【過去】それでも、夢を見る、ラーメンの記憶(七海視点)
【グループチャット】
瑞希:そいでさ、みんなで付き合うってなった最初の頃って……覚えてる?
飛鳥:えー、あんまりもう覚えてないなあ。ていうか思い出すの趣味悪くない?
七海:わたしは、ちゃんと覚えてますよ。正直、最初は――しんどかったですよね。
飛鳥:ちょ、ちょっと!?そ、それはまあ……ちょっとだけ、ね!?(動揺)
瑞希:えーなにそれ!くわしく!絶対きくー!
飛鳥:やだ、趣味わる!やめてよ!
七海:でも、飛鳥さんとふたりで遊びに行ったじゃないですか。あの日のこと、わたしは好きです。
飛鳥:……あー、うん、それは覚えてる。
瑞希:ほら、覚えてるじゃーん。
飛鳥:うるさい。ていうかそのとき瑞希は、まことにデートドタキャンされてたんじゃん。
瑞希:え、ちょ、それ言う!?ドタキャンじゃないもん、急用だもん!
七海:ふふ、ふたりとも落ち着いてください。それで次の日、みんなでラーメン行きましたよね。
瑞希:うん。あれ、忘れられない。すっごく美味しくて、ちょっと泣きそうだった。
飛鳥:……わたしも、覚えてる。てか結局さ、あれ全部まことが悪い。優柔不断で、瑞希もわたしも泣かせてんのよ。
瑞希:あー!やっぱ泣いてたんだ!
飛鳥:ちがっ!それは!泣いてないし!?ちょっと目が潤んだだけだし!
七海:ふふ、飛鳥さん……いま、自分で言っちゃいましたよ?
飛鳥:やめろー!
瑞希:うん……やっぱり、わたし、みんなのこと大好きだなって思ったの。
飛鳥:は? なに急に。怖っ。
七海:ふふ。でも、分かりますよ。わたしも……おふたりのこと、大切だなって思ってます。
飛鳥:……やめて、照れる。
七海:もし誠さんがいなかったら、わたし、飛鳥さんとお付き合いしてたかもしれませんね。
瑞希:え、それずるい!わたしも飛鳥ちゃんとなら全然いけるよ!
飛鳥:ちょっと待て。なにこの流れ。ていうか、瑞希は軽いんだよ……七海なら、まぁ、わりと……ありかもだけど。
瑞希:わたし即NGなの!?せめて「えっ、まじで!?」って驚いてくれてもよくない!?
七海:ふふ……。でも、こうやって言い合えるのって、幸せですよね。
飛鳥:……まあ、今さら戻れないしな。
瑞希:なにそれ、フラグみたいなこと言わないで~!
七海:でも本当に、今のこの関係……好きですよ。
飛鳥:……うん。わたしも。
* * *
──【過去】それでも、夢を見る、ラーメンの記憶(七海視点)
部屋の隅に、コンビニの袋がくたっと置かれていた。机の上には開けかけのカフェラテと、食べかけのクッキー。でも飛鳥さんは、どちらにも手をつけようとはしなかった。
「……いちご、いります?」
わたしが差し出すと、飛鳥さんは小さく首を振った。彼女はソファの隅で膝を抱えたまま、頷きも、否定もしなかった。瑞希さんのアカウントから写真付きの投稿が届いていた。渋谷の屋上テラスで撮ったらしい、夕焼けの背景にふたりの影。コメントは何もついていなかったけれど、彼女の指先が、誠さんのシャツをそっと摘んでいた。
「……楽しそうだね、あのふたり」
飛鳥さんがぽつりと言った。背中越しの声は、思ったよりもずっと淡かった。
「……うん。そうですね」
わたしは、そう答えるしかなかった。しばらくの沈黙があって。
「別にいいんだよ。順番だし……最初から、そういうの、わかってたし」
言葉の途中で、彼女の声がわずかに揺れた。
「わたし、そんなことで泣いたりしないし」
その瞬間だった。飛鳥さんが、ふいに両手で顔を覆った。しゃくり上げるような音が、小さく響いた。
「……やだ……ほんと、やだ……っわたし、別に、あんなの、平気だって思ってたのに……っ」
わたしは、迷わず彼女の隣に座った。そして、そっと背中に手を回す。飛鳥さんの肩は、ほんの少し震えていた。彼女は、わたしの腕を拒むことなく、ただ黙って、顔を伏せたまま――静かに、泣いた。
「……だいじょうぶです」
わたしは、そう囁いた。
「しんどくて、いいんです。だって、好きなんですもん」
わたしの胸に額をあずけたまま、飛鳥さんは声も出さずにうなずいた。それはたぶん、“わたしも”って意味だった。その夜、ふたりはほとんど言葉を交わさなかった。でも、わたしのシャツの袖は、しっとりと濡れていた。そしてわたしも、気づけばそっと目を閉じていた。飛鳥さんの小さな体温が、胸の奥にじんわりと広がって――痛いくらい、愛しかった。
* * *
朝の光がカーテンのすき間から差し込み、ぼんやりとした輪郭を部屋に落としていた。わたしはベッドの上でゆっくりと身を起こし、昨日の夜のことを、そっと思い返す。飛鳥さんの肩が、わたしの胸に小さく震えていたこと。声を殺して泣いたあと、少しだけ笑ってくれたこと。あの表情が、まだ胸の奥で温かく灯っている。
「……ん、朝?」
隣の布団で飛鳥さんがもぞもぞと動いた。長い髪がぐしゃぐしゃで、少しだけ寝癖がついていて、それがなんだか可愛らしくて。
「おはようございます、飛鳥さん」
わたしが声をかけると、飛鳥さんはまぶしそうに目を細めながら、半分だけ起き上がった。
「……ん、おはよ。ってか、見ないで。髪ぐちゃぐちゃ」
「大丈夫ですよ。むしろ、ちょっと好きかも」
「は?なに言ってんの……」
飛鳥さんは慌てて布団をかぶろうとして、逆に寝癖がさらに跳ね上がってしまった。思わず、ふふっと笑ってしまう。
「今日、二人で遊びに行きませんか?」
「……え?」
「せっかくですし、外に出て、たくさん歩いて、たくさん笑って。それで……誠さんと瑞希さんが、ちょっとだけ嫉妬しちゃうくらい、楽しい日にしませんか?」
飛鳥さんはきょとんとしたままわたしの顔を見ていたけれど、やがて唇の端を少しだけ上げた。
「……ふーん、悪くないかも。てか、デートじゃん、それ」
「ふふっ、そうですね。デート、です」
「ま、いっか。たまには、あたしだけが七海を独占しても」
「わたしも、今日は飛鳥さんを独り占めしますから」
そう言って微笑むと、飛鳥さんは照れ隠しのように横を向いたまま、こくんと頷いた。その背中に、そっと手を伸ばして、寝癖を撫でる。その髪の温かさが、今日という一日を、きっと優しくしてくれる気がした。
* * *
駅前で待ち合わせをして、ちょっと照れながら並んで歩き出す。誠さんがいないのに、なんだか少しだけデートみたいな気持ちになって、わたしはちょっと胸が弾んでいた。
「ねぇ、どこ行くの?今日のプランは?」
「えっとですね、まずはカフェでスイーツを食べてから、雑貨屋さん巡りして……」
「スイーツ?やった!チョコ系がいい!」
「飛鳥さん、実はチョコに目がないですもんね」
「そ、それは……バレてたか」
照れたように頬をかいて笑うその仕草に、つい、くすっと笑ってしまう。歩幅はわたしよりも小さいけど、歩調はぴったり。時々ふたりの肩がぶつかって、それがなんだか嬉しい。
* * *
「やば……このフォンダンショコラ……中からチョコとろけてる……!」
「熱いうちにどうぞ。あ、写真撮りますか?」
「撮る撮る!ちょっと、手が映るように持ってて!」
「こうですか?」
「……いいね、まるで彼氏と来たみたいな写真」
「えっ、わたしですけど?」
「わたしの彼氏、みたいな。ふふっ、なんちゃって」
カフェでふたり、そんな冗談で、目が合って、笑い合う。飛鳥さんが甘いスイーツを頬張って、ちょっと幸せそうな顔をしてくれて、それだけで、今日ここに来た意味があるような気がした。
* * *
「このイヤリング、瑞希さんに似合いそうじゃないですか?」
「えー、あたしはこれ。見て、この猫のやつ。絶対まことが笑う」
「じゃあ、三人分、お揃いにします?」
「……まことの分まで?どんだけ甘やかすの」
「ふふっ。でも、きっと喜びますよ?」
「んー……それなら、買っちゃうか」
雑貨屋巡り、小さな宝探し。買い物袋をぶら下げながら、二人で笑い合う。レジに並んでる間、飛鳥さんがこっそり手を繋いできて、ちょっとドキッとした。
「ねぇ……今日だけ、恋人“ごっこ”ってことでさ。ね?」
「……はい」
その一言が、午後の陽射しよりも、あたたかかった。
* * *
夕暮れの帰り道。西日が長く影を伸ばす頃、飛鳥さんは、さっきまでより少し静かになっていた。
「……楽しかったですね」
わたしがそう言うと、うん、と小さく頷いて、その横顔が、ちょっとだけ寂しそうに見えた。
「まこと、今ごろ何してんだろ」
ぽつん、と飛鳥さんが言った。わたしも、ほんの少しだけ、同じことを思ってた。
「きっと、瑞希さんと、楽しくしてますよ」
「だよね……」
わかってるのに、やっぱり胸がぎゅっとなる。でも――それを否定する気持ちも、ない。だって、あの二人が笑ってるのを見るの、わたしは好きだから。
「……でもさ」
飛鳥さんが、少しだけうつむいて言った。
「やっぱ、好きな人が他の子といるのって……たまに、しんどいよね」
「……うん。そうですね」
言いながら、わたしの手が自然に、飛鳥さんの指に触れていた。
「でも、わたしたち、仲間ですから」
「……仲間?」
「恋のライバルでもあるけど、それだけじゃないと思ってます。だって、今日一日、すごく楽しかったですもん。飛鳥さんとふたりで」
「……ばか」
そう言って、飛鳥さんは小さく笑った。でもその目の端に、きらりと光るものがあった気がした。わたしは、それを見なかったふりをして、代わりに、手をぎゅっと握った。
* * *
駅前の別れ際。電車が来る直前、わたしたちは向かい合った。
「また、ふたりで遊びましょう」
「……うん。今日はありがと」
「こちらこそ。誠さんと瑞希さんに、ちょっとだけ嫉妬させちゃいましょうね」
「ふふっ、あたしらのデートの方が楽しかったって、言ってやる」
そして。ふたりで、笑い合った。本当にちょっとだけ――恋人同士みたいに。
* * *
帰宅して、シャワーを浴びたあと。髪をタオルドライしたまま、わたしはスマホを手に取った。ギャラリーを開いて、今日の写真を選ぶ。カフェでのパフェ、駅前のオブジェ前での自撮り、そして――飛鳥さんが、わたしに微笑んでる、奇跡の一枚。
「……これにしましょう」
グループチャットを開いて、画像をアップロード。テキストには、ちょっとだけ悪戯っぽく。
> 飛鳥さんと、ふたりでデートでした
> 楽しかったです
すぐに、飛鳥さんが乗ってくる。
> ねー、いいだろー
> 瑞希、嫉妬してもいいんだよ?
画面越しなのに、飛鳥さんの声が聞こえてきそうだった。ふふっと笑って、わたしは続けた。
> 瑞希さんも今ごろ、きっと誠さんと素敵な時間ですよね。
> でも今日は、わたしたちの勝ちですね
数秒の沈黙のあと、瑞希さんから通知が届く。
> え、なにそれー
> ずるい!楽しそうすぎ!
言葉には明るさがあって、可愛くて、ちゃんと「嫉妬」じゃなくて、「信頼」のトーンが滲んでいた。――わたしたちは、きっとわかっている。この関係は、簡単じゃない。好きな人を、共有するなんて、普通なら考えられない。でも、だからこそ――こうして笑い合えた今日が、すごく大事に思える。
* * *
昼休みの学食。テラス席で、瑞希さんがひとり、カップに口をつけながら、ぼんやりしていた。わたしと飛鳥さんが並んで近づくと、すぐに気づいて微笑んでくれる。けれど――ほんの少しだけ、その笑顔が弱く見えた。
「こんにちは、瑞希さん。……ここ、いいですか?」
「もちろん。ふたりは……一緒だったんだね」
「あー、うん。ちょっとだけね」
飛鳥さんがいつもの調子で肩をすくめる。でも、わたしにはわかっていた。たぶん、瑞希さんも気づいている。昨日のことが、胸のどこかに引っかかっているって。それを打ち消すように、飛鳥さんがあえて軽口を飛ばした。
「……で?昨日、楽しかったんでしょ」
「え?」
「誠とデートしてたんでしょ?こっちも楽しかったけどさー、そっちはそっちでしょ?」
冗談のように言うけれど、たぶんほんの少し、探るような響きが混じっていた。わたしもそっと、瑞希さんに目を向けた。
「どうでしたか?昨日……」
彼女は、少しだけ視線を落とし、それから、静かに言った。
「……途中でね、解散になっちゃったの」
「え……?」
「まーくんに急用が入っちゃって……。わたし、あんまり強く引き止められないし……」
そう言って、小さく笑う。でも、その笑顔がいちばん、胸に刺さった。
「だから、一人で。駅前をぶらぶらして……ラーメン、食べて帰ったの」
飛鳥さんが黙り、わたしも言葉を失う。なんて返せばいいのかわからなくなったその瞬間――
「……あれだな、全部まことが悪い」
飛鳥さんが、どこか吹っ切れたように言った。
「そうですね。誠さんが悪いです」
わたしも、なるべく優しく、でもはっきりと。
「ちょ、ちょっと!まーくん、ちゃんと謝ってくれたし、埋め合わせするって……!」
「瑞希を一人でラーメン食べさせるなんて、論外だし!」
飛鳥さんが真顔で言って、わたしも思わず笑ってしまう。
「……じゃあ、今日はみんなでラーメンに行きませんか?」
その場の空気が、すこし軽くなるように思えて、わたしが提案すると――
「賛成!」
と飛鳥さんが即答した。
「えっ、そういう流れなの?」
瑞希さんが目を丸くして、それから、ふっと笑う。
「じゃあ、今日は三人でデートですね。誠さん抜きで」
「それって、誠がいちばん妬いちゃうやつじゃん……」
瑞希さんの声も、ようやく心からのものに聞こえて、わたしは静かに胸をなでおろした。わたしたちは、恋をしてる。同じ人を、真剣に。でもそれ以上に――ちゃんと、こうして「友達」でいられることが、嬉しかった。
* * *
放課後。駅近くの小さなラーメン屋で、三人並んで座っていた。左に瑞希さん、真ん中にわたし、右に飛鳥さん。カウンターの上には湯気を立てるどんぶり。女の子三人なのに、空気は思いきりラーメン。
「うわ〜……めっちゃいい匂い」
瑞希さんが目を細めるようにして、鼻をひくつかせる。その横で、飛鳥さんが箸を構えながら、ぽつりと。
「……これ食べたら、まことのこと忘れるかも」
「ふふっ。誠さん、完敗ですね」
つい、からかうように言ってしまった。でも、それくらい――お腹も心も、温まる匂いだった。
「ちょ、ちょっとー!まーくん泣いちゃうよ!?」
慌ててる瑞希さんを見て、思わず笑ってしまう。それにつられて、飛鳥さんも笑って、三人同時に箸を持つ。ずずずっ……。……うん、美味しい。醤油と脂の香りが、じんわりと胸に染み込んでいく。この感じ、好きだな。くだらない話して、笑って、麺をすすって。きっと、ひとりじゃ来なかった場所――でも、三人なら来たくなった。
「ね、七海ちゃんってラーメン好きなの?」
飛鳥さんが突然こちらを見て聞いてくる。
「はい。意外に思われますけど……味濃いの、結構好きで」
「へえー、なんか意外。……じゃあまた来よ。付き合ってよ」
「もちろんです」
自然なやりとり。だけど、なんだか、嬉しい。この空気が、きっとわたしを支えてくれてる。
「ねえ」
瑞希さんが、ふいに小さな声で言った。
「ふたりとも、ありがとうね。今日、付き合ってくれて」
「なにそれ、急に」
飛鳥さんが照れたみたいに、冷たい水を飲む。
「わたしこそ、ですよ」
そう言ったとき、自然と微笑んでいた。わたしたちは、同じ人を好きになった。だけど今は、それ以上に
「一緒にいたい」
と思える。そんな友達でいられるのが、嬉しかった。……だけど、ほんの少しだけ、胸が痛むのも本当で。
(でも――このままじゃ、だめですよね)
もっと強くならなくちゃ。誰にも負けたくない。でも誰かを傷つけるのは、もっと嫌で……だからこそ、いまはこの瞬間を、大切にしたい。
「……この写真、まことに送ってやろっか?」
瑞希さんがにやっと笑いながらスマホを構えた。
「うわ、かわいそう!めっちゃ美味しい顔して送ろ!」
飛鳥さんもノリノリ。
「あと、『反省してラーメン代払ってね』ってつけましょうか」
三人の笑い声が、店の中に響く。湯気の向こうで、ふたりの横顔がぼんやり揺れていた。やっぱり――大好き。このふたりも。誠さんも。わたしにとって、全部が大切。




