺は項垂れながら、自分の席へ戻った。
椅子に座ると、隣の席から小さな声が聞こえた。
「門田くん」
「は、はい?」
顔を向ける。
先ほど最初に話しかけてきた、茶色い髪の女子だった。
彼女は眉を下げ、申し訳なさそうに両手を膝へ置いている。
「さっきは、急に話しかけてごめんね」
「え?」
「門田くんが、その……」
彼女は言いにくそうに口ごもった。
やがて、頬を赤くしながら続ける。
「あんまり格好よかったから、あたし、つい浮かれちゃって……。みんなで一気に質問したら、嫌だよね。気分を害したよね」
「そ、そんなことありません!」
俺は慌てて否定した。
勢いよく答えすぎて、彼女が目を丸くする。
「俺の方こそ、急に逃げたりしてすみません。ちょっと……トイレが緊急事態だっただけなので」
「緊急事態?」
「えー……か、かなり切迫してました」
「そ、そうなんだ……」
嘘である。
身体的には、まったく切迫していなかった。
でも、精神的には、人類史上最速記録が発覚してかなり切迫していたので、完全な嘘でもない。
「だから、気にしないでください。話しかけてもらえて……むしろ、嬉しかったです」
「本当?」
「はい」
彼女の表情が、ぱっと明るくなった。
春の日差しが差し込んだような、柔らかな笑顔だった。
「よかった!」
彼女は胸の前で手を合わせると、改めて俺の方へ身体を向けた。
「あたし、春日井咲良。隣の席同士だし、これからよろしくね、門田くん!」
「門田露澪です。よろしくお願いします、春日井さん」
「うん!」
春日井さんは、嬉しそうに笑った。
(いい子だ……)
自分たちが騒いだことで俺が傷ついたのではないかと、わざわざ謝ってくれた。
俺は勝手にいじめを疑っていたというのに。
(こんないい子に気を使わせてしまった……)
人類史上最速でレベル五十三になったことより、今はこちらの方が申し訳なかった。
俺が落ち込んでいると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
クラスメイトたちが、それぞれの席へ戻っていく。
午後最初の授業は、ロングホームルームだった。
ほどなくして、担任の男性教師が教室へ入ってくる。
四十代。
少し腹の出た、体育教師の八代先生だ。
先生は教卓へ出席簿を置くと、クラス全体を見回した。
「よし。全員いるな。新学期が始まって最初のホームルームだ。今日は、二年生になったお前たちへ、いくつか大事な話をしておく」
教室内が静かになる。
八代先生は黒板へ、大きく『進路』と書いた。
「お前たちは、高校二年生。今年で十七歳になる学年だ。そろそろ卒業後の進路についても、少しずつ考え始めてもらう」
進路。
俺は、真剣な表情で黒板を見つめた。
俺の進路は、すでに決まっている。
そこそこの大学へ進学。
公務員試験へ合格。
安定した職場で定時まで働く。
有給休暇をきちんと消化する。
完璧な人生設計だ。
「大学、専門学校、就職。進路は色々あるが、この学年からは、もう一つ大きな選択肢が加わる」
八代先生は黒板の『進路』の横へ、別の文字を書き足した。
『探索者』
俺は、嫌な予感がした。
「十七歳になった時、約二十人に一人の割合でスキルが発現する。スキルホルダーになれば、探索者を目指す者も多いだろう」
先生はチョークを置き、急に真面目な表情になった。
「そこで、重要な連絡だ。今後、スキルへ目覚めた者は、必ず速やかに学校側へ申告するように」
「えっ?」
思わず声が漏れた。
しまった。
八代先生がこちらを見る。
「どうした、門田?」
「い、いえ。何でもありません」
俺は慌てて首を横へ振った。
隣の春日井さんが、俺の方へ少しだけ身を寄せる。
「スキルホルダーになると、身体能力も上がったりするでしょ?」
「え?」
「だから、体育の授業とか部活動で、普通の生徒と同じ扱いにはできないんだって」
春日井さんは、先生に聞こえない小声で教えてくれた。
「スキルの種類によっては、校内で事故が起きるかもしれないし。体育の成績も一般の生徒とは別の基準でつけるらしいよ」
「なるほど……」
確かに。
今の俺が、昨日までと同じ感覚でボールを投げたら、どこまで飛ぶか分からない。
ドッジボールとかやったら、相手チームに怪我人が出るかもしれない。
握力測定器も壊すかもしれない。
スキルを使わなくても、レベルによる身体能力の上昇は無視できない。
(学校への申告まで必要なのか……)
市役所へ届け出た時点で、完全に隠し通せるとは思っていなかった。
それでも、学校内ではできるだけ普通の生徒として過ごしたかった。
俺は机の下で、そっと拳を握った。
スキルホルダーであることは申告するしかない。
だが、レベル五十三は隠す。
スキルの本当の効果も隠す。
まだ大丈夫。
秘密の核心部分は守れる。
「まあ、今日はまだ四月六日だ」
八代先生が、少し冗談めかした声を出した。
「新学期が始まって二日目だし、このクラスで、もう十七歳になった奴なんて……いるか?」
俺の肩が、ビクッと震えた。
教室内を見回す。
誰も手を上げない。
(どうする……?)
誕生日は、学校にも登録されている。
ここで隠したところで、名簿を確認されればすぐに分かる。
俺は観念し──
「……はい」
そーっと右手を上げた。
クラスメイトたちの視線が、一斉に俺へ集まる。
「おっ、門田か」
八代先生は、少し驚いた顔をした。
「そうか。お前、昨日が誕生日だったのか」
「はい……」
「十七歳おめでとう」
「ありがとうございます……」
全然めでたくない。
十七歳になった瞬間、俺の平穏な人生は木っ端微塵になった。
八代先生は、少しだけ身体を乗り出す。
「それじゃあ、一応聞いておくが……」
教室内の空気が変わった。
スキルホルダーへ目覚める確率は、約二十人に一人。
一クラスに一人、二人はいる、くらいの確率だ。
誰もが興味を持っているのだろう。
先生もどこか緊張した面持ちで、俺を見つめる。
「まさか、スキルまで発現してたりは……しないよな?」
最後は、冗談っぽい口調だった。
俺は手を下ろしたまま、固まった。
隠すべきか。いや──
市役所には、すでにスキルホルダーとして届け出ている。
探索者登録も済ませている。
学校が調べれば、すぐに分かる。
ここで嘘をつけば、かえって怪しまれる。
(スキルホルダーだってことだけなら……)
レベル五十三とは言わない。
【一撃必死】の事も言わない。
ダイナマイト練馬の正体でもない。
ただの新人スキルホルダー。
その設定で通せばいい。
俺は覚悟を決めると。
再び……そろーりと、右手を上げた。
「…………」
教室が静まり返った。
八代先生の口が、ぽかんと開く。
「……マジで?」
「はい……」
次の瞬間。
「うおおおおおおっ!?」
「マジかよ、門田!」
「スキルホルダー!?」
「すごーい!」
「昨日覚醒したばっかりってこと!?」
「ねえ、どんなスキル!?」
「もう市役所には登録した!?」
「探索者になるの!?」
「門田くん、有名人になっちゃうじゃん!」
教室中が、一気に沸いた。
席を立ったクラスメイトたちが、俺の周囲へ押し寄せてくる。
「ちょ、ちょっと待って!」
「スキル見せてくれよ!」
「ステータスどうなってんの!?」
「写真撮っていい!?」
「駄目です!」
「ねえねえ、テレビとか出るの!?」
「出ません!」
男子に肩を組まれ。
女子に質問され。
前後左右から身体を揺さぶられる。
隣では春日井さんも、目を輝かせていた。
「すごいよ、門田くん! スキルホルダーだったんだ!」
「すごくないです! 全然すごくないです!」
俺はもみくちゃにされながら、必死に否定した。
絶対に目立たない。
秘密を守る。
静かな学校生活を取り戻す。
そう決意してから、まだ十分も経っていない。
俺は騒ぎの中心で、力なく項垂れた。
「最悪だ……」




