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【過去】恋愛未満・ちょっと気になる未満(瑞希視点)

 【DM:瑞希→誠】

 

 まーくん、ちょっとだけ懐かしい話してもいい?

 いまふと、あの頃のこと思い出してたんだ。

 新歓コンパで、みんながわたしに話しかけてるのにまーくんだけ唐揚げ守ってたやつ。

 あの時わたし、ちょっとしんどくてさ。笑ってればいいって思いながらも、ぜんぜん楽しくなかったのに、まーくんの変な顔で小皿置かれた瞬間、ふっと楽になって、思わず笑っちゃったんだよ。


 それからだよね。

 誘われたわけでもないのに自然に一緒に歩くようになって、わたしが眠そうだと「15分寝なよ」なんて言われて、あの距離が……すごく心地よかった。


 なのに免許合宿で3日会えないだけでざわついて、既読遅いとムッとして、「今日暑いね」だけじゃ足りない自分に気づいて、わけわかんないまま落ちてた。

 極めつけが、あの“シカのキーホルダー”。

 渡された瞬間、なんか涙止まらなくなって。

 あのしょーもなさが、どうしようもなく嬉しかったの。


 ……懐かしいね。ねぇ、まーくんは覚えてる?

 

 ***

 

 ──【過去】恋愛未満・ちょっと気になる未満(瑞希視点)


「瑞希ちゃんって、ほんとモテるよね」

「彼氏いないの?意外〜!」

「瑞希ちゃんと飲めるとか最高すぎる〜」

 ──はいはい、慣れてます。新歓コンパ。盛り上がるのが正解、みたいな空気。人懐っこい笑顔で相槌を打って、ほどよく飲んで、褒められたら軽く流して。みんなの“理想の瑞希ちゃん”でい続けるのは、案外疲れる。ふと、手元のグラスに目を落とす。氷が、カランと音を立てた。──帰りたいな、とまでは言わないけど。そんなとき。

「唐揚げ、食べない?瑞希さん、ひとつも取ってないじゃん」

 声がして、目の前に小皿が置かれた。

「あ、ありがと……って、名前……えっと」

「誠。唐揚げの守護神です」

「は?」

 思わず変な声が出た。なにそれ、唐揚げの守護神って。気づいたら、吹き出してた。笑うつもりなんてなかったのに。誠くん──って人は、別に話しかけてくるわけでもないし、褒めてもこないし、連絡先も聞いてこない。ただ、黙々と箸を動かしながら、唐揚げだけをやたら気にしてる。なんかもう、逆にすごい。

「……変な人」

 声には出さなかったけど、ちょっとだけ頬がゆるんだのを、自分でもわかってた。

 

 ***

 

 あのあとも、誠くんとはときどき話すようになった。派手なことは何もない。たまたま講義がかぶったとき、帰り道が一緒だったとき──なんとなく目が合って、なんとなく歩き出す。ほんとうに、それだけ。でも、不思議なことに、彼と一緒にいるときは、変に気を張らなくてよかった。

「それ、また唐揚げ?」

「いや今日は鯖だよ、すごくない?」

 そんなやり取りも、ふざけてるようで、妙に落ち着く。男子ってもっと、距離の詰め方が極端だったり、変に構えたりするのに──誠くんは、そういうのが全然ない。わたしは、いわゆる“かわいい子”だ。自分で言うのもなんだけど、そう扱われることには、少しだけ慣れてる。だからこそ、普通に、自然にされると、ちょっとびっくりする。でも、それが悪い意味じゃないのが、彼の不思議なところだった。ある日、キャンパスの端にあるベンチで、わたしがちょっと眠そうに座ってたら、「寝るなら15分だけね。起こしてあげるから」と言って、横でスマホをいじっててくれた。別に頼んでないのに。でも、それが嫌じゃなかった。気を遣わない。期待もされない。張らなくても、笑ってなくても、隣にいられる。そういうのって、案外、初めてだったかもしれない。

 

 ***

 

 キャンパスのカフェでアイスラテを頼んで、ふと奥の席に目をやると──彼がいた。誠くん。そして、知らない女子と、話していた。別に、驚くことじゃない。彼は人当たりがいいし、女子と話すのが苦手ってわけでもない。……むしろ、本当はわたしなんかよりずっと自然に、誰とでも話せる人だ。だから、ほんとは、なにもおかしくないのに。わたしの胸の奥に、なにかがざらっと引っかかった。遠くて声までは聞こえないけど、笑っていた。彼も、その子も。なんてことない、よくある会話の風景。

「そりゃ、そうだよね」

 そう、口の中でだけ呟いた自分に、ちょっとだけびっくりする。なにを期待してたんだろう。付き合ってるわけでも、特別なことをしたわけでもないのに。それでも、あのときの帰り道の並び方とか──講義が終わった後の「次どこ?」って自然な問いかけとか──気がつけば、わたしの中に、小さく積もっていたんだと思う。“この距離感は、わたしだけのもの”……そんなふうに、勝手に思ってたのかもしれない。ラテをひとくち。ちょっとぬるくなった甘さが、余計にモヤモヤを残した。

 

 ***

  

 この頃のわたしは誠くんのことを、ただ「居心地のいい人」だと思ってた。気を使わなくてよくて、話してると楽しくてどこか“放っておいてくれる”空気が心地よくて。気づけば毎日のように、昼ごはんを一緒に食べてどうでもいいニュースとか、くだらない話とか話題のない日でも、なんとなく隣にいて──それが、わたしにとっての“ふつう”になっていた。……でも。気づいたら、3日間、顔を見てない。最初は、あれ?ってくらいだったのに「免許合宿、来週までなんだよね」 って聞いたときなぜか胸のあたりが、ちくんと痛んだ。メッセージも、夜に「今日も暑かったねー」って送ったのに既読がつくまでに3時間もかかって。しかも返事「そっちは雨降ってない?こっちは土砂降り(笑)」……いや、もっとさ「そっちはどう?」とか、「瑞希は元気?」とかあるでしょ、なんか。──べつに、付き合ってるわけじゃないのに。そう思って自分でツッコミながらスマホの画面を開いては閉じてお風呂に入っても、寝る前にもなんとなく頭の片隅に“誠くん不在”のスペースがぽっかりと開いたまま。あーあ。やっぱり、ただ“楽”なだけじゃなかったんだ、わたし。もしかしてこれって……ちょっとだけ、寂しいってこと?……やだ、なにそれ。

 

 ***

 

 誠くんが、合宿から帰ってきた。二週間。たったそれだけの時間だったのに、気づけばわたしは、彼のいない日常に違和感を覚えていた。学食の味が変わったわけでも、空の色が違ったわけでもないのに、なにかがぽっかり欠けていたような、そんな気がしていた。

「……はい、土産」

 学食のテーブルに座ったわたしの前に、ぽん、と投げるように置かれた小さなキーホルダー。ご当地キャラの、顔のゆるんだシカ。明らかに安物のプラスチックで、まるで駄菓子屋のガチャガチャから出てきたみたい。

「……なにこれ、だっさ……ふふっ」

 笑ったつもりだった。でも、声が震えていた。目の奥が熱くなる。気づけば、まぶたの裏にじわじわと何かが滲んできていた。

「え?ちょ、なんか変なこと言った?怒ってる?ごめん、やっぱ、いらなかった?」

 誠くんが、戸惑った声で手を伸ばしてくる。わたしは、首を横に振るだけで、何も言えなかった。

「……ちがうの。怒ってないし……むしろ……」

 胸の奥が、ぎゅっと痛む。しょーもないのに、嬉しくて。嬉しいのに、悔しくて。会えなかった時間が、一気に押し寄せてきたみたいだった。――ああ、わたし。ほんとに、ほんとに。

「……会いたかったんだと思う」

 やっと出てきた言葉は、それだった。泣くつもりなんてなかったのに。ただのキーホルダーで、こんなに心をかき乱されるなんて。

「そっか……」

 誠くんは、それ以上、何も言わなかった。けれど、お盆の上のコップを、少しだけわたしの方へと寄せた。なんてことのない仕草なのに――妙に、やさしかった。ゆるいキャラのシカは、今もポーチにぶら下がっている。見るたびにちょっとむかつく。でも、見るたびにあったかい。

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