『狂銃レクイエム:天使を撃て、硝煙の夜に(後編)』
七海がキーを叩く。また一つ、物語が綴られてゆく。
***
【本文】虎がいた。鋼のような足取りで、闇の中から姿を現す。両手には黒のSIGP226。安定した両腕は、銃と肉体が融合した戦闘機械のようだった。狙いは一寸の狂いもなく、由香の眉間に吸いついていた。由香は舌打ちした。目だけで計算する。
「やけになって撃とうとするのはやめるんだな」
虎の声は低く、刺すようだった。
「私の方が早い」
「……あまり刺激するな」
狂介が血を拭いながら言った。声はかすれていたが、芯に熱を残していた。虎がにやりと笑う。だがその笑みには、獣の匂いしかなかった。
「ビビってるのか?こんな小娘に。だらしないな、東洋一と呼ばれたお前が」
「お喋りな猫がいたものね」
由香が睨みながら言う。
「猫じゃない、虎だ。虎と呼べ」
狂介はちらと横目で虎を見やり、吐息のように言った。
「ここは休戦して、見逃してくれないか。俺は病み上がりだし……明日のトーストを食べたい」
由香の目が細くなった。侮蔑の色が閃く。
「……さっき自分で言ったでしょ。朝は食べない派だって」
そして、銃をゆっくりと下ろした。悔しさと諦めが入り混じった声音で、吐き捨てる。
「忘れないことね。――月夜の晩だけじゃないわ」
狂介は苦く笑った。笑みの奥に、痛みとほこりを隠して。
「危ないな。一緒に帰ってくれ」
由香は何も言わなかった。ただ無言でフルフェイスをかぶり、黒いバイクへ歩いていく。次の瞬間、エンジンが唸りを上げる。排気音がコンクリの天井に響き、地下駐車場を揺るがせた。タイヤが火を噴くように床を蹴り、彼女の影は闇へと消えていった。残されたのは、煙の匂いと、静かな呼吸音だけだった。
***
虎は鼻で笑った。
「これはヤワになってると言わざるをえないな。大方あれだろう、車に乗ろうとしたところを後ろからホールドアップ、そんなところか?ど素人同然じゃないか」
狂介は短く息を吐いた。
「……すまん」
虎の目がすっと細まり、声は冷えた鉄のようだった。
「どうしたんだ。出会った頃のお前の牙はどこいっちまったんだ?そんな腑抜けになって。――殺し屋稼業も引退か?」
「そうかもしれん」
狂介の返しは乾いていた。虎は吐き捨てるように言う。
「辞めてどうする。殺しと銃と、車の運転ぐらいしか取り柄のないお前が」
狂介の目が、わずかに鋭さを取り戻す。
「そういうお前はどうなんだ」
虎は口角をほんの少しだけ吊り上げた。
「ごあいにく様だ。わたしはこう見えてツブシが効く。調理師免許も持ってるからな」
狂介が目を細める。
「料理をするのか?お前が?」
「倒置法で言うな。そんなに意外か?」
「いや、まあ……別にいいが」
虎はふと視線を落とした。そこにわずかな夢見る気配があった。
「案外、引退して二人で小料理屋というのも悪くないかもな……」
狂介は返事をせず、別の思考に沈んでいた。
「……聞いているのか?」
虎がむっとしたように声を強めた。狂介はようやく顔を向け、短く答える。
「ああ、すまん」
沈黙が降りた。駐車場の蛍光灯が、二人の影を長く伸ばしていた。虎が再び切り込む。
「とにかく、あの小娘に出し抜かれているようではお終いだ。ネジを巻き直すべきだな」
「……心するよ」
狂介は低く応じると、無造作に車のドアを開けて乗り込む。
「まだ話は終わっていない」
虎の声が背後から追いかけてくる。
「またにしてくれ」
狂介の車が低い唸りを上げ、夜の闇に向けて滑り出した。虎の姿がミラーの奥で小さくなり、やがて飲み込まれていく。
***
狂介は首都高を無意味に流していた。ネオンがフロントガラスを断続的に照らし、タコメーターの針が微かに震える。理由のない走行。だがそれこそが、この夜にふさわしかった。由香の父の顔など、思い出せるはずがない。標的は多すぎた。組織の命令で。あるいは報酬のために。私怨による殺しもあった。誰を撃ち、誰を沈めたか。もう区別すらつかない。それでいいと思っていた。後ろを振り返らず、転がした死体の上に立って歩いてきた。後悔など、誰にも見せなかった。かつて愛した女さえ、この手で消した。その記憶が胸を焼くたびに、酒と硝煙で塞いできた。心を交わした女――麗音もこの手で失った。組織に消された彼女を、ただの“対象”として処理した奴らを、狂介は撃ち尽くした。だが、それも――復讐者を気取った殺人にすぎない。感情を言い訳にしただけの、同じ穴の狢。あの夜、彼女の髪を撫でた手で、別の誰かの命を奪った。その事実は、どれだけ走っても剥がれ落ちることはなかった。窓から吹き込む夜風は、肌を撫でるだけだった。火照った胸の奥を冷ますことはできない。そこに残るのは、ただ、形容しようのない――空虚だけだった。
***
また、夜が来ていた。狂介はいつの間にか、歌舞伎町を彷徨っていた。あてもなく歩き、気がつけばゲームセンターのネオンが目に刺さる。だが、由香の姿はなかった。光だけが過剰にあふれている。眩しく、空虚に。女たちが肩を並べて客待ちをしていた。その列の中に、ジュディの姿を見つけた。
「……久しぶりだな」
声を掛けると、ジュディは一瞬だけ目を見開いた。だがすぐに、淡い笑みを浮かべた。笑顔には、疲れの色が滲んでいた。狂介は、自分の口から出た言葉にわずかに驚いた。
「……一緒に寝てくれないか」
ジュディの瞳が揺れた。だが、拒まなかった。数秒の沈黙の後、静かに頷いた。場末のラブホテル。くたびれた看板の下、二人はエレベーターに乗った。部屋に入ると、狂介は無言で紙幣を差し出した。そして、ベッドに腰を下ろす。
「ただ……横にいてくれればいい」
その言葉に、ジュディはわずかに目を細めて微笑む。
「麗音から聞いてます。不思議なお客さんだって」
その名を聞いた瞬間、胸の内に冷たい影が差す。麗音の面影が、淡く、鋭く、記憶の底から浮かび上がる。
「……おしゃべりはプロ失格だ」
呟くように言うと、ジュディはさらに微笑んだ。今度は、少し声を落として。
「でも、あの子……素敵な夜だったって言ってましたよ。嬉しそうに」
言葉が胸に突き刺さる。狂介は黙ってそれを受け止めた。しばらくのあいだ、音のない時間が流れる。彼女の言葉が、胸の奥に静かに沁みていった。二人、ベッドに並んで横たわる。照明は落とされ、天井がただの闇と化していた。その闇に向かって、ジュディが静かに問いかけた。
「本当に……いいんですか?これで」
狂介は目を閉じ、短く頷いた。そして、言った。
「……最近、勃たないんだ」
ジュディの目が丸くなる。少し笑いかけ、けれど何かに気づいたように、すぐに真顔へと戻った。
「そういうことも……ありますよ。お客さんでも、いらっしゃいます」
狂介は視線を動かさず、低く応える。
「ああ」
それきり、言葉は止まった。やがて、ジュディが静かに切り込む。
「やっぱり……レインのことでしょうか?」
その名が放たれた瞬間、狂介の胸に重い塊が落ちた。
「すまない。俺が預かったせいだ。面倒を見るつもりだったのに」
それ以上は、言葉にできなかった。ジュディは黙っていた。責めるでもなく、慰めるでもない。ただそっと、狂介の手を握った。何もない夜の静寂が、二人を包んだ。時間だけが、ゆっくりと沈んでいく。
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駐車場へ戻ると、風が強まっていた。狂介は無言のまま歩を進め、自分の車に近づく。そのとき、何かが視界の端で揺れた。ワイパーに挟まれた、薄い紙片。風に吹かれながらも、ぴたりとフロントガラスに張り付いている。訝しみながら、それを引き抜いた。手書きの文字だった。乱れも癖もない、素っ気ない字で──《23:00奥多摩染山峠旧道モーテルKOA跡地》署名はない。だが、すぐに分かった。──由香だ。風が紙片をさらおうとする。狂介はそれを握りしめ、運転席に乗り込んだ。
***
郊外というにはあまりに山深く、ほとんど車の通らない旧道を、狂介の車は慎重に進んでいった。ヘッドライトに浮かび上がるのは、杉林と斜面ばかり。人の気配はまるでない。やがて、朽ちかけた看板が闇の中に現れる。『MOTELK︎A』――“O”のネオンは既に落ち、“K”だけが辛うじて灯っていた。建物の輪郭は、まだ“宿”の形を保っている。だが壁は黒ずみ、窓は割れ、風に揺れる配線がカラカラと鳴っていた。車を降りた瞬間、狂介の足元でガラス片がパリッと鳴った。虫の声すら消えた空気の中、ひときわ鋭い音。そのとき――
「……来たか」
二階の外廊下、朽ちた柵の向こうに立っていたのは、ポニーテールの女。フルフェイスのヘルメットは今日はない。月明かりに照らされた素顔、冷たい目。そして、両手に握られたグロック17。狂介は答えない。ジャケットの下から、ゆっくりとガバメントを抜いた。次の瞬間、夜が弾けた。乾いた破裂音。銃口から火花が閃き、壁に弾痕が咲く。狂介は身を伏せ、柱の陰に滑り込む。続けざまの発砲。由香は通路を駆け抜け、階段を跳び降りる。若さと怒りに燃えた動き――それでいて、射撃の軌道は鋭く正確だった。狂介も撃ち返す。だがその弾丸は、空を裂き、壁を抉り、女の身体を捉えない。かすめた一弾が由香の頬を裂いたが、それだけだった。弾幕の圧力に、狂介は二階へと追い上げられる。柱を背に、呼吸を整える暇もない。
「……これが名を馳せた殺し屋?」
由香の声が、怒りに震える。
「父を殺したのが、こんな男だったなんて!」
銃声。柱が砕け、粉じんが舞う。汗が背中を伝い、空のマガジンが重く響く。残弾は――あとわずか。そして。由香のグロックが、十メートル先の額に狙いを定めた。静寂。時間が凍ったような瞬間に、狂介はわずかに口元を歪めた。
「因果応報だ。……撃て」
由香の瞳が揺れる。引き金にかけた指が震える。激しい呼気。迷い。怒り。疑念――。その刹那。ガラスが砕けた。黒い影が、音を立てて突入してくる。回転するローター、点滅する赤。――民生ドローンを改造したカミカゼ兵器。腹部には成形炸薬。衝突と同時に爆発する、単純で確実な死の道具。
「な――!」
狂介は反射的に由香の方へ転がり込み、腕でその身体を抱え込む。床が揺れた。轟音。爆風。破片が飛び交い、空間が一瞬で光と熱に包まれる。壁が吹き飛び、鉄骨が唸る。断末魔のようなきしみ音とともに、瓦礫が頭上へ降り注いだ。狂介と由香は、崩れた柱の影に身を寄せる。咳き込みながら、視界を覆う煙をかき分ける。空は見えない。ただ、赤い残光だけが漂っていた。由香の顔は青ざめ、震えていた。
「な、何……?」
狂介の声は低く、掠れていた。
「……これが組織のやり口だ。俺たちまとめて、消すつもりだった」
煙の奥、なお赤く光を散らすドローンの残骸。風に流れる焦げた樹脂の匂い。由香は拳銃を握りしめたまま、沈黙していた。
***
崩れかけた窓の向こう――林道の先から、二台のライトバンが砂煙を上げて現れた。ブレーキ音が夜の静寂を裂く。ドアが開き、黒服の男たちが次々に降り立つ。全員が無言で、統一された動き。訓練されている。手には短機関銃――その銃口が、月光を反射して、きらりと光った。狂介はちらりと由香を振り返った。
「生き残りたいか」
由香の頬が怒りで紅潮していた。唇は結ばれ、瞳には火が宿っている。それは恐れではない――憎悪。獰猛な意志だった。
「当たり前よ。あなたを殺すのは、わたしだから」
狂介はわずかに笑った。
「よし」
その瞬間だった。彼の全身に宿る気配が、変わった。肩がわずかに盛り上がり、背筋が膨れ、呼吸の深さが変わる。まるで、それまで“眠っていた猛獣”が、本能に従って狩りに入ったかのように。由香は、思わず一歩だけ後ずさった。理由もなく、息が詰まった。狂介はスライドを引き、.45を装填する。
「――行くぞ」
狂介はモーテルのドアを、蹴破るように押し開けた。荒れた廊下。ヒビの入ったタイル。その先――すでに敵は建物へ突入し始めていた。四方から足音と無線の交信。そして、短機関銃が一斉にこちらを向く。瞬間。狂介のガバメントが火を噴いた。炸裂音。重い反動。空気が震える。.45ACP――拳ほどもある鈍重な弾丸が、一直線に最前列の胸を抉った。
「――ッ!」
破裂した肉片が壁に叩きつけられ、影が吹き飛ぶ。間髪入れずに、次の弾が別の喉元を裂く。その次が、眉間を貫き、そのまた次が、眼窩を潰し、赤黒い液体が霧状に舞った。由香は――撃てなかった。グロックを構えていたのに、引き金を絞る暇もなかった。ただ、狂介の背後で、唖然と立ち尽くしていた。廊下の中で、ただひとりの獣が跳ね、火を噴き、絶命を積み上げていく。発砲は、狙いではなかった。それは呼吸だった。歩くたび、腕が跳ね、火花が走り、命が消える。射撃ではない――それは捕食だった。敵は反撃すらできない。一発目を撃つ前に、三人が崩れ、二発目を撃つ前に、四人目の喉が裂かれた。狭い廊下は硝煙に満たされ、血の匂いが、酸と鉄の混ざった匂いが鼻腔を支配する。由香は銃を握っていたが、撃つ間すらなかった。ただ目の前で男たちが次々に倒れていく。狂介の射撃は、引き金を絞るというよりも、呼吸のように自然で、機械よりも精密だった。汗ひとつかいていない。戦っていたのではない。“間引いて”いた。由香は震えていた。恐怖ではない。目の前に立つ男の獰猛さに呑み込まれていた。彼女の眼前に立つ男。その背中が、まるで別の世界に属しているように思えた。強さ――それは獰猛で、理不尽で、残酷で、美しかった。
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廊下の空気は、硝煙と血の鉄臭さで飽和していた。狂介はガバメントを胸の高さで構え、身をすぼめる。――C.A.R.スタイル。反動制御と即応を両立させた構え。そのまま、至近の影の顔面を撃ち抜いた。.45ACPが顎を裂き、後頭部を壁に叩きつける。肉が砕け、脳漿が吹き飛ぶ音を、狂介は気にも留めない。すれ違いざま、沈みかけた身体に二発叩き込み、トドメは習慣だった。背後で由香の呼吸が乱れているのがわかった。銃が空を切る乾いた音。狂介はそのまま死体の足元へしゃがみ込むと、ショットガンを引き剥がした。レミントンM870。12ゲージの鉄塊を片手で持ち上げ、質量を確かめるように薬室を引いた。銃声に反応した敵が、階段下に集まり始めている。だが、狂介は迷わなかった。そのまま前傾し、躊躇なく飛び込む。火線が頬をかすめ、白壁を血管のように裂く。硝煙が鼻腔を焼き、視界がちらつく。12ゲージの一撃が階段を震わせ、複数の人間を同時に砕いた。顔が潰れ、胴体が裂け、血と肉片が霧のように飛ぶ。二発目で悲鳴は消え、階段下はただの赤い肉塊の山となった。由香は階段の上で固まっていた。その隙に、狂介は下まで滑り降り、ショットガンを振りかざす。煙と耳鳴りの中、玄関口で逃げ残った二人の敵が銃を構える。だが、先に引き金を絞ったのは狂介だった。一人は肩口を破られ、回転しながら後方の窓を割って墜落。もう一人は腹をえぐられ、腸を掴んだまま膝を折った。轟音の余韻が消え、空間には死の匂いが満ちていた。血、硝煙、肉の焦げるような臭い。廃墟に広がる静寂は、むしろ戦慄を際立たせた。狂介は銃口を下ろし、黙って息を吐いた。
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由香が追いついた。だが、足元に広がる死体の山に、思わず顔を背ける。血、骨、壁にこびりついた肉――。由香はかすれ声で呟いた。
「……この人たちにも、妻や娘がいたのかもしれないのに」
狂介は乾いた声で答えた。
「あるいは息子が。そうかもしれない。……だが、やることは変わらない」
レミントンを軽く構え直し、散弾を滑らかに装填する。まるで、掃除機のゴミを捨てるような動作だった。由香は唇を噛み、背中越しに吐き捨てる。
「また……わたしのような人間が増えたかもしれないわ」
狂介の声は低く、温度がなかった。
「そうかもしれない。だが――」
「――やることは変わらない?そうでしょうね」
その言葉を遮るように、由香の瞳が憎悪で揺れた。彼女は踵を返し、背を向ける。
「助かった、ありがとう……なんて言わないわ」
狂介は、少しだけ声を低くした。
「……またゲームセンターで会えるか?」
女は振り向かない。そのまま闇に溶け込むように、夜の奥へと歩き去った。血と硝煙の残り香だけが、廃墟に取り残されていた。
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ファミレスの蛍光灯は白々しく、夜の疲れを余計に浮かび上がらせていた。窓の外には雨上がりのアスファルトが、街灯を歪ませて映している。向かい合って座るのは、狂介と虎――白い陶器のカップの中、冷めたコーヒーだけが会話の代わりに沈黙を湛えていた。やがて、狂介の話を最後まで聞き終えると、虎は鼻先で笑った。
「なんだ、あの小娘の前でカッコつけて、いい男気分か?……中年の危機を回避できて満足か?」
狂介は僅かに眉間を寄せる。だが言葉は返さず、視線をカップの縁に落としたまま。虎は容赦なく、さらに刺し込んだ。
「あんな小娘はな、後ろから撃って始末しておけばよかったんだ。そうすりゃ、今後の憂いもなくなった」
言葉の刃が、過去を裂くように落ちる。狂介は目を伏せ、静かに口を開いた。
「……お前ならそうしたのか?」
虎はわざとらしく肩をすくめる。
「さあな」
ファミレスの空間に、再び重い静寂が落ちた。空調の風が天井を這い、どこかの席でグラスが触れる音だけが響いている。そのとき、ポニーテールを揺らしながら、小柄なバイト店員が近づいてきた。由香の後ろ姿が、一瞬だけ重なって見えた。狂介は自然と視線を逸らす。
「お待たせしました、ジャンボチョコパフェ二つです」
トレイが軽やかにテーブルに置かれた。ガラスの器に盛られたパフェは、滑稽なほど非現実的な色と高さを誇っていた。クリームとアイス、シロップに沈むフルーツ、そして溶けかけたチョコが滑り落ちる。店員はちらりと二人を見た。傷の残る無骨な男と、目つきの鋭い女。どこかで聞いた事件の犯人のようにも思えたが、首を傾げただけで去っていった。狂介は無言でパフェを見つめた。眉間にしわを寄せる。
「……またこれを食わなきゃならんのか?」
虎はにやりと笑う。
「定番のオチ、ってやつだ」
虎は目を細め、いそいそとスプーンを握った。




