表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/27

みんなで、ログを体験する(瑞希、飛鳥、七海それぞれの視点)

 【グループチャット】

 

 瑞希:てか、Emopulseのログってさ、送れるんだよね?

 飛鳥:送れるけど、それ再生すんのってけっこう……アレじゃない?

 七海:“アレ”ですか?

 飛鳥:いや……なんていうか……恥ずかしいやつ。

 瑞希:じゃあさ、遊びでやってみよ?

 七海:えっ、今から、ですか……?

 瑞希:うん。1人1本、選んで送信!

 飛鳥:……バカじゃん。

 七海:ふふ、でも……ちょっとだけ興味あります。

 

 * * *


 ──視点:瑞希


 Emopulseは、感情をログとして記録できるガジェット。昔はスマートウォッチ型だったらしいけど、今はだいたい小型化されたリング型が主流になってるかな。サイズもふつうの指輪とほとんど変わらなくて、つけていてもファッションの一部にしか見えないのがいい。登場したばかりの頃はそこまで話題にならなかったらしい。「ライフログの完全自動化!」みたいな売り文句も、ふつうに暮らしてる人からすればピンとこなかったんだと思う。


 状況が一変したのは「これ、カップル同士でえっちのログ残せるじゃん」っていう気づきがSNSでバズってから。相手の心拍とか体温とか呼吸のリズム。どんなタグが出てどんなふうに高まって、どの瞬間に“ピーク”が来たのか。まるで映像を見返すみたいにふたりの“その時”を再生できちゃう。今では恋人同士の“愛の記録”としてEmopulseを使うのは当たり前になってる。年配の人にはまだ抵抗があるみたいだけど、わたしたち20代ならほとんど全員がもうつけてるんじゃないかな。それくらい手放せないツール。


 ただ、Emopulseはまだ完璧な技術ってわけじゃない。記録ミスや表記の揺れはわりと多いし、曖昧な部分はAIが勝手に補完してくれるから「本人の実感と違うログ」が出ることもある。「そんなに興奮してなかったし!」って言ってるのにログには《#息止まるくらい好き》とか出ちゃったり。それが原因で喧嘩になるカップルも実際いるらしい。でも、そのズレさえ面白がってるのが今の時代の空気かもしれない。

「たぶんこれAIのバグだよ」

「えー、ほんとは好きなんじゃないの?」

 そんなふうに照れと本音のあいだを笑いながらやりとりするのが、きっとEmopulse世代なんだと思う。


 ***


 深夜1時。3人でEmopulseログの“遊び再生”をしようという、グルチャから1時間。 飛鳥ちゃんからのログ。「……これ、たぶんあのときの。見るのやめたくなったらすぐ止めて」って短いメッセージ付きだった。軽い気持ちで再生した。最初は、静かだった。淡い灯りの中、どこか緊張している飛鳥ちゃんのタグが走る。

 

 [混乱] 62%[不安] 71%[情動] 85%


(ふふ、らしいな……)

 ぽつりと微笑んだその直後。

「やだ……まこと……」

 一気に脳が真っ白になった。体温の同期、音声のクリアさ、感情のピークタグ──そして、そこからの“溶けるような”波形の上昇。


 [好意] 94%[快感] 98%[絶頂] 100%

 Peak波形:細波 → 一閃 → 継続的な明滅(長波動)


(……うそ、こんな声……出すんだ、飛鳥)

 平静を装おうとするのに、身体の芯が熱を持つ。胸の奥が、きゅっと締め付けられるような。──そして

「もっと、きて……お兄ちゃん……」

 その言葉を聞いた瞬間、イヤフォンを外して、深呼吸を繰り返した。

(やば、やば……えっぐ……あの飛鳥ちゃんが、そんな……)

 顔から耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかった。でも、同時に心の奥で、何かが燃える音がした。

(負けらんないかも……)

 それは嫉妬ではなく──“挑戦状”だった。


 ***


 ──視点:七海


 Emopulseは一応「五感すべてを統合するログ」という触れ込みだった。視覚、聴覚、触覚、嗅覚、温度や圧覚まで、ぜんぶ記録できるのだとか。でも正直なところ、いまの技術で全部が本物の再現というわけにはいかない。多くはAIの補完。たとえば肌に触れたときの温度も、そのときの感情や状況をもとにAIが再構成しているらしい。つまり「たぶんこうだったはず」という、賢い推測の集まり。本当にあったことと、もしかしたらそうだったかもしれないことが、混ざり合って再生される。


 でも、だからこそ、なのだとも思う。あの瞬間を思い出すには、それで十分すぎるくらいで。完璧に一致していないからこそ、ほんの少しだけ美化されて、夢みたいにやわらかく感じられる。その曖昧なやさしさまで含めて、Emopulseはきっと「愛された記憶を残す」ための道具なのだ。


 しかもEmopulseは、感情や体験をもとにタグやテキスト、イメージ映像まで自動で生成してくれる。だから「匂わせ投稿」が流行り出した。その場でスマホを構えていなくても、あとからログを素にして、それらしい映像が作れてしまう。いい具合にぼかしが入って、余白がある。リアルよりリアルらしい、とでも言えばいいのか。あの夜どんなふうに見つめ合ったか、どんな空気だったか。映画の一場面のように立ち上がってくる。……もちろん、こっそりした投稿とも、相性がいい。


 おもしろいのは、ログの見え方が人によって少しずつ違うこと。もとは統一された規格だったはずなのに、カスタマイズ機能が増えてから、それぞれの個性が出るようになった。同じ感情でも、タグの言い回しや映像の雰囲気がほのかに違う。しかも使うほどにAIの補正が馴染んで、記録がだんだん持ち主らしい文体になっていく。道具を育てている、とでも言えばいいのか。使い込んだ文房具に手がなじんでいく、あの感覚にも少し似ている気がする。


 ***


(……ちょっとだけ、見てみようかな)

 瑞希さんの送ってくれたログ。“再生しますか?”という確認メッセージ。そっと、指を添えて。──ふわりと広がる音。耳元でささやかれるような、

「まーくん……だいすき、だいすき……」

 という声。タグがゆっくりと流れていく。


 [好意] 96%[甘え] 89%[快感] 94%[幸福] 98%

 Peak波形:包囲的波動 → 発光 → 静的絶頂(長時間)


 イヤフォンをつけたまま、瞬きもせずその感情の流れを追った。瑞希さんの声は甘く、優しく、すこし涙声で、何度も「しあわせ」と言っていた。

(……こんな、声。出せるんですね。瑞希さん……)

 喉がすこし、焼けつくように熱くなる。幸福の温度が、伝染するように、胸の奥にも入り込んでくる。気づけば、手のひらが湿っていた。どきどきと、心臓の鼓動が、自分のログに同期してしまいそうで──

「まーくん……お願い、いっぱい愛して……わたし、もう……」

 その言葉の余韻だけが残り、再生は終わった。

「……いいなあ、って……」

 ぽつりと、声が漏れた。うらやましい──けど、それだけじゃない。わたしも、あんなふうに愛されたくなってしまったのです。


 ***

 

 ──視点:飛鳥


 ちょっと前に、Emopulseのリングを結婚式で交換するブームがあったらしい。感情の記録ごと相手に渡すのがロマンチックだ、とかなんとか。ログ自体はクラウドにあるからスマホでも見られるんだけど、リングが認証キーみたいな役割で、交換した瞬間からお互いのログにアクセスできるようになる。要するに、相手の過去の感情まで引き受けるってこと。

 響きはきれい。ふたりの歴史がひとつになる、ね。


 でも現実はそう甘くない。「なんでこの期間のログ消えてんの」「このタグ、誰に出たやつ」「#本気で愛した、って……これわたしじゃないよね」。だいたいそういう地獄になる。火種にしかならないってわかってきて、今はもう感情ごと引き継ぐやつは廃れた。代わりに流行ってるのが、新品のリングをふたりで贈り合うスタイル。過去ログはそのまま残るから、見た目を新しくするだけ。それが「まっさらな出発」の象徴なんだとさ。


 ……まあ、その流れ仕掛けてんの宝石業界だろ、ってわたしは睨んでるけど。「結婚指輪の代わりにEmopulseを」とか、広告で死ぬほど見るし。結局さ、ログでも形式でもなくて。ちゃんと気持ちが伝わってりゃ、それでいいんだよ。たぶん。


 ***


 ……再生、しちゃった。ほんの冗談だった。七海が「見てもいいですよ」って、にこって笑ったから。なにか可愛いハグログとか、そんなのだと思ってた。違った。

 

 再生ログ|七海 02:16|誠の部屋|Emopulse-Link:片方向送信ログ

 タグ:[包容]92% → [奉仕]96% → [幸福]99%

 Peak波形:なだらかな下降 → 一瞬の沈黙 → ゆるやかな上昇と振動


 最初は、かすかな水音。そのあと、湿った呼吸と、何かをゆっくりと含んでいくような──

「ん……んっ、ぁ……だいじょうぶ、です……そのまま……」

(え、なに、えっ……ちょっと待って……)

 声で、すぐにわかった。七海の声だ。しかも──いつもと違う。

「誠さん……いっぱい出して、いいですよ……全部……わたし受け止めますから……」

(……っ!?)

 手が、勝手に再生を止めそうになる。でも、止まらない。指が震えるだけ。

「ん、ん……っ……にが……でも、すき、です……」

(……あの、七海が……すました顔して……モデルみたいで……ふつうに、しゃべってたのに……あんなこと……して……しかも、ぜんぶ……)

 胸の奥が、ずきっとした。怒ってるわけじゃない。でも、苦しい。

(わたしには……できないかも)

 だけど──

(でも、ちょっと……だけなら……してみたい……かも)

 自分の指先が、無意識に唇に触れていた。その感触に、ぞくっとする。

 

 * * *

 

【グループチャット】


 瑞希:……えっと、みんな……再生、したよね?

 七海:はい……最後まで、全部……聴きました……。

 飛鳥:…………うん(というか、止められなかった)。

 瑞希:……ちょ、ちょっとさ……飛鳥ちゃん、あれほんとに……?

 飛鳥:やめて。自分で言ってて恥ずかしいから……

 瑞希:だって……“お兄ちゃん”て……。わたし、リアルにイヤフォン吹っ飛ばしそうになった……。

 飛鳥:うう、しばらく顔合わせられないかも……。

 七海:……でも、飛鳥さんの声、とても……かわいかったです。感情が伝わってきて、胸がぎゅってなりました……

 飛鳥:……っ、七海はさ……あんなこと……全部……!あんなの見せられたら、どうリアクションすればいいの……!

 七海:あっ……あの、その……違うんです、わたしも、つい……やっぱり、ちょっと、やりすぎでしたか……?

 飛鳥:やりすぎっていうか、反則だって……。しかもあのラスト……なんなの、“受け止めます”って……!!

 瑞希:うん……正直、わたし、自分のログが一番甘いと思ってたけど……完全に負けた感ある。

 七海:そんな……いえ……瑞希さんのログ、とても素敵でした。「しあわせ」って何度も繰り返していて、わたし、聴きながら涙が出そうになってしまって……。

 飛鳥:……なんか、さ。どれも“すごかった”んだけど、それ以上に、ちょっと……ドキドキした。

 瑞希:うん……わかる。気まずいけど、でも。

 七海:あたたかくて、ふたりとも、愛されてるんだなって……感じました。

 飛鳥:……わたしだけ、ちょっと子どもっぽいかな。

 瑞希:でも、こういうのって……いいね。恥ずかしいけど、ちゃんと“届いてる”って思えた。

 飛鳥:…………まあ、ね。次やるときは、ちょっとだけ……本気出すかも。

 七海:ふふ……では、そのときは、わたしも……手を抜きませんよ?

 瑞希:あはっ、勝負だね……

 飛鳥:ちょ、ちょっと! 誰がまたやるって言った!

 瑞希:えー? もう逃げられないでしょー♪

 七海:ふふふ……次回の“再生会”、楽しみにしてますね?

 飛鳥:……やだもう、寝るっ。ログは封印!おやすみ!!

 瑞希:おやすみー。

 七海:……おやすみなさい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ