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『狂銃エレジー:あるいは恵みという名の犬』

 七海がキーを叩く。また一つ、物語が綴られてゆく。

 

 ***


 狂介は眠りの底にいた。夢も見ない闇の中で、ただ体を横たえていた。短い鼻を鳴らす音が近づく。フレンチブルドッグの「レイン」が、前脚で彼の胸を突き、顔を舐める。湿った舌が頬を擦るたびに、狂介はうっすらと目を開いた。

「……せっかちだな」

 低く呟きながらも、起き上がらずにはいられなかった。着替えを済ませ、リードをつけて公園へ向かう。早朝の空気は冷たく澄み、潮の香りを含んでいた。レインは、はしゃぐように芝生を駆け回り、短い足を全力で動かしていた。狂介はベンチに腰を下ろし、煙草に火を点ける。煙が空に溶けていくのを眺めながら、犬の姿を追った。そのとき、声をかけられた。

「おはようございます」

 振り向くと、ジュディが立っていた。夜の街では派手な装いをしている女だが、今は薄化粧にジーンズ姿。意外なほど柔らかい笑みを浮かべていた。

「元気そうね」

 ジュディはしゃがみ込み、レインの背を撫でる。犬は嬉しそうに鼻を鳴らし、尻尾を振った。狂介は煙を吐き、短く答える。

「俺よりは、な」

 二人の間に言葉は少ない。ただ犬がじゃれつく音と、遠くで遊ぶ子供たちの声。束の間の平和が、冷えた朝に広がっていた。

 

 ***

 

 依頼は簡単なはずだった。場末のチンピラを処理するだけ。狂介は拳銃を片手に、廃ビルの暗がりを歩いていた。古びたコンクリートの匂い。割れた窓から吹き込む風。標的は怯えて逃げ、足音を残して上階へと走っていた。狂介は黙々と追う。やがて、階段を上りきった先――銃声が響いた。乾いた破裂音。狂介の指がまだ引き金に触れていないのに。息を潜め、角を曲がる。そこにはもう、標的のチンピラが崩れ落ちていた。頭を撃ち抜かれ、血を広げている。その死体の傍らに、女が立っていた。黒いジャケットに細身のパンツ。髪を短く刈り上げ、鋭い瞳。銃を下げ、薄い笑みを浮かべていた。

「ダブルブッキングみたいね」

 女はそう言い、肩をすくめた。リラックスした口ぶりだが、その動きには隙がない。狂介は目を細めた。――聞いたことはある。凄腕の狙撃手。女殺し屋。名は「虎」。

「……なるほどな」

 低く呟く狂介に、虎は楽しげに片眉を上げた。初めての対峙だった。だが、空気はすでに緊張と興味で満ちていた。

 

 ***

 

 それからの仕事で、狂介は幾度も虎と鉢合わせた。ある時は、ビルの屋上で狙撃の射線が交錯した。引き金を絞る寸前、先にターゲットが崩れ落ちる。虎の弾丸だった。

「一歩遅れたわね」

 ――鋭利な声が無線越しに響く。またある時は、倉庫の影。四人の敵をナイフで沈めた狂介の前に、虎が現れる。鋭く光る刃が喉元をかすめ、互いに睨み合う。だが、背後から別の銃声。敵が迫る。言葉はなく、二人は背を合わせた。短機関銃の連射と、ナイフの閃き。敵は瞬く間に地に伏した。信頼はなかった。抜きつ抜かれつ、いつ裏切られてもおかしくない関係。だが狂介は、自分より優れた射手に初めて出会ったことに瞠目していた。狙撃の正確さ。格闘戦での目の覚めるようなナイフ捌き。クールでタフで、蓮っ葉な口を利くくせに、時折ふと見せる優しさ。

「……妙な女だ」

 狂介が煙草をくゆらせる時、その横顔が脳裏をよぎるのを、彼自身止められなかった。

 

 ***

 

 夜の道場。蛍光灯の白い光の下、畳に二人だけ。虎は道着を羽織り、仰向けのガードポジションで構えていた。狂介は無言でその上に腰を落とす。重い体重で足を割ってパスを狙う狂介。だが虎はしなやかに脚を利かせ、膝でストッピング。狂介が担ぎパスへ切り替えると、虎はすかさず三角絞め。圧が喉を締める。狂介は肩を捩って逃れたが、虎は休まない。腕十字へスイッチ。伸びかけた肘を咄嗟に引き抜く狂介。次の瞬間、虎の脚が絡む。オモプラッタ。畳に肩をねじ伏せられかけた狂介は、前転して脱出。しかし虎は前転に合わせ、再び腕十字へ。――電光石火。今度は狂介が逆に腕を捕えた。重心を崩すと同時に十字を極め、畳が軋む。

「……っ」

 やむなく虎はタップした。息を切らせ、髪を乱した虎が悔しげに唇を噛む。狂介は口の端をわずかに上げ、低く笑った。

「悪くない動きだ」

「……次は勝つ」

 虎は息を整え、獰猛な目で睨み返した。奇妙な充足が、二人の間に漂っていた。

 

 ***

 

 虎と狂介は、時折こうして肌を合わせていた。畳の上で投げられ、絞められ、また逆に極め返す。それはセクシャルなものからは遠い。だが不思議な充実があった。互いの体温と呼吸の速さだけが、本物の信頼に近づく瞬間だった。スパーを終えた後、虎はタオルで汗を拭きながら、ふいに口を開いた。

「ねえ、飲みに行かない?」

 その声はいつもの軽さを装っていたが、僅かに揺れがあった。断られるかもしれない、そんな不安が滲んでいた。狂介は逡巡した。短く煙草に火を点け、煙を吐く。だが結論は揺るがなかった。

「悪い。……犬を、友人に預けてる」

 虎は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。

「なにそれ。あんた、ちょっとヤワになってるんじゃない?」

 狂介は目を細め、煙草を押し潰した。

「そんなことはない」

 ぶっきらぼうな声が返った。二人の間に、奇妙な沈黙が落ちた。それでも、ほんのわずかな笑みが、互いの口元に浮かんでいた。

 

 ***

 

 狂介はスーパーの棚に並んだドッグフードの缶を無言で手に取った。重量感を確かめ、カゴに放り込む。会計を済ませるとき、ふと虎の言葉がよぎる。――あんた、ちょっとヤワになってるんじゃない?

「そんなわけはない」

 心の中で吐き捨てる。だが足取りは自然と速まっていた。早くいかねば。犬が待っている。それが頭を占めていた。裕司の顔が浮かぶ。新宿・歌舞伎町の裏路地で小さなバーを営む男。数少ない、狂介にとって気が置けない友人と呼べる男。陽気で気さくな男だった。任務のときはいつも、レインを彼に預けていた。酒と犬。裕司は二つとも巧みに世話をした。その夜も同じはずだった。狂介は袋を提げ、バーのドアを開けた。――違和感。すぐにわかった。店は荒らされ、ボトルは砕け、カウンターは倒れていた。酒の甘い匂いと鉄の匂いが混ざっていた。奥に転がされた裕司がいた。顔は腫れ上がり、拘束具を付けられていた。幸い、胸は上下している。息はある。だが、その傍ら。鉄杭が打ち込まれたレインの小さな体があった。血が床に広がり、毛は冷たく硬直していた。狂介は立ち尽くした。背筋を這い上がる冷たいものが、全身を支配する。指先が震えた。

「……組織か」

 声は低く、地の底から響くようだった。

 

 ***

 

 狂介は裕司の拘束を外した。縄を解かれると、裕司は血まみれの顔を上げた。

「……すまねぇ、狂介。俺が、俺が……」

 震える声に、狂介は首を振った。

「違う。俺のせいだ」

 視線を傍らに向ける。鉄杭を打ち込まれたレインの小さな体。狂介はしゃがみ込み、両手で抱きかかえた。指先に伝わるのは、冷たく硬直した骸。それでも、そこに確かにいた日々の温もりが幻のように蘇る。――麗音と並んで散歩した公園。――ジュディに預けるときの安心した尻尾の振り。――眠れぬ夜に隣で丸くなって寝息を立てていた姿。――走り回り、餌をねだり、匂いと体温を残していた小さな命。朝、顔を舐め回されて、心の奥底で喜んでいた自分のこと。それらはもう、永遠に戻らない。匂いも、舌の湿りも、短い足の軽快なリズムも。狂介の喉の奥から、押し殺した唸りが漏れた。涙は出なかった。ただ冷たい炎が、静かに、だが確実に燃え上がった。レインの亡骸を抱きしめる腕に、狂介は全てを刻み込んだ。――奪われた。その事実が、彼の中で唯一の真実となった。

 

 ***

 

 裕司を病院に運んだ。治療室の前の白衣の医師に手短に、念入りな治療を頼むと狂介は踵を返した。裕司の口座に、治療費と店の修理代を足したよりも遥かに高額を振り込む。次に向かったのは、火葬業者だった。レインの小さな亡骸は、静かな炎に呑まれていった。鉄の扉が閉じられる音は、戦場の銃声よりも重く響いた。渡された白い箱の中に、焼き尽くされた骨が残った。狂介はそれを抱え、東京湾へと出た。海風が冷たく頬を打つ。麗音が沈められた、あの水面。骨のいくつかを手のひらで砕き、潮に放った。白い粉が波に混じり、やがて溶けて消えた。

「……麗音に会うがいい」

 声は低く、海の轟きに飲まれた。残った小さな骨を一つ、狂介は口に含んだ。奥歯で噛み砕こうとする。硬い。歯が軋む音がする。舌に苦みと灰の粉が広がる。唾液とともに、かつての温もりが己の体に沈んでいくようだった。涙は出なかった。ただ胸の奥に、焼けただれるほどの憤怒が渦巻いた。暗い瞳が海を睨みつける。

「……必ず、討つ」

 その言葉は呪いのように、唇からこぼれた。体を焼き尽くす炎となり、狂介をただ一つの方向へ駆り立てていた。

 

 ***

 

 裕司の店は、まだ酒の匂いが染みついていた。砕けたグラスを拾い、折れた椅子を積み上げる。片付けながらも、狂介の胸には暗い炎がくすぶり続けていた。そのとき、電話が鳴った。旧式の受話器を取ると、機械的な声が流れた。ボイスチェンジャー――組織だと直感する。

「楽しんでもらえたかな?」

 氷のような声音に、狂介は低く返した。

「……何がしたい」

「何も。意味なんてないさ。効率も理屈もない。ただの嫌がらせだよ」

 胸の奥に黒い水が注ぎ込まれるようだった。指先が白くなるまで受話器を握りしめる。相手は続けた。

「日時を指定する。お前も知っている廃坑の採掘場だ。楽しんでもらうために、最良の殺し屋を用意した」

「……行ってやる」

 日時場所を告げ終わると、機械越しに、乾いた笑いが波のように伝わってきた。狂介は無言で受話器を叩きつけ、通話を切った。明確な罠。そこへ飛び込もうとする自分を、心のどこかで別の自分が止めようとしていた。だが止まらない。怒りが理性を焼き尽くし、ただ一つの欲望に変わる。――全てを破滅させたい。狂介は暗い瞳を閉じた。それでも、もう決して止まれなかった。

 

 ***

 

 狂介は愛用のコルト・ガバメントを手に取った。一キロを超える鉄の塊が掌に沈む。.45ACP――人間の骨を叩き割るためだけに生まれた鈍重な弾丸。その確実な死を確かめるようにスライドを引き、夜の採掘場へと向かうすり鉢状の廃坑は、闇に沈んでいた。岩肌が夜露を含み、冷たい光を反射している。底へ降りると、そこに影が立っていた。廃坑の底に立っていたのは虎だった。闇の中で、長大な銃身が鈍く光る。アキュラシー・インターナショナルAW――北極戦仕様の冷たい精密機械。軍隊でも扱える者は限られるその凶器を、女はまるで杖のように無造作に抱えていた。驚きの色を浮かべながら。

「……あんたが来るとはね」

 狂介は何も言わず、銃を握り直した。虎が口を開く。

「罠だよ。あたしだって呼び出されたんだ。嫌な予感がしてこいつを選んだのさ。撃ち合う気なら、無駄な長物だろう?」

 信じたい気持ちが湧く。だが、もう何もわからなかった。記憶が走馬灯のように巡る。――女豹、ナターシャの肉体と甘い声。――玲子の裏切りと、最後の銃声。――麗音の柔らかな体温、かすかな「幸せ」という囁き。――小さなフレンチブル、レインの舌の感触。――ジュディのほがらかな笑顔。――裕司の店、カウンター越しの酒と冗談。――虎と背中を合わせ、火線を潜り抜けた戦い。記憶が、渦のように回る。ぐるぐると、ルーレットが回り続ける。どこに止まるのか、自分でもわからない。虎の瞳が射抜くように狂介を見つめていた。信じるか、撃つか。その境界で、闇が震えていた。

 

 ***

 

 夜の闇を震わせ、地獄の爆音が響いた。ローターの回転が大気を切り裂き、巨大な風圧がすり鉢の底を襲う。サーチライトが白刃のように走り、二人の影をあらわに照らした。UH-1――ベトナム以来、戦場を血で染めてきた輸送ヘリだ。機体側面から軽機関銃が突き出されている。闇に吊るされた死神が、地上へ鉛の雨を吐き出そうとしていた。

「ッ……!」

 虎が目を細めた瞬間、轟音に混じり銃声が連なる。M60E3――7.62mmNATO弾を吐き出す悪魔の代物。毎秒十数発の鉛弾が、火線となって闇を切り裂く。機体側面のドアに据え付けられたピントルマウントから、弾帯が唸りを上げ、銃身が赤熱していく。粉塵と火薬の匂いが一瞬で満ちる。咄嗟に狂介は虎を庇い、覆いかぶさった。ローターの風に砂利が叩きつけられる。次の瞬間、弾丸が二人の背後で岩を砕き飛散した。ヘリは大きく旋回し、再び接近してくる。狂介は虎の腕を引き、採掘場に転がる巨大な重機の影へと飛び込んだ。鉄の塊が、かろうじて弾丸の雨を遮ってくれる。息を荒げながら振り返った虎は、愕然とした。庇った狂介の右腕から、血が滴り落ちていた。握った銃は重く垂れ下がり、もはや撃てぬことは明白だった。

「……ヘマしたな」

 狂介は嘯くように吐き捨て、口元に薄く笑みを浮かべた。夜風に混じり、血の匂いが鉄錆のように漂った。

 

 ***

 

 7.62mm弾は、人体に着弾すればこの程度では済まない。直撃なら腕は千切れ飛び、腹の臓物はぶちまけられていただろう。運よく岩を砕いた跳弾の破片か、鋭利な石礫が突き刺さったに過ぎない。だが、それでも意識を削るには十分な激痛だった狂介は荒い息を押し殺し、早口で言い放った。

「お前が撃て。チャンスは一度きりだ」

 虎の眉がひくりと動く。

「どこを狙う」

「射手じゃない。操縦士だ。横に機体を振り、撃とうとした瞬間だ。そいつを仕留めろ。そうすれば終わる」

 瞬間、互いの脳裏に同じ計算が走った。――横移動するヘリを予測射撃で狙う。しかも操縦席の男を。至難の業だった。

「射手を撃つべきじゃないのか」

 虎が問いかけるより早く、狂介は遮った。

「控えがいるかもしれん。操縦士を落とせば一撃で済む」

「……簡単に言ってくれる!」

 虎が呻いた。狂介は左肩を差し出し、片膝をついた。

「撃て。銃座代わりに使え。仰角を稼ぐにはそれしかない」

 虎は即断した。

「身動きするなよ」

 鋼の狙撃銃が狂介の肩に置かれた。重さと冷たい感触が食い込む。ローター音が大気を裂き、すり鉢の闇が震える。ヘリが再び大きく旋回し、光と弾丸を浴びせかけてくる。虎はスコープに眼を据えた。呼吸を殺し、偏差を読む。照準を操縦席へ。引くのではない。静かに引き金を絞り込む。銃声が闇を裂いた。肩から全身へ走る衝撃に意識が飛びかけ、傷口から血が噴き出す。歯を食いしばり耐え抜こうと足掻く。ヘリのキャノピーが砕け、操縦席で赤い霧が弾けた。機体は一瞬持ちこたえたが、制御を失い大きく傾ぐ。黒い機体は旋回を乱し、すり鉢の斜面に翼を削られた。次の瞬間、地獄の炎が夜空を裂いた。二人は爆風に叩き伏せられ、砂利と破片が雨のように降り注いだ。

 

 ***

 

 爆炎の熱が背を焼く。狂介はなお残骸を見据えたまま、低く言った。

「見事だ。さすが虎だ……俺が惚れた女……」

 その言葉と、声の弱弱しさに虎は愕然とする。暗がりの中で、狂介の顔は青ざめ、唇は乾いていた。右腕だけではない。腹のあたりからも血が流れ、土を黒く濡らしていた。

「……狂介!」

 思わず抱きしめ、押し支える。虎の声は怒号に変わった。

「ここで終わりか、ふざけんな!」

 そのとき、夜空を裂くように雨が降り出した。冷たい滴が二人の体を叩き、血と汗を洗い流す。鉄錆の匂いに、清冽な水の匂いが混ざった。狂介は弱々しい声で笑った。

「……勝手に終わらせるな」

 虎は安堵し、額を押し付けた。雨の音が他を塗りつぶし、すり鉢の底に静寂を取り戻す。

「……恵みの雨だ。レイン……」

 狂介がかすかに呟いた。暗い夜に、雨が降る。それでもどこかに、確かに希望の匂いがあった。

 

 ***

 ***

 ***

 

 時間が経ち、狂介の顔には血色が戻っていた。腕の包帯はまだ痛々しいが、歩き方は確かに力を取り戻していた。裕司も退院し、再び店を開く準備を始めている。ジュディには犬の遺骨の一部を渡した。彼女は涙を流し、祈るように抱きしめた。今はファミレス。狂介の前には虎が座っている。二人ともコーヒーを手に、互いに黙したまま。

「飲みに行く約束はどうなったんだ?」

 虎が憮然とした顔で切り込んだ。狂介は肩を竦める。

「こっちはまだ病人なんだ。裕司の店の再開祝いまで待てばいい」

「だいぶ先だろう、そんなに待たないといけないのか?」

 虎が睨むように言う。狂介の視線がふと逸れた。少し離れた席に大学生らしき男女。華やかな女の子、小柄な少女、長身の艶やかな美女に囲まれて、男が困惑しながらも嬉しそうに笑っている。「パフェ頼もう」とはしゃぐ声。甘い笑い合い、かつて麗音が夢見た『普通』の情景だった。狂介はぼそりと呟いた。

「あんな風に、未来だけを信じていられたらな……」

 虎は鼻で笑った。

「らしくない感傷だ」

 ふん、と言い捨てると、手元の店舗タブレットを操作してパフェを注文した。狂介は目を剥いた。

「食べるのか?」

「別にいいだろう。二つ頼んだからな」

「俺も食べるのか?よしてくれ。だいたいまだ固形物はつらい」

 虎は獰猛に笑った。

「払いもお前だからな」

 笑い声は鋼のように強く、それでいて健康的だった。その響きに狂介は、わずかに安らぎを覚える。未来はわからない。明日はまた血と硝煙に塗れるかもしれない。だが、すくなくとも今は――。窓の外に、雨上がりの空が広がっていた。

 

 ***

 

 【グループチャット】

 七海:いったんの完結です。今回のお話は、ローレンス・ブロックさんと七月鏡一さんに影響されて書きました。

 飛鳥:わたしこれ続き読みたい。

 七海:なんか、自分でも最初はパロディで始めたのに、だんだん思い入れてしまって。真剣になって書きました。

 瑞希:ワンちゃん……うわーん。

 七海:そこは自分で書いておきながら、罪悪感があります……。


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