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飛鳥、高円寺でデートする「今日はそろそろ帰る?」

【DM:飛鳥→誠】


 明日、高円寺駅で待ち合わせ。改札出たとこ、いつものあたりで。……ちゃんと遅れずに来てよ。別に待つのがイヤなわけじゃないけど、最初からつまづくのは無し、ってことで。……いや、ほんと、まことはたまにぼーっとしてるから、念のためね?わたしが浮かれてるとかじゃないから。たぶん。じゃ、また明日。寝坊もしないように。

 

 ***


 夏の余韻がまだ街に残っていた。高円寺駅のロータリーを抜ける風に、焼き鳥屋の香りと人混みのざわめきが混ざり合う。飛鳥はすでに三十分前からそこにいた。白いノースリーブのブラウスに、黒いスキニーのパンツ。肩には小さめのショルダーバッグ。涼やかさと少女らしさが同居する格好だ。足元のスニーカーを何度もつま先で弾きながら、駅の改札を見つめ続ける。胸の奥で何度も「まだかな」が跳ねた。けれど顔に出すのは悔しくて、スマホを見ては戻すを繰り返す。ようやく人混みの向こうに、誠の姿を見つけた。柔らかな色のシャツにベージュのパンツ。人波にまぎれていても、すぐに目が吸い寄せられる。飛鳥はぱっと頬が緩むのを感じ、慌てて口を結んだ。

「……遅い」

 本当は時間通りなのに。誠は頭を下げて、すこし慌てた口調で詫びる。

「ごめん。アイと会話してて家出るの遅れちゃって」

「何それ、デート前にしょーもないことしてたんじゃないの?」

「違うよ、それこそ今日のデートのことをギリギリまで調べてたから」

 飛鳥は視線をそらし、唇を尖らせる。

「ふん……」

 本当は来てくれたのが嬉しくて仕方ない。けれど素直に言うのは照れくさすぎる。誠はその様子に気づいているのかいないのか、穏やかに続ける。

「でも、こうして会えてよかった。今日も可愛いね」

 飛鳥は頬を赤くしながら、わざとぶっきらぼうに返す。

「……もういい」

 ふたりは並んで歩き出す。ロータリーを吹き抜ける午後の風が、緊張を少しだけほどいていった。

 

 ***

 

 商店街を二人で歩く。古着の匂い、雑貨屋から漂う木材の香り、どこかから流れるギターの音。飛鳥は店先に並ぶワンピースをひとつひとつ目で追いながら、足取りを弾ませる。

「こういうの見てるだけで楽しいんだよね」

 言葉はあくまで軽く。けれど声に少しだけ浮き立つ調子が混じっていた。誠は隣に立ち止まり、何気なく笑った。

「これとか飛鳥に似合いそう」

 飛鳥はぴたりと動きを止め、肩をすくめて顔をそむける。

「……そういうの、わざわざ言わなくていい」

 耳が赤く染まっているのを、誠は気づかないふりをする。雑貨屋のガラス越しに、飛鳥は猫の形をしたキーホルダーを見つけて立ち止まった。

「かわいい……」

 小声がもれて、慌てて咳払いする。

「いや、別に欲しいわけじゃないけど」

 誠は笑いをこらえながら

「見てるだけで十分?」

 と応じる。アーケードを抜ける風が、紙袋の揺れる音と混ざった。飛鳥は誠の歩幅に合わせながら、もう少しこの時間が続けばいいと、心の中でそっと願っていた。

 

 ***

 

 公園に近づくにつれて、空気が変わった。スパイスを炒める香りが風に乗り、軽快なドラムとギターが芝生の方から響いてくる。屋台の列が彩りを重ね、紙皿を抱えた人々の笑顔が交錯していた。お祭り、カレーフェスが開催されている。飛鳥は目を輝かせ、思わず歩調を速める。

「すごい、いい匂い……」

 誠は追いつきながら、屋台の看板を眺める。

「本格派から甘口まで、いろいろあるね。四種類選べるみたいだから、別々の頼んでシェアしようか」

 飛鳥は嬉しそうに頷くけれど、すぐに唇を尖らせて言う。

「……最初からそう言うなんて、ずるい」

 並んで買ったカレーは、スパイスの効いたチキン、野菜の甘みが強いマイルドタイプなど。紙皿を二人で抱えてベンチに腰を下ろした。一口食べて、飛鳥の目がぱっと開く。

「おいしい!やっぱりこういうの、最高だね」

 誠は頷きながらスプーンを伸ばす。

「高いレストランじゃなくても、十分楽しめるね」

 飛鳥は口をもぐもぐさせながら笑う。

「うん、むしろこっちの方が好きかも」

 そのとき、彼女の唇の端にカレーが少しだけついた。誠は自然に指先で拭ってやる。続けざまに、その指先を軽く舐めてみせた。飛鳥は一瞬で真っ赤になる。

「な、なにしてんの!」

 誠は肩をすくめて、いたずらっぽく笑う。

「もったいないから」

 飛鳥は視線を逸らし、スプーンを強めにすくった。

「……もう、知らない」

 けれど頬の赤みは隠せないまま、芝生の上に漂う音楽と香りに、ふたりの時間はやわらかく満ちていった。

 

 ***

 

 フェスの賑わいを後にして、路地に入るとこぢんまりしたガラス張りの店が見えた。ショーケースには、動物の顔を模した可愛らしいドーナツが並んでいる。飛鳥はすぐにガラスに張り付いて、目をきらきらさせた。

「見て!ねこ!くま!……うさぎまである!」

 誠は横で微笑む。

「どれにする?これも、ふたつ選んで半分こにしよう」

 飛鳥は少し迷ってから、うさぎのドーナツを指差す。

「じゃあ、これと……誠が選んで」

 誠はくまを選び、ふたりでお店に併設されたイートインペースへ。席について袋を開けると、ほんのり温かい甘い匂いが立ちのぼる。

「いただきます」

 飛鳥が小さくかじると、粉砂糖がふわりと頬に落ちた。誠が笑いをこらえきれずに言う。

「またついてるよ」

 飛鳥は慌てて自分で指で拭い、赤くなりながら返す。

「今日は自分で拭くから!」

 その様子に誠は目を細める。

「甘いね」

 飛鳥は口いっぱいにドーナツを頬張りながら、満足そうに笑った。

「しあわせ……」

 窓の外には夕暮れが近づいていたけれど、店の中だけは柔らかな甘さに包まれていた。

 

 ***

 

 駅近くの通りを抜けると、古い木の看板が揺れる喫茶店があった。外に漂うコーヒーの香りに、飛鳥は小さく声を上げる。

「ここ、前から話題で行ってみたかったんだ」

 誠が説明し、ドアを押す。だが中から聞こえてきたのは、店員の申し訳なさそうな声だった。

「ただいま満席でして……」

 誠は了解の旨を店員に告げ、ドアを閉めながら小さくため息をつく。

「満席かあ……残念だな」

 飛鳥は肩をすくめて笑った。

「いいってば。公園で飲もうよ。外の方が風も気持ちいいし」

 その声は本当に楽しそうで、誠は思わず表情を緩める。

「そうだね、そういうのもいいか」

 二人は商店街の角のコンビニに入り、棚から缶コーヒーとお茶を手に取る。飛鳥は選んだ缶を胸に抱え、くるくる回しながら言った。

「こういうの、なんかピクニックっぽくて好きなんだよね」

 誠が笑う。

「飛鳥は切り替え早いな」

「だって、誠といればどこでも楽しいし」

 言った瞬間、飛鳥の頬がわずかに赤くなる。

「……まあ、コーヒー冷めないうちに行こう」

 袋を提げて歩き出す飛鳥の横顔に、夕方の光が射し込んでいた。風に髪が揺れて、ほんのり甘い匂いが混じる。公園に着くと、木々の間から差し込む光がベンチを照らしていた。誠が缶を差し出すと、飛鳥は笑顔で受け取る。

「ありがとう」

 缶をプシュッと開けて、両手で包み込む。その温かさに頬が緩む。

「ね、こういうのがいいんだよ。豪華な店じゃなくても、こうして外で飲んでるだけで幸せ」

 誠は缶を傾け、横目で飛鳥を見た。彼女の目は夕暮れを映していて、その表情が少し子どもみたいに見えた。

「……俺も、こういう時間が好きだよ」

 二人の声が風に溶け、缶コーヒーの香りと夕暮れの匂いが混じって漂っていた。

 

 ***

 

 公園を出て散策する。ゲームセンターの前に立った瞬間、飛鳥の目がきらきらと輝いた。

「ここ!絶対入ろう!」

 誠は笑いながら頷いた。

「元気だなあ」

「だって、行ってみたかったんだもん」

 扉をくぐると、電子音と歓声が押し寄せてきた。まばゆいライトの中で、飛鳥は目を輝かせながら次々と筐体を見回す。思わず、ポニーテールの女性がいないか、探してしまう。いや、あれは七海の小説の登場人物、現実にはいるわけもないのに。遊び心に駆られる。彼女の真似事をしてみるのはどうだろう?まずは拳銃ゲーム。トリガーを握る飛鳥の横顔は真剣そのものだったが、結果は誠の圧勝。

「ちょ、ずるい!絶対慣れてるでしょ!」

「いやいや、昔やってただけだって」

 次はレースゲーム。ゴーカートのようにハンドルを握り、体ごと傾けながら飛鳥は必死に追い上げる。だがゴールラインを越えたのは誠のマシン。

「また負けた……!」

 子どもみたいに頬をふくらませる飛鳥に、誠は思わず笑ってしまう。

「次こそ勝つ!」

 飛鳥はバイクゲームに飛びついた。髪を揺らし、腰を振って体重移動。けれどスコアはやはり誠が上。

「むー!」

 両手を腰に当てて抗議する姿すら、どこか可愛らしい。ふと、UFOキャッチャーの中に犬のぬいぐるみが見えた。誠が小さく呟く。

「……あ、これ。昔飼ってた犬に似てる」

 その一言に、飛鳥の目が輝いた。

「わたしが取る!」

 硬貨を投入し、レバーを握る。緊張した指先。クレーンがぬいぐるみに触れた瞬間、ふわりと持ち上がり、そのままストンと落ちてきた。

「やったー!」

 飛鳥は両手で抱き上げ、誠の胸に押しつけるように差し出した。

「はい、プレゼント!」

 思わず受け取った誠は、胸の奥がじんと温かくなる。

「……ありがとう。大事にする」

 その言葉に、飛鳥は少し照れくさそうに鼻を鳴らした。

「当然でしょ」

 最後にプリクラのブースへ入る。カメラの前で誠が少しぎこちなく笑うと、飛鳥は背伸びして彼の頬にキスをした。シャッターが光り、二人の笑顔がスクリーンに映し出される。飛鳥は画面を見つめて、小さな声で呟いた。

「……ほんと、今日来てよかった」

 ゲーム音に包まれながら、その一言は静かに誠の胸に響いた。

 

 ***

 

 夜になり、ラーメン屋へ。店内に漂う煮干しの香りが、夜の冷えた空気を柔らかく包んでいた。木のテーブルに湯気の立つ丼が並ぶと、それだけで小さな祝祭のようだった。飛鳥は両手を合わせて、勢いよく箸を割った。ラーメンの表面に浮く油が灯りを受けて揺れる。ひと口すすった瞬間、目を細めて息をもらした。

「……あー、やっぱり最高」

 誠も箸を動かし、うなずきながら笑った。

「濃いのにすっと入ってくるね。飛鳥が選んでくれて正解だよ」

 丼を挟んで向き合いながら、二人は自然に言葉を交わす。麺を少し分け合い、味玉を半分こする。それだけで心が落ち着いていくのがわかる。飛鳥はスープをすすりながら、ふと目を細めた。

「そういえばさ……昔、瑞希とデートしたときのこと、覚えてる?」

 誠が顔を上げ、きょとんとする。

「え、どのときのこと?」

「まだ大学入ったばっかりのころ。途中でキャンセルしちゃって……瑞希、一人でラーメン食べたって」

 誠の箸が止まる。

「えっ、それ、なんで知ってるの……」

 飛鳥は唇を尖らせながらも、笑いをこらえきれない。

「だって、瑞希があとで言ってたんだもん。『ひとりでラーメン屋で黙々と食べたの寂しかったー』って」

 耳まで赤くなった誠が慌てて丼に視線を落とす。

「いや、それは……ほんとに申し訳なかったっていうか……だいぶ経って瑞希から打ち明けられて、もう平謝りして……」

 飛鳥はくすくすと笑い、レンゲを持つ手を止めた。

「ふふ、ほら、そうやって慌てる顔が見たかっただけ」

 湯気の向こうで、誠が小さくため息をつきながらも笑う。ラーメンをすする音が重なり、店の喧騒のなかで二人だけの静かなぬくもりがあった。

 

 ***

 

 店を出ると、夜風がひやりと頬をかすめた。高円寺の商店街は人通りが少なくなり、ネオンの光だけが淡く路地を照らしている。誠が横を歩く飛鳥を見て、少し迷いながら口を開いた。

「……うち、来る?」

 思わぬ提案に、飛鳥の肩が小さく揺れる。

「えっ……」

 瞳を泳がせ、ほんの一瞬うつむく。でも首を横に振った。誠はそれを察して、柔らかい声で言う。

「無理にじゃなくていいよ。今日はそろそろ帰る?」

 飛鳥は立ち止まり、彼をまっすぐ見上げた。頬は赤く染まっているのに、瞳は迷いなく揺れている。

「……ちがうの。帰りたいんじゃない」

 小さく息を呑み、言葉をつなぐ。

「……できれば、もう、今から愛し合いたいの。誠と」

 喉の奥から零れるような声。飛鳥は思い切ったように続けた。

「近くにホテル、あるから。そこに行こ」

 夜の光に照らされた頬は、羞恥と決意で熱を帯びていた。誠は言葉を失ったまま、しばし彼女を見つめる。そして深く息を吐き、静かに頷いた。

「……わかった」

 その一言に、飛鳥の顔がぱっと緩む。緊張と嬉しさが入り混じり、思わず笑みがこぼれる。二人は並んで歩き出す。夜の街にホテルの看板が浮かび、そこへ向かう足取りは自然に重なっていた。街のざわめきは遠のき、ふたりだけの時間がひそやかに開かれていく。

 

 ***

 

 ひときわ明るいネオンが目に入った。看板には大きくホテルの名前。飛鳥は小さく息を吸い、歩みを止める。誠が隣で立ち止まり、視線を送る。その瞬間、彼女はほんの一拍の間を置いてから、唇を結び、小さく頷いた。自動ドアが音もなく開く。外のざわめきとは別世界のように、ロビーは白い光に満たされ、磨かれた床が足音を吸い込んでいた。静けさと、微かに甘い芳香剤の匂い。飛鳥の心臓は、場違いなほど大きく跳ねていた。正面に並ぶパネル。整然と並んだ部屋の写真が、無機質な光に浮かび上がっている。誠が視線を向けると、飛鳥は横目でちらりと見返した。けれど、すぐに視線をそらし、ためらうように指先を伸ばす。

「……これにしようよ」

 小さく、でも確かに響く声。画面に触れると、機械が反応し、カードキーが無機質に吐き出された。飛鳥はカードを受け取ると、そっと胸元に抱え込む。まるで秘密を預けられたかのように。支払い口に誠が財布を差し出す。その動きを横から見つめていた飛鳥が、不意に声を上げる。

「わたしも出す」

 誠が首を振る。

「いいよ」

 それだけ。なのに、飛鳥の頬が赤く染まり、唇をかすかに噛んだ。二人のあいだに流れる沈黙は、まるで熱を孕んだ水のように重く、どこまでも甘かった。

 

 ***

 

 エレベータの扉が閉じると、途端に空気が濃くなった。狭い箱の中、蛍光灯の白い光が二人の影を壁に押しつける。沈黙。数字を刻む電子音だけが響いている。誠が横を向くと、飛鳥の視線が重なった。その瞬間、飛鳥の手がそっと伸び、誠の指を握る。驚くほど強い力。小さな震えが、手のひらから伝わってくる。呼吸が近づく。飛鳥は視線を落とし、かすかに口を開いた。そのまま唇を寄せようとした――

「……っ」

 不意にドアが開き、若いカップルが乗り込んでくる。階数を間違えたのか、このタイミングで乗り込んでくるとは思わず、二人の間に流れていた熱は行き場を失い、宙に漂う。誠と飛鳥は一歩ずつ身を引き、互いを見ないふりをした。気まずい沈黙。ただ数字が上がっていく音だけが、狭い空間に響いている。三階でカップルが降りた。再び扉が閉まる。残されたのは、誠と飛鳥だけ。その瞬間、飛鳥はもう我慢できなかった。強く腕を引き、唇を重ねる。短いけれど、熱を詰め込んだ一撃のような口づけ。唇が離れたとき、飛鳥の目は潤み、頬は火照っていた。そしてちょうどその瞬間、目的の階の到着を告げる音が鳴り響いた。

 

 ***

 

 エレベータの扉が開くと、絨毯の敷かれた廊下が静かに伸びていた。空調の低い唸りと、柔らかな間接照明。だが飛鳥は足を止めず、誠の手を強く引いた。数歩歩いたところで、不意に振り向く。背を自ら壁に預け、誠を見上げる。その瞳は潤み、熱を宿していた。誠が言葉を探すより早く、飛鳥は唇を重ねる。小さな吐息が絡み、押しつけられた誠の胸に、彼女の体温がぴたりと伝わってきた。

「……んっ」

 短い声が、誰にも聞かれない廊下に溶ける。唇が離れるたび、糸のように震える呼吸が繋がった。再び歩き出しても、飛鳥は時折立ち止まる。そのたびに背伸びをして、誠の首筋へ、唇へ、接吻を刻む。甘い香りと微かな湿り気が、誠の鼓動を早めていく。やっとのことで部屋の前にたどり着く。カードキーをかざす誠の手がわずかに震えていた。ピッという電子音。ドアが開いた瞬間、芳香剤の甘い香りと、柔らかな照明が迎える。奥には白く整えられたベッド。誠が一歩踏み入れると、背後から飛鳥が押すように身を寄せる。閉まるドアの音が低く響いた。その瞬間、外の世界が完全に断ち切られ、ふたりだけの熱が、もう逃げ場もなくその空間に充満していった。


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