表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/22

おうちパーティ、乾杯から

 夕暮れの光が、レースのカーテンを透けて、部屋に柔らかく広がる。テーブルには準備された料理とカトラリー。そこに、にぎやかな夜が、そっと足音を立て始めていた。キッチンのカウンターには、色とりどりの前菜が並びはじめている。七海が手を伸ばし、そっとオリーブを器に足した。

「オリーブ、もう少し並べたほうがいいかな……」

 ひとりごとのように、ぽつり。その少し奥では、瑞希が冷蔵庫の前でしゃがみこみ、プリンの容器を抱えていた。

「うん、わたしのデザートもいい感じ〜。ねぇ、これにミント飾ったら可愛くない?」

「それ、すごく映えると思います。さすが、瑞希さん」

 七海が微笑む。その声だけでもう、部屋がすこしだけ華やかになるようだった。そんなふたりを、じっと見ていたのが飛鳥。キッチンの入口に立ち、腕を組んで眉をひそめている。

「……てか、これ絶対焦げてない?大丈夫なの?ねぇ」

「大丈夫です。火はもう止めてますから」

「ふーん……ほんとかな〜……」

 そっけないふりをしながらも、気になるのかそっとフライパンを覗きこむ。熱のこもった匂いが、まだほのかに残っていた。

「……なんか、すごい匂いしてきたけど」

「それはわたしじゃなくて、瑞希さんのプリンの方かと」

「えっ、ほんと?ちょっと見せて!」

「だーめーっ、まだ内緒なのっ」

 笑い声がはじける。瑞希が軽く飛鳥の肩を押すと、ちいさな物音とともに、三人の空気がひとつに溶けた。

 

 ***

 

 駅前のデパートの自動ドアが背後で閉まる。誠は小さく息をついた。肩には紙袋。中には冷えたシャンパンと、コンビニじゃないちょっと洒落たチーズの盛り合わせ。気がつけば、足取りは少し早い。夏の夕方、アスファルトに照り返す残り陽のなかを歩いていく。――みんな、今頃もう始めてるかな。そんな思いが浮かぶと、自然と顔が緩んだ。脳裏に浮かぶのは、七海の優しい笑み。瑞希のきらきらした目。そして――飛鳥の、ツンとすました顔と、赤い耳。信号が青に変わる。誠はポケットからスマホを出して、位置情報を確認しながらマンションの方へ向かっていく。風が少し吹いて、紙袋の持ち手がカサリと鳴る。手のひらに冷たい瓶の感触がじわりと伝わった。エントランス前に着いたときには、もう夕焼けの色がガラスに映り込んでいた。階段を上る。彼は深呼吸をひとつして、ドアの前に立つ。そして――指先で、呼び出しボタンを押した。

「ピンポーン」

 ドア越しに、遠くから何かが弾けるような声が聴こえた。

 

 ***

 

「ピンポーン」

 乾いたチャイムの音に反応したのは、リビング側にいた瑞希だった。

「――あっ!まーくんきたっ!」

 声を弾ませながら、トレイを持ったまま軽やかに踵を返す。ガラス越しの光が、ふわりと揺れた髪を照らして、白のワンピースに影を落とす。

「もうっ、ちょっと待ってね!」

 笑いながら、キッチンカウンターにデザートを並べてから走り出す。その背中を、飛鳥が目で追っていた。

「……別に、大騒ぎするほどのことじゃなくない?」

 そう言いつつも、無意識に足が玄関の方へ向いている。頬がほんのり色づき、唇の端がわずかに吊り上がっているのを、誰も指摘しない。でも――誰もが、気づいている。七海は最後に前菜の皿を整え終えると、ふぅ、と小さく息を吐いてから微笑んだ。

「……じゃあ、みんなで、迎えましょうか」

 玄関へ続く廊下の向こう。ドアの影が、微かに揺れている。

 

 ***

 

 一拍遅れて、カチャリと音がする。ドアが、ゆっくりと――内側から、開いた。そして、顔を覗かせたのは、瑞希だった。

「――まーくん、おかえりっ♡」

 笑顔。全開。そのまま飛び込む勢いで抱きつこうとしたが、誠の手にある紙袋に気づいて寸止め。

「あ、あぶな……シャンパン落としそうだった……っ」

 奥から声が飛ぶ。

「ていうか、ここ、七海の家だし」

 飛鳥が顔を出す。白シャツの袖をまくり、ふてくされたような声。でも、目はしっかり誠を見ていた。そして最後に、七海が一歩下がって微笑む。

「ようこそ。おかえりなさい、誠さん」

 やわらかなトーン、穏やかな視線。それだけで、部屋の空気がふわりと変わった気がした。

「ただいま」

 誠も、微笑みながら返す。するとすぐさま――

「なに、その“正妻感”出してんのー!?ずるいーっ!」

「わたしの方が早く迎えたしっ!」

「落ち着いてください、ほら、手を洗ってもらいましょう」

 三人三様の声が重なり合い、玄関には、ちいさな喧騒と、甘い再会の匂いが漂っていた。

 

 ***

 

 玄関のドアが閉まると、ほんのり甘い香りが鼻をくすぐった。足元のフローリングは磨かれていて、靴音が少しだけ響く。視線を上げると、瑞希が笑顔で、近い。

「ねぇ見て〜、わたしのデザート、めちゃくちゃ可愛くできたんだよ♡」

 手を引かれる。紙袋を抱えたまま、誠は少しバランスを崩しながら廊下を進む。視界の先、リビングに続くドアが開かれていて――照明に照らされたテーブルの上、色とりどりの料理が並んでいた。

「ほら、これ!プリンにラズベリーとミントのせたの!映えじゃない!?」

 瑞希がテーブルの端に飾ったガラス容器を指さす。横にはキャンドル風の間接照明。反射でゼリーがきらりと光っていた。奥のソファにいた飛鳥が、手を腰に当てて言う。

「……でも、メイン料理は七海じゃん」

「えーっ、飛鳥ちゃん、わたしのデザート見て言ってる〜!?」

「見てるよ。でもほら、作ったって言っても、冷やしてただけでしょ?」

「ひどーい!飛鳥ちゃん今日、なーんにもしてないくせにっ」

「わたしは……あれだよ、空気づくり?場の……盛り上げ?」

「それ、さっきまでキッチンの壁に寄りかかってただけじゃん……」

 わちゃわちゃ。軽い応酬。笑い声がリビングに跳ね返る。七海はキッチン側から近づいてきて、誠の紙袋を受け取った。

「ありがとうございます、誠さん。シャンパン冷やしておきますね」

 微笑みながら、自然と距離が近い。指先が紙袋に触れたとき、ほんの一瞬だけ、視線が交差した。

「手、洗ってくださいね」

 柔らかな声。彼女が言うと、どこか“儀式”みたいになる。すかさず、背後から瑞希の声が跳んだ。

「うわ、また出た!その“正妻感”!」

「えっ、出てました?」

「だいぶ」

「出まくりだったよね」

「ふふ……そんなつもりはなかったんですけど」

 七海はくすっと笑いながら、袋を持ってキッチンへ戻る。

「ねぇ、まーくん、やっぱりデザート可愛いでしょ?」

「でも誠、メイン料理の方がテンション上がってたっぽくない?」

「ちょっと飛鳥ちゃん!今はデザート褒めるターンでしょ〜!」

 笑い声、追いかけるような足音、誰かがクッションに突っ伏している音。玄関から洗面台へと歩きながら、誠は思った。――ああ、来てよかったな。

 

 ***

 

 洗面台で手を洗っている間にも、リビングからは、小さな声や笑いが聞こえてくる。シャーッという水音の向こうで、グラスが触れ合う澄んだ音。

「そちらはそちらで盛りつけ直して頂ければ」

 という七海の声に、

「まーくんが戻ってくる前にセッティング完璧にしよ!」

 と応じる瑞希の声。

「なにそれプレッシャーじゃん」

 と呟く飛鳥の声。――ふと、胸の奥がじんとする。手を拭いて戻ると、テーブルの上はもう完成していた。小さなプレートに並ぶ前菜、真ん中に七海の手によるラザニア、その隣には、瑞希のミントとベリーのプリンが花のように並んでいた。飛鳥が、グラスを慎重に並べている。……割らないように、そっと。

「はい、完璧っ!」

「シャンパン、もういい感じに冷えてますよ」

「まこと、座れば?グラスそこ」

 三人がそれぞれのポジションに座って、誠もテーブルの一辺に腰を下ろした。照明が少し落とされて、グラスの縁がきらりと光る。

「じゃあ……」

「乾杯、だね」

 瑞希が言った。けれど、すぐに飛鳥が小首を傾げる。

「……でもさ、なにに?今日って記念日とかじゃないし」

 一瞬、言葉が詰まりそうになる。けれど、七海がやさしく笑った。

「なんでもいいんじゃないでしょうか。この、四人に」

「……四人に、か。いいね」

 誠がそう返すと、グラスがふたつ、三つと掲げられた。

「この四人に――乾杯!」

 軽やかに、グラスが合わさる音。シャンパンの泡が弾けて、その音に、笑い声が混ざった。

「ラザニア、すっごい香り」

「瑞希、これデザートっていうより作品だね」

「……いや、飛鳥ちゃんがそれ言うの反則じゃん」

「うわ、これちゃんとパリッとしてる……」

 テーブルを囲む四人の会話が、さざめきとなって広がっていく。フォークの音、笑いの切れ端、視線のぶつかりと、照れくさい表情。誠は、その中心で、静かに胸を震わせていた。――ずっと、こうしていられたらいいのに。シャンパンの泡が、グラスの縁を登る。それがまるで、時間の粒みたいに思えた。

 

 ***

 

 ラザニアの切れ目から、ふわっと湯気が立ち上る。七海がカトラリーをそっと差し入れて、ひとつずつ取り分けていく。瑞希が小皿にプリンを並べながら、つまみ食いしそうになるのを、飛鳥がつっつく。テーブルの上には、色とりどりの料理と、四人の笑い声があった。

「……ねえさ、まーくんと最初に話したのって、誰が一番早かったんだっけ?」

 瑞希が、フォークでプリンをつつきながらふと問いかける。

「んー……たぶん、七海さん?」

「いえ、たしか……飛鳥さんが、一番最初だったかと」

「えっ、あたし?」

 飛鳥がグラスを持ったまま眉を上げた。その顔に、瑞希がすかさずツッコミを入れる。

「もうっ、忘れてるし〜!」

「いや、だって……最初はあんまりいい感じしなかったから……」

「ひどい!」

「印象変わったのは……あー……あれかも」

 ラザニアを一口食べて、ほんの少し間が空く。

「資料室の前でさ、ダンボール持ってたとき……」

 自然と、空気が落ち着いた。

「──これ、あたしだけじゃ重いって」

 飛鳥の声が、静かにテーブルの真ん中に落ちる。

「手伝ってって言ったわけじゃないのに、まことが、後ろから……スッて。無言で持ってくれてさ。『今から戻るとこだったから』って」

 誠は、そうだったっけ?と少し照れたように笑った。

「……そのとき、なんか思ったんだよね。いつもの調子乗ってる感じじゃなくて、妙に静かな横顔で」

 フォークを置いて、飛鳥はゆっくりとグラスを揺らした。

「段差でつまずきそうになったら、手首、掴んで支えてくれて。……そのときの手の感触が、なんか、懐かしかった」

「懐かしい?」

「うん。……家族じゃないけど、なんか昔のお兄ちゃんっぽいっていうか」

 笑いながら、でも目線はテーブルの端に落ちていた。

「いや、なに考えてんだあたし、って思ったよ?でも、そのあと無言で歩いてく彼の背中、なんとなく目で追っちゃってて」

 ぱちん、と瑞希が軽く手を叩く。

「え、それってもう好きになってたってことじゃん!」

「ち、ちがっ……!まだ、その頃は“前よりマシ”ってくらいでっ……」

「うわ〜、それもう始まってるやつだ〜〜!」

「黙れデザート女!」

「ひど!?」

 笑い声が一気にテーブルを包む。飛鳥の頬はすこし赤く、でも口元にはちゃんと笑みが浮かんでいた。七海がそっとグラスを満たしながら、穏やかに頷いた。

「……そういうの、素敵ですね」

「なにが」

「何も言わない背中を、誰かが見ていたっていうのが」

 誠は苦笑しながらグラスを持ち上げた。

「なんか、こそばゆいな……」

「まーくん、かっこよかったってことだよ。素直に褒められなさいっ♡」

 

 ***

 

「……じゃあさ、瑞希は?」

 瑞希がプリンを口に運ぼうとしたそのとき、飛鳥がさらっと振ってきた。

「え、なにが?」

「最初にまーくんのこと“ちょっと好きかも”って思った瞬間」

「それ、わたしも聞きたいです」

 七海も、やわらかく乗ってくる。

「え〜……なにそれ〜……」

 フォークを止めたまま、瑞希は目線を逸らした。けど、すこしして――静かに、笑った。

「……たしか、新歓コンパ、だったかな」

 グラスの中のシャンパンが揺れる。氷は入っていないのに、カラン、と音がした気がした。

「“瑞希ちゃんって、モテるよね”とか、“彼氏いないの?意外〜”とか、ああいう空気ってあるじゃん?」

「あるある」

「はいはいってやつ」

 飛鳥と誠が、ほぼ同時に口を挟む。瑞希はくすっと笑った。

「でしょ?そういうの、流すの慣れてたし、“みんなの理想の瑞希ちゃん”でいるのも、別に苦じゃないんだけど――あの日は、ちょっと疲れてたんだと思う」

 フォークの背で、プリンの表面をなぞる。跡が残った。

「ふと、手元のグラス見てたらね。向こうから、“唐揚げ、食べなよ”って」

 誠が

「あー……」

 と低く声を漏らした。

「“ひとつも取ってないじゃん”って、そう言って、勝手に小皿に乗せて、目の前に置いてきて」

「うわ、食べろ圧つよ……」

「で、なんて名乗ったんでしたっけ」

 七海の問いに、瑞希が一拍置いて笑った。

「“唐揚げの守護神”」

「ちょ、それ、初耳なんだけど!?」

 飛鳥が吹き出す。誠は顔を覆ったまま俯いた。

「“は?”って言っちゃったよ、ほんとに。なんか、変な人だなあって思って……」

「……でも、ちょっとだけ、笑っちゃって」

 瑞希はそう言って、すこしだけ首を傾げた。

「笑うつもりなんてなかったのにね。なんかこう、唐揚げしか見てない感じとかさ、褒めてもこないし、連絡先も聞いてこないし、なにそれ、って思ったけど――」

 フォークを置いたその指が、すこしだけ震えていた。

「……なんか、“すごいな、この人”って。変な意味じゃなくてね?」

「もう好きじゃん、それ」

「ですよね」

 飛鳥と七海が、同時に言った。

「もー……やだ、そういうとこだよふたりとも……」

 頬をふくらませながら、でも瑞希は笑っていた。誠はグラスを持ったまま、黙ってその笑顔を見つめていた。部屋の照明が、彼女の髪に光を落として、グラスの中で泡が、ゆっくりと上がっていく。それはまるで――最初の一瞬、心が揺れたときの記憶みたいだった。

 

 ***

 

「じゃあ、七海さんは?」

 飛鳥がポテトをつまみながら、ふと口にした。その問いに、テーブルの空気がすこしだけ整う。七海は、グラスを持っていた手を一度置いて、すこしだけ笑った。

「……わたしは、たぶん……寝坊した日、ですね」

「えっ」

「……そこから始まるの?」

 瑞希と飛鳥が声を揃える。誠は、口を開きかけて――でも何も言わず、黙って見つめていた。七海は、ゆっくり話し始める。

「大学デビューって、ちょっと頑張ってたんです。毎朝メイクして、服も調べて、髪も巻いて……“かっこいい自分”を作ってたつもりでした」

「うんうん、わかるよそれ」

「七海さん、いつも綺麗だもんね」

 瑞希がそう言って微笑む。七海は目線を落としたまま、指先でグラスの縁をなぞった。

「でも、ある日、寝坊してしまって。メイクも中途半端で、服も適当に掴んだ白シャツとワイドパンツ。コンタクトも忘れて……昔使ってた黒縁のメガネをかけて」

「わ、それはレア」

「見たかったかも」

「……ほんとに、全部崩れた気がしたんです。鏡に映った自分が、高校生みたいで、せっかく作ってきた“大学のわたし”が、全部なくなった気がして」

 声は静かだったけれど、テーブルの空気がしんと静まっていた。

「教室に入って……誰にも見られたくないって、思ってたんです。そしたら、誠さんが」

 誠がわずかに眉を動かす。

「“メガネ、似合ってるね”って、言ってくれて。“いつもはかっこいいけど、今日の感じも、すごく似合ってる”って」

 七海の指先が止まった。小さく、微笑む。

「“今日の感じも”――その言葉に、救われたんです。……崩れた自分も、誰かに“いい”って言ってもらえるんだ、って」

「うぅ……やっぱまーくんズルい……」

 瑞希が身を乗り出して、軽く文句っぽく呟く。

「わかる……なんか、自然に心に入ってくるんだよな」

 飛鳥もどこか遠い目でうなずく。誠は少しだけ、気恥ずかしそうに笑った。

「……なんか、そんなつもりはなかったんだけどね。ただ、ほんとにそう思っただけで」

「そういうところ、です」

 七海が、まっすぐに言った。その目は、柔らかくて、でも少しも逸らさなかった。

「そういう、まっすぐな言葉が、いちばん、嬉しかったんです」

 その言葉に、食卓にふたたび静けさが落ちる。だけど、それは沈黙ではなくて、あたたかな“間”だった。四人のあいだに漂う、泡みたいな感情。それはきっと、言葉では説明できない何か。そして誠の胸には、またあの想いがじんわりと膨らんでいた。――ずっと、こうしていられたら。

 

 ***

 

 静かな“間”のあと、唐突に飛鳥がフォークをくるくる回しながら口を開いた。

「……てかさー、でも聞いてると、まことって、たいしたことしてなくない?」

「えっ!?」

 誠のグラスが揺れる。飛鳥は真顔。だけど、ちょっとだけ唇が笑ってる。

「いやほら、瑞希は唐揚げだし。七海さんも、寝坊の日に“似合ってる”って言われただけじゃん?」

「ちょ……あすかちゃん!?」

 瑞希が慌てて止めに入る。けれど、すでにスイッチは入っていた。

「……言われてみればそうかも……唐揚げって……」

「ちょ、瑞希まで!?!?」

「え、だってさ〜、彼氏になるには“世界を救う”くらいのことしてないと!」

「もしくは“お姫様を助ける”とか」

「最低限、塔に登るくらいはしてほしいですね」

「ストーリーの規模感!!」

 誠が両手をあげて抗議するが、三人は完全にノリノリ。

「エビで鯛を釣るって言葉、ありますしね」

「鯛すぎる〜〜」

「わたしたち、鯛!?」

「それ、フォローになってないからね!?」

 誠が崩れ落ちそうになったその瞬間、瑞希がにこにこと言う。

「でも、ずるいよね?まーくん。何にもしてないのに、こんな可愛いみんなにモテてるとか」

「うわ出た、自画自賛」

「でもほんとにそうじゃない?飛鳥ちゃんも、わたしも、七海さんも――ね?」

「……まあ、ね」

 飛鳥が小さく呟く。視線は逸らしてるけど、耳がほんのり赤い。

「“何にもしてない”なんて、嘘です」

 七海が穏やかに言う。

「ちゃんと、言葉にしてくれたこと。ちゃんと、見てくれたこと。それって――すごく大きいことだと思います」

 一瞬、空気がすっと落ち着く。でも次の瞬間、瑞希がまた笑顔で跳ねるように言った。

「……まあでもやっぱり、ずるい〜!」

「結局そうなるの!?!?」

 笑いが弾ける。フォークがカチンと鳴り、誰かの笑い声に重なって。四人の笑顔が、テーブルの光に包まれる。その中心にいる誠は、呆れたような顔をしながら、けれど――胸の奥に、温かい何かを噛みしめていた。ほんとに、たいしたことはしてないのかもしれない。けど、それでもこんなふうに笑ってくれる人たちがいて。こんなふうに、名前を呼んでくれる人たちがいる。それだけで、世界はじゅうぶん尊かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ